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【初心者向け】遙か大空の彼方・後編

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【初心者向け】遙か大空の彼方・後編

リアクション

 
 
「行ったか」
 夜明け前の夜空を、ツァンダから出航する飛空艇。
 それに、閃崎 静麻(せんざき・しずま)は乗らなかった。
 残って片付けるべきことがあると判断したからだ。
「全く、このままじゃ、戻って来たとしても最悪、豚箱行きにならないとも限らないしな……。
 とにかく、やれるだけのことはやっておくか」
 そう呟くと、静麻は肩を竦めて、トオル達によって縛り上げられ、転がされている空賊の連中を見渡す。
「とりあえず……誤魔化すとするなら、こいつらはクイーン・ヴァンガードじゃなく、領主直下の衛兵に引き渡した方がいいような気がするが」
 この人数を運ぶのには、リアカーでも持って来なくては。
 そう考えて、静麻は溜め息を吐いた。
「ま、帰って来る連中の土産話を楽しみに、ひと働きするか」
 帰って来たら来たで、後始末は色々とありそうだがと思いつつ、静麻は歩き出した。


Part.8 到着前〜白鯨の背の街

 ゴトリと音がして、トオルは首を傾げた。
 音の先は倉庫だった。
 誰かが倉庫にいるのだろうかと、何気なしにトオルは倉庫を覗いてみる。
 荷物が積みこまれたままの倉庫だ。
 誰かが要りようの道具でも漁っているのかもしれない。
 自分のパートナーのシキも同じことをやっていたし、咎めるつもりは毛頭ないが、音がすれば見てみるのは好奇心の基本である。
 倉庫には、誰もいなかった。――いや。
「トオル、どうした?」
 倉庫内をじっと睨み据えているトオルの姿を見掛けて、シキが声を掛ける。
 しっ、とトオルは指で合図した。
 ゴトン。再び音が聞こえる。
 ガコガコと、木箱の一つが揺れた。
「……何だ?」
「誰かが入っているんじゃないのか」
 冷静に言ったシキに、
「お前な、ここはまず驚けよ。空気の読めない奴だな!」
とぶりぶり怒って、トオルは箱を開けに近づく。
 だがトオルが辿り着くより先に、がごっ、と木箱の蓋は中から蹴り開けられた。
 蓋が上に開き、細い足が突き出る。
「ふー。やれやれ。寝過ごしてしまったようだ」
 足が引っ込んで、代わりにひょこりと顔を出したのは、小さな少女、夜薙 綾香(やなぎ・あやか)だった。
「……何だ、おまえ?」
 訊ねたトオルを見て綾香は「学生か」と呟く。
「……つまり全ては終わってしまったわけだな」
 綾香は、空賊をこらしめてやろうと、密かに忍びこみ、誤って空賊に開けられないよう、内側から魔法封印を施した木箱の中に潜んでいたのだが……いつの間にか眠ってしまっていたようだった。
「……まあいいや。
 おまえ、早く来いよ。もうすぐ着陸だぜ?」
 トオルはひとつ溜め息をつくと、綾香に手を差し延べる。
 その手に掴まって、綾香は木箱から出た。
「……また小さい子か?」
 シキが苦笑する。
「小さい子と言うな。
 私は、幼く見えるかもしれぬが、れっきとした大学生であるのだ」
 むっとした綾香は、シキに学生証を突き出して見せる。
「えっ、俺より年上かよ!? 見えねえ!」
 トオルは、どう見ても13歳そこそこの綾香と学生証を見比べて驚く。
 綾香はぱっと学生証を仕舞い込みながら、ま、実年齢はもう少し下だが、と心の中で付け足した。
 シキが意味ありげに笑ったのを見て、睨み付ける。
 シキは何も言わなかったが、ひょっとしたら学生証の年齢欄を目ざとく見られたのかもしれなかった。
(指で隠していたつもりだったが……)
「ほら、早く行かないと見逃すぜ!」
 トオルの方は、既に先のやりとりはどうでもいいらしく、そう言って綾香を急かした。


