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リアクション
第9章 Xの真意
「ところで、僕は気づいたんだけど」
一連の精神感応体験を見守っていた山田桃太郎が、真里亜・ドレイクに話しかける。
「何かしら?」
真里亜が応じる。
「精神感応って、基本が1対1だと思っていたけど、Xのをみていると、違うよね」
「そうね。私も驚いたわ。1度に3、4人、あるいはそれ以上の人数との同時感応を余裕でこなしているわよね」
真里亜はうなずいていた。
彼らはもちろん知らなかったが、学院上層部にとっても、Xが多数との同時感応をこなせるという事実は、予想していなかったことであった。
というのも、既存の超能力者や強化人間では、精神感応をできる者がいたとしても、1対1で行うのが通常であり、しかも短時間の感応でもかなりの疲労を覚えるため、複数との同時感応などはおよそありえないこととされていたのである。
感応とは、相手に一方的に感情や意志を伝えることではない。
お互いが通じ合う状態で、お互いの想いをやりとりするのが感応である。
同時感応をこなすということは、多数の想いを同時に理解し、多数の想いに同時にこたえるだけのキャパシティがあることを示している。
通常の超能力者が同時感応を行おうとすれば、多数の想いを同時に処理することに耐えられず、無理に行おうとすれば、精神が分裂してバラバラになってしまうだろう。
1人と感応している間に、もう1人、別の1人と次々に割り込んできて、結果としてXは同時感応を実現したが、この現象を確認できただけで、学院上層部にとっては大きな収穫なのである。
「Xの『力』には驚かされるよな。それで、行列がだいぶ長くなってきたし、今後は同時感応をデフォルトにして誘導していきたいんだ」
山田はいった。
「大丈夫かしら?」
真里亜はやや不安を感じたが、行列が長くなれば長くなるほど、不測の事態につながる恐れがある。
運営委員としては、Xの具合をみながら、ペースをはやめるのが妥当と思われた。
「えっ、みんなで同時に感応できるんですか? 嬉しいですね」
さっそく、同時感応を基本とした体験が始まり、グロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)、レイラ・リンジー(れいら・りんじー)、アンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)
の3人がXの前の席についた。
「ほう。一緒に行動している3人だけではなく、拙者たち2人も入れて5人で同時感応を行うでござるか!? これは興味深い
秦野菫(はだの・すみれ)と梅小路仁美(うめこうじ・ひとみ)も、グロリアたちと一緒に席につく。
計5人の同時感応である。
めいめいが、Xの瞳を覗き込み、そこに広がる無限の深海に飲み込まれていく。
(わー、すごい! こんなに深い海の底を泳ぐのははじめてです)
生まれてはじめての感応に驚嘆の声をあげながら、グロリアの意識が海の中を動いていく。
(……。海の中? ここは……暗いですね)
普段は無口なレイラも、感応体験に対しては驚きのあまり言葉をもらしてしまうようだ。
(強化人間X。彼は、こんなに深い海の底の光景を自分の中に抱えているなんて、いったい、どんな過去の持ち主なのかしら?)
