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金の機晶姫、銀の機晶姫【後編】

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金の機晶姫、銀の機晶姫【後編】

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〜人質〜

 ステンドグラス越しに入り込む日差しが、廊下の絨毯にその鮮やかな芸術を映し出していた。

 アルディーン・アルザスは絨毯が敷き詰められた廊下を、足音を立てずに歩いている。
 伏見明子は、抱きかかえられながらアルディーン・アルザスに言葉をかける。

「フラムと今まで暮らしていて分かった事があるのよ。機晶姫は兵器から始まってる。人間として生まれた物じゃない。無理矢理「只の人間」として扱ったら、あの娘の一部を否定することになる。持った力から目を逸らして生きれば、どこかに歪みが生まれるわ」

 一息ついて、アルディーン・アルザスによく聞こえるように、少し声を張り上げた。

「私も知りたいのよ。私の妹がどうやって生きるべきなのか」
「……そうだな。だが貴様はその兵器が、本当に心をもったらどうなるか、その恐ろしさを知らずに生きているんだろう?」

 そう語ったアルディーン・アルザスは、交渉の余地なんてないのだと思わせるような嘲笑を浮かべていた。伏見 明子はため息をつくと急に体の重みが消えた。
 正確に言うと、急に足元に穴が開いたのだ。その感覚は一瞬のことですぐに勢いよく掴まれた。見上げると、穴に落ちまいとしてヘリをつかみ、伏見 明子を支えていたのだ。

「明子さん、大丈夫ですか?」
「ら、ランドネアさん!?」
「驚いて、眠っちゃったみたいです。アルディーン……っ」
「てか、何でこんなところに落とし穴なんて」
「すまない、すぐに引き上げるよ!」

 そう穴の上から声をかけてきたのは、アンドリュー・カー(あんどりゅー・かー)だった。烏を連れた葛城 沙耶(かつらぎ・さや)は、辺りを警戒しながら引き上げる手伝いをする。
 ようやく穴から引き上げてもらい一息つくと、まずランドネア・アルディーンのことをと思った伏見 明子が口を開くより早く、アンドリュー・カーは「ランドネアさん、ですか?」と自己紹介を開始していた。

「え、みんな知ってるの?」
「イシュベルタさんが調べてくれたの。私たちは一足先にもぐりこんで、別のルートを使ってここまできたの。ビンゴだったとはね」
「なんだぁ……わかってるなら話が早いわ。記憶操作装置ってのがあるから、それを使ってアルディーンを消しましょう」

 とてもつかまっていたとは思えないバイタリティで道案内をしようと館内の地図を取り出して渡す。丁寧に書き込みがされており、恐らくランドネアと話しているときに書き込んだのだと思われた。

「これ、他のみんなにも送りましょう」
「明子さんは休んでください」
「うん……ありがとう」
「もうすぐリリさんたちがここきますから、外に逃げる手はずを整えてくれるはずです」

 アンドリュー・カーが簡単に応急処置をしていると、葛城 沙耶が使い魔の九郎丸を先行させて飛ばした。先にはスライムたちはいないのだと分かると、丁度よくリリ・スノウォーカーたちが到着した。その隣には、イシュベルタ・アルザス、秋月 葵(あきづき・あおい)エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)朝霧 垂(あさぎり・しづり)夜霧 朔(よぎり・さく)もいた。

「……ランドネア、か?」
「イシュベルタくん!?」

 ランドネア・アルディーンが目を潤ませてイシュベルタ・アルザスに駆け寄って抱きついた。

「ごめんね! 気がつかなくって……」
「いいんだ。ただ……アルディーンを、あんたの中のアルディーンを消そう」
「うん……エレアノールちゃんも何も覚えてないし……私、どうすればいいのかわかんなくって」

 泣きじゃくっている吸血鬼の女性は、とても先ほどまで冷酷な笑みを浮かべていた人物と同一人物だとは思えない。そこへ同じく駆けつけたルカルカ・ルー、エース・ラグランツ、牛皮消 アルコリアたちは、その場面に出くわして武器を一旦収めることにした。

