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 雪だるま印のアイス屋さん  
 
 
 夏の砂浜に唐突に建つダンボールハウスのお店。
 その店先には作り物の雪だるまが置かれ、首にプレートがかかっている。
 プレートに書かれた文字は『雪だるま印のアイス屋さん』。雪だるま王国の資金確保の為、急遽海辺に作られたアイスクリーム簡易販売所だ。
「こっちもこれでよし、っと」
 販売所の後方に設置したテントの前に、『絶対に中を見ちゃダメよ☆』という看板を立てると、四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)はテントの小窓から中を覗きこんだ。
「エル、製造の方はよろしくね」
「任せるですよ。さぁケケ、ルル、トト、王国の為にアイスを作るのですよ!」
 ばっ、と手で指し示したエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)だったけれど、スケルトン3兄弟は骨の口を半開きにしている。これでは伝わらないかと、エラノールは言いなおす。
「そのハンドルをぐるぐる回し続けるのです!」
 今度は命令を理解して、スケルトン3兄弟はアイスクリーム製造機のハンドルを回し始めた。彼らは文句も言わずに働いてくれる重要な労働力なのだ。
 これで製造は大丈夫だと唯乃が販売所に戻ると、さっきまで殺風景だったダンボールの壁には、海らしいビーチボールや色々な形の浮き輪が立てかけられていた。
「唯乃さん、これどうですかぁ? お店の飾りつけにもなりますし、貸し出して売り上げアップにもなると思うんですぅ」
 アイス屋さんを唯乃が出すと聞いて手伝いに来た咲夜 由宇(さくや・ゆう)が、ふくらまし終えた浮き輪を振って見せた。
「良いんじゃない? 賑やかな雰囲気になるし、資金はちょっとでも欲しいところだから」
「一石二鳥なのですぅ。お客さん、たくさん来るといいですねぇ」
「……もし売り上げが低かったらお仕置きされちゃう?」
 ルンルン・サクナル(るんるん・さくなる)が上目遣いに由宇を見つめた。
「売り上げが低くならないように頑張るんですよぅ」
 由宇に励まされてルンルンは肯きはしたけれど、じわっと浮かび上がってくる気持ちは、
(あぁ、でもいいなぁお仕置き……)
 何されるんだろう、とうっとりしかけて、ぶんぶんと首を振る。だめだめ、雪だるま王国のためにも、ちゃんとやらないと。
 由宇に言われた通り、ルンルンは貸出用品の管理にあたった。
 そうこうしているうちに、最初の客がアイス屋さんの前で足を止める。どうしよう、と相談している様子の女の子2人に、由宇はにっこりと挨拶した。
「いらっしゃいませぇ。雪だるま印のアイスはいかがですかぁ。手作りですよぉ」
 その挨拶に誘われるように、女の子たちは顔を見合わせた後、アイスを注文してくれた。
「じゃあ2つ」
「ありがとうございますぅ」
 客が来たことにほっとしながら、由宇は唯乃に視線を送った。唯乃は販売所後方のテントの小窓に発注する。
「アイス2つお願いね」
「少々待ってくださいです」
 小窓からはエラノールの声が返ってくる。窓が小さい為に販売所の方からは、テントの中でどのような光景が繰り広げられているのかは見えないけれど、しばしの後、小窓からは注文通り、アイスが2つ出てきた。
「アイスお2つでしたね。お待たせしました」
 アイスと引き換えに唯乃は代金を受け取り、アイスを舐め舐めビーチへと歩いていく女の子たちを見送った。
「唯乃さん、さっそくお客さんが来てくれて良かったですねぇ」
「そうね、今日も暑くなりそうだから期待できそうだわ」
「お客さんにたくさん来てもらえるように、店頭でアイス作りのデモンストレーションをするといいかも知れませんねぇ。どうやって作っているのか、教えてもらえますかぁ?」
 由宇に言われた唯乃は視線を泳がせた。
「え? まあ、それは知らなくてもいいんじゃない?」
「そうですかぁ? もし忙しくなったら私も裏に回ってアイスを作りますよぉ」
「気持ちはありがたいけれど、作る方の手はじゅうぶん足りると思うの。由宇ちゃんは販売の方、よろしくね」
 テントの中はトップシークレット。出入りしているときにうっかり中を海水浴客に見られる、なんてことのないように、出来るだけそっとしておきたい。
 そんな思惑を秘めつつの唯乃の言葉に、由宇は力強く肯き、
「はい。とにかく、成功するようにがんばるのです! あ、いらっしゃいませー! 浮き輪のレンタルですか?」
 浮き輪を指差して騒いでいるグループ客に、また笑顔で声をかけるのだった。
 
