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【2020年七夕】Precious Life

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【2020年七夕】Precious Life

リアクション

「さすがに来ないか……」
 如月は情報を流した後、ソルヴェーグを空京大学付近のカフェに呼びつけた。
 ソルヴェーグの電話番号は知らなかったため、ラルクに頼んで薔薇の学舎の教諭であるサラディハール・メトセラ=リリエンスールにして電話してもらったのだ。
 だがしかし、そこまでしてソルヴェーグの電話番号を聞いたところで相手が来なかったらなんの意味はない。
 空京大学からタシガンまでは遠い。
 空京に呼び出した方が良かったかと悩んだが、来る気があるならどこに呼び出したってやって来るもの。
 どんなに近くとも、来る気がなければ来ないのだ。
「だめだったか…」
 諦めかけた刹那、細い人影が向こうからやって来るのが見えた。
 ゆっくりと近付いてくる。
 肩にかかる金髪を細い組紐で結い、普段とは違う服を着た姿は、まごうことなくソルヴェーグだった。
 三つ揃えは着ておらず、今日は夏用のリネンのスーツ姿だ。
 空京大学と言う場所を考慮してのことだろう。そうしていると、普通の大学生に見えなくもない。ただし、これだけの美貌を持った大学生がいるのなら――だが。
 近付いてきたソルヴェーグは、じっと如月を見つめた。
「僕に…一体、何の用かな?」
 静かな声だ。
「呼び出してすまない」
「用がなければ、サラ・リリから電話番号を聞き出してまでかけてこないよね? それほどに僕に会いたいと思うようなことって、君にあったかな。君、男に興味はなかったはずだしね」
「俺には彼女がいるんだよ」
「冗談だよ。…で、何?」
 ソルヴェーグは椅子に座った。
「ルシェールだ」
 如月は言った。
 ソルヴェーグは溜息をついた。
「だから、ルシェールがなにか…」
「誕生日パーティーを嫌がったって聞いたぞ。お前が誕生会に出る出ないの話はともかく、親に会いたい盛りの子供にそういうチャンスを作ってやればいいじゃないか」
「ああ、そういうこと」
「そういうこと…って何だよ、その言い方。興味がないのか?」
「違うね。僕は…本気で言ったわけじゃないんだけど」
「本気?」
 思い当たる節があり、如月は眉を吊り上げた。
「やりたくないって言ったのは、冗談だったといいたいのか!」
「そんな大きな声を出さないで欲しいな」
「何度だって言ってやるよ。冗談なのか」
「僕は…僕が出るのは、イヤだと言ったんだ。半分本気で、半分は冗談」
「どっちもタチが悪いな」
「言い訳に聞こえるだろうけど、言わせてもらうよ。僕もサラ・リリと同じ北方の出身だよ。特に僕らの住む場所は寒いところなんだ。夏だって涼しい。タシガンよりも涼しいんだよ」
「それが…どういう…」
「つまりね、タシガンにいても暑いんだよ。ここは更に酷いね。気候が合わなくて辛いのに、どうやって楽しめというんだい?」
「体調の都合ってことだったのか…」
「そうだよ。まったく…」
「なんだよ」
「あの日からサラ・リリには怒鳴られるし、観世院校長には色々と言われるしね。クラスメイトにまで食堂で言われる身になって欲しいよ」
「なんだ、結構…有名になってるのかよ」
「なってるさ。上流階級のゴシップ好きは異常だよ? 地球人だってそうじゃないか。薔薇の学舎はまだ良い方さ。あの校長の目があるからね。美しくない行為は窘められる。イエニチェリのお陰でね。タシガン宮殿の中はどうかなぁ? きっと、酷い有り様だろうね」
 ソルヴェーグは低く喉奥で笑った。