アンジェリカも、Xに対する興味が非常に高まってきているのを感じた。
そのとき。
Xの「声」が、全員に響き渡る。
(それぞれが、それぞれの心に海を持っている。僕だけじゃない。海と海が共鳴しているんだ。ちょうど、波と波がぶつかって、あらたな波紋が生まれるように)
謎めいた言葉に、秦野は首をかしげた。
(いまのがX殿の声でござるか? ここは、本当に、心と心の感応によって生まれた、微妙なバランスの世界なのでござろうか? 拙者も、忍術なら詳しいでござるが、幻覚をみせる術の類に、このような体験を起こさせるものがあるでござる。だが、X殿は、これが本物の精神感応であると? むう。だとしたら、拙者の認識を超えるでござる)
忍術に詳しい秦野は、自分のいまの体験は、少なくともXの幻術によって引き起こされたものではないと感じていた。
もちろん、このような海がイベント会場にあるはずはなく、幻といえば幻なのかもしれないが、互いの心が感応しあって生まれたものなのだから、一種の現実といってもいいのだ。
(菫様。わたくしも、確かに感じますわ。いま、みんなの心がつながっていて、X様の言葉も、ほかの人たちの言葉も、瞬時に頭に入ってきますわ。この状態がさらに深まれば、互いの持つ感情も理解できますし、心の中のイメージも全て伝わってくると思われますわ。何より、菫様とこうして通じあえていることが最大の喜びですわ)
梅小路も、しみじみとした感興を述べている。
(より深い感応を行えるかどうかは、各自の「力」にも依存すると思います。こうした体験を経て、各自の「力」が目覚め、感応を繰り返すうちに深まっていくのでしょう。もちろん、心と心の相性も大きいですよね)
グロリアの考えに、秦野も同意を示す。
(相性の問題も確かにあるでござろうし、「力」を持つ者が誰しもこうした同時感応を実現できるわけではないでござろうな。思うに、X殿は幅広く多くの人を受け入れていける、柔軟で大きな器を持っているがゆえに、多数の心を共鳴させて同時感応を実現できるのでござろう)
いま、低いレベルとはいえ、参加者同士が通じ合っているこの状態は、単なる幻術では実現できないものだ。
秦野は、忍術とは異なる原理で動く「超能力」というものの存在をまじまじと実感させられ、驚愕にうち震えるのであった。
グロリアたちが感嘆して去っていった後も、同時感応は次々に行われ、行列はみるみるうちに解消されていった。
そして。
「さあ、行きますよ」
コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)を始めとする一般参加者たちが、Xの前の席につく。
「私、彼にすごく興味があるんです」
コトノハは、Xを指してルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)にいう。
「ほう。それは、どういう意味なのだ? まるで契約したがっているようにみえるが」
ルオシンは探るような目でコトノハをみて、いった。
「そうですね。お話して、深い感応までいければ、契約することも考えています。あら、もしかして妬いているんですか? そういうのではないんですけど」
コトノハは笑う。
「別に、妬いたりはしない。ただ、気をつけた方がいいと考えている。相手は、学院の機密なのだからな。契約を試みるだけでも、かなりの冒険だ。上層部がこの体験を全てモニタしていると考えていい。もちろん、感応の中でのやりとりはわからないだろうがな」
ルオシンは、釘を刺すような口調だった。
「この2人、とても深い絆で結ばれてそうですね。うーん、うらやましいです! ボクも、Xおにいちゃんを元気にしてあげなきゃ!」
コトノハとルオシンの関係がみえるのか、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)はほくそ笑む。
「感応の前に、これをみせたいですね」
コトノハは、光条兵器を取り出した。
「うん? それは何!」
運営委員の山田桃太郎がみとがめて駆け寄る。
「事前に学院に聞いたら、構わないといわれましたが? 彼が、『人を殺す光がみえる』といっていたので、気になりまして」
コトノハは山田にいう。
「うーん、いいのか? まっ、僕たちの見守りの中でやってね」
山田は頭をかきながらいう。
「もちろん、警備の人はついてて構いません。Xさん、これを、この輝きをみて下さい。これは人を殺すだけのものではありません。運命を斬り開き、人を生かすものでもあるんです」
コトノハの光条兵器が光を放つ。
「う……あ……」
Xの瞳に、兵器の光が射しいる。
「反応がないですね。でも、光条兵器に拒否反応を示すということもないようです。Xさんがいっていた光とは、別のものなのでしょうか。とりあえず、感応を始めましょう」
コトノハは首をかしげる。
「とりあえず感応だな。いまの光をみた感想も、その中で聞けるかもしれない」
ルオシンがいう。
コトノハたち、6人はいっせいにXの瞳を覗き込んだ。
(わー!)
