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【初心者向け】遙か大空の彼方・後編

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【初心者向け】遙か大空の彼方・後編

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Part.10 フリッカ
 
「この街の案内をお願いしてもいいですか」
 神裂 刹那(かんざき・せつな)が、街を治める少女、フリッカにそう頼んでみると、いいですよ、と彼女は快く引き受けた。
 それに、光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)樹月 刀真(きづき・とうま)も同行する。
 白い石造りの街は、古代的ながらも過ごし易く、どこから流れているのか、上水道まであった。
「不思議な街ですね。
 何故、この場所に街ができたのです?」
「経緯は解りません。人の手で造られたものでもないと思います。
 多分、オリハルコンの力によるものではないかと、私達は思っています」
 ほっそりとした、長い銀髪の少女、フリッカは、刹那の問いに、穏やかな物腰でそう答える。
「どうやって今迄、その存在を隠し通せていたのです?」
 刀真が訊ねた。
 パラミタの住人である、飛空艇操縦士のヨハンセンも、この白鯨のことを知らなかった。
 ざっと訊いてみたが、契約者の中の誰も同様だ。
 このような特殊な存在が、これまで、伝説の中にすら存在しなかった。
 「それは、オリハルコンを護る為です。
 白鯨は、大陸には絶対に近付かず、遠海を、ひとつ所には留まらずに放浪し続けていました。
 ゆっくりと、大陸からずっと離れたところを。
 居る場所を判断することは難しいですが、シャンバラ地方に来たのは、100年か200年くらいぶりだと思います」
 白鯨は、パラミタ大陸の周り、それも遠い遠海をぐるぐると巡っているらしい。
 一周に何百年もかけて。
 「しかし何故、空賊はそれを知れたのでしょう」
 ずっと隠し続けけていたものが、今になって狙われている理由は何だろうか。
 刀真の言葉に、フリッカは表情を暗くした。
「彼等は……最初から、私達のことを知っていました。
 どこかの浮島に住んでいる人々で……これまでに何度か……何百年か前にも、白鯨は襲撃を受けています。
 その時は、大事には至らなかったのですが……。
 あの時と同じ人ではないでしょうが、同じ島に住む人達なのでしょう」
 つまり、その島には代々、オリハルコンと白鯨のことが伝わっていた。
 そして白鯨がシャンバラ地方に近づく度に、オリハルコンを狙って襲撃してきた、ということか。
 数百年前には成功しなかったが、今回は、内部への侵入に成功したのだ。
「……この街のありように、この街の住人は、皆納得して今迄生きてきたのですか?」
 気になっていたことを、刀真は訊ねた。
 さっとフリッカの顔色が変わる。
 それを隠すように、フリッカは顔をそらした。
「街から出て行った人達はいないんですか?」
「…………それは……」
 フリッカは俯いた。
 沈痛な面持ちで、その目が伏せられる。
「……それは、”零れ落ちた人々”という言葉と、何か関係があるのですか?」
 刹那が訊ねた。
 びくり、と、フリッカの肩が揺れる。
「……事情があるようですが……もしよかったら、お聞かせ願えませんか」
「……それは」
「勿論、ただの好奇心からの質問に過ぎませんので、御気分を害されたのでしたら謝ります。
 無理にお答え頂くつもりはありませんよ。
 ただ、語ってもらえるのでしたら……貴女が望まないのでしたら他に口外しないことをお約束します」
 ちら、と刀真の方を見て、刹那は言った。
 彼等とて、フリッカがそれを願うなら、その意志を尊重してくれるだろう、と期待する。
「……あの子にも?」
 首を傾げて、フリッカは困ったように、悲しそうに笑みを浮かべて、そう訊ねた。
 あの子、というのは、フェイのことだとすぐに解る。
「……彼女に、知られたくないのですか?」
 刹那が問うと、フリッカは目を伏せた。
「……そうですね……」

 雰囲気が重過ぎる。
 と、刹那と刀真の後ろで、彼等と共にいるパートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)ルナ・フレアロード(るな・ふれあろーど)は密かに顔を見合わせた(光臣翔一朗は、護衛よろしく、背後から何も口出ししないでついて来るだけである)。
 何だかフリッカを追いつめているような気がしてしまう。
 2人とも、そんな気は全く無いのだが。
「あの」
 一旦話題を変えた方がいいかもしれないと、ルナが口を開いた。
「”彷徨える島”もそうですけど、私達、そもそもは天空竜を探していてここに辿り着いたんです」
 大陸では、その情報は殆ど無かった。
 けれどもしかしたら、空の民であるここの人々なら。
「ウラノスドラゴンについて、何かご存知ではありませんか?」
「ウラノスドラゴンですか」
 フリッカは答えた。
「勿論、知っていますが…………」

 はっ、と刀真や刹那達が、同時に空を見上げた。
「何だ!?」
 上空から何かが近づいて来る。複数。
「空賊の……」
 どうして、と、フリッカが、それを見て呟きかけ、はっとした。
「そうか、障壁が……」
 刀真も気付く。
 郊外に向かった者達が、ガーディアンゴーレムを倒すことが出来たのだろう。
 障壁が失われ、街を護るものがなくなった。
 それに気付いた空賊が、攻めて来たのだ。
「……刀真、行こう。街の人達を、護らなきゃ」
 月夜の言葉に頷いて、刀真は刹那と翔一朗を見た。
「この人はお願いします」
「解りました」
「任せえや」
 2人は頷いて返した。


