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サンタ少女とサバイバルハイキング

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サンタ少女とサバイバルハイキング
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第7章 遭難ですか? そーな…(自粛)


 実際の遭難者は、正確には3人だった。
 そのうちの1人が、イルミンスールのフリードリッヒ・常磐(ふりーどりっひ・ときわ)だ。彼は、山の麓でハイキング参加者の受付に向かったはずが、いつの間にか一人山の中をさ迷っていた。
 しかし、フリードリッヒはさほど困った様子もなく、小川沿いの小さな木陰に荷物を下ろした。
「このへんにするか」
 気に入った場所を見つけ、早速、愛用の空鍋を取り出し、お料理セットを用意する。
 小川で、道々摘んだ香草を洗い、空鍋に水を汲むと、石と枝とで作った簡易かまどに火術で火をつけ、その上に鍋を置いた。
お湯が沸いてくるのを待ち、用意してきた干飯と干肉、ブイヨンを入れ、ゆっくりとかき混ぜる。煮立ってきたところに先ほど川で洗った香草を入れてもうひと煮立ち。美味しそうな匂いがあたりに漂う。
「よし、フリッツ特製サバイバル粥の完成だ」
 ひとりの時は冷静な表情ばかりのフリードリッヒも、陽気と匂いに誘われて、自然と口元をほころばせている。
 器に粥をよそい、口に運ぶと、空いた腹にじんわりと温かさが染み渡った。
「うん、うまい!」
 初夏の風が爽やかに吹き抜け、木々が応えるように葉音を返す。小鳥がさえずり、小川は心地よいせせらぎを響かせる。体にも心にもとても良い日だった。
「あー…、そういえば、僕、はぐれちゃったんだっけ?」
 本人は放浪慣れしていてあまり実感はないが、なんだか出発する前に、すでに皆とは別に行動していたような気がする。実際は、登山者名簿に名前が記載されていないため、ひとりで登山に来ている状態だ。
「まー、そのうち誰かと会うだろ。」
 そのままスロー遭難ライフを続けるつもりのフリードリッヒが、粥のおかわりをよそった時、目の前の草むらがガサリと揺れて、茶黒い大きな塊がのそりと現れた。
 フリードリッヒがぼんやり見つめたその先で、茶色く光るつぶらな瞳もこちらを見ている。しかし、可愛らしい瞳とは裏腹に、巨大な茶黒の毛玉は後ろ足で立ち上がり、鋭い爪をもった腕を振り上げ、臨戦態勢をとった。
「…………こんなときに熊と会うなんて、こりゃクマった。なんてねー…」
ははは、とフリードリッヒの乾いた笑いが空しく響く。次の瞬間、フリードリッヒは脱兎の如く駆け出した。同時に熊の腕が彼のいた場所をなぎ払う。
「あー、やっぱり面白くなかったか〜。」
 ダジャレが気に障ったのか、熊はフリードリッヒを追いかけて来る。
「ははは、これがホントのシャレにならん。って懲りないな、僕も」
 フリードリッヒは、次のセリフも整わぬまま、とりあえず走る事にした。


「いやぁ、久しぶりにフレデリカちゃんと会って、皆できゃっきゃうふふの楽しいハイキングなんて最高やなぁ♪」
 フリードリッヒから少し離れた場所で、同じイルミンスール生徒の日下部 社(くさかべ・やしろ)が、不自然なほど明るく言った。
「ほんと、ハイキング日和ですよね〜」
 パートナーであるゆる族の望月 寺美(もちづき・てらみ)が社の言葉にいつもの様ににこやかに返す。
