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【2020年七夕】Precious Life

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【2020年七夕】Precious Life

リアクション

「ルシェール、12歳の誕生日おめでとう」
 サラディハール・メトセラ=リリエンスール先生はにこやかに微笑んだ。
 今日は服装はいつもの服と違った。いつもなら、細身のパンツにターコイズブルーのフリルブラウスといった感じなのだが、今日は着物だった。
 本人は着るつもりではなかったのだが、ゲストであるルシェールの祖母に薦められたらしい。
 白地に青みがかったうす緑のグラデーションが足元に入り、小手鞠の模様が入った着物を着ていた。男性物らしからぬ雰囲気は、どうやら友禅の着物を着ているせいのようだ。吸血鬼のような美しいパラミタの民に合わせて作ったものらしい。
 自らが吸血鬼であると申告してルシェールの祖母に顔を顰められたが、今のところ気に入られているようである。
 {SNM9999011#ジェイダス・観世院}校長も着物姿だった。
 こういう物を着ていると、学校にいる時の校長とは違った雰囲気にも見えた。
 ただ、図りがたい表情の下で、何を思っているかは別である。
 退屈されていないかと、ルシェールは心配だった。校長は学舎で最強の存在である。故に、彼の機嫌を損ねるのは非常に恐いことであるし、美意識に応えるのも生徒としては、中々に難しいことであった。
 そう思っていたのは彼だけではない。会場を用意したホテルのスタッフたちも心配していただろう。なにせ、この校長は屈指の大富豪。地球上における、タシガンへの橋渡しとなった人物である。緊張するなという方が無理だ。
 だがしかし、彼らもプロ。始終にこやかに給仕していた。
「ソル…いや、ルシェール君は年上の我々に混じってよくやってます。空京に来た時より随分しっかりしてきました。」
 そう言って、ルシェールの祖母に報告しているのは変熊 仮面(へんくま・かめん)である。
 今日はいつものマントも仮面も無い。しかし、唯一つ大きな違いがるとすれば、服を着ていることだった。
 どこから見ても、立派な美青年だった。
「そうかい。うちの孫がご迷惑をかけてなければいいんだがねえ」
 ルシェールの祖母はそう言って笑った。
「おっす! ルシェール! 誕生日おめでとうな! これ詰らないもんだがプレゼントだ」
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は言った。
 今日は藍色の浴衣を着ていた。
 お菓子の詰め合わせをルシェールに渡す。
「わぁ! お菓子だ♪」
「おまえ、好きだったろ。お菓子」
「うん!」
「サラ=リリに呼ばれて来てみたけどよ。ルシェールの誕生日だったのか。覚えやすい誕生日だな」
「そうかもね」
 後ろの方で、秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)が「何か、これだけでもきてよかったって思えちまうな!」とキョロキョロ辺りを見回していた。
 パーティー会場はビュッフェ形式でどこでも自由に座れるようになっていて、皆は各自席を確保したりしていた。
「誕生日おめでとうございます。ふふ、嬉しそうですねえ? 友人に囲まれてね」
 微笑みながら神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)はプレゼントを渡した。
「翡翠さん、ありがとう! 何が入ってるのかなあ」
「秘密です♪」
 翡翠は謎めいた笑みを浮かべて見せた。
 中身は、シンプルな腕時計なのだが、使いやすいものだ。
 学生であるルシェールにはピッタリだと思って買ってきていた。
 そこに元気な声が響いた。
「チャーーーーンスッ! 謎めく薔薇の学舎の校長の秘密に迫るべきでしょう」
 ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は言った。
 今の彼女は衣装に身を包んでいた。
 ホテルに着いた途端、チャンスを逃さないようにと急いで着替えてきたのだ。
 それは、ビキニ風のアイドルコスチュームに、薔薇と羽で装飾したものである。
 美人で妖艶な容姿のガートルード。見た目は二十歳代に見えても、中身は十代。元気で可愛いところは隠しようが無い。
 ひらひらとスカートの裾をはためかせ、観世院校長へと向かっていった。
 隣には主賓のルシェールがいる。
「ルシェール君、お誕生日おめでとうございます」
 そして、即校長に近づく。
「観世院校長先生! 先生を見習ったサンバカーニバル衣装です。どうですか?」
 いつものクールビューティーさは隠して、子供らしさを前面に出してアピールした。
 ガートルードにとって、観世院校長はまさに、ヒーロー。
 その校長の謎に迫まりたいのは普通のことだろう。
 きらきらオーラを放って見つめてみる。
「……」
 観世院校長はしばし黙った。
 校長は女性の相手が苦手なのもあったのだが、いきなりガートルードが自分に衣装のアピールに来たので少し驚いたのだった。
 相手は好意を持ってやってきてくれた子である。無碍なことは言えないし、言う気もないし、全体としては悪くはない。
