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蝉時雨の夜に

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蝉時雨の夜に

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「……ふむ。所詮は夢。愉しませてはもらったが、やはり足りぬな」
 むくりと起き上がった六黒は、軽い語調で吐き捨てた。そんな彼へ文句を言う暇もなく、ヘキサデは急いで彼を引き摺りその場を離れていく。
「こんな所に残っていては、ただではすまん」
 焦ったようなヘキサデの言葉を意にも介さず、六黒は口角を吊り上げた。
「さて、次の闘争はいずこか……」
 闘いに飢えた瞳が、昏い輝きを宿す。
 呟かれた言葉は誰に届く事も無く、しかし夢を共にした者たちに確かに存在を刻み込み、六黒は森を後にした。



「うーん……何だったんだろうな、ありゃ」
 屋敷の中で一頻り思案し切った壮太は、すっかり彼らを起こす事を諦めていた。
 目を覚まさないのを良い事に、今しか出来ないことへと思考の矛先を向ける。そうして彼は、おもむろにエメの横たわるソファへと歩み寄った。
(前にこいつの服借りたとき、美味そうな匂いがしたんだよな……)
 くんくんと鼻を寄せ、とりあえず手当たり次第に匂いを嗅いでみる。そうしているうちに、自然とエメの首元へと壮太の意識は引き寄せられていった。この辺りだ。察しを付けた壮太は、愉しげに鼻歌など零しながら、エメの髪を片手で掻き上げる。
(お、この辺り……)
 丁度耳の辺りから漂う芳香に惹かれるまま、壮太は鼻先を近付けていった。そこで、ぱちりと目が合う。
「…………」
 きょとんと丸められたエメの目を、壮太は暫し呆然と見詰めていた。咄嗟には言葉も出ない。
「……………………」
 言いようの無い沈黙が続く。どれだけの時間が経っただろうか、やがてエメの唇が僅かに持ち上がるのを目に留めると、壮太は素早く両手を前に突き出すと共に大きく仰け反った。
「ち、ち、違う! オレはその、おまえがなんか美味そうだったから!」
「……壮太君は、そっちの趣味ではなかったような……」
「そう言う意味じゃねえ!!」
 真っ赤になって叫ぶ壮太の焦った様子をぼんやりと眺めながら、エメは「はあ」と気の無い返事を零した。
「別に私は、言いふらしたりしませんよ」
「だから違う!」
 耐え切れなくなった様子で背を向けると、壮太は一目散に逃げ出した。不思議そうにその後ろ姿を眺めてから、「香水を美味しそうだと思っていたこと、そんなに恥ずかしかったんですかねぇ……」と独り呟く。
 そんな彼を不安げに眺める影があった。蒼の姿に気付くと、エメは面持ちを一層和らげる。
「お怪我はありませんか、エメ様」
 手招きに応じて彼の傍へと歩み寄った蒼は、エメの服に付いた泥汚れに酷く申し訳なげに眉を下げた。汚れのショックを押し隠しつつ、エメはそんな蒼の様子に微笑ましげに喉を鳴らす。
「おいで、蒼。ほら、私は無事ですよ」
 伸ばされたエメの掌が、緩やかに蒼の頭を撫でつける。始め驚いたように目を丸めた蒼は、ほんのりと嬉しげに頬を色付かせ、気恥ずかしげに俯いた。


「ヨヤさん、なんか殴打音と楽しそうな笑い声が聞こえてきてたのは俺のきのせーですか? きのせーですよね?」
 森の一角では、いやに爽やかな表情を浮かべたヨヤに、ウィルネストが肝を冷やしているところだった。
「知らんな。俺はお前を攻撃したわけじゃない、怪異現象と戦っただけだ。文句があるなら蝉に言え」
 どこかすっきりとしたヨヤの面持ちに、ウィルネストはぞわりと背筋に寒気が走るのを感じた。
「ヨヤ様? えーと……あの、すみません」
 その後ウィルネストの素行は、しばらくの間非常に良かったそうな。


「……うっ」
 勢い良く抱き付いてくるディオニリスを受け止め、サトゥルヌスは呻き声を漏らした。
「お兄ちゃん! やっと、会えた……」
 しかし何より雄弁に本物の彼女であると告げるその行為に、自然とサトゥルヌスは頬が緩むのを感じた。
「あー うん、間違いなくイリスだ。少し痛いけどなんだか嬉しいな。無事戻れてよかったね」
 優しく頭を撫でながら紡がれる穏やかなサトゥルヌスの言葉に、ディオニリスは嬉しげに頷いて頬を擦り寄せた。


