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ようこそ、浜茶屋『海桐花』へ

リアクション

 
 
 夏の海はキケンがいっぱい 
 
 
「夏はやっぱり海よねっ」
 眩しい太陽も輝かんばかりの白い砂浜も、すべてが気持ちを高揚させる。
 海を前に腰に手を当て、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は打ち寄せる波を眺めた。健康的な身体に赤のシンプルなビキニがよく映えている。
「そうでしょうか……好き好んで炎天下に出歩くなんて、考えられませんが」
 ぎらぎらと照りつける太陽も、足の裏を焦がす灼熱の砂も、すべてが身をさいなむ。
 セルファに引っ張ってこられた御凪 真人(みなぎ・まこと)は海に到着した時からすでにぐったりしていた。日ごろあまり運動もしないインドア派の真人にとっては、この環境は苛酷すぎた。
「考えられないなんて言ってるからいけないの。日ごろ運動不足な分、今日くらいはしっかり運動させてあげるわよ」
 夏の海の素晴らしさを知らないなんてもったいない、とばかりにセルファは勧める。このテンションでは叶わないかと思いながらも、真人は抵抗を試みた。
「俺がいてはセルファが思いっきり泳げないでしょう。浜茶屋でのんびりしていますから、セルファは存分に海を堪能して下さい」
 すすす、と後ずさりして浜茶屋に逃げ込もうとした真人だったけれど……その腕をセルファはがっしりと掴み止める。
「真人がいても私は思いっきり泳ぐわよ。さあ、行くわよ」
「セルファ、そんなに腕を抱え込んだら、む、むねが……」
「もう、何ごちゃごちゃ言ってるのよ。諦めが悪いわね」
 あたふたして抵抗もままならないでいる真人を、セルファは構わず海へと引きずり込んだ。
 
 
「もっと膝と足首の力を抜くのだ。足の甲で水を打つようにな」
「うゅ……こう、かな?」
 グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)に手を取られ、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)はばしゃばしゃと足を上下させた。
「水しぶきが上がりすぎだな。もっと足を伸ばして必要以上にしぶきを上げぬようにするのだぞ」
「うゅ……んん……っと」
 グロリアーナに言われた通りにしようと、エリシュカは懸命に足を動かした。
「うむ、様になっているではないか。エリーは筋が良さそうだの」
「はわ……ライザ、手をはなしちゃ、イヤ、なの……」
 エリシュカが伸ばした手を再び取ってやりながら、グロリアーナは笑った。
「だが1人でも浮いておっただろう? そろそろビート板での練習に切り替えるかの」
「うゅ……まだ、ちょっと、怖いの……」
 そうしてエリシュカがグロリアーナから泳ぎを習っているところに、ビーチパラソルの下で焼きもろこしをかじっていたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が呼びかける。
「そろそろ交代の時間よ」
 2人に言いながら、ローザマリアは水着の上にウェットスーツを着込んでいった。
「もうそんな時間か。では参ろうかの」
 グロリアーナはサングラスをかけサンバイザーを被った。そして双眼鏡とカットしたスイカの一切れを持って監視台に登って行った。スイカをしゃくしゃくとかじりながら、双眼鏡で溺者はいないか、ビーチにゴミを捨てている輩がいないかと、高い位置から目を凝らす。
 エリシュカはそのグロリアーナとチームを組んでの監視だ。水着の上から半袖のパーカーを羽織り、熱中症にならないようにと麦藁帽子をかぶると、ふわふわと海の上を飛んだ。溺れている人がいないかどうかの他に、離岸流が発生していないかどうかにも気をつける。泳いでいる人がうっかりそれに巻き込まれると、あっという間に沖に運ばれてしまう。
 ウェットスーツを着終えると、ローザマリアはゴムボートで沖合いからの監視を行った。ローザマリアが来たのに気づくと、完全な鯱形態になったシルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)が泳ぎ寄ってきて、キュイキュイと鳴いた。
「セレン、異常はない?」
「キュイ〜♪」
 泳いでいる人が海水浴場に鯱? と驚いた顔をしたけれど、ローザマリアが平気で話しかけているのと、鯱と比べて非常に小さいことに気づくと、安心したように泳ぎ去って行った。
 
