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【2020年七夕】Precious Life

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【2020年七夕】Precious Life

リアクション


「待ってくれ!!」
 その声に皆は振り返った。
 ドアが開け放たれ、飛び込んできた人物は――如月 正悟(きさらぎ・しょうご)だった。
「間に合った…よかった」
 如月は笑った。
「ルシェール! 俺からのプレゼントだ、受け取れ!!」
 如月は振り返り、ドアの外にいる人物を招き入れた。
 長身の男女が会場に入ってくる。
 突然のサプライズに言葉を失う、ルシェール。
「……パーパ! ママン!」
 ルシェールは泣き出し、両親に抱きついた。
「会いたかったよぅ」
「ごめんなさいね、色々あって連絡できなくって」
「ううん。いいの……」
 ルシェールの父親は観世院校長の存在に気が付き、目礼した。
 そして、皆の方に向かって立つ。
「みなさん、不肖の息子の誕生日に、このようなパーティーを開催してくださり誠に御礼申し上げます。私は、ルシェールの父、ルイ・タカヤ・リノイエです。こちらは妻のフランソワーズ」
 隣に立っていた夫人も礼をした。
 リノイエ氏は話を続けた。
「詳しいことは…申し訳ない。話せません。会社の話になりますので。もし、よろしければ、どうぞ息子と末永く仲良くしてやってください」
 リノイエ氏はそう話を締めた。
 だが、ルシェールの母親だけは何か言いたそうだった。
 不意に歩き出し、ソルヴェーグに近付く。
 ソルヴェーグは眉を顰め、気まずそうにする。
「……約束を守らなかったわね」
 乾いた音が会場に響いた。
 頬を張られたソルヴェーグは唇をかみ締めた。
 彼女の瞳は鋭く、ソルヴェーグを射抜く。
 逃がさない。そう言っているかのようだ。
 ソルヴェーグは黙っていた。
 長い沈黙が流れる。
「なぁ、ソルヴェーグ……一体、何があったんだよ。これじゃ、話がわからない…」
 城 紅月(じょう・こうげつ)はいたたまれない気持ちを堪えきれなかった。
 ソルヴェーグを見つめた。
「コイツのことが…ルシェールが嫌いなのか?」
 ソルヴェーグは沈黙を持って答えた。
「なぁ、何か……言えよ。わからないじゃないか」
 俯いたソルヴェーグが、そっと視線を上げる。
 長い前髪の隙間から、紅月を見た。
「……教えてくれよ」
 薔薇の園の若き黒騎士は言った。
「俺は――ソルヴェーグの事が知りたい」
 ソルヴェーグは何も言わない。
 悲しみの縁に佇んだままだ。
「知りたいんだ。誰でもない、お前のことが…だよ」
 紅月は囁くように言った。
 ソルヴェーグから目を離さない。
 紅月は真剣だった。
(ここで聞かなかったら、そのままな気がする……)
 睨まれるかと思っていた。それでも負けるもんかと思っていた。
 傷が深すぎるのか、ソルヴェーグは睨み返してもこない。そんな相手を紅月は悲痛な思いで見つめる。
「僕は……」
 ソルヴェーグは言った。
 小さな声だった。
「空京で…フランソワーズに声をかけたんだ。…ルシェールじゃない。でも、違った。絆はそんなことじゃ繋がらない」
「そりゃ、そうだな……気に入ったヤツと組めれば、奇跡」
 紅月は言った。ソルヴェーグも頷く。
「そうさ、そうとは限らない。僕は…フラれたのさ。遠い昔に好きになった女も、自分には振り向かず死んだ」
「勝手だ…ソルヴェーグ!」
「まぁ、待てよ」
 紅月は止めた。
「ソルヴェーグ……」
 ルシェールは成り行きを見守っている。
 パートナーと言えど、感情がある。そのことにまだまだ気が付いていなかった。
 ルシェールはキリカ・キリルク(きりか・きりるく)の方を見た。悲しい顔をしていた。
 先ほどのキリカの表情を思い出して青褪める。
(俺……悪いことをしたの? キリカさん…)
 ルシェールは言葉を飲み込んだ。
 ソルヴェーグは言葉を続けた。
「それから僕は地球には行かなくなった。サラ・リリが薔薇の学舎の先生になるって聞いて、空京に向かったんだ。ずっと、地球人には会っていなかったから」
「そこで出会ったんだな、ルシェールの母親に」
 如月は聞いた。
 ソルヴェーグは頷いた。
 しんと音の無い会場を、沈黙が支配する。
 好きになった女と、その女が愛した夫の前での告白。
 どんな思いだろうか。
 ルシェールは呟くように言った。
「泣いてないけど、涙は出てなかったけど……泣いてた。だから、側にいるって約束したの」