全員の脳裏に、深い海の底の光景が広がる。
(ここが感応の世界ですね。Xさんの鼓動を、哀しみを感じます。Xさん、まず聞いて下さい。私たちは、決して興味本位で体験に参加したのではありません。あなたを理解し、親愛の情を築きたいという想いがあるんです)
コトノハは、熱っぽく語る。
既に、コトノハは、同時感応に参加している者たちの意向を感じとっていた。
(うん! ボクも、Xおにいちゃんとおともだちになって、親愛の気持ちのハグをしてみたいと思ってます!)
ヴァーナーが、コトノハに同意。
(そうですね。私も、お友達になりたいという想いは同じです。X、キミが警告を行ったということは、私たちを守ろうとしたということですよね。なら、お互い助けあっていきたいです)
六鶯鼎(ろくおう・かなめ)も、コトノハに同意。
(私も、同じです。Xさん、あなたはそんな身体で、何をしようとしているんですか? 私は、あなたの伝えたいことを少しでもいいので感じてみたいです。そして、私もすべてをおみせしていきたいと思います)
神裂刹那(かんざき・せつな)は、特に熱い発言だ。
(刹那様は、いろいろ事情があって、強い力が不安定さにつながることを知っているんです。だから、少なからずX様に共感しています。私は、刹那様の想いを信じて、見守り、応援していきたいんです!)
ルナ・フレアロード(るな・ふれあろーど)の気持ちも真摯なものであった。
そして。
同時感応を行っていた6人の想いが通じたのだろうか?
強化人間Xの「声」が、全員の胸に響く。
(ありがとう。君たちの熱い想いは、確かに受け取った。ともに、「力」を、平和のために使っていこう)
その声は、重く、深く、しみじみと心にくい入っていく。
(「力」を……平和のために? それがあなたの意向なのですか?)
コトノハは、Xの人格に高潔さを感じた。
(Xさん、ですが、私たちは、あなたが触れようとしない、経歴についてまず知りたいんです。あなたの背景を知り、あなたの意向の確実さを実感したいんです。あなたは、もとは普通の人間だったのでしょう? 私たちは、あなたの本当の名前を知りたいです。あなたを、Xという名前では呼べないんです! あなたをモノのようには扱いたくないんです!)
コトノハは、叫ぶように尋ねる。
(そうですね、Xおにいちゃんと呼ぶのは変です! ボクが名前をつけましょう。うーん、深い海からインディゴブルーで、「インディおにいちゃん」というのはどうでしょう?)
ヴァーナーの提案に、反応はない。
(ヴァーナーさん、新しい名前を提案し、本来の名前を上書きするのはよくないです。Xさんが両親からつけてもらった、本当の名前があるはずです。その名前を忘れたなら、まずは思い出してもらわないと)
コトノハは、ヴァーナーをたしなめる。
(そうですね。思い出してもらうのが一番です。でも、それもできないなら、新しく名づけるのもありなのでは? えーと、ラテン語で「真理」という意味の、「ヴェリタス」というのはどうでしょう?)
六鶯は、コトノハの言葉を遮るように提案。
しかし、Xの反応はない。
やはり、自分の名前という問題に関心がないのであろうか?
(Xさん! 私は、平和のために「力」を使っていきたいという、あなたの想いを確かに受け止めました! 今度は、私の全てをみて下さい!)
名前を考えようという議論をよそに、神裂は、自らのことを語ろうとした。
だが。
(いう必要はない)
Xの声が響く。
(必要はない、そうか。Xさんは、私のことがもうみえているんですね。私も、Xさんを感じなければ!)
大切なのは、言葉ではないのだ。
感応で、互いの想いに通じ合う、心と心が直接ふれあって、お互いを理解していく。
神裂は、深い海の底をたゆたい、じっと感じ続ける。
Xの心を、その奥に潜む熱意を。
そして。
ふと、神裂は、思いついた。
(海? そうだ、あなたは海をみせてくれる人だから、海に人と書いて、「海人(かいと)」という名前はどうですか?)
それは、単なる思いつきのはずだった。
だが、その瞬間。
深い海の底に、大きなうねりが起きた。
(何ですか、これは!?)
コトノハは驚く。
Xの心の中の何かが、神裂のいった名前に反応しているようだった。
(海人! その名前は! ああ!)
