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第10章 ぜんぶ、太陽のせい2

 海岸で、銛や素手でタコ捕獲をしている面々を見ながら、ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)は静かに笑んでいた。
 敵は無数にいるというのに、あんな方法では効率が悪すぎる。夕方までかかっても、それどころか明日になっても、タコは捕獲しきれていないだろう。
(でもこれさえあれば、あのタコたちは一気に捕獲できるッ)
「ふふふ…」
 いけない、自重せねばと思いつつも、ついつい笑みがこぼれてしまう。
 ゴットリープは、たった今運んで来たばかりのドラム缶に肘を乗せ、肩を震わせた。
「ゴットリープ、それは何ですの〜?」
 浜で体育座りをし、立てた膝を机代わりにしてスケッチをしていた師王 アスカ(しおう・あすか)が訊く。
「ああ、アスカさん」
 そう訊いてくれる存在を待ってましたとばかりに目を輝かせ、ゴットリープは説明した。
「これはですね、さっきシラギさんから借りて来た、浜でのキャンプファイヤー用のドラム缶なんです。大きいでしょう? これを蛸壺にして、一気にタコを大量捕獲しますっ!」
 得意満面、元気よく言うゴットリープ。気弱で、いつもどこかしら自信なさげな彼がこのときばかりはこんなにもいきいきとしているということは、よっぽど自信がある作戦なのだろう。
 蛸壺作戦というよりもそっちに興味が出て、アスカはぱたんとスケッチブックを閉じた。水着とパーカーに付いた砂を払いながら立ち上がり、傍に寄る。
「ふぅ〜ん。ずいぶん大きいんですのねぇ」
「はい! これの奥にタコの好物のカニを入れてですね、蓋をして海に沈めればいいんですっ。ほら、もともと空気穴が開いてるから、タコはここから入りこめるし。ちゃんとテグスも巻きつけてるでしょ? レナに手伝ってもらって、もう準備は万端できてます。あとはこれを海に転がり込むだけなんです。海に入ってしまえば、底はすり鉢状ですから自分で勝手に深い所まで転がって行ってくれます」
 そう言いながら、ゴットリープはドラム缶を横に倒した。中にカニを入れたドラム缶は、ドーンと重い音を立てて揺れる。
「見ててください、アスカさん。今これを海に入れますからっ」
 ゴットリープはドラム缶の腹に左肩と両手を当て、全力で海に向かって押す。ドラム缶は回転しながら海に向かい――
「ちょいとお待ちなさいな〜」
 アスカの言葉に従うように、ドラム缶が突然ピタッと動きを止めた。もちろん本当に彼女の言葉に応じたわけではない。単に、伸び始めていたテグスをアスカが踏んづけただけだ。
 しかし力いっぱい押していたゴットリープは勢いそのまま、ドラム缶の上をつるりと滑って波打ち際に突っ込んでしまった。
「うわっ! あ、危ないじゃないですか、アスカさんっ」
 幸か不幸か噛まれることなく安全地帯まで駆け戻ることができたゴットリープが、アスカを非難する。アスカは答えず、それどころかかなり乱暴な動作でゴットリープのTシャツを掴んで引き寄せた。
「あなた、まさかこんな錆だらけ、煤だらけの汚いドラム缶を、このきれいな海に入れようと思ってるんじゃないでしょうね〜?」
「うっ…」
 思うも何も、今まさにそうしようとしていたところなのだが。
「えーと…。でも、これ1個くらいならたいしたことないんじゃないかな〜? って…」
「たいしたことないですって?」
 ゴットリープの浮かべた人の顔色を伺うような笑みを見て、アスカの目が据わった。きらりと危険な光が瞳をよぎる。
「あなたみたいな、そういう考えをした人間が多いから地球の自然破壊があれだけ進行したんですわ! 恥を知りなさい!」
「えっ、ええ〜〜〜?」
 そこまで飛びますかっ?
「あなたは今、この海を冒涜したのですわ〜。自然を軽んじ、その美しさを無視したの。そういう人間は、自然による報いを受けなさーいっ」
 叫び、えいやっとばかりにアスカはゴットリープを内海に投げ込んだ。
「あぎゃっあぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっっっ」
 立ち上がったゴットリープの体には、複数のタコがはりついていた。大急ぎでタコを引き剥がそうとしたゴットリープだったが、ゴム手袋をしていたため、つるつるすべって掴めない。
 泣きながらダッシュで浜へ駆け戻ったゴットリープは、そのままバッタリとアスカの足元に倒れ込んでしまった。
「ほーっほっほっほ。ほぉらご覧なさい〜、美しい海を汚そうとした悪者に罰が当たったわ〜」
 勝ち誇って笑うアスカ。
 これはおかしくなったのか、それとももともと女王気質のSだったのか。あまりにハマりすぎていて、だれも判断がつかない。
「あ、あの、じょおうサ……あ、いえ。アスカ」
 この状態の彼女には近寄らず、遠巻きにしていたかったが、パートナーである以上そういうわけにもいかない。ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が、後ろから声をかけた。
「何ですのぉ〜?」
(ああ。目がイってるよ…)
「すまないアスカ。実は、我の不注意でレイヴンが行方不明になってしまった」
「なんですってぇ?」
 ペットのゆるスター、レイヴンの失踪の衝撃が、意外にもアスカを正気に返らせた。
「い、いなくなったの〜!? たしか今日、あの子には海ルックでカニの着ぐるみを…」
「そうだ。まずいぞ。もしタコに襲われでもしたら、あの小さい体ではエサも同然だ」
「そんなっ! レイちゃん! あの子にもしものことがあったら…! ――あっ…」
 頭に手をあて、ふらついたアスカをルーツが支える。
「大丈夫か? アスカ」
「え、ええ…。なんだか、さっきから頭が…」
 重くて。
 そう続けようとしたアスカだったが。
「いったーーーーーいっ!」
 突如響き渡った叫び声が、アスカに言葉を飲み込ませた。
「取って〜〜〜っ! だれか取って取って取って〜〜っ」
 半泣き状態で岩場から走ってきたのは、セルファだった。
 ぶんぶん振り回している指先には、赤いカニのぬいぐるみがくっついている。否、かじりついている。
「あれは!」
「レイちゃんっ」
 ああ、無事だったのね!
