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闘魂 ☆ 裸具美偉

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闘魂 ☆ 裸具美偉

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第六章 筋肉愛の叫び


「おりゃあああああああ!」
 国頭はワンバウンドさせるドロップキックを行った。
 空高く舞い上がったボールは敵陣へと飛んでいく。
 しかし、「帝王が率いるチーム(自称)を勝利に導くのだ!」と、燃えていたヴァルによって進行は阻止される。
 ヴァルはボールを抱きしめ、右側に抜けようとしたが、他校連合陣の左プロップ=吉永と、フッカーのジェイコブ、右プロップのユウガの強力なスクラムに、ヴァルは弾き飛ばされそうになる。
「この帝王に、これしきのこと!」
「おらおらッ! 行くぜ、ヴァル!」
「我もいるぞぃ!」
 『闘神の書』とラルクが叫んだ。
 ヴァルの後ろから『闘神の書』とラルクががっちりと組んで押し合う。
「助かる! よし!」
 ヴァルは吉永たちを押し返そうと思ったが、少し力が入らない。
「むぅ……」
 ヴァルは唸った。腹の調子が芳しくない。
「しかし、そこは気合いだ!」
 そう言って、頑張るものの、ヴァルの息は上がっていった。
 苦しい。
 絞り上げるような痛みが腹に起こる。
(こ、こんなところで……)
 ちらりと見れば、吉永たちも同じような表情だった。
「何?」
「ふぉぉぉ〜〜〜」
 妙なため息をジェイコブは零した。
(まさか!?)
 だが、吉永も青い顔をしていた。
 朝食が痛んでいたのであろうか。いや、自分はイルミンスールの所属であって、吉永はパラ実だ。同じ所で食事はしていない。……となると、考えられるのは、薬。
 力の限り押し返しながら、ヴァルはそっと首を回してサラディハールを見た。
 熱中して応援している。おかしなところはない。
 では、一体何が原因なのだろうか。
 ヴァルにはわからなかった。
 スクラムを組んだ中に、国頭が走り込む。
「おっりゃあああ! ぐわああ!!」
 国頭は跳ね飛ばされ、控え室兼ロッカールームに突っ込んだ。
「おおっとぉ! 国頭選手、阻止されましたぁ! ロッカールームに突っ込むぅぅ〜〜〜う!」
 派手な展開に樹は喜んだ。
「なんだとゴラァ! 殺すぞ、そこのガキィっ!」
 喜び勇んだ樹にブーイングを飛ばす、南。
「くぁああッ!」
 ラルクはケツ筋を締めた。
 グッと力が入る。盛り上がった筋肉には普段とは違う緊張が走る。
「痛ってぇ……くそお」
 ラルクは魔技を放つ。
 鬼の力はラルクの肉体能力を向上させた。
「ぐおおおおおお!」
 不意に押し返す力が強くなったことに気が付き、ジェイコブは驚いた。
 対抗するために抑制している力を解き放つ。
「おおおおおお!」
 ジェイコブは叫んだ。
 これで少しは対抗できるはずだ。ここで負けるわけにはいかない。
 この素晴らしき試合には、力と力、筋肉と筋肉のぶつかりが必要なのだ。
(愛?)
 ジェイコブはふと思考が止まった。
 愛って、何だ?
 自分の思考に上がった言葉を反芻する。
 試合に愛は必要だろうか。いや、必要だ。戦う相手に対して、礼儀とか慈しみとか、そういう気持ちは必要だろう。
(慈しみって……)
 どうも変な方向に思考が行く。
 ジェイコブはラルクを見た。
(うむ、良い筋肉だ)
 ボリュームもカットも申し分ない。贅沢を言えば、もう少々背が高ければ、もっと楽しい試合になりそうだが、まあ、これだけの力があれば十分かもしれない。
 滾る血潮に汗。まさしく青春。良い馨り。
 胸の奥にキュン☆とくる、あの甘酸っぱい感覚。
 初恋というのはこんな感じなのだろうなぁとジェイコブは思った。
(何だ、そりゃぁ)
 恋。
 ジェイコブは反芻する。
 恋。
 ありえない。
 だが、この胸の奥で渦巻く感覚は何だ?
「うおりゃあ!」
 ラルクがぶつかってくる。
 ジェイコブは必死で抵抗した。
 痛い、この感じがたまらない。
(もっと……)
「……やってくれ
 ジェイコブは呟いた。
「はあ?」
 ラルクは謎の言葉に眉を顰める。
 ラルクはずっと愛しい相手のことを考えていた。
 今はどうしてるだろうかとか、ちゃんとした生活が送れる状況になるのだろうか、とか。頭の中は愛しい人でいっぱいだった。
 逢えない夜のもどかしさ、手に届かないところにあることに対しての苦しさ。
 あの声が聞きたい。感じたい。
 さっきから、妙な感じに囚われている。
 このスクラムから抜け出して、見えない敵をぶん殴ったら、届かない人に手が届きそうで。ずっと、こんな想いと戦っている。
 だから、ジェイコブの言葉の意味がすぐにはわからなかった。
「お、お前……」
「もっと、やってくれ……堪らん」
「ま、マジかよ」
「うおおおおおお!」
「くそ! もっと押せぇ!」
 ラルクは『闘神の書』に言った。
「ふおおお! 任せろぃ!」
 『闘神の書』も調子がおかしそうだ。
 ラルクは気になって振り返る。
 だが、そこには野獣のような目をした『闘神の書』がいた。
「どうした!」
「うぬぅ……腹が」
「大丈夫か」
「むう……こう、ヤりたい感じになってきたぞぃ」
「はあ!? お前もか!」
 ラルクは言った。
 おかしい。
 フィールド全体の様子が、なんとなーくおかしかった。
 視線を辺りに彷徨わせると、スクラムの隙間からルシェールが見えた。
 モジモジしながら当たりを見回しているようだ。
(まさか!)
 ラルクは思った。
 アレを飲んだ全員の様子がおかしい。
 そう、ドリンク剤【美偉】
 思い当たる節はそこしかなかった。