 途端、ぴたりと足を止めた社の背に、寺美の顔がぽふりと埋まった。
「はぅ! 社ぉ、いきなり止まらないで下さいよぉ」
「……なんて、思ってた時期が俺にもありました」
「はぅ?」
 先ほどとは打って変わって、振り向いた社の顔からは笑みが消えていた。
「寺美ぃ、のんきにはぅはぅ言うてる場合ちゃうやろがっ! なんで俺らが遭難しとるか分かっとるんか!? お前が『ハチミツ食べたいですぅ〜☆』なんて急にコースから外れたからやぞっ!」
「だ、だぁってぇ、匂いがしたと思ったんですぅ」
 オルカが気付いた2人の遭難者は彼らだった。
「この山、モンスターも出るっちゅう話やないかい! このままやと俺ら、ハチミツと一緒に人知れずちょうどええデザートコースやぞ!!」
「……デザート。」
 寺美のお腹がぐぅと鳴った。
「……お前はホンマに、タイミングをはずさんやっちゃのぉ!」
「だってぇ、社がおやつは300Gまでってケチるからぁ〜!」
 社の拳が、寺美のこめかみにぐりぐりとめり込む。
「はうぁああああっ! 社っ、いつになくツッコミが本気ですぅっ!」
「思い知れ。俺の空腹もその身で思い知れ!」
「はわあああっ!……あ、地図!」寺美が口走った単語を聞いて、ようやく社が手を止めた。「ボ、ボク、そういえばぁ、出掛ける前に地図を荷物に入れてきましたぁ!」
 慌てて社から離れ、自分の荷物を漁る寺美に、社も少し表情を和らげる。
「なんや、寺美にしては気が利いとるやないかい。」
「あ、ありましたぁ!」寺美が社に地図を渡す。
「どれどれ、とりあえず現在地を……、」
 受け取った地図を広げた社の手が、小さく震え始めた。
「なぁ、寺美ぃ。これはボケやな? 俺にツッコめいう前フリなんやな?」
「何のことですかぁ?」
 社の拳が、先ほどより強力に寺美のこめかみをミシミシと抉り始める。
「はわわわわっ! 社、社っ、ものすごく痛いですぅ〜っ!」
「シャンバラの地図持ってきてどないすんねんっ! 南アルプス登るのに日本地図持ってきてどないすんねんちゅう話やないかいっ! ヒラニプラからして小さすぎて山の位置すらわからんわっ!!」
「そ、それしか持ってなかったんですぅ〜」
 結局、2人は貴重な体力を消耗しただけだった。社が思わず座り込んでいると、寺美がくんくんと何かの匂いを嗅ぎ取り始めた。
「今度は何や?」
 訝しげに問う社の前で、寺美はなおも匂いを辿るように鼻で方向を探りながら、よろよろと歩きだす。
「なんか、こっちからハチミツの匂いがしますぅ〜」
「ハチミツ? またかい。大体なぁ、ハチミツなんてそんなに匂うもんでもないやろが。」
 それでも茂みに入っていく寺美に、社はため息をつきながら重い腰を上げた。
 寺美を探してみれば、ようやく考えなしの自分を反省したのか、木の幹に顔を埋めている。社はほんのちょぴっとだけ、罪悪感を感じた。
「あー、なんや、その……俺も、5ミクロンくらいは言い過ぎたかも……」
 慰めようと寺美の肩に手をやろうとした社は、
「はうぅ〜〜〜っ、生き返る〜ぅ」
 そういいながら笑顔で振り返る寺美に顔をひきつらせた。
「なんやお前っ、口の周りべっとべとにしおってからに!」
「あ、社! 見つけましたよ! ハチミツですぅ!!」
 寺美は、木の幹から滴るとろりとした液体を指で救って口へと運んでいた。
「しかもぉ…ん…これはぁ…はぅ…なかなかの上物れふ…んちゅっ…」
「ぎゃーっ!! やめんかいっ! やっぱお前は熊やったんやな、どこぞの赤い上着の黄熊の親戚やったんやな!……って、なんでハチミツが木の幹なんかにあるんや?」
