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リアクション
第一章 お嬢様ご一行、山を行く
「暑いですわ」
黄金色の髪をかき上げるようにして、少女は本日何回目かのその言葉を吐いた。
視線をやられて、傍で控えていた執事の本郷 翔(ほんごう・かける)が一礼してその髪を櫛でとかし、慣れた手つきでポニーテールを結わえなおす。
暑さのためか、幼いながらに備わったせっかくの美貌は歪んではいたが、不満はなかったらしく、少女は確認のため差し出された鏡を一瞥すると再び黙々と歩みを進めた。
「氷室まではどのくらいあるんですか?」
肩に大荷物――ほぼ少女の私物だ――を背負った風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が少し遅れるようにして呼びかける。覗き込むようにしてくるりと振り返る表情は、モロに不満げだった。
「優斗ったら、もう疲れましたの?」
ご機嫌ななめな様子に戸惑いつつ、優斗は苦笑を押し殺す。……どうしよう、単に会話を振っただけなのだが。
「いえ、そういうわけでは……」
「ならよろしいんですけれど」
文句の一つでも言われるかと思いきや、彼女はあっさりと興味を失い、身を引いた。勝気な瞳が周囲の人々を伺うように動く。
……あぁ。
腑に落ちて優斗は会釈した。
「お気遣いありがとうございます」
「……別に優斗を気遣ったわけじゃありませんわ」
……どうやら、悪い子ではないらしい。
のんびりとした一行の様子を確認すると、少女――レティーシア・クロカスは軽やかに小柄な身を翻した。
「そうかかりませんわ。このペースだとお昼過ぎには到着できましてよ」
ツァンダから南にある山の中腹。クロカス家の氷室である洞窟はそこにあるらしい。
背の高い木々に覆われた道のりは、至る所に木漏れ日が差して明るく美しい。獰猛なパラミタオオカミやパラミタヒグマの生息地でなければ、いい遠足地として親しまれていただろう。
地方領主とはいえ、かのツァンダ家に連なる貴族の娘の護衛。
ミルザムの名で出された依頼を受ける者は少なくなく、集まった人々は仕事を分担することで個々の負担を減らし、その道のりを楽しんでいた。
「のどかだねぇ」
曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)もその一人だった。眠そうな目をしばたかせ、フラフラと辺りを見回している。傍目にはわかりにくいが、彼なりにはしゃいでいるらしい。
綺麗なものを見つけてはつい足を止め、道をそれたりするので、たびたびパートナーのマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)が注意しているのだが……
「りゅーき!置いてかれちゃいますよ」
「うん。……やっぱり外より涼しい気がするなぁ。景色もきれいだし、いいところだねぇ」
……聞いているのかは定かではない。
「氷室の近くはもっと涼しいんですのよ」
褒められたのが誇らしかったのか、レティーシアは気をよくしたらしい。嬉しそうにそう言う彼女に、瑠樹は相変わらずのんびり辺りを眺めながら、興味深そうに目を細めた。
「ほんと?オレ、氷室って何気に初めてだから楽しみだなぁ」
「私も。どんな所なんですか?」
辺りを警戒していたアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)も話を耳にして首をかしげた。
「地球ではエアコンに慣れていたので、氷室自体よく知らないんです」
質問を受けてレティーシアは胸を張ってみせた。
「我が家では元々氷穴だった洞窟を氷室として利用して、冬にとった天然の氷を貯蔵していますの。その氷の味もさることながら、洞窟内の光景も格別ですのよ!わたくしが思うに、涼を取るのにこれ以上の場所はありませんわ。エアコンも便利だとは思うのですけれど、頭が痛くなってしまってどうも慣れませんのよ」
「あ、それはちょっとわかります」
少女然とした素直な意見に、アリアの口からクスクスと笑いがこぼれる。
微笑ましい視線で見られて子ども扱いされたと思ったのか、レティーシアは少しだけムッと口をとがらせた。アリアは慌てて笑みを引っ込めたが、そんな様子に頓着せず瑠樹の間延びした声が投げかけられる。
「冷房と違った涼しさとか、カキ氷とか……考えただけでわくわくするねぇ!」
「……うん!」
裏のない嬉しそうな様子にレティーシアも肩をすくめ、「しょうがありませんわね」と破顔した。
「普段カキ氷には何をかけて召し上がるんですかぁ?」
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が護衛の列からひょこっと顔をのぞかせてレティーシアに並ぶと、一行はすっかり和やかな雰囲気に落ち着いた。
「そうですわね、氷を砕いてそのまま頂くか、蜂蜜や黒蜜をつけて食べるのですけれど……
地球では違った食べ方をなさいますの?」