悲鳴にも似たXの叫びがとどろく。
(Xさん! あなたの名前は海人です!)
なぜかはわからないが、神裂はとりつかれたようにその名前を繰り返した。
(思い出した……なぜ、それを……。そうだ、僕は海人だ)
Xの声が、次第に落ち着いた口調になっていく。
(刹那様! おそらくあなたは、Xとの深い感応に成功したんです! あなたは、「名づけた」のではありません! 発見したんです!)
ルナが、刹那を讃えるような口調でいった。
(ルナさん! どういうこと?)
神裂が尋ねる。
(わからないんですか? あなたは、深い感応の結果、X自身の記憶の底に埋もれていた本当の名前を探り当て、それを偶然思いついたと思い込んで「提案」したんです! そして、その名前を聞いたXは、自分の記憶の一部を思い出したんです! Xは、やはり自分の記憶をなくしていたんです!)
ルナの言葉を理解したコトノハたちは、神裂に賞賛の声をあげる。
(神裂さん、すごい! ほかに、何かわかったことはないんですか?)
六鶯が問う。
神裂は、みなの賞賛が不思議だとでもいうような、ぽかんとした顔をしていたが、再び深い海の底をたゆたい、じっと感じ続けて、こういった。
(えっと、Xさんは、ううん、海人さんは、平和のために自分の「力」を使いたいと考えているので、軍事目的で自分を利用しようとする人たちのことは信用しないんです)
もはや、X(海人)の言葉を聞かずとも、神裂には海人の真意のかなりの部分がみえているようであった。
(すごい、すごい!)
その場の者たちは、神裂を、そして海人を誉めたたえ、ともに平和のために努力することを誓いあう。
というところで、ルオシンが海人に相談した。
(X、いや、海人。聞きたいのだ。この会場に、鏖殺寺院のスパイと疑われる者がいる)
(何ですって!?)
ルオシンの言葉に、コトノハたちは驚く。
(もちろん、そうと決まったわけじゃないが、そいつのことは把握しておいた方がいいだろう。海人、その者の名は、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)という。そいつと、感応できないか?)
ルオシンの言葉に、海人は答えた。
(いいだろう。ただし、その者とは、僕と2人だけで感応させてもらう)
(えっ!?)
次の瞬間、コトノハたちは、海人との精神感応から切り離された。
(うん? 何だ、何が起きた!?)
KAORIの近くにいたクリストファー・モーガンは、突如視界が暗くなったかと思うと、深い海の底に自分が立っていることに気づき、驚く。
(クリストファー。君を疑っている者がいる)
海人の声が、クリストファーの心の中に響き渡る。
(誰だ? 強化人間の精神感応? Xか!?)
クリストファーは、急なことに混乱した。
(どういうことだ? お前とは、かなり離れた場所にいたはずだが。それでも感応できるのか?)
(クリストファー。僕は知っている。君はこの会場に潜り込んでいる、あの黒いイコンのパイロットたちを手助けするつもりだ)
海人の言葉に、クリストファーに動揺が走る。
(勝手に俺の心を覗かないで欲しいぜ。しかし、疑っている奴がいるのか? 誰だ? まさか、ルオシンか!?)
(誰でもいいだろう。だが、僕は、君を疑っている誰かに、君の企みのことは黙っていようと思う)
(なぜだ? 俺に恩を売るつもりか?)
(いや。だが、今後は2度と危険な行為に加担しないことを約束して欲しい)
説教じみた海人の言葉に、クリストファーは反発を覚えた。
(嫌だといったら?)
(君自身のためだ。いまならまだ、軌道修正できる。僕は本当に話すつもりはない)
「なぜ『修正』といいきれる? 俺が自分で決めた道だ! あれ?」
クリストファーは、感応がとけ、KAORIの近くにいて独り言を呟いている自分に気づいた。
「いまのは幻聴か? いや、違うな。Xめ! 説教など要らない!」
Xの本名を知らないクリストファーは、その仮の名をひたすら毒づいていた。
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