「真人、もっと足を動かさないと進まないわよ」
 きょうのセルファはツンデレではなく鬼教官風。自分が真人を鍛えなければという使命に燃えて、横からはっぱをかける。
「これでも動かしてるつもりなんですが……」
 まだ足りないのかと、真人は思いっきり水を蹴った……が、それが悪かったのだろう。
「うぁっ……」
 その瞬間足にピーンと痛みが走った。準備運動もなく海に入り、普段使わない筋肉を無理矢理酷使した報いか、足がつったのだ。
「どうしたのっ?」
 焦ったセルファに聞かれたけれど、痛みで答えるどころではない。それでも、浮力に任せて浮いていればそのうちこの痛みも治まるだろうと、そう考える余裕はあったのだけれど。
「真人、真人っ! しっかり! 溺れないでーっ!」
「セル……ぶがぼごぼげぶぼ……」
 パニックを起こしてしがみついてきたセルファの力で、真人は海に沈みかけた。必死に浮かび上がろうとするけれど、足は痛くて動かせないし、セルファの腕が動きを阻害する。
「……ごふ、っ……」
 大きなあぶくを吐いて、真人は沈んだ。
 と、その身体が不意に持ち上げられる。
「キュイー!」
 鯱に獣化したシルヴィアが真人のしたにもぐりこみ、持ち上げたのだ。
「やだ、真人を食べないでー! お願いーっ!」
「キュイキュイー!」
 半泣きでぽかぽかと叩いてくるセルファに、心外だとばかりにシルヴィアは首を振った。
「落ち着いて。こっちに来られる?」
 異常に気づいてボートで急行したローザマリアが声をかける。シルヴィアはそちらに泳ごうとしたけれど、連れて行かないでとすがるセルファが邪魔をする。それを見て取ったローザマリアは海中からセルファに近づいて、その身体を抱きとめた。
「もう大丈夫。浜まで送るからボートに乗ってちょうだい」
 セルファを落ち着かせてボートに乗せると、シルヴィアの背に乗せられていた真人もボートに収容し、ローザマリアは浜に向かった。
 
 
 その頃、浜茶屋『海桐花』では。
「やっぱり夏といえばカキ氷よね〜」
 レモン味のカキ氷をしゃくしゃく崩しながら、白波 理沙(しらなみ・りさ)は満足そうに言った。
「はい。暑い海で食べると、一味違いますわね〜」
 チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)のカキ氷はイチゴ味。ひんやりしたおいしさを味わうように、1匙1匙をゆったりと口に運んでいる。
「えーっと後は、コーラと焼きそばとカレーとラーメンとフランクフルトと……」
 カキ氷のメロン味を順調に食べ進めながらもランディ・ガネス(らんでぃ・がねす)の心はもう、別の食べ物に移っている。海の定番といえばこれだろうと、目に付くものを順に注文していった。
 練乳倍量の甘いカキ氷を、いかにもおいしそうに食べながら、ピノ・クリス(ぴの・くりす)もランディに対抗するように頼む。
「ピノも、ピノもー! 焼きそば食べたいなー。それからね、お好み焼きもー。いっぱい食べたら、皆でまたいっぱい遊ぼうねー」
「ランディはいつものことだけど、ピノははしゃぎ過ぎじゃない? ランディと一緒になって食べてるとお腹壊すわよ」
 いさめる理沙に、ランディは胸を張る。
「ま、オレはいつもこれくらいは食べるからな」
「ピノもたくさん食べられるよー」
 ランディの真似っこをして、ピノもぽやぽや羽毛の胸をそびやかした。
 少し食べすぎかも、というくらい浜茶屋の料理を堪能すると、皆はまた海で遊ぶことにした。ピノが泳げないために水遊び程度しか出来ないけれど、それでも海は十分に楽しめる。
「ピノさん、一緒に砂でお城でも作りましょう……あら、ピノさん?」
 砂を盛り上げかけて、チェルシーはきょろきょろとピノの姿を探した。さっきまですぐそこにいたと思うのだけれど……と見回せば、ピノは波打ち際でぴちゃぴちゃと水を跳ねて遊んでいる。
「ピノさん、海に入ると危ないですわよ」
「波がちゃぷちゃぷして、楽しいのー」
 泳げはしないけれど、水が怖いわけではないから、ピノは平気な様子で遊んでいる。けれどそれははたから見ればとても危なっかしい。
「ちょっとピノ、あなたは泳げないんだから、そんなに海に近づいたら……あぁぁぁっ!」
 理沙が注意した途端、ピノはざんぶと打ち寄せた波にさらわれて行った。
「きゃー、理沙ちゃん、助けてぇぇぇ〜」
「ピノーっ!」
 その悲鳴を聞きつけたのは、イカ着ぐるみを着てひたすら浜辺のゴミ拾いをしていたにゃん丸だった。
 皆が楽しそうにバカンスしているのを羨みながらも、リリィに言われた通りに浜茶屋のイメージアップにつとめていたのだが、流されてゆくピノに気づいて、拾いかけのゴミを投げ捨てる。
「今助けに行くぞ!」
 勢い込んで海に飛び込んだのはいいけれど。
「くそっ、泳ぎにくいぜ〜」
 びよんびよんと10本の足がにゃん丸の泳ぎの邪魔をする。着ぐるみは海水を吸い込んでどんどん重くなってゆく。
「う、動けねぇ……」
 ピノを助けるどころか、自分の身体が沈んでゆく。
「もう、うぐ……ぶくぶけぼこぼこ……」
 必死にイカの手を差し伸べたまま、にゃん丸は意識を手放した。
 