「鯨の背中の街ですかー。すごいですねー。
 資源やエネルギーはどうやって調達しているんでしょう」
 白鯨に向かう飛空艇の中で、着陸する前から、サイファス・ロークライド(さいふぁす・ろーくらいど)は大はしゃぎで携帯のカメラに白鯨の姿を収めていたが、パートナーの藤堂 裄人(とうどう・ゆきと)の方は不満げだった。
「ドラゴンを捕まえるんじゃなかったのか? 話が違うじゃないか!」
 不機嫌に零す裄人に、丁度現れたトオルが、申し訳なさそうに
「……ごめんな」
と謝って、裄人ははっと言葉を止める。
「裄人。皆さんはドラゴンを探す、とは言っていましたが、捕まえるとは言ってませんでしたよ」
 サイファスがやんわりと諭す。
「でも、でかいこと言って、無駄な期待をさせちまったもんな。
 悪かったよ。ごめんな」
 トオルがもう一度謝ると、裄人は、むっと口を尖らせ、ふいと顔を逸らして、歩いて行ってしまった。
「……あちゃー。嫌われたかなー」
 トオルががくりと首を垂れる。
「俺が言ったことなんだから、俺に謝らせれば良かったのに」
 シキが苦笑した。
「そういうわけにいかないだろ。
 俺が言いだしっぺなんだから」
「すみません」
 サイファスが謝る。
「裄人は、ちょっとナーバスになってるだけで、あなた方を責めているわけではないんです」
 そう言って軽く頭を下げ、サイファスも裄人の後を追った。

 実のところ、裄人は予想外の規模の鯨に、ビビっていたのだった。
「裄人」
 背後から声を掛けられたが、振り向かない。
「……何があるか解んないのに、安易に着陸なんかしちゃっていいのかよ」
 むすっとしたままそう漏らす裄人に苦笑する。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、ってことわざが、日本にはあるでしょう?
 ここまで来たんですから、行ってみなきゃ」
 天御柱学院は地球上にあるし、裄人はパラミタに来て日が浅い。
 ファンタジーものを話で見聞きするのと、実際にその中に飛び込んでみるのは、大違いだった。
「……イコンも無いのに」
 今の自分には、よすがとなる力も無い。それが一番心許なかった。
「大丈夫ですよ」
 サイファスはそう言って励ます。

 ――実際は大丈夫などではなく、着陸前から、操縦士ヨハンセンが突然倒れて半ば不時着、という事態に、飛空艇内は騒然となったわけだが。


◇ ◇ ◇


「――まあ、何にしろ、無事着陸できたわけですし」
 郊外に着陸した飛空艇のことは、勿論街の方で気付かないわけはなく、何だ何だと人々が集まる。
 空賊に襲われているだの、ガーディアンゴーレムだの、色々な課題が山積し、手分けしてそれらに対応することになった。
「あ、分散する前に、皆で記念写真を撮りませんか?」
 サイファスが呼びかける。
 だが、「それは、終わってからでいいんじゃないか?」と言われて、それもそうですね、と答えた。
 実のところ、色々不満げなパートナーの裄人をなだめる意味合いもあったのだが、ここは仕方ない。
「裄人。僕達は街に行ってみませんか?」
「でも」
「イコンなんて無くても平気ですよ。
 あれは単なる道具です。
 大事なのは自分がどう行動したいかです」
 近くにいた少女、フェイの耳に、その言葉が届いていた。
 ちら、と、フェイはサイファスの方を見る。
 裄人は、それでも気が乗らなかった。
 空賊を撃退しよう! と意気込んで、鯨の内部に行こうとしている人達に、ものすごい存在感を感じる。
 気圧されてしまうほどに。
 それに対し、自分には、何ができるというのだろう。
「動かないと始まりませんよ。さあ、行ってみましょう」
 誘われて、渋々、街に行ってみることにした。


