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リアクション
第1章 イベント前夜(1)―襲撃、ひそかに失敗―
「ランディ! 海京がみえてきたぞ」
先行していたヒップス・パーカーからの通信を聞いて、ランディ・ハーケンは身の引き締まる思いだった。
「ああ。真っ暗な海の中に、ひときわくろぐろと浮かんでやがるぜ。明かりがパラパラ、だな。夜の娯楽には乏しい街のようだ」
そう返しながら、ランディは自機の眼下に広がる膨大な海原にじっと視線を注いだ。
「あの街の戦力は、今度新しく赴任するらしい校長の防衛に割かれていると聞いている。俺たちも校長の襲撃に戦力を向けるだろうから安心だと、たかをくくっているんだろうな、お留守番の生徒さんたちは」
ランディたちの操縦する、鏖殺寺院のイコン「シュメッターリング」数機は、深夜の海京に徐々に近づいていく。
全身を真っ黒に塗りたくり、夜の闇に紛れての奇襲である。
もちろん、色を暗くしただけではなく、レーダーに感知されないようステルス性を高めた機体が揃っており、しかもそれぞれ、サイオニックや強化人間の超感覚にも感知されないよう寺院独自の精神ブロック加工が施されている。
新校長の防衛のために主な戦力が出払い、しかもイベント前夜である今日、天御柱学院の生徒たちの大半は準備に追われているはずだ。
ただ忙しいだけではなく、祭りの前の浮かれ気分も多分にあることだろう。
ランディは、自分たちの奇襲は非常に高い確率で成功すると考えていた。
「いっそのこと、派手にぶっ放して、学院を完全に破壊しちまおうか。あの学院の生徒がイコン乗りになって戦場で俺たちを襲うことを考えれば、早めに芽を摘んでおくに越したことはない。いまは、まさにそのチャンスだ」
「ランディ、わたしたちは兵士なのよ。上からの命令に含まれていない行動をするわけにはいかないわ」
ランディのパートナーであり、ともに機体に乗り込んでいるサラ・ゴッドが慌てた口調でいう。
「わかってるって。目的はあくまで『機密』の奪取だろ? それだって、いま、あのチンケな会場に一発撃ち込んで突入すれば済むことなんだ」
ランディの機体が空中での移動をやめ、今回の任務のためにわざわざ搭載してきたロケット砲の砲口を学院のキャンバス内に設営された「でるた1」会場に向ける。
主に逃走時の自衛用と考えていたが、攻めに使って悪い理由はない。
先ほどに比べ、機体と目標との距離はだいぶ詰まってきていた。
「おいおい、本当にやるつもりか? そりゃ、1発撃っただけで周囲にどれだけ被害が出るかわからんぞ」
ヒップスが驚いて叫ぶ。
「上がどう考えているのか知らないが、この夜のうちに『機密』を奪う方がずっとスマートだ。イコンに乗ってきたってのに、何でわざわざイベントに潜入しなければならない? 会場の催しなんて、わざわざデータを収集することでもないさ」
「ランディ。単純な疑問だが、どの程度まで作戦を理解したうえで、話しているんだ?」
「作戦は十分理解したぜ。潜入を最も有効な方法としつつも、あくまでも『機密』の奪取が最優先の目的であり、現場の状況に応じて各員が最適な行動をとるべし、とな。攻撃は禁じられてないし、ヒップス、オレたちの狙う『機密』はこの攻撃で破壊されるものじゃない。そうだよな?」
「そうだな、それはわかっている。だが……ああ、もういい。確かに、思ったより無防備な様子だし、突入しやすいだろうさ」
ヒップスは諦めがついた。
いつもこうだ。
口が達者なランディに、自分はいいたいことも満足にいえず、成り行きに従っている。
ランディは口が達者なだけではなく、非常に好戦的で、結果を出さないと気がすまないタイプだ。
ヒップスが抑えられるわけもなく、また、ランディの勘が優れた成果につながることが多いのも事実だった。
「ランディ。あなたがどうしてもといいなら、私はついていくわ」
サラも、覚悟を決めた。
「よし、決まりだ。仕掛けるぞ!」
ロケット砲の照準が、「でるた1」会場に向けられる。
「ハッ、三角形の会場で超能力ごっこをするから『でるた1』か。笑っちゃうな、おバカの学生さんたち!」
ランディは、ロケット砲を発射した。つもりだった。
「うん? どうした?」
機体の反応がないことに、ランディはどこかぞっとするものを覚えた。
次の瞬間。
「『カンショウ』アリ! セイギョフノウ! セイギョフノウ!」
機体の内部に警報が鳴り響く。
ランディたちの機体はいずれも激しい振動を起こしていた。
「サラ、どうした!?」
「ダメ! すごい『力』が機体にかかっているわ! 私ではどうにもならない! 多分、ほかの機体のパートナーたちも!」
サラが悲鳴に近い応答を返す。
「『力』だと? ブロック加工はかなり念入りだったはずだが、オレたちに気づいた奴がいるのか? いや、それ以前に、機晶石に干渉してイコンを操縦不能にするほどの『力』を持った奴なんて、聞いたこともないぞ!」
だが、ランディがどんなに口がまわったとしても、現実は受け入れなければならない。
「落ちる!」
飛行能力を失ったランディたちの機体が、海面に向かって垂直に落ちてゆく。
だが、海面すれすれに浮かんだ状態で、機体が動きを止めた。
「ふう。助かったぜ。何とか飛べるだけの状態に落ち着いたようだ」
ランディは冷や汗をぬぐった。
「ランディ。『落ち着いた』のではないわ。何とか飛べる状態に『してもらった』のよ」
「どういうことだ?」
サラの謎めいた説明に、ランディは胸騒ぎを覚えていた。
「これは『警告』なのよ。この『力』の使用者は、私たちがイコンでの直接攻撃を再び仕掛けるなら、今度は完全に機能を停止させるぞ、といってるのよ」
「何だって!? まったく、ここまでやれる奴が向こうにいるなんて、聞いてないぞ。仕方ない。予定どおり潜入作戦を行うとするか」
ランディはため息をついた。
思わぬ事態に戸惑ったが、もとの作戦に戻ったというだけだ。
「ランディ。お前の勘を超える現象が起きるとはな」
ヒップスがどこか感心したような口調でいう。
「ああ。まさか、先制パンチをくらったのがオレたちの方だったとは。しかし、上の連中は、こうなることを知っていて、潜入を指示したんじゃないか?」
「こうなること、って?」
「つまりだ。多数の生徒に護衛されて学院に向かっている新校長が到着するまでの間、手薄になっている学院に『防衛役』が派遣されているということさ。しかし、誰なんだ? もう1度、学院とイベントの資料を読み返してみるか」
資料は既に読んでいるはずだが、ランディは、たいしたことないだろうとノーマークにしていた相手が一人いたことに、後で気づくことになる。
(それにしても、『力』の持ち主は、オレたちの潜入は許すわけか。いったい、何を考えているんだ? 得体の知れない奴だという気がするぜ)
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