 次ににゃん丸が目を開いた時、身体は砂浜の上にあった。
「助けてくれてありがとうー」
 ピノの感謝が向けられているのは当然にゃん丸ではなく。
「はわ……波には気をつけないと流されちゃうの……」
「エリーが早く気づいたから良かったが、これからはくれぐれも用心するのだぞ」
 溺れているピノたちを上空から見つけたエリシュカと、その報を受けて海に飛び込み、ピノを助けたグロリアーナだ。
(ああ……助かったんだなぁ……)
 自分では無理だったけれど、ピノが助かって良かった。そんな風に思いつつ空を見上げていると、そこにリリィの顔がひょんと覗いた。にこにこととても嬉しそうな顔をしている。
「よかったわね〜、にゃん丸。ファーストキスもらえて」
「にゃ、にゃんと……!」
 まだうまく動かない舌でにゃん丸は呟いた。ということはもしかして、あのライフセイバーのどちらかがっ!
 ふわわ〜ん、とにゃん丸の頭に花が咲く。
「ほんと、感謝しないとね。どうもお手数かけましたー!」
 リリィはぶんぶんと手を振りながら呼びかける。けれど、あれ?
(方向が逆?)
 リリィが手を振っているのはグロリアーナたちが去っていくのとは逆方向だ。それに気づいたにゃん丸が顔を横向けるとそこには。
 筋肉の盛り上がる腕で手を振り返す、むきむきマッチョなお兄さんがいたのだった……。
 