「まさか、夢だったとはなあ……」
 目元を擦りながら、ラルクはやれやれとばかりに呟いた。同じく傍らで目を覚ましたばかりの闘神の書を見下ろすと、豪快な笑い声を立てる。
「まぁいい! 闘神、修行の続きだ! さっきのじゃまだ物足りないからな!」
「元気だねぇ、ま、良いけどよ」
 愉快とばかりに笑声を立てる闘神の書もすぐに立ち上がると、二人は疲れた様子も無く森の外へ向けて歩き出した。


「……大体あなたがおかしな事を言わなければ、もう少し冷静に……」
「はいはい。全部俺が悪かったよ」
 どこか気恥ずかしげにこんこんと文句を述べる真言に応えた様子もなく、マーリンは笑みを浮かべたままに彼女の頭を撫でやった。憮然と押し黙る真言を連れ、二人もまた森を後にしていく。


「……無事でよかったね」
 繕ったような平淡さで述べられた北都の言葉に、クナイは笑顔で頷き返した。
 未だ戸惑いを隠せない北都の耳と尾は小さく揺れ、言葉よりも雄弁に彼の動揺を伝えている。しかしそれを指摘することなく、クナイは緩やかに立ち上がった。
「行きましょう、北都」
 丁寧に差し伸べられる手を見上げ、北都は躊躇う間を置いた。
 伸ばされた北都の指先は彼の掌を擦り抜け、その服の裾へと伸ばされる。
「…………」
 犬耳を垂らし、目を伏せた北都。彼の精一杯の意思表示に柔らかく微笑むと、クナイは再び彼の傍らへ腰を下ろした。


「……くせえ」
 ぽつりと御影が呟き、その隣ではマルクスが「くさいアルー! 虐待アルー!」と騒がしく喚いている。そんな彼らの様子を見守る秀吉の瞳には、どこか使命を達成したような、誇らしげな輝きが宿されていた。


「葛葉……おまえ、本当に声が出なく……!?」
 黒龍の驚きの声は、最後まで言葉にならなかった。曖昧な面持ちで己を見つめる葛葉が、静かに頷く。
「おまえが気に病む必要は無いんだ……仕方の無いことだっただろう……!」
 絞り出すような黒龍の声は、静かに森の葉を揺らす。
 一時的なものか、続くものかは定かでないながら、儚い蝉の謀は、確かな爪跡を残していた。


「あれ?みるでぃ……? さっきまで殴り合ってたんじゃ……?」
 きょとんと呟くイシュタンに、ミルディアは不思議そうに頷き返した。「ま、夢だったみたいね」と軽い口調で返された言葉に、イシュタンは尚も首を傾げる。
「もっかいあんたとやることになるのかな……」
 そんなイシュタンの様子を眺めながらミルディアの零した微かな呟きは、誰の耳に届く事も無く風へと溶けた。


「口直しに何か作れ、弥十郎」
 直実の要求に、弥十郎は返す言葉を持たなかった。素直に頷く彼へ、「桃を使ったものがいい」と直実は要求を重ねる。
 今度こそまともな料理を口にできるだろうと、直実は密かに胸を撫で下ろした。


「パートナーを人質に取られた場合、共倒れになるのが正しいのかな?」
 クリストファーの問い掛けに、クリスティーは言葉を失った。
 自分の体ではない。相手の体である。それが時に負い目となり、時に枷となっているのは事実だった。まさしく今回も、相手の体を悪戯に傷つけることを恐れるが故の逃走だった。
「前にも言ったけど、やっぱりダメージを恐れちゃいけないと思うんだ」
「……そう、だね」
 やはりどこか躊躇いがちな、しかし一応は前向きなクリスティーの言葉に、今はそれで良いと、クリストファーは頷き返した。


「私のお弁当ー!!」
 がばりと起き上がるや否や、アレフティナはスレヴィへ勢い良くタックルをかました。その手にはしっかりと、お弁当の入った荷物が握られている。
「ふー。油断も隙もない人です」
「俺より弁当が大事か!?」
 跳ね起きたスレヴィの問い掛けに、アレフティナは迷うことも無く頷き返したのだった。