◇ ◇ ◇


 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、街に着陸する際に気を失って倒れた、飛空艇操縦士のヨハンセンを介抱する為に、船に残った。
「携帯は、やはり駄目か……」
 勿論、こんな所に電波は届かない。
 無論パートナー同士のやりとりであれば問題はないのだが。
 解っていたことだが一応確認して、呼雪は携帯を閉じる。
 飛空艇の居住スペースは、お世辞にも居心地がいいとは言えない場所だったが、
「慣れてるから大丈夫っすよ」
と彼の助手のアウインは言った。
 ヨハンセンが倒れたと知った時は、酷く狼狽していた彼も、随分落ち着いてきたようだったが、そう言いながらも、不安そうに彼を見ていた。
 そんな彼等の状況を知って、街の人が
「うちにお連れくださいな」
と申し出てくれたので、好意に甘えて運び込むことにした。
 光臣翔一朗が背負い上げ、彼を住人の家に運び込むと、
「俺はちょっくら、街を見回ってくるけえ。何も無いとは思うんじゃがな」
と言って出て行った。
「ヨハンセンさんをよろしくお願いいたしますわ」
 オリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)は彼等を見送って、
「一応、残って見張る係も必要でしょうから」
 と、飛空艇の見張りと点検を兼ねて残ることにした。


 あてがわれた部屋にヨハンセンを寝かせた後、呼雪はナーシングや回復魔法などをヨハンセンに試してみた。
 ヨハンセンは、特に苦しそうな表情をしていなかったが、叩いても揺すっても、魔法にも反応せず、効果が現れているようにも見えなかった。
「……眠ってるみたいだね?」
 パートナーのファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が言う。
「そうだな」
 オリガの話では、倒れる前は、苦痛に抗うような様子だったそうだが。
 楽な姿勢で寝かせながら、表情には表れなくとも、その眠りの中で、少しでも気分を和らげられればいいと思う。
 ふと、呼雪は窓から外を見た。
 白い石畳の街並みが、ずっと続いている。
「大きいよね〜。
 ボクびっくりしたよ。鯨さんの背中とは思えないね!
 一周するのにきっと、何時間もかかっちゃうね」
 それを見て、ファルも言う。
「そうだな」
「鯨さんて何を食べてるのかな〜。
 おっきいから、きっとたくさん食べないといけないね!」
 そういえば、ここの人達は何を食べているのだろうか、と呼雪も思った。
 外には地面があり、土が敷かれている場所も珍しくなかった。
 本格的な畑があっても不思議ではない。

 窓から見える外を、シキが歩いてくる。
 呼雪に気付いているのか、まっすぐこちらに向かっていた。
「船長さんの様子はどうだ?」
「変わらない。そっちは?」
「ああ……」
 シキは曖昧に笑う。
「どうした?」
「うーん、まあ大体の事情は解ったかな」
「何?」
「匂いがな」
「どゆこと?」
 ファルの問いに、シキは肩を竦める。
「ここは俺が見てるから、自分で確かめてくるといい」
 シキは自分では語らず、ただそう言うだけだった。


 人々は、あまり濃くない色の、ゆったりとした服を着、街は家も道も白い石造りで、古めかしい印象を受けたが、一見、特に変だと感じるところはなかった。――いや。
「空飛ぶ鯨の上に存在する街、か……」
 呟きながら、何となく違和感を覚える。
 何だろう、街の風景を、何か、薄いフィルターごしに見ているような、そんな気がする。
「匂いって言ってたよね?」
 ふんふんと鼻を鳴らしながら、ファルは首を傾げる。
「変な匂いはしないけどなー」
 きょろきょろと周囲を見渡してみて、飛空艇で見覚えのある人物を見付けて、あれっと指差す。
 同じ場所からスタートして、歩き回れる範囲など限られているからだろうか、呼雪も藤堂裄人の姿を見付けた。
 向こうも此方に気付き、ヒョイと小型飛空艇の後部座席から降りたパートナーのサイファスが近づいて来て、裄人もそれに続いて来る。
「何か、情報は得られましたか?」
「いや、俺達は出て来たばかりだ。
 これから話を訊いて回ろうと思っていた」
「こちらも、あまりですね」
 苦笑したサイファスに、呼雪は近くの人を呼び止めてみた。
「訊きたいんだが……この鯨と街は、どれ程の年月、存在しているんだ?」
 彼等が外の世界から来たと知っている街の住人は、好意的な笑みを呼雪達に向けた。
「さあ……ずうっと昔から、としか知らないな。
 世界創世の、更にその昔から」
「えっ、そんな昔なの!?」
 その老齢の男の言葉に、ファルが驚く。
「だって、パラミタの世界は、オリハルコンによって創られ、巨神アトラスに預けられた、って、そう言い伝えられているのだからね」
「そうなの!?」
 ファルは目を丸くした。
 勿論、呼雪も驚く。成程、と思った。
 世界の根源たる力。
 それを護るというこの巨大な鯨が”神”と称されるのも納得できた。
 確かに、そうなのかもしれない。
「鯨さんて、何を食べてるの?」
 ファルが訊ねて、男は苦笑した。
「さあな……ここから、白鯨が口を開けて何かを食べてるところは見えないし……オリハルコンの加護があれば、食べなくても生きていけるんじゃないのかな?」
「えー、そんなのつまんないよー」
 つまるつまらないの話ではないのだが、「食べる」ことをいつも楽しむファルにとって、食べなくてもいいということは、便利というよりもつまらなかった。
「……そうだなあ……」
 ファルの言葉に、男も、苦笑に似た笑みを浮かべる。
 その表情に、先に感じた違和感に似た引っかかりを感じた呼雪だったが、それを口にするより先に、別の異変に気がついた。