「ボクは熊じゃありませんよぉ! このハチミツはぁ、きっと誰かが遭難者の為に塗っておいてくれたんですぅ。これ、瓶詰のハチミツですもん。しかも、新鮮塗りたてですぅ!」
「そうか、ハニー狩りの熊さんが言いよるんやからハチミツに関しては間違いないやろ。」
「だからぁ、ボクは熊じゃありませんてばぁ! ボクは『寺美』なんですぅ!」
「はいはい。で、なんでそいつがこないなトコにハチミツ塗りたくってるかはわからんが、とにかく、この近くに人がおるかもしれんちゅう話やな。よし、捜すぞ寺美!」
「……じゃあ、社はそっちを捜して下さ〜い。ボクはこっちを捜しますぅ!」
 寺美はいつになくむくれた様子でぷいっと横を向いた。どうやら熊呼ばわりされたのが大分気に入らなかったらしい。
「はいはい。あんまり遠くに行くんやないで。」
「社こそですぅ!」
 2人は、二手に分かれ、近くに人の痕跡がないか捜し歩いた。
「おーい、誰かおらへんかー!! おーい、誰か、助けたってくれー!」
 そう叫びながらあたりを探索していた社の目の前に、茂みから人影が走り出てきた。
「おわっ! びっくりした!!……って、あれ? フリッツさんやないの?」
「おぉ、社か!」
 二人はほっとした笑顔で同時に言った。
『助けてくれ』
 そして同時に驚いた。
「なんや、フリッツさんも遭難したんかい」
「ああ、そうだな。そういえば、遭難もしているな」
「遭難『も』?」
 二人のすぐ近くに落ちていた枯れ木が、ピシリと折られる音がして振り向くと、社の目の前に熊が迫っていた。
「ぎゃーっ! なんやなんやーっ!!」
「いやぁ、ちょっと熊に追われててな」
「あ、あはは、フリッツさんたら、珍しいお友達がいてるんやなぁ。……ほな、俺はこのへんでっ!!」
 巻き添えは勘弁とばかりに走り出す社と並行してフリードリッヒも走り出した。
「ぎゃーっ! フリッツさんなんで同じ方向に走りよんねん!」
「不思議だな。人間、逃げる時は大体同じ方向になるみたいだ」
 そんな2人に気付いたのか、寺美が社の方へ走り寄ろうとしていた。
「はうぅ〜っ! 社ぉ〜!」
「あかん、早よ逃げ、寺美っ! 熊が来よるで!」
「助けて下さいぃ〜っ!!」
「お前もかっ!!」
 見れば、寺美の少し後ろから、黒い雲がついてくる。寺美が腕に蜂の巣を抱えているのを見て、社は頭を抱えた。
「このハプニング大賞王が…っ!」
「あれ? フリッツさんもご一緒でしたかぁ。これはこれはお久しぶりですぅ〜☆」
 2人に追いつき、蜂の巣を大事に抱えたまま礼儀正しくぺこりとお辞儀をする寺美に、フリードリッヒが久しぶりと返そうとするのを、社が寺美の額への手刀ツッコミで止めた。
「挨拶なんか、後回しや!」
 社は覚悟を決め、身構えた。装備していた『雷光の鬼気』が、小さな電光を伴いながら彼の拳や脚に闘気をまとわせ始める。
「フリッツさん、いきまっせ!」
「よし!」
 社の呼び掛けに、フリードリッヒも応戦の姿勢に入る。『秋霜の鋭気』が、氷の結晶を伴いながら同じく拳や脚に、闘気をまとわせて行く。
「寺美、たき火を作るんだ。煙で蜂を追い払うぞ!」
 フリッツの言葉に、寺美は急いで手近な枯葉や落ち枝を集め始めた。
「俺らの本気見せたるでっ! まずはこっちや!」
 社は、熊に向け、雷術を放った。
 グゥオオオオッ! 唸り声をあげて、熊が身を捩る。
「アイス!」
 フリードリッヒがさらに氷術を打ち込むと、熊の動きが鈍り、倒れた。