 
 海の危険は溺れることばかりではない。
「そろそろ休憩とかしたほうが良くね?」
「まだまだ泳げますわ。1日は短いというのに、休んでなんかいられません」
 みっちり遊びつくさなければと、リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)は休む時間も惜しんで泳いでいた。
「けど、ずいぶんだるそうだぜ」
 動作がおそろしく緩慢になっているリリィの様子はただ事には思えず、カセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)はあからさまに、こいつ大丈夫か、という顔つきだ。
「水に長時間浸かっていれば、だるくなるのは当然。いまさら取り立てて言うことでもないでしょう」
「おまえ、自覚症状とかねーの?」
「そんなものあるはずがありませんわ。でもまぁおかしなところといえば、目の前がちょっとチカチカしている位でしょうか。どこもかもキラキラしていてとても綺麗ですよ」
「……いくぞ」
 がしっとリリィの浮き輪を掴むと、カセイノは陸へ向かった。
「平気だと言っていますのに」
 リリィはまだ主張するけれど、明らかに平気だと言う主張自体が平気じゃない。
「もし溺れたら死ぬぜ。まじで。俺、助けられねーし」
「でも……」
「浜茶屋で過ごすのだって、海を楽しんでることになるだろーが」
 脅したりすかしたりしながら、カセイノはリリィを浜茶屋まで連行した。
「ほら、ここ座れ」
「座ったら二度と立ち上がれないような気がするんですの」
「それがやばいって言ってんだろ」
 カセイノに引っ張られてふらふらふらり。そんなリリィの様子ははたから見てもやはりおかしい。
「いらっしゃいませ。気分でも悪いんですか?」
 給仕の橘恭司が心配そうに声をかけてくる。
「遊びすぎて疲れたみたいでさ。しばらくここで休ませてくれよ。リリィ、何か食うか?」
「食欲はないけど、なんか食べたいです……海を楽しまなければ……」
 テーブルにべったりと突っ伏したまま、それでもリリィはまだ頑張っている。
「俺は……そうだな。焼きそばと焼きとりをもらおうか」
 最悪の場合、リリィを背負って帰らなければならないことを覚悟して、カセイノは食べ物を注文した。今のうちに鋭気を養っておくべきだろう。
「わたくしは、なまこアイス……」
「なまこアイスは置いてないんですが」
 恭司が困惑の目をリリィに向けた。
「あってもそんなもん、食えねーだろ」
 カセイノのつっこみにも、リリィはなぜか嬉しそうに呟くばかり。
「なまこ……ひんやり……うふふっ」
「……とりあえず、冷たいモン持ってきてくれ」
「冷たいものですと、カキ氷か飲み物……よろしければ出店の方からジェラートを買って来ましょうか?」
「んじゃ、カキ氷となんか飲み物持ってきてくれ。栄養ドリンクとかあるかな?」
「はい、ではそれをお持ちします」
 恭司は厨房に注文を伝え、ほどなく席まで持って来た。
「こちらですが……食べられそうですか?」
「どうだかなぁ。おいリリィ、食いモンが来たぞ」
 カセイノがつつくと、リリィはむくりと頭をもたげた。カキ氷を見ると嬉しそうに
「な〜まっこっ、な〜まっこっ、な〜まっこっ、ってなんですか〜?」
 と歌った。
「あの……失礼ですが……」
「いや、言われなくても分かってる。相当キてるな、こいつ」
「なっまっこ〜のなっまっこ〜、おっいっし〜くなっまっ……はらほろふ……」
 ぺちゃん、とリリィはテーブルにつぶれると、すやすやと眠り出した。
 
 
「もう、ほんとに役に立たないんだから」
 息を吹き返したにゃん丸は、リリィに罵倒されながら浜茶屋で休んでいた。
 その隣では、救護所から帰ってきた真人も転がっていて、神妙な顔をしたセルファに介抱されている。
 部屋の隅には壁の方をむいたっきりのサンダー明彦と、ここは触れぬのが武士の情けと無言で付き添う清景がいる。
 浜茶屋『海桐花』の休憩室は、海のキケンにどっぷり浸かった者のたまり場と化している。
 そこにまた新たな者が運び入れられた。
「本当に大丈夫ですか? あまり様子がおかしいようでしたら、浜の救護所から医師を呼んできますが」
 氷水に浸したタオルをリリィの頭に載せながら、恭司はカセイノに尋ねる。
「いや、この分ならしばらく休めば回復すると思う。もしヤバそうだったらそん時は頼むわ」
「はい、その際にはすぐに連絡して下さい」
「あ、それから、俺の注文したもの、こっちに持ってきてくれ」
「分かりました。では……」
 恭司は忙しそうに厨房に戻って行った。
「つーか16にもなって、遊び疲れてぶっ倒れるって何だよ。自分の限界くらい知っとこーぜ」
 どっかとリリィの傍らに座りこみ、カセイノは呟いた。
「ったく、うちの契約者は手ェかかるぜ」
 その言葉に、部屋にいたパートナーたちの頭が、うんうんと肯いた……。