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リアクション
『みんなの笑顔を護れる私であれますように』としたためられた短冊を笹に結び付けて、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が目を閉じて心に思う。
(こういうのは誰かに願ったりするんじゃなくて、努力が大切だとは思うけど……今日ぐらい構わないよね)
目を開けたアリアは、自分が提げた短冊がぼんやりと光を放っているのに気が付く。半ば呆然とその光を見つめていると、突如光が強くなり、アリアを瞬時に包みこんでしまう。
そこからの一連の過程を、アリアは記憶していない。ただ、絶妙な光加減で際どい箇所が隠された変身シーンを経て、胸を強調した魔法少女な衣装に身を包んだアリアが、魔法少女な名乗りをあげていた。
「アマテラス様っぽい人と卑弥呼様っぽい人から学んだ、天の力を、想いの力を煌きに変えて!
魔法少女ノーザンライト! みんなの笑顔を奪う悪者は許しません!」
「はい、いいですよー。アリアさんを魔法少女に認定しちゃいますねー」
手帳に新たな魔法少女の名を書き込んだ豊美ちゃんの声で、アリアが正気に戻って困惑の表情を浮かべる。
「……へ!? いや、みんなを護る力ってこういうことじゃなくて……きゃっ!」
一通り自らの姿を眺めたアリアが、最後に胸に視線を落として慌てて両腕で隠す。
「あれ、おかしいですねー。きっと、アリアさんの強い思いがそうさせたのですよー。認定はしておきますので、必要になった時にどうぞー。魔法少女は、なると決めた時から魔法少女なんですよー」
魔法少女に大切なのは強靭な意思、と豊美ちゃんが訓辞を残して、姿を消す。
「……まあ、いっか。私、頑張るよ! ……でもこれ、いつ戻るのかな?」
ぐっ、と握り拳を作ったアリアが、心配するような表情を浮かべていた――。
「はわわー、何故か分からないですけど入れちゃったですよー? な、何か間違ってないですかー?」
「我らが共に七夕の夜を過ごせるようにとの配慮だの。むしろ感謝せねばならんの」
「そうです、何も間違ってございませんよお嬢様。さ、あちらで短冊に願い事を書いて吊るしましょう」
自分がすんなりと入れてしまったことに釈然としない思いを抱く土方 伊織(ひじかた・いおり)だが、サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)とサティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)には軽く流されてしまった。
「はい、どうぞー。一人一枚でお願いしますねー」
「豊美、元気でやっとるかの?」
「おかげさまでー。サティナさんもどうですか、伊織さんと仲良くやれてますかー?」
「うむ、充実した日々を送っておる。改めて、伊織と契約して良かったと思っておる」
豊美ちゃんから短冊を受け取り、会話を交わしたサティナがべディヴィエールと二人、願い事を書き込んでいく。
「えーと、願い事が叶うかもしれない短冊……あれ? 叶うかもしれない? ってことは、叶わないこともあるってことじゃないですかー」
「あはは……つい軽い気持ちで言ってしまったのを、瀬蓮さんとミーミルさんに本気にされてしまいまして……なので、今日限りですけど、出来るだけ願い事を叶えるようにしてるんですよー。……胸を大きくするのにも慣れましたよ、はい……」
どこか遠い目をした豊美ちゃんから短冊を受け取り、伊織が願い事を書き込んでいく。
「んー……『平和で平穏な、幸せな毎日が過ごせます様に』。出来ました。ベディさんサティナさん、どうですかー?」
伊織がべディヴィエールとサティナに呼びかけると、二人は未だ短冊に目を落としていた。伊織が近付いていくと、願い事に悩んでいるサティナにべディヴィエールが助言をしているようであった。
「サティナ様、願い事が決まらないようでしたら、このような感じにすればよろしいかと」
言ってべディヴィエールが差し出した短冊には、『お嬢様が豊美様みたいな立派な魔法少女になれますように』としたためてあった。
「ベディさん、すっごくだめです、却下です。そんな事になってたまるかーです」
「ああっお嬢様、いらしていたのなら一言声をかけてほしかったですわ」
短冊を抜き取られ、べディヴィエールが残念そうな表情を見せる。
「ベディさん、魔法少女は他人から強制されてなるものじゃないですよー。ですが、その人自身が魔法少女であることを望むのであれば、年齢も性別も関係ありませんからねー。ぜひ覚えておいてくださいー」
「と、豊美さん? 覚えておいてくださいってどういうことですかー? 僕もう危ないイベントは懲り懲りですよー?」
べディヴィエールに注意をした豊美ちゃんが、しかし伊織の声には答えずその場を後にする。
「……うむ、書けたぞ」
悩んだ末、サティナが短冊に願い事を書き終える。そこには、『契りを交わした者と共に歩み続けられることを願う』とあった。
「一度願ったことを二度願って悪いことはあるまい。我も動乱を望んではおらぬ、いついかなる時もお主と共に歩むこと、それが我の願いだの」
もちろん、ただ願うばかりではなく、自ら道を切り開く必要もあるだろうの、と付け加えて、サティナが短冊をくくりつけに席を立ち、伊織とべディヴィエールがその後を追った。
「百合園は男性厳禁、つうわけで俺は入れないだろ。椛とミィルで楽しんでこいよ」
「そんな、折角の七夕イベントなのに……」
百合園の校門入り口で、小鳥遊 椛(たかなし・もみじ)とミィル・フランベルド(みぃる・ふらんべるど)に背を向け、篠宮 悠(しのみや・ゆう)が帰ろうとする。
「話は聞かせてもらったわー!」
そこへ、羽織っていた上着を脱ぎ捨て、リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)が悠の前に現れる。地面に落ちかけた服はノワール クロニカ(のわーる・くろにか)の手によって回収されていた。
「魔法少女になれば豊美ちゃんが入れてくれるかもしれないって聞いたの。つまり、ここで悠さんを魔法少女に仕立て上げれば、晴れて揃って百合園に入れるかもしれないのよ!」
「リースさん、その話本当ですか? なら、悠ちゃんには思い切り魔法少女になってもらわないと!」
リースの話を聞くが早いか、背後に回りこんだ椛が、がしっ、と悠を羽交い絞めにする。
「……おい、俺を抜きにして何話を……ってう、動けねえ……!」
悠がいくらもがいても、椛はビクともしない。
「おいやめろ、俺にこんなことしてただで済むと――」
「悠ちゃん…………………………」
「!! ?? !!??!!??!!??」
椛に何かを囁かれた悠が、意味の通じない言葉を呻いた後、魂が抜けたように呆然とする。
「この近くに洋服屋さんあったよねー。そこに頼んで部屋を貸してもらって、悠さんを魔法少女に仕立てちゃおー!」
「おー!」
(悠を魔法少女に……そうか、魔法少女に仕立て上げてしまえば、悠が魔法学園に転校する理由作りにもなるかもしれないわね!)