 副作用。

 そんな言葉が脳裏を駆け巡る。
 腹に激痛が走った。
「うあ!」
 飲みすぎた水の所為か、ついでに「大」までしたい。
(クソぉ! ……あぁ、砕音)
 恋人への思いと刺激される場所のせいもあって、悶絶するのだった。
「サラ・リリ! お前、なにをやった!」
 ラルクは叫んだ。
 サラディハールがフィールドの際まで歩いてくる。
「おや、どうしました?」
「サラ・リリッ! お、お前……」
「欲しいですか?」
「や、やっぱり……お前かァ!」
「はい、そうですよ」
「なんだとぉおお!」
「どんな気分です? 試合中では、さぞかし辛いでしょうねぇ。おっと、力を抜いたら――野獣に襲われますよ?」
 ラルクは視線を上げた。
 他校連合チームのメンバーと目が合った。
 イッている状態だ。
「うおおお! 来るんじゃねェェェ!!!」
 ラルクは必死で叫んだ。
 頼りになるのは『闘神の書』、その人だけであった。
「俺が何をした!」
「そうですねぇ、強いて言えば…・・・私になびかなかったお仕置きです」
「ちょ、ちょっと待て」
「楽しく視姦させていただきますよ、を〜〜〜ほほほッ♪」
「ぐおおおおおお」

(したい、したい、したい。ヤられたんじゃねぇぇぇ〜〜〜〜〜!)

 脳内に駆け巡ってくるのはそんな言葉。
「こんちくしょうめ!」
「ふふ……抵抗する姿も素敵です。そうそう、坂上君?」
「はーい」
 カメラを構えていた樹は、気のない返事で答えた。
「耐える姿も雄々しくて、イイでしょう? 【校長先生のために】しっかりと撮影してくださいね」
「雄々しいって……俺に同意を求められてもなあ」
「フフフッ……貴方もいつか、わかります」
「わかりたくねー」
 樹はぶっきらぼうに言った。
 ちょっと離れたところで見ていた美羽が言った。
「ねぇ、コハク。どうしよう!」
 変な展開に戸惑う。
「わ、わからないよ……これ送って喜ぶかなあ」
「でも、危険物は映ってないし。一応、送っとこうっと。いらなかったら消す、よね? えーい、送っちゃえ☆」
 そう言って、送信ボタンを押す。
 美羽はデータをしっかり送信するのだった。


