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金の機晶姫、銀の機晶姫【後編】

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金の機晶姫、銀の機晶姫【後編】

リアクション


〜心の所在〜



 へyなおなかで、話をしながらようやく鎖をはずしてもらった伏見 明子とフラムベルク・伏見は、信じられない事実を着きつきられながらも、目の前にある事実をようやく理解しようとしていた。眼鏡を持ち上げながら、伏見 明子はもう一度ため息をついた。

「貴女が【ランドネア】で、【アルディーンという別の人格】がその体に入っているのはわかったわ。それならなおさら、逃げましょう!」
「……だめです、エレアノールの記憶が、戻るまでは……」
「とにかく、ここにいたら危険よ!」
「あ、だめ! アルディーンが起きちゃう……」

 おもむろに駆け出したランドネア・アルディーンは、扉の外まで出て行ったところで転んでしまったようだった。心配になって立ち上がろうとすると低音の響きが扉の外から聞こえてきた。

「何ゆえ、私はここにいるの?」
「や、ば!」

 伏見 明子はアルディーン・アルザスが目を覚まし、人格が入れ替わったのだと理解するなり鎖につながれている不利をするため、腕に鎖を巻きつけた。もちろん、結び目があるようにするためのカモフラージュも忘れなかった。フラムベルク・伏見も見習っておなじようにすると、部屋の中に【アルディーン・アルザス】が入ってきた。

「……おとなしく、しているようね」
「ねぇ、貴女の望みは、一体なんなの?」

 伏見 明子があせりを気づかれないように、噛み付くような演技をして問いかけた。
 アルディーン・アルザスは口元を歪めてこう呟いた。

「私を、忘れられなくするためよ」

 








 ボタルガについた一行は、正午になっても姿を現さないアルディーン・アルザスの姿を探していた。
 きっと何かが仕掛けられているに違いない、そう警戒している比島 真紀(ひしま・まき)は、武器を構えサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)と共に町の奥へと歩き出していた。この町に来たことがあるものたちの証言から作成した地図を元に、アジトに使われていそうな建物を、しらみつぶしに調べ始める。

「……やはり、あそこしかなさそうでありますね」

 比島 真紀が鉱山とも近い『町長の家』に目星をつけると、イシュベルタ・アルザスも頷いた。ステンドグラスや窓が多く、概観からもとても豪華なつくりなのが伺える。

「恐らくな。町の中はずいぶんと静かだ……用心しないとな」
「そういっている間に、その静かさもなくなりそうだな」

 ドラゴニュートのサイモン・アームストロングが、武器を構えるなりイシュベルタ・アルザスをかばうようにして立った。彼の視線の先には、影の中からスライムたちがぼこぼこと生まれいずる様な姿だった。あっという間にスライムたちに取り囲まれた一行は、ルーノ・アレエを最優先今盛るように囲んだ。

「九頭切丸!」

 水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)が呪文の準備を開始すると、パートナーである漆黒の機晶姫、鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)に合図を送る。青い髪が魔力の波にたなびいて、漆黒の機晶姫が乱撃を繰り返しながら、氷の壁を使ってひとつにまとめていく。そこへ、霧島 春美が呪文の詠唱を始める。氷の壁に囲まれたスライムたち相手に、雷撃を叩きつけるとスライムたちは消し炭となってものを言わなくなった。

 一行が深々とため息をついていると、町中にスピーカーか何かであの老人の声が響き渡っていた。

『ようこそ。我らが研究の成果を護る守護者達よ』
『さぁ、我らが研究成果金の機晶石を渡すのだ』

「渡すのだ、ってどこにだよ」

 仮面をつけた姿のトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は、少し呆れた様子で口を開いた。ボタルガの町はさすがに広く、目星をつけた建物の周りにようやく集まったところだった。まるでその言葉に返答をするかのように、目星をつけていた屋敷から花火が上がった。

『さぁ、いざ参られよ』
「明らかに罠じゃないの!」

 ジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)が歯軋りをしながらそう呟くと、その横をルーノ・アレエが颯爽と歩き出していた。ジョウ・パブリチェンコはその手をつかみ、「一緒に、行きましょ?」とようやく声を絞り出した。