 その姿はどこか同族を哀れんでいるような、蔑視しているような、そんな感じにも見えた。
「じゃあ、冗談だっていうのは…」
「ああ、それ? 可愛いからさ、泣くと」
「ば、馬鹿野郎ッ!」
「だって、本当だよ。声も上げずに泣くのだものね、ちょっと突(つつ)きたくなる」
 愉悦を含んだ笑みを浮かべた。
「悪趣味だな」
「そうかい? 契約時の吸血は楽しかったけど」
「地球人の俺にはわからないな」
「フフッ……良い声で啼いてくれたよ。まあ、ともかく。少し困らせてから、出ても良いよっていってあげようと思ったんだけど、あの校長先生に話しちゃったからね」
「ソルヴェーグが怒られるのは自業自得だな。同情の余地もないさ」
「ケチだね、君。少しぐらい慰めてくれてもいいんじゃない?」
「嫌なこった」
「ああ、そうかい。…で、話って、それだけ? パーティーの出資の半分は観世院校長だし、僕に言いたいことはもう終わりとみるけど」
「冗談じゃない。ソルヴェーグを呼んだ理由はまだ言ってないさ」
「じゃあ、なにさ」
「手伝え。ルシェールの家族を呼ぶんだ」
「何故、手伝わなければいけないのかな」
「家族全員で祝うべきだ。お前はパートナーだろう!」
 如月はソルヴェーグに言い放った。
 不意に激昂した如月の様子にソルヴェーグは目を瞬いた。
 仕方なくといった風にソルヴェーグは頷き、如月の要求に了承した。
「で、僕は何をしたらいいのかな」
「電話をかけてくれ」
「それだけでいいのかい?」
「ああ、そうさ。ただし、ルシェールの両親にな」
「何て伝えれば……」
「ルシェール……が、闇龍の攻撃を受けて瀕死」
「なんだって?」
「今言った通りだ。怪我で危険な状態だから来て欲しいと言ってくれよ」
「冗談じゃない! そんなことは言えない!」
「それだけショッキングでタイムリーな情報があるか!? 病気なら、病院だってヒールの能力だってあるんだ。身に迫る話に感じないだろう?」
「闇龍だって同じだよ! 地球人に…地球から離れられない人間に、ここで起きる事実なんてわからないさ!!!」
「そうだろうよ…そうだろうさ! でも、一体誰があいつの願いを叶えられるって言うんだよ。後で会える、休みになったら、いつか遊びに来てくれる。そんなんじゃ心の隙間なんか埋まるかッ!」
「君は……」
「親として優先するところが間違ってるって言いたいんだよ、俺は」
「わかったよ、電話をしよう。ただし、保証はしないからね」
 そう言うと、ソルヴェーグは携帯電話を取り出し、電話をかけた。
「Bonsoir,Madame.」
「フランス語か?」
 横から如月は口を挟む。
「静かにしてくれないかな!」
 日本語に戻り、ソルヴェーグは如月を叱る。
 怒られて如月は黙った。
「…あ、え?」
 ソルヴェーグは日本語のまま、電話の相手に答えた。
「Excusez−Moi……え、いいのかい?」
「何だよ、ソルヴェーグ」
「日本語でいいって言われたよ」
「何でだよ?」
「君の声が聞こえちゃったんだよ。誰かいるのに隠し事をするような電話の仕方は、君に失礼だってさ。相手がフランソワーズで良かったね。美姫さんだったら、今頃電話を切ってるよ」
「誰だよ、美姫さんって」
「巫 美姫(かんなぎ みき)。ルシェールのお婆様さ」
 言った後、ソルヴェーグは如月を手で制した。
「……あ、はい? そうだよ、ルシェールのことで。どうして知ってるの? そうか、そんな情報が…うん、来て欲しいんだけれどね」
 ソルヴェーグは話を続けた。
 如月はじっと成り行きを見ていた。
 誕生日パーティーの会場はホテルゆえ、病院で待ち合わせて連れてこなければならない。
 ソルヴェーグがルシェールの両親に空京に来るとの約束を取り付けるまで、如月は息を潜めて待っていた。