 一方のトオルは、鯨の体内へ侵入した空賊が気になっていた。
「空賊退治に縁があるみたいだし、この際とことん」
と言うトオルに、
「よし、私も手伝おう」
と綾香もついて行くことにする。
「おー、頼むぜ」
「気になる物言いをするな。私の力量を疑うのか?
 お前よりは余程役に立つと思うがな」
 ふふん、と胸を張る綾香に、
「頼むって言ってんじゃん」
とトオルは笑う。ぽむぽむと頭を叩かれて、溜め息を吐いた。
「……まあ、傷薬程度には役に立つと思ってくれ」



 佇むフェイのすぐ側に、シキは立っていた。
 どうしようかな、と首を傾げた。
 何をしたらいいのか解らないのではなく、幾つかの選択肢の内からどれを選ぼうか、と思案している様子だった。
「おやぁ……何やら良い香り……じゃない、美少女の香……こほん。どうしました、こんなところで思案にくれて。
 お困りのことがあるようでしたら、相談に乗りますよ」
 身なりも言葉遣いも執事然としているが、どこか軽薄な空気の滲み出ている男、レフ・ゼーベック(れふ・ぜーべっく)がどこからともなく現れて、フェイに声をかけた。
「フェイちゃん」
と、彼女の姿を見付けた火村 加夜(ひむら・かや)も走り寄ってくる。
「街は自由に歩き回ってもいいそうです。
 一緒に、彷徨える島について、何かを探してみませんか?」
「えっ……」
 2人にフェイは驚いたようだったが、そんな2人を見てシキは微笑むと、黙ってその場を後にした。


 気がつけば、そこは空の上だった。
「……とか、呆れたことを言っていないでください」
 ルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)が頭痛を覚えてこめかみを押さえる。
「だってその通りなんだもんねえ」
 クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)は肩を竦めた。
 日頃から無気力な彼は、実はその日も歩きながら寝ていた。
 そんなクドを見失ったルルーゼが、彼を見付けたのは、とある飛空艇の中。
 ルルーゼの往復ビンタにクドが起こされた時には既に遅し、飛空艇は出航してしまっていたのだ。
 そしてあれよあれよという間に飛空艇は白鯨を発見、半ば不時着のような形でその背に着陸したという顛末だ。
「ま、文字通り乗りかかった船だし」
 事情を聞いたクドはそう言った。
 面倒くさい話だが、ここまで来て降りるわけにも行くまいし、もう、既に巻き込まれているのだ。
 何もしないのは寝覚めが悪い。
「出来るだけ協力しましょうかねえ。……眠いけれども」
 「では、トオル達と一緒に、空賊の討伐へ行きますか」
 空賊にここの人達は困っているという。
 そう言ったルルーゼに、クドはげんなりとした顔をした。
「うーん……すごい面倒そう……」
「面倒そうって……。
 では、ヨハンセンを助けに行きましょう。あの人をあのままにしておけませんよ」
 そう提案したルルーゼに、クドは、うーんと眉間にしわを寄せる。
「でも、ガーディアンゴーレム、って、何か強そうな印象だよねえ」
「ではどうするんです」
「適材適所って言うじゃない。気になることが他にあるしねえ」
 そうして、クドは途方にくれているフェイに声をかけたのだった。
「気分転換に街を歩いてみませんか?」
「……うん。そうする」
 いつまでも呆然と立っていても仕方がない、と思ったのだろう、クドとレフ、加夜の3人に誘われたフェイは、きゅっと口元を引き締めて、頷く。
 彼等は連れ立って、街を歩き回ってみた。
「……ここは、彷徨える島じゃ、ないのか……?」
 諦め切れない思いが、フェイの口から漏れる。
 シキが見たものを、彼女は知らされていないのだ。
「……違っていたとしても、何か、それに関する手掛かりが見つかるかもねえ」
 関連がある可能性は、ゼロではなく、むしろ高いと、話を聞いたクド達の方は思っている。
 さて、どうやってそれを見付ければいいだろう。
「街の長老さんのところへ行ってみてはどうでしょう?」
 火村加夜が提案した。
 近くの街の人に訊いてみると、その人は微笑みながら答えた。
「長老にあたる人なら、フリッカ様です。
 あの方は、見かけは10歳ほどにしか見えませんが、齢5000歳を迎える魔女でいらっしゃいますから」
 見かけは10歳ほど、で、キラリと目を輝かせたレフは、実齢5000歳、で、がっかりした顔をした。
「でも、かわいらしい人でしたよね」
 そう言った加夜に、再びピンと心のアンテナが立つ。
「……あんたひょっとして、ロリコンなのかなあ」
 クドがぼそりと突っ込めば、
「失敬な」
とレフは胸を張った。
「俺は単に、幼女が持つ、溢れる魅力を見逃さないだけ。
人より幼女について熱くなるだけの、ただの変態です」