「ランドネア、教官?」
「ルーさん!? うわあんん、ごめんなさい、軍法会議でも何でも受けるから、殺さないでください……」

 子供みたいにルカルカ・ルーに泣きつくと、困ったように笑った。その様子を、ルカ・アコーディングはしっかりとカメラで記録していた。ランゴバルト・レームは伏見 明子にゆっくりと歩み寄る。

「天照す光よ、傷つき倒れたものに再び活力を……」
「あなた……」
「ホッホッホ。また逢ったのぅ」
「また治癒魔法もらっちゃったわね。ありがとう」

 体力の疲労をなんとか回復してもらったが、まだ気持ちが疲れているのか座り込んだままでいた。それを遠巻きに眺めていると、メシエ・ヒューヴェリアルは退屈そうにため息を漏らした。

「この程度で終わってしまうなんて、陳腐な三文小説ですね」
「そう思うだろう? 私もだ」

 ルカルカ・ルーの胸を強く突き飛ばし、すぐに呪文の詠唱を開始した。ダリル・ガイザックがすぐに歌声を響かせると、クマラ カールッティケーヤが対抗するための魔法を唱え始める。詠唱が終わったのはほぼ同時で、炎の魔法と氷の魔法が激突して爆発を起こした。
 粉塵が消える頃、スライムたちを召喚したらしいアルディーン・アルザスはすぐさま秋月 葵に狙いを定める。それがわかってすぐに彼女自身もスキルを使って最大限の防御術を発現する。

「ルーノちゃんを護るんだから!!」

 光術を発し、スライムたちを的確に排除していくが、さすがに量が多く腕と顔に傷を入れられてしまう。すると、別のところでスライムに雷撃を与えていたエレンディラ・ノイマンのほうから『ぷち』という音がはっきりと聞こえた。

「よくも……よくも葵ちゃんに……あなたを完全消去します!!」

 表情がいつもの穏やかな彼女ではなくなると、地面に手をたたきつけて最大氷術を放つ。危うく見方の足元まで凍りそうだったが、床や壁を張っているスライムたちには効果覿面で凍りついたスライムたちを幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も殴っていた。砕け散っていくスライムたちの悲鳴が、木霊している気がした。
 あまりの豹変振りに、秋月 葵がエレンディラ・ノイマンに抱きつく。

「え、エレンディラ?!」
「あれ、葵ちゃん。どうしたんですか?」

 にっこりと微笑んだ彼女は、いつもどおりの彼女だった。周りの人間の背中に悪寒を走らせたがすぐさま片付いたスライムたちを足蹴に、アルディーン・アルザスに向かっていく。カルキノス・シュトロエンデが詠唱を始めると、エース・ラグランツも突っ込んでいく。
 朝霧 垂はトレジャーサーチでアルディーン・アルザスをしっかりと観察する。だが彼女は何も持っていなかった。

「……こいつ、銀の機晶石持ってないぜ!」
「垂さん、本当ですか!?」
「ああ、だから今は!」

 鞭を取り出した朝霧 垂は打ち付けて、アルディーン・アルザスの腕を取る。

「人質もいないし、遠慮する必要ないな」
「ふん、そんなこと」

 と、彼女が言いかけると窓のステンドグラスを割ってアルディーン・アルザスの頬を銃が掠める。

「い、一体何者だ!?」

 そう声を張り上げるが、答えるものはそこにはいなかった。

 隣の建物の屋上で銃を構えていたのは閃崎 静麻(せんざき・しずま)だった。光条兵器を使っての射撃だったが、ようやく範囲内に入ってくれたおかげで弾を放つことが出来た。表術で作った射撃用の土台を使っての射撃は、ぶれも少なく安定して打つことが出来たようだった。クァイトス・サンダーボルト(くぁいとす・さんだーぼると)がセンサーを使ってアルディーン・アルザスの位置を的確に閃崎 静麻に伝える。