 ルーノ・アレエのあまりに真摯な表情を見ていたら、「ここで待っていて」とは口に出せなかった。

 屋敷の入り口は、地上の高校くらいといっても過言ではないくらいの豪邸だった。とても人がすまなくなた建物とは思えないくらいの見事な調度品の数々は、かえって不気味さを見るものに与えていた。中央には大きな階段が置かれており、その端々に機晶石技術の片鱗がうかがえると、赤毛の機晶技師はそっと指を滑らせる。

「なんだか、こういう豪華なのといっしょにならんでると不釣合いな感じだね」
「もしかしてぇ、アルディーンさんのぉ、趣味かもしれませんねぇ」

 朝野 未沙(あさの・みさ)が辺りを見渡していると、朝野 未那(あさの・みな)が杖を構えながらそのそばに歩み寄ってきた。研究熱心な人間が集めるには、あまりにも俗物的な品々に、見ている側が気分が悪くなりそうなほどの不協和音があった。

「ルーノさん、大丈夫?」

 大きな剣を構えた小さな機晶姫朝野 未羅(あさの・みら)は、隣に立つレイピアをもったルーノ・アレエの背中に手を当てる。黒い肌が、ひどく悪い色をしていたのだ。よく見れば、彼女の視線の先には大きな絵が置かれていた。肖像画らしいそれに、朝野 未羅は視線を送る。そこに描かれていたのは、黒髪を結い上げた吸血鬼らしい女性だった。

「……アルディーンさんの肖像画でしょうかぁ」
「多分な。趣味の悪い奴だ」

 イシュベルタ・アルザスがその絵を睨みつけようと前に立った。ロゼ・『薔薇の章』断章は、絵の前に立ったイシュベルタ・アルザスの背中を蹴り飛ばした。文句を言おうと振り返ると、絵の前だけがぽっかりと穴が開いていた。

「愚か者め。その程度の罠にもきづかなんだ」
「……ああ、すまないな。絵に気をとられていたら落とされるところだったか」

 穴のそこは暗くて見えないようだった。楽しげに眺めて「お〜」と声を上げたのは桐生 円(きりゅう・まどか)だった。光術をもってしても、井戸のようにそこが深いということしかわからなかった。

「貴方達、機晶石は持ってきたのかしら?」

 中央の階段からゆっくりと降りてきたのは青い髪の女性……ニフレディルだった。身構えている間に意気揚々と話しかけたのは、桐生 円だった。

「やぁやぁ。以前の事件以来だね。エレアノールくん? ニフレディルくん? どっちだっけ」
「ニフレディルよ」
「そうか、ニフレディルくん。ボクは桐生 円だ。改めてよろしく」

 おおきな帽子をはずして、貴族の青年のようにお辞儀をすると、にっこりと微笑む。青い髪の女性は感情を持っていないかのようにピクリとも表情を変えなかった。そこへ、早川 呼雪とユニコルノ・ディセッテが進み出て、巻き毛の機晶姫が手を差し伸べた。

「子守唄を聞いていたころのことを、歌っていたころのことを、何か思い出せませんか?」
「……さぁ」
「貴女は歌を覚えていた。なのに、何故知らない振りをするんだ」

 ぴく、とわずかに表情が動いた。そこへ、九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )が緩やかな動きで進み出る。その後を、小さな人形サイズの剣の花嫁二人マネット・エェル( ・ )九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)がついてくる。

「……この歌は、もともと炭鉱で機晶石を探すためのおまじないだったそうね?」

 九弓・フゥ・リュィソーの言葉に、ニフレディルは動揺の色を見せた。柔らかな金髪を指で弄びながら、少女はにっこりと微笑んだ。

「だから封印を歌にしたのよね。炭鉱夫なら誰でもしっているおまじないの歌を。忘れないために子守唄にしたのよね」
「……なんの、ことかしら」
「失礼するのです☆」

 マネット・エェルがチョコチョコと歩み寄ると、真っ白なドレスの両端をもちあげて優雅なお辞儀をしたかと思えば、杖を片手に詠唱を行う。ぴりぴり、という程度の電撃がニフレディルの服の上を駆け巡る。通信機がものをいわぬ無機物となり、ニフレディルは顔をしかめた。