 褒めてやりたいのはやまやまなのだが、女の子となると、言うのにとても苦労する。女の子は繊細な生き物だ。
 ガートルードは表裏のない子ゆえ、そこは気にしなくても良いのだが、紳士的でない言動はする気はなかったために言葉を選んでいた。
 せめて、ビキニコスチュームではなくて、サンバ衣装そのままだったら良かったのだが、アイドルコスチュームでは安過ぎた。しかも、生足が見える。
 でも、スタイルが良いのは確かだ。
 普通の男相手だったら最強の生足なのだが、薔薇学校長は薔薇学校長。悲しいかな、趣味が違う。
 校長は難儀していた。
「まあ、良いのではないかね」
 ようやっと、観世院校長は言った。
「そうですかぁ〜? まあ良いですか…」
 ちょっと残念そうなガートルードだった。
「もう少し衣装にお金をかけてもよかったのじゃないかな?」
「そうですか、残念」
 子供らしい様子に、観世院校長はやや苦笑した。
 そこを、パートナーのシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)がやって来る。
「そこの若ぇの。誕生日だって聞いたけぇ〜、来てやったぞ」
「え?」
 ルシェールは目を瞬いた。
「12歳は大人じゃけぇ。大人の嗜みを知るべきじゃのう」
 シルヴェスターは豪気に言った。
 校長の前で【女がヤクザ風広島弁】というのも、かなり豪気だ。むしろ、ヤバイ。最もヤバイ立場にいるのは誰でもない、サラディハール先生なのだが。
 サラディハールは凍りついた。
 あとで何を言われるかわからない。
 サラディハール先生は心で泣いた。
「女の色気はチラリズムじゃけぇ。しっかりと見たらダメじゃけ。そっと、のれんの向こうを覗くようになぁ〜」
「美味しいおつまみが来ましたよ、ウィッカーさん!」
 サラディハールはシルヴェスターの意識を他に向けようとした。
「ほう〜、舟盛じゃけぇ。無くならんうちに行くけぇの〜」
 シルヴェスターはひょいとサラディハールの横を通り過ぎ、去っていった。
 一部始終を見ていたルシェールは、深い溜息を吐いた。
「こ、校長先生……あの…怒らない、でね?」
「あぁ…怒りはしないけれどね」
 そう言ったが、怒りの沸点が少し下がっている気がして、ルシェールは恐くなった。
「あの〜」
 小さな声が聞こえた。
 そこには陽が居た。
 校長先生がいるところに来るのはものすごく恐かったが、陽は勇気を振り絞って声をかけてきた。一年分ぐらいの勇気は使ったかもしれない。
「あの、これ…プレゼント」
 皆川 陽(みなかわ・よう)はルシェールに箱を手渡した。
「これ、なぁに?」
「クッキー……だけど。お、お金持ちの子にプレゼントって、思いつかないし。僕、普通の家だし。できることって…こんなことぐらい」
 陽はもじもじと下を向いてしまう。
 食堂でもあんまり話すことのない陽が、わざわざクッキーを焼いてくれたことにルシェールは感激していた。
「そんなことないよ! ありがとう♪」
 ルシェールは言った。
「これって、愛の共同作業だし!」
 テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は余程嬉しいのか、頬を高潮させていった。
 そんな様子に、陽へのテディの気持ちが読み取れて、ルシェールは笑ってしまった。
「そんなに作るの楽しかったの?」
「もちろん!」
 テディは言った。
「いいなぁ。俺はそういうことソルヴェーグとしたことないよ。幸せだね」
「し、幸せ? おう! めちゃ、幸せだしィ♪」
 テディには、ルシェールのセリフが脳内で、「幸せそうなカップルでいいな♪」ぐらいに変換されている感じだった。
 どちらにせよ……とても、とても幸せなことだ。
 テディはふくふくと幸せ気分に浸った。
 その様子を見て、ルシェールは更に嬉しくなった。
 ふと呼ぶ声にルシェールは顔を上げた。
「さあ、プレゼントですよ。ルシェール」
 サラディハールの声だった。
 サラディハールの手のひらには小さな箱が乗っている。
「これ、なあに?」
「開けてみてください」
 ルシェールが素直に受け取って開けてみれば、中には薔薇の形をした大振のブローチが入っていた。
「わぁ、不思議な色」
「サフィレット・ルースだね」
 横で見ていた観世院校長は言った。
「ええ、そうです。アンティークですが、本物の宝石に比べれば、さして高価なものではありません。この子には宝石はまだ早いですし。それなら、失われた技術でもって作られたという、ロマンあるものの方が私には美しく感じます」
 サラディハールは笑った。
 手の中で光るサフィレットは甘い色に満ちていた。
 可愛らしい蒼の薔薇。
 夢色の輝きでもって魅了するサフィレットは愛好家が多い。現存するものの数は少ないので、大きなものは入手が困難だった。
 二度と戻らぬ時と技術の、宝石。
 機晶姫のようだとルシェールは思った。
 遠くを見れば、ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が立っていた。隣には久途 侘助(くず・わびすけ)
 会場には如月を除く、全員が集まっていた。
 ソルヴェーグは約束どおり参加してくれていたが、どこか浮かない顔をしている。
 ルシェールにはそれが気がかりだった。
 もうすぐパーティーのはじまり。乾杯の時間。
 如月の姿は見えない。
「それでは、乾杯しましょう」
 サラディハールは言った。
 皆が各々の手にグラスを持つ。
 皆の視線が壇上に向いた。