「やだぁーーー!」
「ハハハ……待てぇ!」
 変熊はルシェールを追いかけていた。
「わーん、やだー!」
 薬の副作用で変な気持ちになったルシェールは、変熊の存在に身の危険を感じて逃げていた。
 何が何だかわからない。
 だけど、一緒にいたら危険だ。そう感じていた。
 さっきから、体の奥が熱くて変な感じがする。
 ほぼ半日絶食している状態なので、トイレの心配は無いが、おへその下辺りがムズムズして気持ち悪い。
 走っていればまだマシだが、立ち止まったらこの変な感覚に囚われてしまいそうだ。
 その上、変熊がずっと追いかけてきている。
 恐くて仕方なかった。
「おーい、ソルヴェーグ! 俺様は何もしない。ビデオを撮るだけだ。美しく撮ってやろう!」
「いーーーーーやーーーーーーー!」
「移動は内股で走れ!」
「しないー!」
「ソルヴェーグ、もっと涙をためて流し目だ!」
「だから、しないってばぁ! ……きゃっ!」
 余所見をしていたために、ルシェールは転んでしまった。
「馬鹿者っ! 正座を崩してもっと儚く!」
「痛いよー」
 今回の変熊の野望は、『ルシェールを美しく演出し、ショタビデオを作ろうではないか!』と言うことであった。
 本人にとっては、非常に迷惑な話である。
 変熊はルシェールの後ろを常に追いかけていたのだ。
 おまけに、名前を覚えていないのか、ずっとパートナーの方の名前を叫び続ける。
「小指の咥え方はこうだ、ソルヴェーグ!」
「だーかーらぁ! 俺の名前、違うんだってばぁ……」
「被写体が逃げてはいけないぞぅ! はーっはっは!」
 しかし、一向に気にしていない変熊だった。
「イオマンテ! さあ、俺様たちに美しき薔薇を!」
「ほら、薔薇じゃけぇ!」
 イオマンテは薔薇の花吹雪を撒き散らし、ビデオを撮影した。
「しかし、今日は厚着だというのに、更に服を着たい感じだ」
 変熊は呟いた。
 いつもマッパなのに、今日は褌とヘッドギアまで付けている。普段の自分から考えると、十分に厚着だった。なのに、今は服が着たい。
(うむ、視線が痛い――感じがする)
 変熊はモゾモゾした。
 視線は痛いというか、むず痒い。常にねこじゃらしで擽られているようだ。
あっふ〜ぅン♪ ……むぅ! どうした俺様」
 変熊は言った。
(ふう、恥ずかしい……はぁ? 何だそれは! こ、この俺様がッ)
 そう言えば、佐々木から貰った薬を飲んでから変な感じだ。
 変熊は佐々木を見た。
(何ィッ!)
 変熊は思わず思考が停止した。
 普段なら追い討ちでもかけるところだが、今日は違った。変熊は普通の青年と変わりなかった。
 佐々木を見て、おかしいと感じた、というか、一種の恐さを感じたのだ。
「ふ、ふふ……にゃは〜ん♪」
「さ、佐々木?」
「し・た・い♪ あははーん☆ 見ちゃだめだよぉ〜」
「え?」
 ふと自分自身を振り返れば、なぁ〜んとなく、恥ずかしい気持ちが芽生えてきている、ような?
(この感じは何だ?)
 ついでに腹も痛くなってきたし、とっても……欲しい感じだ。
(か、体がプルプルしてくる。 初めての感覚……ぁあン♪)
「あぁン、見ないで♪」
 変熊はその場に崩れ落ちた。
 尻をおっ立てて、ぷ〜るぷ〜るしている。
「にゃはは♪ 俺様、は・ず・か・し・いっ☆」
「あ、兄者?」
 イオマンテは一瞬、思考停止した。
 薔薇の花を背後に敷き詰め、『マニア垂涎の美少年 ルシェール』と題したビデオクリップを撮影しようとしていたのだが。
 変熊がおかしなことになっている。
「兄者、タッチライン際で悩殺ポーズじゃなかったんけぇ」
「あふーん♪ 恥ずかしいの〜ぅ」
 変熊はルシェールを撮影するつもりが、自分も一緒になって映ってしまっていた。
「しっかたないのぅ」
 呆れる巨熊イオマンテ。
 そんな様子を見て、セルフィーナは声を震わせた。
「へ、変熊さん……」
「あははーん♪」
「まぁ」
 変熊のシャイな様子に心がときめく、セルフィーナ。
 これは変(恋)の始まりか?
「あぁ〜〜〜〜ン♪」
「変熊さん、私が治療してあげますからね」
 セルフィーナは心に誓った。
「俺、もう行くからね! じゃぁ〜、ばいばーい!」
 そう言うと、猫のようにごろごろする変熊を見捨て、ルシェールはボールを追いかけはじめた。