「小さいのに、こんな魔法が使えるなんてね」
「以前、俺もこうして世話になったからな……エレアノール」
「だから、私はニフレディルよ。イシュベルタ様、もう貴方は裏切り者だわ。申し訳ないけれど、殺させていただきます」
「洞窟の事故、あなたもその場にいたんじゃないの? 家族を亡くして、だから研究をするためにヒラニプラに出て行ったんでしょう?」

 九弓・フゥ・リュィソーが続けた更なる言葉に、ニフレディルは勢いよく振り向いた。

「当たり、かしら?」
「……なんなの? 貴方達、私の頭の中をかき回して何が楽しいのよ!」

 思い出しかけているのか、頭を押さえて後ずさりを始める。早川 呼雪がゆっくりと歩み寄ってその手をとる。武器を持っていなかった彼女はすんなりと掴まれてしまうと、まっすぐに見てくる瞳を見つめ返してしまった。

「な、なんなの?」
「貴女を待っている人がいる」
「貴女のはぐくんだ弟、作り出した妹達、皆様帰りをお待ちです」

 その手を振り払うことが出来ずに、ニフレディルはうつむいてしまった。ケイラ・ジェシータがリュートの音色を奏でながら、あの歌をくちずさんだ。御薗井 響子と二人の歌声が、その場にいた者たちの歌声となった。一曲歌い終える間もなく、ニフレディルは小さく呟いた。

「……そうよ。そこのお嬢さんが言うとおり……あの歌はディフィア村でおまじない程度に歌われていた炭鉱夫の歌だった。それが、落盤事故で失われた命への鎮魂歌、忘れないための子守唄だった」
「思い出したのか!?」
「……でも、ディフィア村にいたころのことだけよ。それ以降のことは、確かに思い出せないわ。博士達から貰った名前以外に、私は私を知る術はもうないの。シャンバラが崩壊したときのことなんてもちろん覚えていないしね」
「それでいい。ゆっくり思い出していけばいい」
「あら、感動的ね」

 早川 呼雪がニフレディルの頬に触れたとき、声色が違う女声が聞こえてきた。階段の一番上には、髪を結い上げた女が立っていた。アルディーン・アルザスは残忍そうな笑みを浮かべ、伏見 明子とフラムベルク・伏見の鎖を引っ張ってきた。

「明子っ!」
「デカブツ!」

 九條 静佳とサーシャ・ブランカが今にも駆け出しそうなのを静止したイシュベルタ・アルザスは進み出て睨みあげる。

「人の身体をのっとってまで、生きることに執着してるのか」
「実の姉が生きていたことをもう少し喜んだらどうだ?」
「姉は死んだ。俺の姉は、エレアノール姉さんだけだ!」

 イシュベルタ・アルザスがそう叫ぶと、ニフレディルの肩が震えた。それは怯えではなく、喜びを訴えているかのようだった。イシュベルタ・アルザスの言葉がきっかけとなり、一同は動き始めた。ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が笑みを浮かべながら駆け出していった。

「何があろうと、敵を目の前にしたらやることは一つ!!」

 赤毛をたなびかせながら、ミルディア・ディスティンは颯爽と駆け込むが、スライムたちに目で合図して相手をさせる。ミルディア・ディスティンはランスを構えてスライムたちを串刺しにしていくが、すぐにスライムたちは復活して赤毛の騎士を取り囲む。

「うのぉ!? 何でこんなに強いの!?」
「ミルディさん!」

 フィル・アルジェントが援護に入るが、既に取り囲まれているミルディア・ディスティンを助けるのは至難の業だった。他のメンバーも自分に襲い掛かる脅威を振り払うので手一杯だった。

「フィル、あまり前へ出るでないぞ!」
「ですが!」

 意識がそれて、黒いスライムが正面にいるのに気がつかなかった。視界が真っ黒に覆われ、思わずフィル・アルジェントは目をつぶった。ふと、柔らかな香りが鼻をくすぐる。百合園女学院に飾られている花の香りだと気がつくと、目を開けた。そこには乳白金のポニーテールをたなびかせたミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)が立っていた。その手に握られた武器によって、スライムを切り刻んだ姿だった。少し余裕ができたと悟った彼女は、振り返って八重歯を見せながら笑った。

