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【2020年七夕】Precious Life

リアクション公開中!

【2020年七夕】Precious Life

リアクション

「えっと……そこのチェス盤を見せていただけますか?」
 クロス・クロノス(くろす・くろのす)はショーケースを指差した。
 チェス盤は薄い大理石を繋げて作った綺麗なもので、駒はクリスタル製だ。
 ライトに反射して煌めいている。
 店員はすぐに出してくれた。
「やはり、これが一番綺麗ですね。これをいただけますか?」
 クロスは店員に頼むと、店員はにこりと微笑んだ。
「入ってきたばっかりですけれど、店員の間でも人気があるんですよ。お値段もお手ごろですし、良いお買い物だと思いますよ〜」
「良かった。知り合いの子の誕生日プレゼントを選ぶのって、緊張しますね」
「そうですよねぇ。ご縁が深ければ、更に気遣いますし。大切ならば、尚のことですね」
「ええ、そうですね」
 クロスは微笑んだ。
 こうやって仲良くなり、段々と絆が深まっていく。
 そんな風に人々は繋がっていくのだと思うと、何だか嬉しい気がしてくる。
 樹が幹を広げていくように、人々は繋がり、世界を覆う。
 人という名のネットワーク。絆という名の、世界を覆う織物。
 小さな特別が繋がって、私たちの未来は輝くのだ。
 クロスはまた微笑んだ。
「嬉しそうですね、お客さん」
「そうね。幸せなのかも」

(過去なんかなくても……)
 そう…今、未来があれば。私たちは輝ける。

 包装されたプレゼントを受け取ると、クロスは代金を払った。
 クロスは対応してくれた店員に一礼してから外へ出た。
 蒸した暑い空気が外の世界には満ちていた。

 夏。
 夏が来た。
 輝くばかりの、夏。

 クロスは軽い足取りで街を行く。
 ホテルへと向かえば、大通りを挟んで向こう側にその姿が見えた。
 クロスは信号を渡り、反対側に渡る。ホテルの敷地に入れば、車寄せに車が止まっているのが見えた。その中には知った顔は見えない。中に入ると、フロントで会場の場所を聞いた。
 どうやら、ルシェールたちは着付けサロンの方へと向かったらしい。
 クロスは着付けサロンに向かった。
 そっと覗くと、椿とルシェールの顔が見えた。
 クロスはドアを開けて顔を出す。
「ルシェール君、お招きいただきありがとうございま……なんて格好してるんですか」
 クロスは目を瞬いた。
「わぁ! クロスさんだぁ♪ 来てくれてありがとう!」
 クロスの声に振り返ったルシェールは、はち切れんばかりの笑顔で言った。
「……」
 クロスはルシェールを見た。
 白の下に蘇芳染めが透けて桜色に見える合わせに、上品な海老染めの裾元が見える。その下には赤袴。ルシェールが着ていたのは、袿袴(けいこ)だった。
 宮中の女性たちの略礼装だ。
 ルシェールが着ているのは小袿、重袿、単、袴の袿姿で、しっかりと自分用のサイズに仕立ててあるようだった。
(じょ、女装っ子さんでしたっけ?)
 思わずクロスは真っ白になった。
「ど、どうしたの?」
「いえ、何でも。お、女の子の格好でしたよね、それ」
「うん」
「うん、って……」
「こんなことするの、着物でだけだよ?」
「あ、そうですか。なら、良かった」
(ここで納得して良いのでしょうか〜)
 クロスは悩んだ。
「今日はね、椿ちゃんも着物だから、俺も着るの」
「い、泉さんもですか?」
「椿ちゃんは振袖なんだよ。ほらっ♪」
 そう言って、ルシェールは着替え室から出てきた椿を指差した。
 中から出てきた椿は、黒い着物に金の帯を付けていた。白い襦袢に、半襟は紫。着物の挿し色に白と赤があるので、シックな中にも華やかなイメージがあった。
 椿の赤い髪に黒が良く映える。
「まあ、可愛いですねえ」
「でしょ! そう思うでしょ♪」
「ええ、とっても」
 クロスは笑った。
 桜重ねを着た雪兎(ゆきうさぎ)の人形と、赤い髪の椿の精霊。
 二人はそんな風に見えた。
 ハールインも和やかに眺める。
 着付けの様子を眺め、パートナーにも可愛いものを着せてみたら似合うでしょうにと思ったが、相手が何も言わないので薦めたりはしなかった。
「こんなに素敵なら、私も着ようかしら」
 クロスは言った。
 どんな着物があるのかと辺りを見回すと、着替え室から老婦人が出てくるのが見えた。
「あ、おばあちゃん。この人ね、迷子になった時に探してくれた人だよ」
 ルシェールは言った。
 老婦人はそれを聞いてクロスに近付いてくる。
 クロスは頭を下げた。
「クロス・クロノスです」
「はじめまして、巫 美姫です。本当にすみませんねぇ、うちの孫がお世話をかけまして。見つけるのに大変だったと思うけど」
「中々、見つからなくて」
「だろうねぇ〜。足だけは速いから」
「ええ、試合の時に見ましたけど、早かったですね」
「そうなの。それより、着物はいいのかい?」
「あ、着てみたいです。でも…浴衣で」
「そうだねぇ。あんたは蒼が似合うねぇ。いや、牡丹も……蝶も百合も良いし。ああ、着せるならこっちも〜」
「そ、そんなにいっぱい」
「じゃあ、帯はこれでいいかねぇ。白地にモール刺繍の蝶さ。モダンだけど、素敵だろう? それに蒼い浴衣がいいね」
「それでお願いします」
 クロスは言った。
「そうかい? ああ、楽しいねぇ。女の子ってのは良いよ」
「え? なんでですか」
「うちは男ばっかりでねぇ。私の子も男の子なら、孫も男の子」
 女の子が欲しかった――と、老婦人は笑って言った。