「いっきまーす!」
 ルシェールは叫んだ。
 離れたいけど離れられない、変な気分に支配された筋肉一同の中に潜り込み、ボールを奪ってルシェールは走る。
 目の前に、でっかい連中はいない。
 だがしかし、目の前には戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が立ちはだかっていた。後ろからは野獣と化したマッチョたちが追いかけてくる。ラルクも一緒だ。
「しかたないですね……」
 戦部は言った。
 戦部はボールを持った相手を射撃などで足止めをかければ良いのではないかと思っていた。故に、ずっと仲間の後方に位置取って射撃攻撃のタイミングを待っていた。
 敵の足止めをすれば良いだけのこと。
 実際のところ、男の体に抱きつきたくないと思っていた節もある。
「おや、先頭はおチビさんですか」
 戦部は、ルシェールが走ってきたのではしかたないと銃を構えた。
 足を狙って撃ってくる。
「そこぉ!」
「きゃあ!」
「右だ、右! 気をつけろ!」
 椿の声が聞こえる。
「俺、負けないんだからね! えーい!」
 ルシェールは、戦部に目くらまし程度の光術を放った。
「戦で怯むは、軍人の恥です!」
 戦部はそれでも撃ってくる。
 ルシェールは戦部に光術をぶっ放す。
「もう一回! あ、あれ!」
 片手では上手くできなかったか、ボールが落ちそうになる。
 そこを戦部がボールを撃った。撃たれたボールは宙を舞った。
「むーがががッ!! おげおげおげぇえええ!」(そこーーぉッ! どけどけどけぇえええ!!)
 国頭が走りこんでくる。
 ロッカールームからの復帰だ。
 国頭はパンツを両手に持って、ついでに一枚咥えて、再び参戦してきた。
「ひゃっはーァ! 国頭の復活だぜェ!」
 火炎放射器で派手に炎を上げて南が応援した。
「他校連合、特にパラ実が燃え燃えだァーーーー!」
 樹が叫んだ。
「ブッ殺! ブッ殺! ブッ殺! ブッ殺! ブッ殺!!」
「うおおおお! 行かさねェぜ!」
 マッチョどもが南の応援の声に押され、テンションUPしていく。
「ふおお! 素晴らしきは筋肉!」
「そこのヤツ、最新のプロテインの話をしようぜ!」
「御免だな!」
 ラルクは叫んだ。

