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我らに太平の時は無し――『恋愛訓練』――

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我らに太平の時は無し――『恋愛訓練』――

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 祭りの区画から少し離れた別荘にて、一組の男女が抱き合っていた。
 抱き合っていた、だけでは少々語弊があるか。
 二人の名はそれぞれルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)と、セディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)
 彼らは今宵親戚に披露するダンスの練習に励んでいたのだ。抱き合っているのも、あくまでその一環である。
「いや、やっぱり駄目だ。そこの下りで体幹がズレてる」
「……なー、もう何十分もおんなじトコやってるぜ? もう次んトコ……」
「だーめーだ。ホレ、もう一回。大丈夫、ルナなら出来る」
 厳しくも優しげな言葉に、ルナティエールは逆らえない。
 内心卑怯だと思いながらも、彼女はダンスを続ける。
「……ん、今のは良かったぞ! ホラ言っただろう! ルナなら出来るって!」
 彼女の成功をまるで自分の事のように喜び、セディは笑う。
 その笑顔に、ルナティエールは我知らずの内に、頑張ろうと思わされてしまうのだ。
 つくづく卑怯だ。そう内心で嘯きながらも、彼女の表情はとても嬉しそうだった。

 
 カイルフォール・セレスト(かいるふぉーる・せれすと)アスティ・リリト・セレスト(あすてぃ・りりとせれすと)は仲睦まじく祭りを回っていた。
 姓を同じくする彼らは、しかし兄弟ではない。
 夫婦である。今夜行われる親族の夜会に出席すべく集まった二人は、親戚の少年に「夜会が始まるまで」と促され、祭りに出ていた。
 それぞれ蒼と白の浴衣を来て、人混みの中をはぐれぬよう手を繋ぎ歩く。
「……思えば、デートらしいデートってこれが初めてかも。……じゃあ、これが初デートですね。なんか、照れてきちゃう」
 言葉とは裏腹に俄然嬉しそうに、アスティは笑う。
 彼女は稚児のように祭りの出店を指差し、カイルフォールを引っ張って回った。
「やれやれ……セシルに甘えるばかりで良いものかと思ったが、まあアスティが喜んでるならそれに越した事はないか」
 それに彼女がこうもはしゃぐのも、これまでこうした事が無かったからだ。
 彼女からしてみれば家柄に関わらない場所でカイルフォールの隣にいる。
 それだけでも既に十分過ぎる程嬉しい事なのだろう。
 彼はこのような浮ついた行事には不慣れであったが、それでもアスティが楽しげに笑っている傍らで難色を示すような男では無かった。
「ねえ、子供達のお土産とか、欲しくない? 金魚は持って帰っても世話出来るか分からないし。ヨーヨー釣りとか、どうかな?」
 アスティの提案に、カイルは頷きを返す。
 だが物陰から彼らを睥睨する人影が一つ。
 例によって、男女の二人組を漏れなく憎む嫉妬の徒である。
 カイルフォールとアスティの家庭事情など知る由もない彼は全力で、彼らに嫌がらせを働く腹積もりで潜み、
「……ったく、おちおち遊んでもいられないぜ。屋台全制覇目指してるってのによお」
 背後からの不意を突いた一撃に、彼は地面に倒れ伏した。
 不意打ちの刃の主は、セシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)
 カイルフォール、アスティを慕う、彼らの親族だ。二人を祭りへと促したも、彼である。
 常日頃から世話になっている二人が良い時を過ごせるよう、彼は祭りの最中密かに潜む妨害者達を排除して回っていた。
「ぬぐぐ……よくもリア充の手先め! だがこれしきで我が嫉妬心は……!」
「あっそ。じゃあもう一発くらっとけ。……いや、すまん。二発だった。まあ、どうでもいいんだけどな」
 不屈の精神で立ち上がらんとする嫉妬の徒をセシルはツインスラッシュで完全に昏倒させる。
 一切の容赦が無い攻撃は、非力である彼なりの覚悟の証明だった。
 カイルフォールとアスティに楽しい時を過ごしてもらう。その一点に関して彼は真剣であり、必死だった。


 そして、夜会の時が訪れる。
 親族が一堂に会した舞台に、ルナティエールは些かの萎縮を禁じ得なかった。
「……大丈夫、ルナなら出来るさ。私と、自分を信じろ」
 その様子を見抜いたセディが、彼女に小さく囁く。
「……当たり前だろ。じゃなきゃ何の為にあんな練習したんだ?」
 軽口を叩きながらも、彼女は自分の体から強張りが抜けていくのを感じた。
 そして、舞が始まる。
 練習の疲労とセディの言葉は彼女の体から無駄な力を取り去り、彼女は宛ら流れる水の如き滑らかな動きを見せた。
 セディと二人で幾度も繰り返した動きが寸分違わず、再現される。
 純白のドレスが窓から差し込む月灯りに照らされ、ルナティエールはまるで月光を纏い踊る月姫を思わせた。
 その美しさに夜会に集った、彼女の踊りを見る誰もが息を呑む。
 けれども、そんな事を彼女は知らない。
 ただ自分が今この瞬間、最高の踊りを舞えていると言う事だけを、彼女は感じていた。

 踊りが終わって、セディはルナティエールの傍らに向かう。
「……あぁそうだ、皆さん。そろそろ祭りの方で花火を打ち上げるそうですよ。屋上ででも、如何ですか?」
 親戚一同に向けて、アスティが提案する。
 セディとルナティエールに対する、気遣いなのだろう。
 すれ違いざまに、セディは小さく礼を述べた。
「いいのいいの。私もこっそり、フォールと二人っきりになるつもりだしね」
 小さくウィンクを残して、彼女は部屋を出る。
 そして、セディとルナティエールのみが残された。
「……えっと」
 寸毫の沈黙の後に、セディが口を開く。
「実は今日のダンスな、その……祭りの方でやってる恋愛訓練ってのに、ならってみたんだ。恋愛成就の意味を込めてだな」
 彼の言葉に、ルナティエールは目をしばしばと瞬きさせる。
 だが、それも一瞬。
 次の瞬間には、彼女は腹を抱えて笑い出していた。
「あっはっは! 何だそりゃ! お前もおかしな事するもんだな!」
 大笑いしながら、しかし彼女はふと考えた。
 笑っている今の自分が、とても自然な態度でいる事。
 今日のダンスにしても、セディの練習と言葉が、自分に最高の演出をさせてくれた。
 セディがいなければ。自分は妥協か緊張かに塗れた、不完全な踊りしか見せられなかっただろう、と。
「……いや、でも。今日私が最高のダンスを踊れたのは、お前のお陰なんだもんな。やっぱり私には、お前が必要なのかもしれないな」
 今初めて彼女は、自分にセディが必要なのだと認識する。
 だがそれが人生を貫いての事なのか。それとも単に最高の踊りの為の一ピースとしてなのかは、まだ分からない。