 
 同じキモチ 
 
 
「うわぁ〜い、海だぁ!」
 到着した時からすっかり夏の海に心奪われていたファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)は、星柄の入った赤い海パンに着替えると、まっしぐらに駆けだそうとした。
 水色のトランクス型水着に着替えた鬼院 尋人(きいん・ひろと)も、水中メガネをさっと掴んで海へ向かおうとする。広くて真っ青な海を見ているだけで、すっかり解放的にな気分だ。
 けれどその2人を早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が呼び止めた。
「海に入るのは、ちゃんと準備体操をしてからな」
「あっ、忘れてた!」
 くるっと踵を返してファルが戻ってくる。
「鬼院は日焼け止めも塗っておいた方がいいな。ここはタシガンとは随分日射しが異なっているから」
 すぐにでも海に入りたい尋人にとってそんな準備は面倒だったけれど、保護者のように気遣ってくれる呼雪の優しさは嬉しい。
「うん、ありがとう」
「背中の方、自分で塗れるか?」
 あれこれと世話を焼いてもらいながら、ふと最近どこかで誰かにこんな風に世話を焼いてもらったような、という記憶がよぎる。あれは確か……。
「塗り終わった? じゃあ行こうよ。ボク、泳ぐのは結構得意なんだよ!」
 けれど、待ちきれないように足踏みするファルに気を取られ、尋人は目の前に意識を戻した。
 熱い砂浜を走って海に入れば、肌を焼く太陽の熱は海水に冷やされる身体をぬくめるものとなる。
 早速泳ぎ出した尋人とファルを眺めると、呼雪は休憩の場所を整えた。皆が十分に座れるスペースのシート、強い光をさえぎるビーチパラソル。ビーチボールや予備の浮き輪をふくらませ、準備してきた弁当と水筒は陰になる場所に置き。
「これで準備かんりょーですか?」
 よいしょと荷物を取り出して置いたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が、確認するように呼雪を見上げる。
「ああ。手伝ってくれてありがとうな」
 そうねぎらうと、ヴァーナーは嬉しそうな笑顔になった。
「俺たちも行くか。いや、その前にヴァーナーも日焼け止めを塗っておいた方が良いな」
「じゃあボクは呼雪おにいちゃんに塗ってあげるです♪」
 ヴァーナーの水着はピンクのチェック柄ワンピース。胸回りにも腰回りのパレオにもたっぷりなフリルがひらひらとついている。その背に呼雪が日焼け止めを塗ると、ヴァーナーは青系のサーファータイプ水着を着た呼雪の背を、日焼け止めをつけた両手でぺたぺたと。
 日射し対策が終わると、呼雪はヴァーナーの手を引いて海に入った。
「おにいちゃん、いっっくですっ!」
 えい、とヴァーナーが投げたビーチボールが、色とりどりの模様を見せながらくるっと回る。それを呼雪がヴァーナーの取りやすい位置を狙って、レシーブした。
「あれれっ?」
 余裕、とボールに手を伸ばしたものの、ヴァーナーはバランスを崩してばっしゃんと水の中に転んだ。
「大丈夫か?」
「えい、です〜!」
 近づいてくる呼雪に、笑いながら起き上がったヴァーナーは水を掬いかけた。
 その無邪気さに呼雪が微笑を誘われていると、そこに全身から水を垂らしながらファルが戻ってきた。
「ヴァーナーちゃん、これ」
 大事に合わせていた両手をファルが開いてみせる。そこには鮮やかな色のヒトデがあった。
「うわぁ、きれいな海のお星様です〜」
「気に入ってくれたなら良かった。あっちにたくさんいるんだけど、ヴァーナーちゃん、行けるかな?」
 ファルが指差す方向を見て、ヴァーナーはしり込みする。浅瀬で遊ぶのはいいけれど、足のつかない深いところは怖い。
「ボク、泳げないですよ」
「嫌なら無理はしなくて良いが、もし行ってみたいのなら、浮き輪はちゃんと捕まえてるから大丈夫だ」
 呼雪が言うと、ヴァーナーはちょっと考えて答えた。
「こわいけど、おにいちゃんずがいれば平気です♪」
「だったら行こうよ。すぐそこだからね」
 先に立って案内しようとするファルに呼雪は、鬼院はどうしたと聞いた。一緒だったのではないかと言う呼雪に、ファルは沖を指差す。
「ここからだとちょっと見えないかな。尋人さんは沖の方まで行っちゃってるんだ」
「そうか。大丈夫だろうか……」
「後で様子を見に行ってみるよ」
 まずはヒトデのいる岩場に行こう、とファルはゆっくりと泳ぎ出した。
 