(やることは分かったけど、どうするのかな? 嫌な予感がするけど……)
それぞれが思惑を胸に、抜け殻と化した悠と共に一旦その場を後にする――。
「ふぅ、男の人の服を脱がすのって一苦労だね〜。ほらクロニカちゃん、マジマジと見てないで手伝って」
「ま、マジマジとなんて見てませんっ! そ、そうです、私今まで知識では知ってたけど、男の人の裸って見るの初めてで、興味がある……って何言わせるの!? これじゃ私が変態みたいじゃない!?」
以後、学術的な興味等々、言い訳になってない言い訳を繰り返すクロニカを横目に、悠がフリフリのついた可愛らしいピンクのワンピースに着替させられていく。
「この服に似合う杖は、こんな感じかしらね……いえ、もっと凝った装飾が必要だわ……」
「うふふ、楽しみですわ〜♪」
ミィルが杖の選定を行ない、それらを椛が実に楽しげな笑みで見守っていた。
「……で、私のところに来た、ってわけなんですねー」
外見だけはすっかり魔法少女に仕立てあげられた悠を前にして、リースから事情を聞かされた豊美ちゃんが理解したように頷く。
「魔法少女名とか考えてなかったから、豊美ちゃんに見てもらって決めてもらおうって。どう、豊美ちゃん? 私としては可愛く出来たと思うんだけどっ」
自分の仕事振りにすっかり悦に浸っているリースの背後では、クロニカがどこか惚けた表情を浮かべていた。おそらく彼女の頭の中では、悠の裸体がエンドレス再生されていることだろう。
「うーん……格好はいいと思うんですけどー、大切なのは本人が魔法少女になる意思があるかどうか、なんですよー。悠さんの意思が魔法少女になることを望んでいるというのであれば、他の条件は一切なしで認定なんですけどねー」
「悠ちゃんは今すぐにでも魔法少女になりたがっていますわ♪ ですわよね、悠ちゃん?」
椛の瞳に一瞬だけ光が走った直後、それまで呆然としていた悠がこくこく、と首を縦に振る。
「私からも頼むわ! 悠が魔法少女になれれば、私が魔法学園に行ける!」
「うぅーん……」
ミィルの願いを受けても、豊美ちゃんはなお悩んでいた。魔法少女の条件に年齢性別種族は関係ない。ただあるのは本人が魔法少女であらんとする意思――もしくは、魔法少女が抱くべき意思を既に秘めている場合――のみ。成り行きで魔法少女とか、魔法少女を強制するような真似は豊美ちゃんとしてはしたくないのであった。
ただ、悠を除く4名、特にリースと椛、ミィルは悠の魔法少女を強く願っている。魔法少女な勝負を受けている豊美ちゃんとして、これ以上他人の願いを叶えずにいるのは、敗北を喫することにも繋がりかねない。
「ではー……認定はしておきますよー。ですが、魔法少女な名前は悠さん自身で決めてくださいー。全部おまかせ、ってのも魔法少女らしくないと私は思いますのでー。ごめんなさい、これでよろしいでしょうかー。あ、百合園には問題なく入れるようにしましたので、七夕を皆さんで楽しんでくださいねー」
取り出した手帳に、豊美ちゃんが一人分の枠だけを設ける。
「ま、七夕祭りを一緒出来るようになっただけでも、一応は目的達成ってところよね。……そういえば私、上着どうしたっけ?」
「リース、私がずっと持ってます。もう、リースの脱ぎ癖が直りますように、ってお願いしようかしら」
「よかったですね、悠ちゃん。さあ、行きましょう」
「これは今まで以上に、悠にやる気を出させないといけないようね……!」
とりあえずは皆で七夕を過ごすことが出来るようになった一行が、夜闇へと消えていく。
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