イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

幽霊船を追え! 卜部先生出撃します!!

リアクション公開中!

幽霊船を追え! 卜部先生出撃します!!

リアクション


chapter .1 悲劇 


 後悔先に立たず、と人はよく口にする。しかし、実際にそれで後悔の数が減っているのかと問われれば、答えはノーである。
 噂の幽霊船を見に出かけた小谷 愛美(こたに・まなみ)はまさに、自分の行いを悔やんでいるところだった。

 生徒たちが行方不明になった、と卜部 泪(うらべ・るい)が連絡を受ける少し前。
 愛美たちは、件の幽霊船の中にいた。霧と同時に浮かび上がってきた船の姿を見るなり気分が高揚した彼女らは、「もっと近くで見たい」と言い出し各々の乗り物で船へと近付いた。
 ところが、船に降り立った彼女たちはそこでこの世のものとは思えぬ奇奇怪怪な姿をしたゾンビやアンデッドの群れに出くわしてしまう。
「幽霊船なんてあるわけねぇと思ってたけど、ほんとに幽霊が乗ってる船があるんだな」
 薙刀を構え、典韋 オ來(てんい・おらい)が驚いたような口ぶりで言う。
「ちょっとした肝試しってヤツだな! あたしが幽霊くらいに後れを取るはずがねぇ! 来な!」
 彼女のように立ち向かう気概を見せる者もいたが、ほとんどの生徒はそのおぞましい姿をした敵に怯み、身を寄せ合うように一ヶ所に集まっていった。
 あっという間に周りを囲まれ、脱出経路が塞がれた彼女たちは固まったまま必死にその異形の群れから我が身を守ろうとしていた。
「マ、マリエル、どうしようっ……!」
 愛美はパートナーのマリエル・デカトリース(まりえる・でかとりーす)の羽をきゅっと握っていた。その手は小刻みに震えている。
「マナ、大丈夫。あたしがいる間は、マナに手出しさせないから」
 その場にいた他の生徒同様、マリエルは目の前の敵を見つめ、抗う意志を見せていた。
しかしぐるりとモンスターが包囲し、頭上には多くのレイスが浮遊しているこの状況では勝ち目が薄いことを彼女らはもう悟っていた。まずは、どうにかこの包囲網を突破しなければ。誰しもがそう考えていたその時。不意に、夜の闇を溶かすように光が甲板で生じた。
「みんな、今よ! こっちへ!」
 勇敢にもバニッシュを放ち、一瞬の隙をつくったのは愛美と共に来ていたアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)だった。アリアは懸命に周りの生徒たちを助けようと、率先してゾンビたちの相手を買ってでた。
囲まれたままではまずい、そう判断した彼女は唯一囲みから抜け出せそうなポイントを見つけると、周りの生徒たちを誘導するようにその道を駆け抜けた。そのままアリアと生徒たちは、甲板から船の内部へと駆けていく。
「きゃあ! こっちにもゾンビが!!」
「マナ!」
 しかしゾンビたちは船内のいたるところに配置されており、囲みを抜け窮地を脱したかに見えた彼女らの行動は裏目に出た。ゾンビから逃げようとしているうちに、彼女らはバラけてしまったのだ。

 小さな船室の中のひとつ。
 アリアは同行していた何人かの生徒を守るように剣を振るっていた。
 幾度となくスキルや魔法を使ったアリアのSPは既に残り少なくなっており、また彼女自身も数に押され体力を消耗していた。
「あうっ……!」
 ゾンビの手が伸び、アリアの体をかすめる。見れば彼女の衣服は、ゾンビによりところどころ引きちぎられていた。
「はあ……はあっ……こんなところで倒れるわけには……!」
 消えそうな闘志をどうにか燃え上がらせ、ゾンビに切っ先を向ける。とその時、アリアは不意に背後から視線を感じた。生徒たちを背にして戦っているので、当然そこから感じるのは生徒たちのものに他ならない。
「大丈夫、私が守ってみせ……えっ!?」
 生徒たちが不安になっているのだ。そう思ったアリアは後ろをちらりと見て、落ち着かせるための言葉をかけようとした。が、彼女に向けられた視線はアリアの思っていたそれではなかった。その目は、生気をなくしつつも下劣な熱だけはしっかりを帯びている目だった。
 アリアに守られていた生徒たちは、天井から侵入したレイスに憑依されその体を乗っ取られてしまっていたのだ。アリアがそれに気付いた時にはもう遅く、アリアは数人の男子生徒に動きを封じられた。
「あ、あなたたち何をっ……!」
 光条兵器を。アリアは瞬間それを思い立つが、もはやそれを存分に振るえる魔力は残っていない。かといって生徒を傷つけることも出来ない彼女に出来るのは、必死に言葉を投げかけるだけだった。
「お願い、やめて、正気を取り戻し……あぁっ!」
 しかしそれも、憑依状態の生徒たちに阻まれる。
「だめ、やめてっ……」
 生徒たちの手が、アリアをがっしりと捕らえた。