 ブーンと嫌な羽音がして、今度は蜂の大群が2人に襲いかかる。2人は、アイコンタクトで同時に『等活地獄』を発動させた。
「はっ!!」
 社の拳と蹴りが、蜂を次々と叩き落として行く。フリードリッヒは軽身功で手近な樹木に駆け上がり、空中から打撃を放った。
 大分減りはしたものの、やはり小さい敵は殲滅が難しい。
「フリッツさ〜ん、用意できましたぁっ!」寺美が風上に用意したたき火の材料を指し示す。
「フォイエル!」
 攻撃の合間に、フリードリッヒが掛け声とともに、火術を放つ。寺美は大きな葉っぱで、焚き火から立ち上ってきた煙を2人の方向へ仰ぎ始めた。
「うぅ…煙が目にしみるぅ。」社が咳き込みながら言う。
「これじゃ、蜂がよく見えないな。」
 フリードリッヒも結構な量の煙に顔を顰めるが、それは蜂も同じだったようで、蜂は名残惜しそうにしながら、ようやくこの場を去って行った。
 グルルルルゥ……。
「あ、忘れとった」
 見れば、攻撃のショックから回復した熊がこちらを睨みつけている。
「おーい、大丈夫かー!?」
 身構える2人に、斜面の上の方から声が掛けられた。立ち上る煙を見て様子を見に来たイリーナと鳳明、ヒラニィの3人だ。
「きゃあっ、熊がっ!」
 鳳明は、誤って爪や牙を見ないよう、両手で顔を覆った。イリーナは社とフリードリッヒを庇うように前に出ると、持っていたきれいな石や芋ケンピを投げ始めた。
「ほらっ、しっ! あっちへ行け!」
 真剣な面持ちのイリーナに、ツッコむ事もできず、社が困ったように声を掛けた。
「さすがに効かんと思うで。だいぶ怒っとるみたいやし」
「そうなの?」
 鳳明は、社の言葉を受け、心配そうにイリーナを見つめた。
「でも私達、ハイキングの道は血で汚さないでおこうって決めてるの」
「ああ、それで」
 フリードリッヒは、イリーナが使おうとしないアーミーショットガンにちらりと目を走らせる。
「……そういえば、僕も山に入るにあたり、決めていた事があったっけ」
「なんや、フリッツさん、突然どないしてん?」
 嫌な予感を感じながらも、社がフリードリッヒに訊ねると、彼は思いの外、熱く語り出した。
「僕、山で猛獣が襲って来たら、友達になろうって決めてたんだ!」
「………はい?」かろうじて社が聞き返すが、イリーナ達は反応すら出来ない。
「ほら、僕って生物部員だろ? やっぱりここはひとつ、これを機会に猛獣とも友達になりたいじゃないか。かつて日本に君臨していたという魚の名を持つ動物王のように!!……というわけで、ちょっと拳で語り合ってくる」
 じゃ、と軽く言ったフリードリッヒは、改めて気合と闘気を漲らせ、正面に立ちはだかる熊をまっすぐに見つめた。
「待てフリッツさん、それは限りなく死亡フラグや!」
 社の制止も聞かず、フリードリッヒは拳に魂を込め、全身全霊で熊へと走り出す。その気迫に応えるように、熊も後ろ足で立ち上がり、両手を広げた。
「うぉおおおおおおおっっっ!!!」
グォオオオオオオオッッッ!!!
 ガシリ。
 フリードリッヒと熊は、まるで感動の再会のようにしっかりと抱き合い、そのままバランスを崩すと、横転しながら山の急斜面を転げ落ちていった。
「ぎゃあああああああっっっ!!!」
ガォオオオオオオオッッッ!!!
「フリッツさんっ!〜〜〜もぉ、見てみぃ、言わんこっちゃない。」
「と、とにかく、追わないと!」
 フリードリッヒの行動に動揺しながら、イリーナは、社、鳳明、ヒラニィ、そしてたき火の始末をしていた寺美と共にフリードリッヒと熊を追い、急いで斜面を降りて行った。