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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第2回)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第2回)
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8-04 ヴァシャ

「ああ、また。雪、ですか……ここには、季節はないのでしょうね」
 ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)は、そばにじっとしている二匹のぶちぬこにそっと頬を寄せる。「にゃぁ……」
 ああ。もふもふ、してたいですけど……
 ――ハルモニア解放は、成功した。その報は、ナナたちのもとへも届けられたところだ。「ヴァルキリー、ぶちぬこ、地球人、みなさまの協力あってこそなのです」。……しかし、中にはそのままヴァシャへの歩みを止めない者たちもいた……。
 もふもふ、なんて場合ではないですね。ナナは、立ち上がった。(もう一回だけ、もふもふ、……)
「行きましょう。ヴァシャの地へ。
 ですけど、ナナは、決してそこで最後の眠りに就くためでなく」

 冷ややかで、緩い風が、向かうヴァシャの方より、吹いてくる。それは確かに、どこか安らかな気持ちにさせるものがあった。
 はらはらと舞ってきていた雪が、風に吹かれ、辺りに散らばっていく。
「レーヂエ? ……聞いてる? お城、解放されたらしいケド?」
「ああ。サミュ。聞いたぞ。
 そうだな、俺はもうちょっと先へ、……サミュ」
 サミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)は、レーヂエ(れーぢえ)の袖を、今度はしっかりと持って、踏みとどませる。
「サミュ……」
 まだまだ、未熟なサミュエルには、軍人が抱く心の闇や葛藤がどういうものかは、解からない。だから、軍人として生きてきたレーヂエの全ても、理解はできないだろう。「団長やレオンや……皆みたいに、俺は頭良くナイ。でも諦めないことはできるんだ」
 サミュエルは、レーヂエの「生きる力」の方を、ただ信じる。
 あの(前回)白い闇のなかで、レーヂエに、サミュエルの思いが語りかけてきていた。戦いだけに生きてきたレーヂエだが、サミュエルの存在によって、また彼には、考えるべきことができた。
「そうか。俺の今行くべき方向は、あちらではないのだな」
「そうだヨ。一緒に行こうレーヂエ。
 一人では無理でも、二人で乗り越えられる壁はたくさんあるヨ!
 ……一緒に帰ろウ」
 無論、ヴァシャに何があるのかは、わからない。死かもしれない、ただの夢かもしれない……
 サミュエルは思う。黒い影が、(前回で)薄れてよかった……
 でもそれは、戦い続ける者に常にどこかに潜んでいる影なのかもしれない。そして、ヴァシャへの憧れというのもまた……レーヂエは今、そのことを己が認識することによって、ただの戦士であることから、少し変わったのかもしれない。それにレーヂエは、もう一つ大事なものを手にしたのかも。サミュエルと、レーヂエはヴァシャに背を向け、ハルモニアへの帰途に着いた。



 また、まっ白であった。ただ、白……
 やはり、これが聖地ヴァシャ……
 今度は本当に、何もない。人の姿も、この白に、溶け込んでいく。一人、二人と、消えていく……その中に響く、
 子守唄?
 ナナの、響きだ。
 ナナは、眠りに就いていく人たちに、子守唄を歌う。
 但し、そこに自らの思いを乗せて。
 ……世界の否定のように、ナナには思えるのです。皆様の往く、安らかな永劫の眠りに就きにいく旅……
 ――自身と世界は、繋がっています。
  記憶や経験の蓄積が自分という人格を作り、それを与えてくれたのは世界そのもの。
  世界があってそこの自分。
  ナナは、まだ少ししかわかりませんが、感情すら世界に対する作用と反作用なのです。

  ならば……眠りに就き(続けることで)、起きていた自身を(全)否定することは、世界を否定することになるのではないでしょうか……――

 ナナは、目を開けた。
 はっ。自らも、眠りに落ちようとしていたのか。白のなかへ、とけてしまうところだった……。
 目が覚めると、やはり降雪のまばらな荒涼とした野であった。ただ、道はここで終わっていた。この先には、高く険しい山々がそびえているだけ。そこはもう、人の領域ではない場所のようであった。
 ここまで来た者たちの内、何人かはすでに、いなくなっていた。ヴァシャの領域へ入ったのだろう。
 ナナの歌が届かなかったのではない。
 この地に住まう人たちにとっては、夢や無意識の領域は現実とより地続きなのかもしれない。彼らにとってはタイミングだったのだろう。
 ヴァシャ姫は、ナナと同じくこちらに踏みとどまりしばらく立ち尽くしていた。
 他にも、多くの人が、ヴァシャに入れなかったようだ。彼らはナナの歌が聴こえていた。
 残った者は、それがよかったこととも、ヴァシャに行けなかったことが残念なようだとも、どちらでもない、ただ今はまだ自分たちはまだヴァシャへ行くときではないと思ったのだろう。もっとも、戦いが終わらずに、あるいは、ナナが歌っていなければ、もっと多くの人がすんなりとヴァシャへ行ってしまっていたかもしれない。
 それは、やはり少し寂しいことのように、ナナには思えた。
 ナナもただ、このことを一つの認識として、受け止めたのだった。
「ヴァシャ姫様は、この地を司っているのですか?」
「ハルモニア領とは離れたところに、一つ小さなお城があるの。わたしは、そこの一族の姫。と言っても、ただヴァシャの土地を静かに見守ってきた……ここを訪れる者は、一切拒まずに、ただ……」
「姫様……」
 ヴァレナセレダは、最も広いハルモニア領を中部として、隣国にバルニアなどの小規模な二、三の地域、そして最北のヴァシャから成り立っている。その中で、王家が代々守っているのがヴァシャなのだ。(ハルモニアやバルニアは領主。)
「寄っていかれては?
 あ、戦いがすべて終われば……か。是非、皆さんとゆっくり……。さっきの……ヴァシャのことを知ったら寂しい土地だと思うかもしれないけれど。
 でも、ただの眠りでも、安らかな夢が見られるところよ。ここは」
 ナナは、皆で枕投げなんかしてた夜を思い出した。随分、前のことに思える。本当に何だか、夢みたいに……