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リアクション
SCENE 06
さて飛び込み台、その上でなにやら叫んでいる姿がある。
「あはははははは……」
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)だ。
「どうしてこうなった! どうしてこうなった!」
本当にどうしてこうなったのか。数分前までのさゆみは、プールサイドのリクライニングデッキでのんびりと過ごしていたというのに。トロピカルドリンクを片手に、優雅なひとときを楽しんでいたはずなのに。
「行ってみませんか?」
すべてはこの一言がきっかけだった。
「あそこに」
アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は、おずおずと笑顔で、さゆみに飛び込み台を指さしたのである。見るだけ、それも五メートルの高さだけ、とアデリーヌは言った。そのはずが、
「どうしてこうなった! どうしてこうなった!」
どうして最大高度五十メートルから、飛び込むことになったのだろう!?
「あわわわ……」
要因の一つは、当のアデリーヌがこの場所に来たとたん、石化したように固まってしまったことにあるだろう。イタズラ気分でさゆみをここまで連れてきたものの、飛び込み台に乗るなり、その恐るべき高さに硬直してしまったのだ。
「どうしてこうなった! どうしてこうなった!」
さゆみはずっとパニック状態だ。もうこの言葉しか出てこない。目も眩むという表現すら生やさしい、なぜこんな高さから、下に飛び込むことができるのか!? 人の大きさもミニチュアサイズ、水面は地の底にでもあるかのように見える。
このままじゃ危ない、なんとか石化状態から脱しアデリーヌは声をかけた。
「もういいから帰りましょう」
ところがなんということか、この言葉が引き金になってしまった!
物悲しい歌詞を口ずさみながら、ひし、とさゆみはアデリーヌを抱きしめるや水面に向かいダイブしたのである!
「危ないっ!」
無意識のうちにアデリーヌもさゆみを抱き返していた。二人は抱き合いながらくるくると落ちゆく。さゆみの脳内には懐かしい映画のテーマが流れ、アデリーヌの脳内にも素朴なメロディーが溢れる。どちらの曲にも共通しているのは、悲劇的、ということ。
(「さゆみはわたくしが守ります……!」)
アデリーヌは自身が下になるようにしてさゆみを守った。
直後、巨大な水柱が上がったのである。
なお、二人とも無事だったのでその点ご心配なく。
陽太と環菜が、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)とすれ違った。
環菜のあまりに魅力的な姿に、エヴァルトは思わず視線をそらせてしまった。
(「御神楽校長……ビキニとか、えっち過ぎるだろう……」)
露出はもっと少ない方がいいのに、と思ったり、でも似合っていると思ったり、心境複雑なエヴァルトなのである。
「お兄ちゃん、どうかしましたか?」
そんな彼の動揺を察したか、ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)は顔を見上げる。
「いや、なんでもない。その……ミュリエル、よく似合うぞ」
「本当ですか? 嬉しいです」
大きな目で笑むミュリエルは、確かに大変露出のない格好だ。ピッタリサイズのスクール水着なのである。
そのとき二人の背後に、矢のように水面に飛び込む姿があった。
「真一郎さ〜ん、見ててね〜?」
どん、と水柱が上がった。ルカルカだ。
ところがルカルカの体は、飛び込んだままプールに消えてしまう。二十秒たっても浮き上がってこないではないか。
「ルカルカ!」
プールサイドで眺めていた真一郎は、迷わずプールに飛び込んだ。稲妻のようなクロールで着水点まで辿り着き彼女の姿を探す……が、
「あはは、ひっかかったー!」
直後、真一郎の眼前にルカルカが飛びだし、ざばっと水飛沫を浴びせたのだった。
「ルカルカ……心配させないでくれ」
真一郎は苦笑いして肩をすくめた。怒る気はない。安堵感で溜息をした。だが、彼が少々気疲れしたのをルカルカは悟って、
「ごっめーん」
と彼の体に抱きついた。戸惑い気味ながら、彼は彼女の背に腕を回した。
一部始終を見届けたのち、ミュリエルは申し訳なさそうに言う。血気盛んなエヴァルトだ。飛び込み台に自分たちも挑戦しよう、と言い出すかもしれないと思ったのである。
「ええと……あの……私、飛び込み台は……」
だがエヴァルトは優しげな笑みを返すのである。ミュリエルが大好きなあの笑みを。
「心配いらない。怖いアトラクションには行かないさ」
小さなビニールボートでも借りよう、とエヴァルトは言った。
「め、目が回ったのです〜」
へたへたと座り込もうとするパティ・パナシェを、エイミー・サンダースが担ぐようにして歩かせている。
「ほらほらっ、ウォータースライダー程度でへたれている場合じゃないぞ。次は飛び込み台だ!」
二人が出てきたウォータースライダーに目を向けてみよう。最初の挑戦者が射出口方面の壁に凹みを作ったそうだが現在も好評稼働中である。スライダーは基本的に二本、交互にメンテナンスするための二本を合わせて合計四本のレーンが存在している。
いま、特別にその四本すべてに水が流れていた。すべてのレーンを使ったレースが繰り広げられようとしているのだ。
「いい? せーの、の合図で同時に滑るんだよ。フライング禁止!」
と声を上げているのは第一レーン、黒いビキニの茅野 菫(ちの・すみれ)である。
「私は競争なんて好みじゃないんだけどね……」
口ではそういうものの、パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)は菫の提案なので断らず、第二レーンにビニールボートを置いた。彼女の水着は白いワンピースだ。
「これだけは言っておく。優勝は、わしだ」
ひときわ大きなビニールボートを置き、相馬 小次郎(そうま・こじろう)はその上にうつぶせとなった。身を低くして空気抵抗を減らす作戦だが、バストがあまりにゴージャスサイズなので、何度か押しつけてもぴったりとボートに身を付けられない。
「こちらも準備は終わったぞ」
こういうのは自分の柄じゃない、と思いながらも、菅原 道真(すがわらの・みちざね)は発射姿勢に入った。道真がいるのが最後の第四レーンだ。
「ところで誰が合図をするのだ」
道真は桃色した和風のパレオを腰に巻いている。学問の神たる『彼』も、もここでは一人の女性なのである。
「そうだな。どうしても、合図した者が有利になるではないか」
赤いビキニを揺らして小次郎は身を起こした。
「そうね、菫。誰かに頼んでみる……?」
と言いかけたパビェーダに応えた菫の発言というのが何と、
「せーの!」
レース開始の合図!