「ここはぁ?」
 はっと目を覚ました縁は、真っ先に皐月の姿を探して視線を彷徨わせた。そんな彼女の視界に、ふと壮太の姿が映る。
「屋敷の中。あっち」
 どこか落ち着かなげにあーだのうーだの唸りながら、壮太は簡潔な答えを返しつつ横たわる皐月を指差した。
「せじまんが介抱してくれたの? ありがとうねぇ〜」
 笑顔で述べた礼にも、壮太は「おう」と浮かない返事を返すだけだった。
 疑問に思う思考も、皐月の目が開いたことで一気に彼女へと奪われる。
「ごめん、皐月……腕が足りなかった。あと、……無事で、良かった」
 すぐに両腕で包み込み、耳元で絞り出すように縁は謝罪を零した。次いで痛い程の安堵を乗せて発された言葉に、皐月はゆるゆると首を振る。
「よすがが悪いわけじゃないよ、大丈夫、だよー?」
 宥める声音で紡ぎながら伸ばされた皐月の掌が、緩やかに縁の頭を撫で付ける。
 深い深い安心感に包まれる雰囲気の中、壮太はそっと二人の部屋を後にした。


「くぁ……目が覚めたはいいが暑っ苦しい。最悪の目覚めだぜ全く……寝直そ」
 そう言い放って、一は再び地面へ倒れ込んだ。そんな彼の肩を、ぽん、とハーヴェインが叩く。
「その前にリアルファイトといこうか、一」
 低く発されたその言葉に、一はやれやれと疲れた様子で肩を竦めた。


「あ……シェイド……?」
 緩やかに瞼を押し上げたミレイユは、自分を抱き締めるシェイドの腕に身を委ねながらも、不安げに問いを発した。
 寄り添う彼からは、いつになく怖い雰囲気が漂っていた。恐る恐る覗き込むミレイユへ何も言わずに、シェイドはそっと彼女の首筋へと唇を落とす。
 偽物に咬まれた場所、残っていないその痕を尚も上書きするように、始めは優しく、そして強く吸い付く。キスマークを付けられたのだ、と気付いたミレイユの頬が薄赤に染まり、次いでそこを一筋の滴が零れ落ちた。
「ミレイユ、……済みませんでした」
 悔しげなシェイドの言葉に、ミレイユは緩く頭を振る。恥ずかしさよりも何よりも、温かな安堵が強張った心身を癒すのを感じた。
「ありがとう、シェイド……」
 そう言って躊躇いがちに腕を回すミレイユを、シェイドはしっかりと抱き留めた。
 だれにも渡さない、と主張するかのように、しっかりと。


 傷付いていく火藍の姿が、繰り返し脳裏へと浮かび上がる。
 それが徐々に、別の映像へと重なっていく。魔物から自分を守るために傷付き、倒れていく家族の姿――
「いた!」
 それを掻き消すように上がった声に、侘助は緩やかに顔を持ち上げた。駆け寄る火藍の姿を見留めると、すぐに笑みを繕う。
「おー、お前は本物だな! 偽物もなかなかの腕だったぞ?」
 立ち上がって火藍を抱き締め、侘助は何気ない語調でそう語り掛けた。問い掛けようとした火藍の唇が一瞬凍り付いたように動きを止め、そしてどこか寂しげな笑みが湛えられる。
「あんた、どうして泣いてるんですか……」
「え? ……これ、涙か?」
 言われてようやく、侘助は己の頬を伝う生温かな滴に気付いた。言葉に詰まった火藍は、強く彼の体を抱き返す。
「俺は、本物の香住火藍ですよ。だから、強がらないで下さい」
 絞り出すような火藍の言葉には答えず、侘助はただ、彼の肩へと緩やかに目元を伏せた。


「怖かった、怖かった……」
 子どものように泣きじゃくり、セルシアはウィンディアに縋り付いた。
「俺だって怖かったさ……よく、頑張ったな」
 セルシアを抱き締めながら、ウィンディアは彼女の温度の心地好さに浸っていた。再びこうして彼女を腕に中に収められたことに、強い安堵が込み上がる。
「戦ってる間、ずっと励ましてくれて……ありがとう」
「……ああ」
 泣き付くセルシアの背を優しく撫でつけながら、ウィンディアは静かに頷いた。


「……ん……」
 透乃へ身を委ねた陽子は、安心しきった声を漏らした。
 彼女を掻き抱く透乃は、その体温を確かめるように、彼女の体をまさぐる。
「陽子ちゃん……良かった」
 再び触れ合えることを喜ぶ透乃の言葉に、陽子はただ素直に頷き返した。


「最悪の悪夢だったわ……」
 そう言いながら疲れたように背へともたれかかるエミリアに、正悟は苦笑交じりに頷いた。
「お互い、夢見は最悪だったみたいだね。飯でも食って帰ろうぜ……って、いてて」
 不満げに唇を尖らせたエミリアが正悟の背中をつねり、正悟は小さく悲鳴を上げながらも、黙って彼女の行動を受け入れた。


