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リアクション
「豊美ちゃん、水の街ヴァイシャリーへようこそ。水面と天空に耀く満天の星空を、心行くまで楽しんでくださいね」
その豊美ちゃんはというと、【魔法少女ルピナスフィア】としてやって来たネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)の案内を受けて、『ヴァイシャリー観光マップ』にも掲載された屋台『こおろぎ』の串焼をご馳走になりながら、星空を満喫していた。
「どれも美味しいですー。私も常連になってしまいそうですー」
「可愛い子はいつでも歓迎やで。ネージュちゃんもいっぱい食べてってな」
屋台を一人で切り盛りしているおかみが二人に微笑んで、焼鳥の具合を見に屋台へ引っ込む。塩を振られたねぎま、コリコリとした感触が心地いいささみ軟骨、定番のつくねにもも、豚カルビといった変わり種まで並んでいる。
「日本にいた頃を思い出しますー。こういった屋台がたくさんあって、小さくてもあったかい雰囲気で満たされている、そんなのが好きでしたー」
「豊美ちゃんが喜んでくれると、あたしまで嬉しくなっちゃうな♪」
微笑んだネージュの口から、本人が好んで聞いているクラシック歌曲が紡がれる。その歌声は澄んだ星空に凛と響き、もしかしたら天の川で逢瀬を果たした織姫と彦星にも聞こえたのかもしれなかった。
「豊美さんの代わりに瀬蓮が短冊を渡すよー。……あ、でも豊美さんがいないと願い事叶わないね、どうしよう……」
席を外した豊美ちゃんの代役で、瀬蓮が訪れた生徒に短冊を渡していく。芦原 郁乃(あはら・いくの)と秋月 桃花(あきづき・とうか)の手にも、瀬蓮から渡された短冊があった。
(お願い事かぁ……今よりもう少し背が伸びてほしいし、料理がうまくもなりたい。あとサッカーも上達したい……う〜〜ん)
いくつも願い事が浮かんできて、郁乃が頭を悩ませる。ふと視線を感じて振り向くと、隣にいた桃花が微笑んで郁乃を見つめていた。
「どうしたの、桃花?」
「いえ、何でもありませんよ」
笑みを崩さぬままの桃花と目が合ったところで、郁乃の頭の中に閃くものがあった。
(あ! お願い事これにしよう!)
桃花に背を向け、郁乃が短冊に『桃花と来年も七夕をお祝いできるといいな』としたため、ペンを置く――。
「ねえ、桃花はお願い事何にしたの?」
笹に短冊を結び付けた後、郁乃と桃花は一段高くなった土手に並んで腰を下ろして、星空を眺めていた。
「ふふ、秘密です。郁乃様は何を?」
「わたし? わたしも秘密だよ、桃花と来年も七夕をお祝いできるといいななんて書いてないよ……あれ?」
流れで願い事を言ってしまったことに郁乃が気付いたところで、桃花の顔が目前に迫るのが見え、次いでかけられた体重に郁乃は押し倒される形になってしまう。
「うわ! ど、どうしたの桃花っ」
頬に伝わる桃花の体温を感じながら郁乃が尋ねると、はっと我に返った桃花が慌てて顔を離して答える。
「ご、ごめんなさい郁乃様。……いえ、郁乃様の願い事の内容が桃花と一緒だったもので、つい……」
そこで郁乃は、桃花が短冊に『郁乃様と来年も七夕をお祝いできますように』と書いたことを知る。
「そっか……ちょっと恥ずかしかったけど、でも、嬉しかったよ。ありがと、桃花」
「郁乃様……」
桃花が頭を郁乃の胸へ埋め、腕を回して郁乃が桃花の香りを胸いっぱいに吸い込む。
天の川だけが、二人をそっと見守っていた。
(願い事……どうしましょう、瀬蓮さんがあんな風になれるというのなら、『胸が大きくなりますように』というのもアリなのでしょうか……)
「ゆ、由宇さん? 瀬蓮の胸をじーっと見てどうしたの?」
瀬蓮から短冊を受け取った咲夜 由宇(さくや・ゆう)が、願い事を何にしようかで頭を悩ませていた。
(……あうぅ、考えていたらお腹が減ってきましたです……今日も満足に食べてないのです……短冊さんは食べられますか?)