 出したい。したい。出したい。したい。

 脳内にまわる、アヤシイ言葉。
 フィールド内が異様な雰囲気に包まれる。
 だが、そこに艶のある声が響く。
 荒野のように殺伐としたパラ実応援席に咲いた一輪の華。
 ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)だ。
 先取点を取っていることに気を良くしたガートルードは、子供のように手を振って応援していた。
 一見すると妖艶な美女に見えるガートルードは、そうしていると、とてもチャーミングに見えた。
 何人かの薔薇学生徒がガートルードを見ている。
「ネヴィル! やっつけるのです!」
 ガートルードの声援をバックに、ネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)が現れる。
 狂血の黒影爪を装備して、ネヴィルはずっと影に潜んでいたのだ。
「ドラゴニックファントーーーーム!」
「おっと! でも、普通の左パンチだあああ!」
 樹はマイクを持って言った。
 ギロッとガートルードが睨む。
 樹は首を引っ込めた。
 ネヴィルは国頭にパンチをお見舞いする。
 咥えていたパンツが吹っ飛ぶ。
「ぐぼォ! でも、これは離さねーーェ!!」
 国頭は吼えた。
 それでも国頭は両手のパンツを離さなかった。
 樹は拍手した。
 せずにはおれなかった。
 勇者。男の鏡。光臨、パンツ魔神さま。
 ありとあらゆる賞賛を、樹は送った。
 樹はへたれゆえ、そこまでの根性は無い。
 母校の応援も忘れ、樹は手を叩いた。

 ボールはというと、如月の手に渡っていた。
 風のようにやってきて、橘と二人で奪っていったのだ。
 如月は何故か、ルシェールの方へと走ってきている。
 ルシェールをを守ろうと、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)も走ってきた
「パラディンも死ねる、四面ダイスの恐ろしさを教えてあげよう!」
 本郷は叫んだ。
 それを聞いて、樹は考え込んだ。
「それって、刺さったの菊にだろ〜?」
 心密やかに突っ込む。
 如月は教生の威厳を込め、ナラカに立ちこめるという禍々しい気でもって、ルシェールを脅しはじめた。
「そしてそのまま梱包してご自宅まで運んであげよう」
「え?」
「何せ、俺は(株)特殊配送行ゆるネコパラミタの社員でもあるからな、人でも物でも何でも何処まででも運ぶぞ?」
「おにいちゃん、恐いよー」
 ルシェールは戸惑っていた。
 家まで運ぶとはどういうことなのかわからない。
 ルシェールは震えるだけだった。
 そして、本郷も威圧されていた。
「くうっ! 正気度チェック、成功させねば」
「失敗してしまえー♪」
 樹がマイクを持ったまま、笑って言った。
「それではトラウマが残りますよ〜」
「どうせ、キャンペーンの先にはゼロが待ってるだろ」
 樹は突っ込んだ。
「さあ、前回の決着をつけようか」
 如月は本郷を無視して言った。
「俺、なんにもしてないモン!」
「いや、した」
「えぇー!」
 それでもルシェールは頑張って走っていこうとしていた。
 如月は足元を凍らせていく。
 夏の運動場に冷たい空気が舞った。
「ひゃぁ! 助けてぇ〜」
「どこまでも追っていくぞ」
「痛ぁい!」
 滑って転ぶが、ルシェールは諦めなかった。
 ボールを取ろうと、立ち上がりかける。
 ソルヴェーグと離れるということがわからないけれど、何だか離れたくない。
 如月はボールを小脇に抱える。
 すると、橘 カオル(たちばな・かおる)と一緒になって、ルシェールの尻をペチペチと叩き始めた。
「ほーらほらほら!」
「痛いよー! 叩かないでぇ!」
「わーいわーい♪」
 橘は子供のように面白がってルシェールの尻を叩いていた。
(うーーん、それだけじゃ面白くないなァ)
 橘は鬼のようなことを考えた。
「じゃぁ……えいッ」
「きゃぁぁあ〜〜〜う!」
 ルシェールは悲鳴を上げた。
 橘が胸あたりをつまんできたのだ。しかも、爪を使って器用に。
「あ、面白いかも」
 橘は呟いた。
 そうなればこっちのものである。
 ボールの行方はこの際どうでもいい。誰か持って行ってくれればいい。
 橘は器用な指先でつまみはじめた。
「痛い、痛い、痛ぁーい!」
「はーい、そこそこ! あっふーン♪ ……ではなくってだな、撮影隊が来たからにはもう安心だ!」
 変熊がやってきた。内股で乙女走りをしている。
 同時にイオマンテが薔薇の花を降らせ、カメラを向けた。
「はぁ……恥ずかしい。俺様、見られてる」
 もじもじする、キモ可愛い、変熊。
 何か、妙だ。
「い、イオマンテ……頼んだぞ! 必殺技はお前の撮影技術にかかっている」
「いいから、やったらええやろうが、兄者」
「おう! では……はいはいはい、お邪魔しますよ〜」
 倒れたルシェールの近くに行くと、如月と橘の間に入り込む。
 がっつりとルシェールを両手で固定した。
「や、やめっ!」
「おいなり、ヒートブレェーーーース!」
 変熊が必殺技を叫ぶ。そして、
 思いっきり息を吸って――吐いた。

「むっはぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜」

「やーだーーーーーー!」
 ルシェールは変熊を蹴りまくる。
 如月と橘は立ち上がった。
「さてと、得点だ」
「了解」
 如月と橘は、二人を無視して去って行った。そして、トライする。
 如月のコンバージョンキックから試合が続いていった。

「は、腹が……」
「わ、ワタシも限界です」
 ルイも言った。
 皆の腹の調子も限界に近付いた。
 むろん、如月もだ。
「くおおおおお!」
 如月はボールを蹴った。
 イオマンテの周りには人だかりができている。
「だから撮影中につきトイレは使用禁止じゃ! 我慢せいっ! 我慢!」
「助けてくれェ」
 だが、イオマンテは動かない。
 イオマンテには、見物客も選手も関係ない。
「あ、結構いいかも♪ 校長、喜ぶかな〜」
 樹は悶える生徒を撮影し続けた。
「あー、あー、あ〜〜〜〜〜〜〜! くそお!」
 如月は怒鳴った。
「ゴールキック失敗。これは痛い。もうチャンスはありませーーん!」
 樹のアナウンスが入る。
「行くぜえ!」
 ラルクは叫んだ。
 薔薇学の攻撃は、ラルクのキックオフで再開だ。
 ラルクは真剣に試合に取り組むことにした。
 やっと今になって、ボールから何が出るかわかったのだ。
 他の人間も気がついたらしい。必死になってボールを追いかけてくる。
 コンバージョンキックの成功、もしくはゴールして出てくる物、

 それはトイレの鍵。

 もしかしたら、イオマンテを退かせるアイテムが出るかもと、皆の心は期待に膨らむ。
 もはや、そこには敵も味方も無かった。
 追うものと、追われるものしかなかったのである。
「ちィッ! 行かせるか!」
「ば、ばっか野郎! 味方だろうが!」
「知るかぁ! 俺はトイレに行くんだああああ!」
 皆はラルクを追いかけた。ついでに鬼崎も、フィールドの外でムチをふりまわして追いかけていた。何故か怒っている。鬼崎の怒りは、この暑苦しい試合で負けた者に与えようと思っているのだった。
 ジェイコブとユウガが襲い掛かる。ヴァルも追いかけてくる。
「弱きものにパスを」
 平行して走るヴァルは、ラルクに言った。
「この状態でできるか!」
 皆に後ろから追われてはOKできない。する気も無い。
「ひゃっはーーーーー! 試合の準備をしといて正解だったぜェ!」
 ルールまったく無視状態に喜んだ南が、ラルクに襲い掛かる。
 無論、南は試合開始時から【美偉】を飲んでいる。
 南は試合の結果なんか関係なかった。
 自分も大暴れしたい衝動に駆られ、本能のまま突っ込んできたのであった。
 吉永も一緒だ。
「ごるぁ! ボール寄越せやァ!」
「舐めてんじゃねぇよ」
 からくも、ラルクは吉永から逃げ切った。
 トイレ、トイレ、トイレェ!
 薬の副作用の、ヤりたいとか、なんとか、もうそんな状態ではない。
 フィールドに倒れた、吉永の悲痛な叫びが木霊した。
「唸れ、オレの大腸括約筋〜〜〜〜!」

 崩壊した。

「チッ……まだいるのか」
 ラルクは南を見た。
 南は持っていた火炎放射器を投げ捨てていた。
 消火には、サラディハールと美央が駆けつけている。大丈夫だ。
 南のタックルをものともせず、ラルクは走る。
 転んで倒れこんだ南は吼える。
 南は力を振り絞った。
「腐阿威矢亜! 永遠なれ、俺の……」

 南は決壊した。