「夢の中だったけど、魔法を使ってフィアナに勝ったんだよ」
 誇らしげに語るなぶらにをじっと眺め、フィアナは一つ頷いた。
「まあ、少しは頑張ったみたいですね。おめでとうございます」
「俺だって、いつまでも魔法使えないままじゃないからな」
 夢の中の台詞を繰り返し笑うなぶらに、フィアナも小さく笑みを漏らした。


「……姿形に心惑わされるとは、帝王としてまだまだ修行が足りんな」
 背中越しにキリカを見遣り、ヴァルは独り呟いた。未だ眠ったままのキリカへ向けて、独白を重ねる。
「お前にも、まだまだ苦労を掛ける」
 続き掛けた言葉を、ヴァルは寸での所で飲み込んだ。いつキリカが目を覚ますか分からない。踏み込んだ言葉を発するには、まだ早い。そう判断したヴァルはそれ以上何も言わず、黙したままその場に留まった。


「前と同じことを繰り返すな、ですか。何のことでしょうね」
 かわすような翡翠の言葉に、レイスはやれやれと肩を竦めた。どうにも自己犠牲精神のある翡翠を窘めていたレイスだが、これ以上は無駄だと判断したらしい。視線を逸らし、微かに呟きを零す。
「もう、あんな思いはごめんなんだ」
「その言葉が届いているのかいないのか、翡翠はただ微笑んで、光の差し込む空を見上げた。


「ん……おはよう、エクス、睡蓮」
 その傍らでは、唯斗が静かに二人の体を抱き締めていた。
 エクスも睡蓮も、怪訝そうにしながらも抵抗する事はなく、ただ心地好い感覚に身を委ねていた。


「えっ、血を吸っても宜しいのですか!」
 感激に目を輝かせたシオンは、言うや否やジークフリートへと飛び付いた。
「ああ。まやかしとはいえシオンの血を吸うことになったのだから……、……」
 じゅっじゅるるるるうぅ、じゅるじゅるじゅるじゅる。
 躊躇の無いシオンの吸血に、言葉の途中でジークフリートはふらりと倒れた。


「虫はいやー! ……ってあれ?もしかして夢だったの?」
 叫びながら飛び起きた司は、己を覗き込むセアトの呆れたような面持ちを暫し眺めた後に、自ら結論へと辿り着いた。
「まあ、そういうことらしいな」
 疲れたようなセアトの言葉にうんうんと頷き返した司は、一拍後にぱっと彼へ抱き付く。
「あ、セアトくん! 無事だったんだ、良かった……あれ、なんだか安心したら涙が……うわーん!!」
「……やれやれ、しょうがないな」
 途端に大声を上げて泣き始める司に呆れたように笑みを浮かべながら、セアトはぽんぽんと柔らかく彼女の頭を撫で付けた。


「ったく、最悪なシエスタだったぜ。さっさと家に帰って――」
 そこまで言い放って、しかし込み上がる感情を抑えきれず、菊は咄嗟にエミリオへと抱き付いた。何故泣いているのか、自分でも分からなかった。否――分かっていた。本当は、怖かったのだ。偽物とはいえ、人を、それも一番大切な人を殺すことが。
 突然涙を滲ませ始めた菊に、しかし穏やかな笑みを浮かべて、エミリオは宥めるように彼女の背を撫でた。ぽんぽんと弾ませるように撫で付けながら、囁く程度の声量で語り掛ける。
「声、聞こえとった。頑張っとったな。菊、一緒に帰ろ。……今はこんままでええから」
 エミリオの言葉に、菊はただ頷く事しか出来なかった。抱き付いた体から衣服を介して伝わる生命の温かさを噛み締めながら、菊は何度も頷いていた。


「まったく、偽物とはいえアリカと戦うなんてとんだ災難だったけど……他の人とも知り合えたし、悪いことだけじゃなかったかな」
 苦笑交じりの大吾の言葉に、アリカはうんうんと頷いた。
「じゃ、さっそく夢で会った人たちに会いに行こうか」
「うん、ボクも行くよ!」
 ぱたぱたと機嫌良く尾を揺らすアリカを伴い、大吾は辺りを見回しながら歩き始めた。