 さあこの胸に飛び込んでおいでとばかりに両手を広げるアスカ。
「痛いんだってばーっ!」
 アスカの声を聞いたせいか、ふり回していたセルファの指からついにカニのぬいぐるみがはずれた。しかし遠心力を伴ったカニのぬいぐるみは、ボールのようにクルクル回転しながら放物線を描き、内海に向かって飛んでいく。
「ああっ、あれではタコのエサになってしまいます〜! ルーツ、いきなさいっ!」
「はい!」
 アスカの命令に反射的にジャンプして、見事空中キャッチするかに見えたルーツ。
 しかし、その足元に広がるのは………………おいでませ、タコ海。
「って、えっ?」
 バッシャーン!
 派手に水を散らしながら背中から落ちていく。海面から唯一突き出た彼の両手には、見事しっかりカニのぬいぐるみが握られていた。
「ああ、ルーツ。私の言葉に従ったばかりにあんな目にあって…。一体何匹のタコが、ヌルヌルとあの体に絡みついているのかしら? きっと、いっぱい、いっぱいですわね。ふふっ。そう考えただけでゾクゾクと背筋を這い上がっていくこの感覚は何? なんだか、スゴク気持ちイイ…」
 妙に恍惚とした表情でアスカが呟いていることを、ルーツが知ることはなかった。


「よっこいしょ」
 己の妄想にとらわれ、ぶつぶつ呟いているアスカの足元から気絶したままのゴットリープを救出したのはレナ・ブランド(れな・ぶらんど)だった。
「まったく。頼りない弟分を持つと、姉がひと一倍苦労するんだから」
 ヒール、キュアポイゾンをかけて治療を施すと、脇に肩を入れて担ぎ上げ、浜で待つ天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)の元へ連れて行く。
「ほら、起きて」
 ぺちぺち。頬をはたかれて目を開けるゴットリープ。彼を待っていたのは、幻舟による説教だった。
 要約すると「もう少し考えて行動しなさい、おまえはいつも詰めが甘いんだから」という内容のものだったのだが、なにしろ老人の説教は長い。口に出した言葉をかたっぱしから忘れてしまうのか、微妙に違うだけの同じ話がえんえんとループする。
 ゴットリープの気持ちがくじけかけたとき。
「そんなに落ち込まないで。ね? 幻舟さんも、もうそれくらにしてあげて。彼ももう十分反省してるわ」
 なぜか海にセーラー服姿の綾小路 麗夢(あやのこうじ・れむ)が、ゴットリープを気遣って助け舟を出してきた。
「ううむ…」
「麗夢、ありがとう…」
 自分を救ってくれるクモの糸、天上の女神を見た思いで彼女を仰ぎ見るゴットリープ。麗夢はにっこり笑って脇に寄り、問題のドラム缶を見せた。
「私とレナで、きれいに洗ってきたから。もうこれで大丈夫。蛸壺作戦、再開よ」
「麗夢! レナ!」
 私の女神はやっぱりきみたちだったんだね…!
 神を崇めるように両手を掲げ、立ち上がろうとしたゴットリープの足に、突然激痛が走った。説教は正座をして聞くものというのが幻舟のポリシーだったからだ。長時間の正座の後、いきなり血の巡りがよくなった足は急速にゴットリープの足を痺れさせた。
 バランスを崩したゴットリープは無我夢中で手に触れたものを掴んでしまう。
「きゃあっ」
 胸元からビリビリに裂かれたセーラー服。しかしそれだけではすまなかった。ゴットリープは下に着ていた赤いビキニのブラまで一緒にちぎり取ってしまったのだ。
 バッと両手で覆ったものの、このとき浜にいた男たちの目には、死出の旅に向かうときの走馬灯に必ず登場する人生のワンシーンが確実に刻み込まれた。
「……ゴット、リープ…」
 女神から鬼女に変化した2人……いや3人が、立ち上がれないでいるゴットリープを見下ろす。
「ちっ、違っ……あしっ、しび、痺れがっ」
 一番間近で見てしまったゴットリープの走馬灯は、ここにいるだれよりも早く訪れそうだった。