「何か今、叫び声が聞こえたような……」
 襲い来るゾンビから逃れながら、秋葉 つかさ(あきば・つかさ)はアリアの悲鳴を耳にした。
「大変なことが起こっているのかもしれません。どうにかこの群れを抜けて助けに行きませんと」
 つかさは慌てて身を翻そうとした。とっさに体の向きを変えたことで起こったコンマ数秒の隙。そこに、レイスが付け入った。
「っ!?」
 どくん、と心臓が大きく波打ったような感覚を覚え、つかさはどさりと倒れこんだ。仰向けに倒れたつかさは、レイスに体の使用権を奪われそこから指ひとつ動かせない体となってしまった。
「あ……」
 倒れたつかさの周りには、ぞろりとゾンビが首を揃えていた。
そのままゾンビは、よだれを垂らしながら無言でつかさの体にのしかかるように体重を預ける。海へ行くということで水着で来ていたつかさのその衣服は彼女の体を隠すには面積が小さく、露出したその四肢にゾンビの唾液がベトベトと垂れる。
 普段こそ彼女は体を晒すことに抵抗のない姿勢を見せているものの、抵抗出来ない状態で「晒される」というのではさすがに勝手が違う。
 彼女の中にある忌まわしい記憶が蘇ったのか、つかさの目には涙がうっすら浮かんでいるようにも見えた。しかしそれを拭うことすら、今は叶わない。
「いやぁ、お願いです、もう許してくださいませ……」
 その声も、ゾンビたちの呻きに掻き消されていった。



 甲板から、船内から。
 次々と聞こえる阿鼻叫喚の声に、うっとりと耳を傾けている者がいた。
 フードを被っていて顔はよく見えないが、ローブからすらりと伸びた脚が女性だということを表している。女は隣に立っている坊主頭で体格の良い男性に話しかけた。
「良い気味。ザッポもそう思うでしょ?」
 ザッポと呼ばれた男は、黙ったままこくりと頷く。女はフードの下で妖しく笑うと、甲板を優雅に歩いて言った。
「ちょっとした冒険心、未知のものに対する興味、楽しいことが起こりそうという期待……そんなものを持つから、こうなる」
 女はそのまま中の様子を確かめようと、中へ入ろうとする。すると、同じタイミングで甲板へ向かってくる愛美とマリエルが見えた。
「中もゾンビがいっぱいだよ、マナ! こうなったら船の荷物につかまって海に飛び込むしか……!」
「マリエル、前! 誰かいる!」
 ふたりも、ちょうど扉を開けた女とほぼ同時に目が合った。
「だ、誰!?」
 マリエルがすっと愛美を後ろに下げ、女に問う。が、女は無言でマリエルに近付くと、その手に持っていた杖をさっと軽く振った。
「!」
 反射的に目を瞑る愛美。次に彼女が目を開けた時、彼女は信じがたいものを目にする。それは、自分を庇い女によって石化させられたマリエルの姿だった。
「マリエル! マリエル!!」
 慌てて相方の名前を呼ぶ彼女だったが、もちろん返事はない。代わりに彼女の耳に入ってくるのは、女が近付いてくる足音だった。
「ど、どうしてこんなことっ……!」
 震える唇をきゅっと噛み締め、愛美が女を睨みつける。女は依然黙ったまま愛美に近付くと、その頬をつう、と指で撫でた。
「な、なにっ……!?」
 びくっ、と肩を動かした愛美を見て、女はようやく口を開いた。
「適当に駒を増やすつもりが、駒の中にこんなものが紛れてるなんてね」
 女の迫力に、逃げ出せずにいた愛美の腹を女の杖が突く。
「っ……!」
「どんな水でも弾いてしまいそうな肌……ゲロまみれにしたいくらい綺麗ね」
 女は体をくの字に曲げて苦しんでいる愛美に杖を振る。直後、マリエルと同じように愛美もまたその姿を石に変えてしまった。
「ザッポ」
 女が男の名を呼ぶと、ザッポは女の隣へと歩み寄る。女は使い魔をどこかに飛ばすと、ザッポに指示を出した。
「ちょっと予定変更よ。迎えが来たら私は一足先に帰る。ザッポはもうしばらくここで船に乗ってて。もし今ここにいる子たちを助けようと別な子たちが来たらそれを襲うも良し、来なければ新たに船で連れ去るも良し」
 力強く頷くザッポ。その手には、女と同じような形状の杖が握られていた。
 やがて、船から聞こえていた悲鳴が止んだ。
「船にいたコントラクターは、全て落ちたようです」
 ザッポが軽く見回りを終え女に報告する。彼はその両手に、動かぬ姿となった典韋を抱えていた。
「中には暴れまわる者もいましたので、石と変えておきました」
「あら、なかなか立派なオブジェじゃない。部屋にでも飾っておいたらどう?」
 冗談交じりに言った女の言葉で、ザッポの口元も僅かに緩む。
 粘り気のある空気が、船をぎいぎいと揺らしながら動かしていた。



 生徒たちにメールを送り終えた泪は、バイクを走らせパラミタ内海へと急いでいた。
「何か大きな事件になっていなければいいんですけど……嫌な予感がします」
 どうか、生徒たちが無事でありますように。
 泪は、ぎゅっとハンドルを持つ手に力を込めた。バイクはより速度を増し、泪にはもはや風の音しか聞こえない。次々と返ってくるメールで携帯が震えるのにも気付かず、泪は夜の中を進んでいった。