「大丈夫か? フィル」
「ミュウさん!」
「さ、もう一息!」

 ミルディア・ディスティンがランスを振り回してもスライムが一向に減らない。息切れがお越しは妖霊他ころ、隙をついてスライムが二匹の獣形態となってくらいつこうとしてくる。そこへ、自分とは違う赤毛の陰が視界を覆った。食らいつく確かな音が2つ響いた。わずかに金属音を含んだその音が、スローモーションを見ているような感覚に陥れる。

「る、ルーノ!?」
「ミルディア・ディスティン………ぶ、じ、ですか?」

 腕を食らい突かれ、すぐに振り払い、レイピアでスライムを切り捨てる。だが、噛まれたのが利き腕と左足らしくしゃがみこんでしまう。ミルディア・ディスティンはおろおろしながらルーノ・アレエの肩を掴む。すると、今度は別のスライムがまた獣形態となってくらいついてくる。

 ルーノ・アレエをかばうように抱きしめ、思わず目をつぶった次の瞬間。

「燃え上がれ、紅蓮の炎!!」

 呪文の詠唱が響き渡り、ミルディア・ディスティンを囲んでいたスライムたちが一斉に塵となる。イルミンスールの制服をたなびかせ、銀色の髪の少年はにんまりと笑って杖オ構えなおした。

「一人で突っ込むのは危ないぜ」
「それに、ルーノさんもですよ!」

 同時に駆け込んできたエメ・シェンノートからも叱責され、ルーノ・アレエはうつむいてしまった。厳しい面持ちのまま、エメ・シェンノートは手早く応急処置を済ませる。

「エメ……申し訳ありません」
「ゴメン、なさい……あたしが……あたしが突っ込んだせいで……」
「友達を、護るのは、当たり前です」

 痛みは和らいでいるものの、痛みで汗ばんだ額をぬぐうことなくにこやかにルーノ・アレエは微笑んだ。ミルディア・ディスティンはぎゅうっと、ルーノ・アレエを抱きしめた。その目に涙がわずかに浮かんでいるのを見て、ルーノ・アレエはその背中を優しくさすった。


 そんな中スライムを切り捨ててようやく道を切り開いたルカルカ・ルーが、上等そうな絨毯を力強く蹴った。だがアルディーン・アルザスは伏見 明子一人を抱えて奥の部屋へとかけていった。

「待ちなさい!」
「俺たちは先に行く!」

 ルカルカ・ルーとエース・ラグランツたちは、そのままアルディーン・アルザスを追いかけて駆け込んでいった。ルーノ・アレエはフラムベルク・伏見に駆け寄ると、その手を握る。

「フラムベルク・伏見、大丈夫ですか!?」

 朝野 未沙たちが駆け寄って、すぐに応急処置を施す。幸い、囚われている間に暴れたための疲労が激しいのだとわかると、簡単な回復薬だけですぐに戦えるだけの力を取り戻した。
 それがわかるなり、サーシャ・ブランカは拳を握り締めてその褐色の頬に叩きつける。

「デカブツ!! この役立たず!」
「ま、待て! 話を聞け!」
「どれだけ、心配したと思って……」

 フラムベルク・伏見が両手を挙げて弁解をしようとしていた。だが、てっきり主人を護れなかったことに対する叱責なのかと思えば、サーシャ・ブランカは一滴涙を零して崩れた。九條 静佳がその肩をそっとなでると、フラムベルク・伏見に微笑みかけた。

「無事でよかった。心配、してたんですよ」
「……てっきり怒られると思ったんだがな」
「電話の内容を聞いてなけりゃ、もう2、3発殴っているところだ」
「電話の内容……? 聞こえていたのか!」
「こちらは聞こえる状態でした。だから、状況はわかっています。彼女が何者なのか、何を望んでいるのか」

 九條 静佳の言葉にフラムベルク・伏見はホーっと息を漏らした。その様子をみていたニフレディルは、呆然と絵を見上げていた。早川 呼雪は声を張り上げた。

「まだ人質は向こうの手の内だ。ニフレディルは俺達が見ているから、先に進め」
「いっておいで、ルーノくん。君が今助けなきゃいけないのはニーフェくんだろう?」

 桐生 円の言葉で、ルーノ・アレエは駆け出した。ふと後ろを振り返ると、イシュベルタ・アルザスの姿はなかった。