 一人だから、独りだったから。

 ヴァルは血判状を出した。
「さっき、ルシェールの気持ちを聞いた。これで試させてもらったんだが…ルシェールは自分で答えを出したぞ。側にいると言っているが。ソルヴェーグよ、おまえはどうする」
「僕は……」
 ルシェールを失ったらどうなるか、ソルヴェーグは考えた。
 胸の奥が重い。いなくなると思うと、身を切られるより辛い。耐えようもない喪失感が自分を押し潰してしまいそうだ。
 ソルヴェーグは自分の本当の気持ちを知った。
「ルシェール……お願いだ」
 ソルヴェーグは言った。
 ルシェールに対して片膝をつく。
「ずっと、側にいて欲しい。いいや……僕が君の側にいたいんだ」
 彼は希(こいねが)った。
 誇り高い吸血鬼が人間に対して、誓いを立てるかのように跪いたことに、一同は驚いていた。
 それほど古い因習に縛られた者ではないが、やはり、吸血鬼は吸血鬼。その彼が膝を折ったのだから、彼の決意は本物だろう。
 不意に拍手が起こった。
 観世院校長だ。
「真実こそ、最も尊く、美しい……誕生祝に誠の心を捧げることは賞賛に値するぞ。そう、落ち込むことも無い」
「そうだぜ! ソルヴェーグ、良かったじゃないか。想い合ってるって、わかったんだからさ」
 そう言って、紅月は笑った。
 そして、ルシェールの方へ向き直った。
「ルシェール、聞いてくれるか?」
「なぁに?」
 名を呼ばれて、ルシェールは紅月を見た。
「俺のプレゼントは……俺自身だ」
 紅月は胸に手を当てて言った。
 少し照れているようだ。
「俺は思うんだ。物なんか、本当は所有できない。すっと持ってられないし。自分以外のものだからさ。本当のもの。もっと大切なものはお金じゃ買えない。豊かさそのものは、金じゃない。そうだろ、校長先生?」
 紅月は大胆不敵にも、観世院校長に向かって笑って言う。でも、どこか恥ずかしそうだ。
「だってさ、価値あるものは、いつも目に見えない。心も、命も、愛も、目に見えないし」
 紅月はルシェールを見つめた。
「俺が持ってる真実(本当)は、俺自身! だから、俺を…やるよ。何かあったら、言えよ。困ったことがあったら、俺を呼べよ。すぐに行くよ」
 クルッと振り返ると、ソルヴェーグに指を突きつけて言った。
「ソルヴェーグ、お前もなっ!」
(それが…俺の気持ち。皆への気持ち。それが宝)
 紅月は皆を見た。
 みんなに逢えたことに喜びを感じていた。紅月はここにいる皆が好きになっていた。
 そんな姿にレオン・ラーセレナ(れおん・らーせれな)は感動している。
「さすが、【私の】紅月です……痛っ!」
 失言をして、レオンは紅月に殴られた。
「レオン……だからっ、誘うようなこと言うなーーーー!」
「どうしてすぐに殴るのでしょう。何も変なことは言って……っ痛!」
「お・ま・え・はぁ〜〜〜〜」
「そんなに怒らなくても…」
 レオンは頭をさすりながら言った。
 そして、ルシェールに笑いかけた。
「私も【物】というプレゼントは、何が良いか、まったく思いつきませんしね。心から――あなたへ。そしてみなさんへ。私は私をプレゼントしますよ」
 仲良くしてくださいねと、レオンは言った。
「自分を…って、その。お友達ってことかなぁ?」
 ルシェールは言った。
 紅月も、レオンも頷いた。
「そうさ、お前がイヤじゃなかったら…な」
 紅月は笑った。