「はい、いろいろありますけれどシロップをかけて食べるというのが一般的ですぅ」
「今日はいろいろ持ってきたんだよ」
セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が持ってきた包みを開けてシロップを見せながら、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が軽く紹介する。
「これがイチゴ、こっちがレモン、青いのがブルーハワイですわ」
カラフルなシロップのビンに、レティーシアは素直に感心した。
「シロップと言っても色んな味があるんですのね」
会話の内容を聞きつけたのか、カキ氷好きの面々がおいしい食べ方を披露すべく談義に加わる。
「ボクはメープルシロップを持ってきたです。うす味のライトと、こい味のダークです。樹液からつくるてんねんのあまいシロップなんですよ♪レティーシアおねえちゃんにも食べて欲しいです」
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が嬉しそうに顔をのぞきこむと、レティーシアは驚いたように身を引いた。
「おねえちゃん……って、わたくしのことですの?」
14歳……と言っても、童顔や未成熟な体つきから小学生に見られることの方が多い彼女にとって、初めての呼称だった。そうとは知らず咄嗟に避けられて、ヴァーナーがしゅんとうなだれる。
「あぅ……ごめんなさいです。いやだったですか?」
「い、嫌なんかじゃありませんわよ!!」
「ふわぁっ!?」
急に不器用に頭を撫でられてヴァーナーは驚きの声をあげたが、相手が怒っていたわけではないことがわかると相好を崩してぎゅーっと抱きついた。
「ありがとうです!レティーシアおねえちゃん」
しがみつかれたレティーシアはプリプリとした様子で弁解しているようだったが、頭は撫で続けているままだった。
「レティーシアちゃん嬉しそうだね」
「普段あまりお姉さん扱いしてもらえないんでしょうね〜」
機嫌を損ねるのも悪いので聞こえないように、メイベルたちはこっそりと微笑みあった。
「鹿児島名物の白熊もおいしいんですよぅ」
レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が茶色のポニーテールを揺らしてそう言うと、一同は目を丸くした。
「カキ氷なのにクマを入れるんですの?……それとも、クマの形に削って食べるものなのかしら?」
不可解な表情を浮かべているレティーシアに、ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が説明する。
「カキ氷に練乳をかけて、フルーツや餡を盛り付けたものです。練乳と氷がシャーベットのような食感になって、とーってもおいしいんですよ」
「なぜ白熊というのかしら?」
「そうですねぇ……。はっきりしたことはあたしも知らないのですけれど、昔は白熊に見えるようにトッピングしていた、なんて話を聞いたことがありますよぅ」
レティシアがそう付け加えると、一応は納得したらしい。
「何にしてもおいしそうですわ!是非後ほど食べさせてくださいね。ええと……」
ふと呼びかけようとして、レティーシアがレティシアに向き直る。
「レティシアですぅ」
レティーシアの顔がほころんだ。目を輝かせて、今にも飛び上がりそうだ。
「やっぱり!護衛のリストで見たときから気になっていましたの。わたくしと一字違いですのね」
「はい。あたしも依頼書を見たとき、嬉しくなっちゃいましたよぅ」
「そういえば髪型もおそろいなのね。そうしていると姉妹みたいだわ」
ミスティの言葉に、レティーシアとレティシアが笑った。
……このことが後ほどちょっとした混乱を招くことになるのだが、それはもう少し先の話。
「あとは宇治金時なんかも人気が高いかもね」
女性陣のカキ氷談義が楽しそうで、優斗は荷物を背負いなおすと微笑んだ。……こんな道中なら、氷室までもあっという間だろうな。
優斗の言葉に、レティーシアが目を丸くした。
「そんなに食べきれるかしら」
その様子は真剣そのものだった。
「(全部食べる気なんだ……)」
「何か言いました?」
「あ、いえ。……さすがにそんなに食べるとお腹が冷えそうですね」
呟きを目ざとく指摘され、優斗はとりなす様に微笑んだ。どうも苦労性な感じが否めない。
「そうなんですわよねぇ……」
むー……と唸りつつ、レティーシアが頭をひねらせた、次の瞬間。
何の前触れもなく、真上から凛とした声が響いた。
「そんな貴女にっ!!」
「誰?!」
バッと見上げたその先では、黒マントの仮面男が枝の上で仁王立ちしていた。
「翔、撃ち落して」
「かしこまりました」
その時のレティーシア嬢の目は酷く本気だったという。
「辛辣!!」
――かくて、不審な男は護衛たちの手によって木の上から引き摺り下ろされた。
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