「おのれ出し抜けとは!」
いち早く出発した菫を小次郎が追う。
「ま、行くとするか」
道真が続き、
「え、なになに? 待って!」
出遅れた格好だがパビェーダも従う。
ウォータースライダーの管の中を、四者四様、めまぐるしい速度で駆けた。
「よし、わしが一番だ!」
前方に強烈な水飛沫を上げて小次郎が着水した。ところが同時に、
「よーし!」
菫のボートも水飛沫を上げていたのである。
「同着か? だがわしのほうがボートが大きい分先に出口をくぐったと……」
主張しようとした小次郎だが、第三の声を耳にして硬直した。
「なんだか、うまくスピードに乗ってしまったみたいで」
なんと二人より先に、パビェーダのボートが到着していたのである。一番乗り気でなかった自分が一着とは……この皮肉にややアンニュイな表情の彼女だ。
「嘘? いつの間に」
「ワープでもしおったか」
顔を見合わせる菫と小次郎の前に、静かに道真のボートが滑り込む。水飛沫はほとんど上がらなかった。
「思ったよりは面白かったな……ところで、三人とも」
乱れた髪をクールに整えながら道真は言った。
「水着、少しくらいは直せ」
それもそのはず。
菫の水着は胸元がはだける寸前で、パビェーダも水着の縁の食い込みが激しく、小次郎に至ってはブラがどこかに消えてしまっている! でも、菫はそんなことに構わず主張するのだ。
「もう一回乗ろう!」
と。
ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)も、派手なアトラクションを大いに楽しんでいた。ウォータースライダーは何度やっても飽きないし、怒濤の高波も楽しかった。けれどなんといっても、一番のスリルは高飛び込みだ。
「やはりこれですね、シモーヌさんもそう思いません?」
「同感! 高いところから落ちるのって楽しいよね。お手軽な臨死体験、って感じで!」
ぐっ、とシモーヌ・ウォルドロップ(しもーぬ・うぉるどろっぷ)は拳を握った。
ガートルードは仲間を伴い、本日五回目の高飛び込みにチャレンジしているのだ。少しずつ高さを上げてついに最高レベル、天下無双の五十メートルに達した。徐々に小さくなる水面が、いまではもう遙か下、高みゆえかスプラッシュヘブン内のざわめきもほとんど聞こえない。
ガートルードの本日の装いは、紫色の色っぽいビキニである。かすかな蝶模様が彼女の肌に良く映えていた。
同じくシモーヌもビキニ、紺色のスポーティなデザイン、地上からでもよく見えることだろう。
ガートルードとシモーヌは、この高さにも怖じずはしゃぎ気味だったが、さらに、二人に輪をかけてはしゃぐ人があった。
「早く早くっ! 早く飛び込みましょう! どなたから参りますっ!?」
それがパトリシア・ハーレック(ぱとりしあ・はーれっく)なのだから少々意外かもしれない。普段はこのパトリシアこそが、二人の目付役を務めるというのに、今日はまるで逆、二人に負けず興奮気味なのである。中世に生きた彼女にとって、現代の遊戯施設というのはかくも刺激的なものなのだろう。
「では私から!」
オレンジ色のビキニ姿、カフェオレ色の両脚をぴたりと揃え、飛び込み台で二回ほどバウンド、さっ、とパトリシアは身を躍らせた。
途端に重力を感じる。強烈な風が全身を撲ち、あまりの勢いに息ができなくなる。
「ああ、この高さ、スリル……なんて」
ぐんぐん、ぐんぐんと水面が迫ってくる。ドレッドヘアがバタバタと踊る。
「なんて素敵なのでしょう!」
ざぶん、と水に入るや両耳が、キーンと鳴ってやがて沈黙した。
「気持ちいい、ですわ! さあ」
水面に上がり脇に移動して、シモーヌさんも! とパトリシアは手を振った。
「ラジャー!」
宙で二回転してシモーヌが飛び込んだ。
「ならばオオトリを務めます!」
ガートルードも大きな音を立てて飛び込む。
「はあ、この楽しさ……ストレスも悩みも、全部吹き飛んでしまいそうですね!」
その落ち着いた物腰とスタイルの良さから、普段は成人女性と間違われることの多いガートルードだが、今日は年齢相応の笑みを見せて水面に顔を出した。
「さて、そろそろお昼にしませんか? 世界の料理で一休みといきましょう!」
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