「ごめんなさい、私が弱い所為でディートさんに迷惑を掛けてしまって……」
「いや。貴女を守ると誓ったのに、あんな事に巻き込まれたとはいえ、守れなかった……すまない……」
 互いにすっかり身を竦め、悠とディートハルトは謝罪を交わし合った。暫し俯いていた二人はやがて同時に顔を上げ、互いの無事を改めて確認し合うと、それ以上言葉も無く安堵の吐息を重ねた。


「所で手記。『私が扇を持つまで』とは、どういう意味ですか?」
「単なる皮肉のつもりじゃよ。ラムズが気にする事ではない」
「いえいえ、何時左手を食べられるか心配じゃないですか」
「……喧しいっ! ぬしなぞ喰うに値せんわっ!」
「えっと、手記が怒る意味が」
「良いから黙っとれ!」
 森の一角で言葉を交わし、ラムズは疑問気に双眸を瞬かせながらも、大人しく口を噤んだ。
 手記はやれやれと目を逸らし、溜息を吐き出す。
(左扇になるまで生きろなどと、口が裂けても言えるものか)


「要、良かった……」
 真っ先に要の腕の存在を確認した悠美香は、感極まって泣き出した。
 慌てて彼女を宥めながら、要自身も疑問気に元通りの腕へと目を落とす。
「どういう仕組みなんだか……まあ、いいか」
 夢の不思議を探るよりも、要にとっては悠美香を泣きやませることの方が先決だった。


「おや輝夜さん、おはよう御座います」
 と暢気に発されたエッツェルの言葉に、、輝夜は「ホント死ぬかと思ったよ」と荒い呼吸の合間に答えた。身体に疲労は残っていない筈ながら、輝夜は何となく重い疲れがのしかかるのを感じた。
「おや、そんなに汗をかいては風邪を引いてしまいますよ? 着替えさせてあげましょう」
 おもむろに手を伸ばすエッツェルへ、輝夜は深々と溜息を吐きだすと、おもむろに拳を振り上げた。
「あんたは変態かっ!」



「わーん、呼雪ー!」
 飛び付くヘルを受け止め、呼雪はヴラドとシェディの元を訪れていた。
 玄関先で応対していた二人は、聞き覚えのある声に緩やかに振り向くと、目を輝かせる。
「おや、お久し振りですね」
 既に二人の表情に誤解を引き摺る色は無く、歓迎するようなヴラドの言葉に彼らを無害と判断したヘルは、呼雪へくっ付いたままに声を発した。
「初めまして、僕は呼雪の恋人のヘルだよー。よろしくねー」
 何気なく発された言葉に、ヴラドとシェディの表情がそれぞれ驚きを浮かべる。ファルだけはいまいち関係を把握しておらず、にこにことした表情で「甘えんぼさんだなあ」と微笑ましげに呟いていた。
「……宜しくお願いします」
 ようやく動揺から解放されたヴラドは笑みを浮かべ直し、ひらひらと片手を振った。否定する様子の無い呼雪の姿にようやく真実であることを悟り、シェディもまたこくんと頭を下げた。
「恋人、か」
 泣きそうになりながら呼雪へ甘えるヘルと、困惑しながらも満更でもなさそうな呼雪の様子をぼんやりと眺めながら、シェディは小さく呟く。
「恋人、でしょう?」
 聞き咎めたヴラドの問い掛けに、シェディは一拍間を開ける。
「恋、というよりは、愛、だな。……愛人、か」
「それ絶対違いますよ……」


 深刻な会話、何気ない会話、喧嘩、冗談。
 様々な言葉を交わしながら、様々な感情を伴いながら、彼らは空を見上げる。
 終わりある日々の中の貴重な一日、その始まりを告げる空。

 眩い朝日の差し込む、穏やかな夜明けの空を。

担当マスターより

▼担当マスター

ハルト

▼マスターコメント

この度はシナリオにご参加頂きまして、まことにありがとうございました。
また多大な遅延を出してしまい、大変申し訳ございませんでした。少しでも楽しんで頂けましたら幸いに思います。

シナリオに関してですが、「MCとLCは同じ世界にいない」前提を誤解されたアクションを掛けられたために、一部アクション失敗と判定させて頂いた方々がいらっしゃいます。分かりづらい説明で恐縮ですが、どうぞお気を付け下さい。
皆様様々なアクションをありがとうございました。楽しく読ませて頂き、また執筆させて頂きました。

詳しくはマスターページにてご報告させて頂きますが、今回のシナリオを最後に、一年ほどマスターを休職させて頂くことにいたしました。無事に戻ってくる事が叶いましたら、また宜しくお願いいたします。
では、この度はシナリオへのご参加並びにここまでお読み頂きまして、まことにありがとうございました。