「ここは内海だって話だけど、サメとかいるのかな?」
 思いっきり泳いで、潜って魚を眺めて。疲れればクラゲのようにぷかぷかと海に漂って。
 尋人は存分に海を堪能していた。
「海って、こんなに気持ちいいなんて知らなかった……」
 パラミタに来る前、地球で家族と共に海に来たことのある生徒は多いだろう。けれど尋人にはそういう経験がない。こんなに気持ちが解放されるものだったなんて、初めて知った。
 泳げば流れてゆく海水が心地よい。潜れば豊かな海の風景がある。力を抜けばふわりと海が身体を受け止めてくれる。
 ずっとこうしていたい気分だけれど、あまりはなれていると一緒に来ている皆が心配するかも知れない。一旦戻ってみようかと、尋人は浜の方に戻り始めた。
 確か荷物が置いてあるのはあの辺り……と砂浜を眺めた鬼院はあっと声をあげ、あやうく海水を飲みそうになった。
 そして全力で浜へと泳ぎ出した。
 浜に上がってからも足を止めず、見つけた顔に走り寄る。
「黒崎!」
「おや? 鬼院も来ていたのかい」
 ビーチパラソルの下、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)に背中に日焼け止めを塗ってもらっていた黒崎 天音(くろさき・あまね)が、呼びかけに応えて顔を振り向ける。
「うん。早川たちも一緒だよ。黒崎も来るんならそう言ってくれればいいのに」
 そうしたら一緒に来られた、という尋人に天音は笑う。
「急に思い立ったからね」
「だったらこっちに合流しない? みんなきっと喜ぶよ」
「そうだね。行こうか、ブルーズ」
 天音はそう言いながら、紺地に水色のラインが入ったサーフトランクスタイプの水着の上に、日焼け止めを塗るために脱いでいた白のロングパーカーを羽織った。
「うむ、ではそちらに移動するとしよう」
 手ぶらの天音の分の荷物も持ったブルーズは、尋人に引かれて行く天音の後について歩いて行った。
「あ、天音おにいちゃん♪」
 シートの上で休憩を取っていたヴァーナーが、気づくなり飛んできて天音に抱きついた。
「これは熱烈な歓迎ぶりだね」
 ヴァーナーの頭を撫でてやりながら、天音は呼雪におじゃまするよ、と挨拶する。
「黒崎も来ていたのか。誘えば良かったな」
「ふふ。誘い合って来るのもいいけれど、こういう偶然の楽しみも良いものだよ」
 そんな会話が交わされている間にも、ブルーズはせっせと休憩場所を整えていた。この人数でパラソル1本では足りないだろうと、パラソルを増やし、レンタルしてきたチェアを置く。さささとシートの砂を払う手つきも堂に入っていて、普段の生活が偲ばれた。
「ここは我がやっておこう。皆は遊んでくると良い」
 その方が存分に休憩場所を整えられるから、とブルーズに促され、皆はまた海へと出かけて行った。
 
 あちらでもこちらでも、歓声があがっている。今日を海で楽しもうという人々は皆元気のようだ。
 天音はひと泳ぎすると、浜茶屋で冷やしてもらっていた大玉のスイカを受け取ってきた。
「スイカ、よく冷えてるよ。スイカ割りする人はおいで」
 皆が遊んでいる辺りに呼びかけると、ヴァーナーが手を上げた。
「はいはい、スイカ割りするです〜」
 ファルは手を口元に当てて沖に向かって叫ぶ。
「尋人さーん! 尋人さんも一緒にスイカ食べようよ〜、天音さんもおいでって言ってるよ!」
 遠くから風に乗って、今行くという返事が来たのを聞いてから、皆は休憩場所へ戻った。
「ふぅん、目隠しをするのかい」
「はい。それからぐるぐるって回ってスイカを割るですよ。天音おにいちゃん、したことないですか?」
 スイカ割りの手順を興味深そうに聞く天音に、ヴァーナーは不思議そうな目を向けた。
「さあね。さて、始めようか」
 それを軽く受け流し、天音は棒を手に取った。それをブルーズが止める。
「待て。このままだとスイカが割れた時に砂だらけになるのではないか?」
「まあ、普通はそうなるだろうね」
「それでは食べられないだろう」
 荷物からこぶりのビニールシートを取り出してスイカの下に敷いたりと、ブルーズは忙しい。
「これで良い。はじめてくれ」
 目隠しをして皆の声を頼りにスイカを探す。
「黒崎、もう少し右だ」
「ちょっと行きすぎですよ〜」
「うん、そこだよっ!」
 ビシッ。
 きれいに振り下ろされた棒がスイカにヒットする。少々勢いがありすぎてスイカがだいぶ飛び散ってしまったけれど、それも愛嬌だ。
「良かったらこっちも食ってくれ」
 ブルーズの手元からは香ばしい匂いが漂ってくる。この海で採った貝類を即席に作ったかまどで焼いて、仕上げに醤油やレモンを垂らす。海ならではの御馳走だ。
 そこに尋人が海から駆け戻ってきた。
「黒崎も一緒に泳ごうよ!」
 楽しくてたまらないという様子の尋人の頬にかかる濡れ髪を、天音は微笑みながら指で後ろにすいてやった。
「後でね。今はこちらを食べよう」
「そうだな。いい匂いがする」
 くんと鼻を鳴らし、尋人は嬉しそうに笑った。
 こうやって笑えること。
 同じものを食べて話ができること。
(パラミタに来て、みんなに出会えて良かった)
 しみじみと思う尋人の頬に、ヴァーナーがちゅっとキスをする。そして天音に、呼雪に、ファルに。
「今日はありがとうなのです〜♪」
 そうきっと。みんな同じ気持ち。