「わ、由宇さんダメだよ短冊は美味しくないよ。さっき生徒さんからもらったお菓子あげるよっ」
「……あれ? 私は一体……あ、ありがとうございますぅ」
無意識に短冊を齧っていた由宇は、瀬蓮からもらったハチミツのかかった索餅によって飢餓状態を脱する。危うく『おなかいっぱいご飯が食べられますように』が願い事になるところであった。
(うーん……『料理が上手くなりますように』というのもありますし、『演奏が上手くなりますように』でもよいですね。……あうぅ、お願い事がありすぎて迷ってしまいますぅ)
「うんうん、悩んじゃうよね。瀬蓮もい〜っぱい願い事があって悩んじゃった」
「わ、瀬蓮さん、私の心が読めるんですかぁ?」
瀬蓮に図星を突かれ、由宇がさも不思議そうに問いかけると、瀬蓮は笑って答えた。
「だって、由宇さん顔に出てて、分かりやすかったんだもん」
「あうぅ……」
頬を染めて恥ずかしがる由宇に、瀬蓮が助け舟を出すように口を開く。
「でも、たくさん願い事があるってことは、それだけたくさんの人と出会いがあったからなんだよ。もし独りだったら願い事なんて思い浮かばないと思うもん」
「……そう、かもしれませんねぇ。……うん、これにします」
頷いた由宇が、短冊に『今年も皆さんと一緒にいられますように』としたため、笹に結び付ける。
「瀬蓮さん、ありがとうございます。それじゃ私、戻りますね。アレン君を待たせてしまっているので」
由宇のパートナーであるアレン・フェリクス(あれん・ふぇりくす)は今頃、馬宿の作った場所で由宇の帰りを待っているはずであった。
「うん! 由宇さんの願い、叶うといいね!」
瀬蓮が手を振って、去っていく由宇を見送る。
「ネージュさんにお土産もらっちゃいましたー。皆さんでいただきましょうー」
「これって何ですか? ……え? 焼鳥? と、鳥さんを焼いて食べちゃうなんて、かわいそうです!」
「い、言われてみれば……うーん、でも美味しいよね焼鳥? どう説明したらいいんだろ?」
わいわいと賑わう豊美ちゃんとミーミル、瀬蓮の輪に、七那 夏菜(ななな・なな)と七那 禰子(ななな・ねね)が姿を見せる。
「よう、楽しそうじゃんか。よければこいつも混ぜてやってくれ」
「ね、ねーちゃん、いきなり失礼だよっ。……あ、あの、えっと……」
禰子の陰からもじもじと話しかけようとする夏菜を、瀬蓮が微笑みを浮かべて出迎える。
「うん、いいよ! いいよね、豊美さん、ミーミル?」
「いいですよー。夏菜さんも焼鳥どうですかー?」
「だ、ダメです! かわいそうなのでダメです!」
「わわわー、ミーミルさん降ろしてくださいー」
「おお、あの子見かけによらず力あるんだなー」
「あ、あはは……ごめんね騒がしくて。えと、夏菜、でいいかな?」
「あ……は、はい、よろしくお願いします、瀬蓮さん」
ペコリ、と夏菜が頭を下げる。
その後、焼鳥について豊美ちゃんから説明を受けたミーミルが一応の納得を見せ、夏菜を加えた四人の談笑が再開される。
「豊美さんは魔法少女だって聞きましたけど……」
「はい、そうですよー。今日は七夕ということで、願いの叶う短冊を配って回ってますー」
もう開き直ったらしく、願いが叶う、と言い切った豊美ちゃんが短冊を夏菜の前に差し出す。
「願いごとですか……それでしたら、ボクのよりねーちゃんの願いごとをかなえてもらえるとうれしいです。ボクのは……な、ないしょです」
「そうですかー。もちろん無理にとは言いませんので、お好きにしてくださいねー。じゃあ私、禰子さんにも渡してきちゃいますー」
言って豊美ちゃんが席を外す。
(願いごと、かぁ……)
ミーミルと瀬蓮との談笑に加わりながら、夏菜の頭の中に一つの願い事が浮かび上がっていく。
「で? どうだった? ちゃんと話せたのか? ま、遠くから見てる分にはキミも結構会話に参加してたみたいだけどな」
「はぁ〜、すっごい緊張したよ……」
瀬蓮やミーミルと別れ、禰子と合流した夏菜が胸に手を当てて息をつく。
「ね、ねーちゃんは何をお願いしたの?」
「あたし? あたしの願い事は『勝利!』だよ。何に勝利するのかって? そりゃあ、人生とか敵とか色々あんだろ。……あっ、今キミ笑ったな!? 笑うなよ、もう」
「あはは……ご、ごめんねーちゃん、でも……ねーちゃんらしいよ」
「そーいうキミは何をお願いしたのかなー?」
ずずっ、と顔を近付けられ、夏菜が慌てて飛び退く。
「ひ、秘密だよ」
「ふーん、あたしに聞いておいて自分は秘密だ、と……ま、さっき短冊提げた時に見たんだけどな。『ねーちゃんといつまでもいっしょにいられますように』だったか?」
「うぅ……知ってたんなら始めにそう言ってよぉ……」
涙を浮かべる夏菜、その頭をぽんぽん、と禰子の手が撫でる。
「……そんなこといちいち願う必要なんかないっつーの。あたしはいつだってキミの傍にいるさ」
「……うん。ありがとう、ねーちゃん」
星が瞬く夜空の下、二人が互いに微笑み合い、並んで歩き去っていった――。
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