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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第2回)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第2回)
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黒い翼

 思いがけずに誰かが滅び、また予想もしない誰かが生き残ることもある。
 薄汚れた黒い翼をかかえ、この戦いで輜重隊を担ってきた百合園のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、陣地から離れどこかへ歩いていく。翼は汚く、まっ黒いためよく見えはしないのだが血にも塗れている。
 もともと教導団のものだった船着点を一時的に占拠したが、奪回に来た部隊にすぐ一敗地に塗れ敗れることとなった鴉賊の部将はブラッディマッドモカ(ぶらっでぃまっどもか)と言った。こんなことをして、教導団の方たちのご迷惑になっているとは分かるのですが……ロザリンドはそれでも無言で、息絶えそうな鴉を人目に付かない河の岸辺にまで運んだ。
「はぁ、……はぁ、……」
 ロザリンドも、戦闘のため精神的にも疲労し、肉体的な疲れも出始めている。
 救える命があるのでしたら、助けます。それがロザリンドがまずなすことであった。その信念に基づいての行動の結果、さいわいに、このカラスは回復に向かった。ロザリンドは、真剣に手当てをし、治療を施した。カラスは、命を取りとめたのだ。
 ひと気のない場所。もしカラスが襲って来れば? 下賤の者だ、とカラス兵を嘲る声も、彼らが敵対勢力として浮上してからよく聞かれた。そういう将兵からすれば、綺麗で、お嬢様である百合園のロザリンドがカラスの将を自ら運び、手当てするというだけでもイメージできかねるかも知れない。
 カラスは羽をはためかせ、「これなら、二、三日もすれば飛べるな……」と独りごちた。そして、ロザリンドをじっくりと見つめてくる。
「すまねぇな、あんた。嬢さん」
「い、いえ……直って、よかったです」
 ロザリンドは、必死の治療の間に些か汚れた顔で、しかしにこやかに微笑むとそう返した。
「カラスの仲間の陣地には随分歩かんといかんなぁ。翼であれば今すぐに行けるものを。
 仕方あるまいな。教導団に見つかりそうな道は避けねばならぬし……不便なものよ」
 独りごとのように話す、カラスである。
「あ、あの……」
 ロザリンドも、翼を垂らしてとぼとぼと歩き始めたカラスの将に並ぶ。
「貴様なんだ、なんで来る?」
 助けてもらったが、一度軽く礼を言って、この態度である。だが、元来がこういう種族なのかも知れない。悪気などがある様子もない。
 ロザリンドはそんなカラスの一将に、どういった方なのか、問うた。
 カラスは兄一羽、妹と末の弟が一羽ずつの四兄弟であったと語った。
 末の弟は先陣を任されたが、最初の交戦であっけなく戦死。兄は鴉賊では最強の勇士と称えられるが、鴉を支配下に治めている黒羊軍からは絶対に退かずにテング山を死守するよう、言われているという。自分も同様に、奪い取った陣地を守った。兄も自分も弟も、戦死は覚悟していたと言う。淡々と、語った。弟の死についても……。死を恐れないというよりも、死がただ身近であるのだといった印象を受けた。人とはまたものの感じ方が違うのだろう。それが先の一礼にも表れていたのかもしれない。
「……」
 ロザリンドはそれくらいを話すと、とくに話題がなくなった。カラスは、彼女に何を聞いてくるでもなし……とくに物事に無頓着、といった感じだった。
「こういった殿方たちは、何を目的にこうして戦い、また、従っているのでしょうか……」
 ロザリンドは、教導団の戦いにしても、疑問を感じてはいた。
 カラスなどはもっと、ただ今日明日の暮らしのために戦っているのかもしれない。とくに何かに疑問を持つということもなく……?
 それにカラスとこうやって河縁を歩いて……何処へ私は行こうとしているのでしょう、と、ふと思ってしまう。
 ロザリンドは、どこにいても、怪我をしている者を見つければ、治療してしまう。教導団でも、それとも、もしカラスに多くの負傷者が出るなら、カラスたちのところでこそ治療をする、なんていうことがあり得るのだろうか。ロザリンドは少し自問してしまう。
「いた。んっ? ……」
 それを、山腹から身を潜め見ていた者。かすかな蹄の音しか立てずに、駆け下りてくる。
 ざ、じゃり……河辺の石が河に落ちる音で、ロザリンドもカラスも気付く。すでに背後数メートルに迫っていた。第四師団の騎狼兵だ。
 追っ手が出たのか。それとも、斥候? 一人だけのようだ。
 近付いてくる。
 カラスはとくにロザリンドにも何も言わずに、ただ武器を取った。
「ちょっと、待って。話を聞いてもらえます?」
 騎狼部隊の一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)だと、名乗る。
「輜重隊を率いたロザリンドさん?
 できれば、私が敵でないことカラスさんに言ってもらっていいです?
 ちょうど、仲良くなっているみたいですし」
「な、仲良く……」
「すみません、よろしくお願いします」少し嬉しそうに言った。それは……一条の方こそ、積極的にカラスと仲良くなりたいと思っていたからである。
「ああ。何故単独で、敵のカラスさんとどこに向かっていたのかは問いませんから。
 私も、ちょっと独断で……思いついたことがあったので」
 一条はロザリンドに礼を述べ、カラスに、人と接するのと変わらぬ態度で挨拶する。ロザリンドは、一応、息があったところ助けなくてはと思ったのだと本当のところを打ち明けておいた。
 一条は、カラスの黒い翼を眺め、「いい!」と微笑む。
「そうか。もう二日三日で直る。直れば、また飛べる」カラスはとくに抑揚もない声で言った。
 一条は、獣主体の部隊ってきっとかっこいい。そう思ったのだ。空を飛べるカラス兵と、騎狼部隊が連携できれば……いや、させるべき! であると。第四師団には、今までのところ空中戦の兵力がない。
 おそらく平時に出遭ったら、話し合いも何もなく襲って来たろう。ロザリンドが接していたおかげで、このカラスの敵意はまったくなくなっていた。無論また、自軍に戻り、黒羊軍から指示が出ればそれに従い教導団と戦うのだろうが。
 一条が知りたいにも、黒羊軍の関係というのもただ鴉や鯰は黒羊教の支配下にある獣の兵であり、昔からそうであったくらいだという認識程度しかないらしい。
 カラスとはとくに話も弾まず話に進展もないまま、その陣地に近付くと、やがて一羽がブラッディマッドモカを見つけ飛んできて、兄マッドモーラの討たれたこと、妹マッドモモの部隊が火計を逃れ東河下流域に逃れたことを伝えてきた。
 そして同じ抑揚のない声で、黒羊軍の指揮官ジャレイラも戦死した、ということを。