 ――それを人はロリコンというのだが。


「……何だか、不思議な街ですね」
 歩き回りながら、加夜が周囲を見渡して言った。
「……うん」
 フェイも頷く。
 何故だろう、何だか、街の中にいて、喧騒を聞いていても、どこか幻想めいた気がする。
 上手く言えないが、現実とは微妙にずれた感覚がする。
「あ、あのお店、アクセサリーを売っていますよ」
 露店のひとつに目を留めて、加夜はフェイを誘った。
 フェイの手の平のあざに似た、太陽を象った形のペンダントを見付けて、それを2つ、取り上げる。
 フェイの分と、自分の分。おそろいだ。
「おいくらですか?」
 シャンバラの硬貨は通用するだろうか、と思いながら訊ねると、彼等を見渡した店の婦人は、くすりと笑った。
「いいよ。持っていきな」
「え? でも」
「外からの客人なんて、初めてだからね。何だか、嬉しいのさ」
 そう言って、婦人はペンダントを持った加夜の手を、押し戻す。
 その手を見て、あっと思った。
 フェイも同時に目を見開く。
 手首に、フェイの持つものと同じ形のあざがあったのだ。
「あの、このあざは……?」
「ああ、これかい? 何だろうね、生まれ付き、あたしら一族には現れるんだよ」
 自らの手首を見て、婦人は答える。
「じゃあ、やっぱり……」
 加夜とフェイは顔を見合わせた。


 街の住民は皆友好的で、珍しそうに、外の世界から人々に話しかけた。
「大陸の人なの? 最近、白鯨が暴れてるから……それで来たの?」
「え、うん、はい……。
 何か、オレ達に手伝えることってあるかな」
 裄人は答えて訊ねる。
「白鯨の口から入って行ってしまった人達が、白鯨を傷つけないでくれるといいんだけどね」
 私達では、どうしようもなくて、と、問われた街の住人は、困ったようにそう答えた。
 街を歩きながら、住人に声をかけてみる。
 声をかけられた人は皆、にこにこと裄人の話を聞いた。
「ここの人達は、何を食べて、どうやって暮らしてるの?」
「何って、普通ですが……。街の外には畑がありますし、木々には果物がなります。漁などもしますしね」
「勉強はどうしてんの?」
「勉強?」
「学校行ったり、とかさ」
「学校って何です?」
 意外すぎる答えが返ってきた。
「そうですね……文字書きとか……計算とか、そういうことを学ぶ場所ですが」
 サイファスの説明に彼等は首を傾げた。
「文字や数字は、親が子供に教えたりしますね。伝承なんかも伝えたり。
 ”学校”というものはありません」
 そういうものか、とサイファスは思う。
 契約者となって、各都市に作られた学校に入学するでもない限り、シャンバラでも、学校に通っていない民は珍しくなかったのだ。
「……ここの人達は、オレ達のこと、どう思ってる?」
 問いに、不思議そうに首を傾げられた。
「オレ達っていうか、地球人のことを」
「地球人?」
 ぽかんと訊き返されて、目を見開いた。
 この島の住民は、「地球人」を知らないのだ。
「あなたがたに、不思議な雰囲気を感じていましたが……。
 それは、パラミタ本土ともまた違う世界の人だったからなんですね」
 別世界の住人。その表現は、今の裄人の心にしっくりと入った。
 この別世界で、地球人にできることは、一体何なのだろう。
 それは、裄人の心をずっと占め続けていることだった。