「お兄ちゃん大丈夫?」
「ああ、この土台のおかげだな」

 閃崎 魅音(せんざき・みおん)はにっこりと笑って自慢げに胸を張る。クリュティ・ハードロック(くりゅてぃ・はーどろっく)は時折襲い掛かってくるスライムの残党を打ち払って邪魔をするものを排除していた。

「ルーノお姉ちゃんのためにも、やっつけなきゃね」
「まぁ、死なせない程度にだけどな」

 そして、今度は両足を連続で打ち貫かれる。

「死なせない程度に撃つ事なんて、簡単ですからね」

 浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)の声がどこからともなく響いてくる。イルカの獣人であるアリシア・クリケット(ありしあ・くりけっと)がピンクウェーブの髪越しに耳を済ませると、超感覚を使って廊下のかなりはなれたところで狙撃をしている浅葱 翡翠に情報を伝えていた。

 狙撃に驚いて右往左往しているアルディーン・アルザスがいまだ座り込んでいた伏見 明子を狙って駆け出すと、蘭華・ラートレア(らんか・らーとれあ)が割って入る。無骨な見た目の機晶姫だが、すぐさま振り向きざまに伏見 明子を抱きかかえて、ブースターを使って距離を置く。

「く、おのれぇえ!!」

 アルディーン・アルザスはスライムたちをまた召喚し、弾が飛んでくる方向にスライムで壁を作ると、スライムをエスカレーター代わりに動かしてその場から走り去った。




 ルーノ・アレエのそばで護衛役として残されていた白乃 自由帳(しろの・じゆうちょう)は、すぐに受け取った情報を周りの仲間と共有する。

「伏見 明子は無事なのですね!」
「うん。あと、銀の機晶石だけは持ってなかったみたい……今、明子さんたち、アルディーンを追ってるらしいわ。地図によると……書斎に向かってるみたい」

 その言葉を聞いて、一同が強く頷いて歩みを走りに変えて急いでいた。

「それにしても、彼が先に行ってたのにはびっくりですわ。わてたちの後ろにいたと思いましたのに」
「イシュベルタおにいちゃん、すっごく足が早いんですねー」

 ヴァーナー・ヴォネガットが感心しながらセツカ・グラフトンと話していると、クレシダ・ヴィトツェフがバフバフにのって一足先に駆け出した。

「クレシダちゃん! 一人で先に行っちゃ危ないです!」
「急ぎたい気持ちはわかるが、ルーノを護るのも仕事だろう?」

 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)がクレシダ・ヴィトツェフの隣を併走する。その後ろには、小型ロボの風貌をした少女機晶姫ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)とアリスのミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)がいた。走るのに息を切らしていると、アシャンテ・グルームエッジがゾディスを彼女のほうに行くよう指示を出した。

「え、あの」
「……乗るといい」

 ミュリエル・クロンティスは戸惑っていたが、エヴァルト・マルトリッツは礼を言って、狼の背中に彼女を乗せた。ふわふわの毛皮は暖かく、しっかりとミュリエル・クロンティスを支えてくれた。

「回復役が息切れ切れ起こしてたらダメだろうからな」
「はい。ありがとうございます。ええと」
「ゾディス」
「ゾディスさん、お願いしますね」

 その呼びかけにこたえるように、ゾディスは短く吼えた。クレシダ・ヴィトツェフがそれをみて併走すると、「おそろい」と小さく言った。ミュリエル・クロンティスは照れくさそうに顔を赤らめると「はい!」と返事をした。

 毒島 大佐もそのほほえましい光景を見て少し表情が和らいでいた。さりげなく、プリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)が隣に寄り添うように歩み寄った。

「がんばって、助けましょうね」
「……ああ。死なせなくても、連れて帰ることはできる、な。」

 ライラック・ヴォルテール(らいらっく・う゛ぉるてーる)が冷たくそう言い放つと、毒島 大佐は小さく頷いた。