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リアクション
第三章:傷だらけの工作たち!!
第ニ回戦の6試合が終わり、休憩時間に入った図画工作武道会。
その横ではいくつかの屋台が設けられていて、熱戦の鑑賞で腹ペコな生徒達で賑わっていた。
天候の暑さかそれとも熱戦の熱さか、四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)とエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)の屋台『雪だるま印のアイス屋さん 』のアイスが飛ぶように売れている。
生徒からお金を受け取り、後方を振り向く唯乃。
「エル、次はバニラとチョコを一つずつ!」
「わかったのです、唯乃」
威勢よく声を張り上げるのはエラノールである。
「ほら、ケケ、ルル、頑張るのです! トトもサボらないのですよ〜!」
エラノールに指示された屋台後方の三体の雪だるまがせわしなく狭い店内をドスドスと駆けまわる。
可愛い雪だるまの下に骨のような足がニョキとあるが、客からは見えない。
実はこの雪だるま達はネクロマンサーであるエラノールが氷術で外見を雪だるま化させたスケルトンである。
エラノールの担当はスケルトンコントロール、商品渡し補佐であり、一般的に知られている手作りアイスのプロセスを三体のスケルトンに分担して行わせていたのだ。
「はい、どうぞ。ありがとうございますー!」
アイスをお客さんに渡してお金を受け取った唯乃がふぅと額ににじんだ汗を拭う。
「この暑さのせいか、それとも先程激戦を繰り広げた美央ちゃんの活躍のせいか、わからないわね」
そう呟いた唯乃の後方ではエラノールが、雪だるま達とアイスの製造に追われていた。
「オーダーバイはなく、ある程度ストックは持っておく」との考えで始めたアイスの屋台であるが、あっという間にストックは売り尽くしてしまっていた。
「(試合の休憩時間だからなのかしら?)……あ、いらっしゃいませー! はい、ストロベリーをお二つですね?」
そんな唯乃の屋台の様子を見て、対抗心を燃やすのは同じく屋台を展開しているミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)とイシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)である。
「はいはーい! アイスに冷たい飲み物、工作で使いそうな、はんだ、ガムテープ、接着剤なんかの消耗品はこっちだよー!!」
元気一杯に声を張り上げるミルディア。
先程までは試合中ということもあり、「呼び込みは……みんな頑張ってるし、あんまり騒ぐのもよくないよね?」と自粛していたのだが、今は違う。
どこかで拾ったらしいメガホンを持った彼女は、赤いロングの髪をフワフワ揺らしながら可愛い声をあげている。
その姿にパートナーのイシュタンも「うゎ〜、メカ戦だ!」と数分前まで騒いでいたのが嘘のようにテキパキと客をさばいていく。
もっとも『ロボットは男の浪漫』という主義を持つイシュタンは、一回戦の後、飲み物を買いに来たネンドオーの発明者であるトライブに商売そっちのけでサインをして貰っていたのをミルディアに目撃され、折檻された件も真面目になった理由としては大いにあるのかもしれない。
「ねーねー、君はいくら?」
「ほへ?」
その声にミルディアがキョトンとした表情を浮かべる。
イシュタンがサッと見ると、ナンパそうな男子生徒二人にミルディアが言い寄られている。
「あたし? あたしは売り物じゃないよ?」
「そんな事言わないでさ、俺達と遊ぼうよ」
「駄目だもん、屋台あるし」
「屋台なんていつでも出来るじゃん。それに店には八重歯の女の子がいるしさ」
戸惑うミルディアの肩に手をかけようとする男子生徒に、奥から瓶のジュースが投げつけられる。
「うおっっと!?」
思わず両手でそのジュースをキャッチする男子生徒たち。
「イシュタン?」
「サービスです、少年ども! それを持ってゴーホーム!」
チッチッチと指を振るイシュタン。
「何だと!」と咄嗟にジュースをイシュタンに向かって投げようとするが、外れない。
「あ、あれ?」
「接着剤で表面を濡らしておいた特製ジュースだよ。早く取らないと、色々困るよ?」
「このやろぉ」
「お、覚えていろよ!」
男子生徒たちはイシュタンを睨みながら走っていく。
「ありがとう、イシュタン」
「みるでぃ……隙が多すぎですね」
「そっかな? テヘヘ、でも嬉しかったよ」
「……どっちの事です?」
ジト目でミルディアを見るイシュタンであるが、ミルディアはそれを無視して、
「さー、アイスも頑張って売り切っちゃおう!」
元気よくエイエイオーと、手を上げるのであった。
さらに少し離れた屋台では、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が焼きそばと飲み物の屋台を出店していた。
その店内でどこか寂しく氷術でクーラーボックス一杯の飲み物を冷却しているのはレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)である。
「工作大会ねえ、あーゆう、細かい作業やっているとイライラする。俺、駄目だな」
ポツリと呟き、飲み物の冷却に集中するレイス。
「そうですねえ、好きじゃないと作品に愛情がこもらないと思います。大変そうです」
そうレイスに言うのは、まな板で軽やかに野菜を切っている柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)である。
「愛情ねぇ……なぁ翡翠、どう思う?」
「え? 何? 肉大盛り? それは無い!」
「は?」
「マスター落ち着いてください。そしてこれはキャベツです」
美鈴がまな板で切ったキャベツをザルに入れ、翡翠の横にそっと置く。
翡翠もまた戦いの中にいた。
屋台を始めた当初は「工作大会ですか? 皆さん、器用ですねえ」とか、調理中に「負けた人がやけ食いに見えるのは、気のせいですよね?」と呟きながらのんびり作業していたのであるが、現在の忙しさは彼の精神的、肉体的なキャパシティを共に軽くオーバーしていた。
それでも翡翠は、暑い中、鉄板の上で丁寧に手早く、かつ注文間違えないように、テンパった状態で焼きそばを焼き続けていた。
「大盛りとか肉多め等の細かい注文はよしませんか? マスター?」
美鈴の進言も、決してイエスとは言わないのが翡翠であることはレイスも十分承知していた。
だから、彼が「俺が……」とも言いかけたのだが、即答でノーを突きつけられたのだった。レイスに料理をやらせると危険である事を翡翠と美鈴は身をもって知っていたからである。
その結果、分担として翡翠がメインで焼きそばの調理、その補助に美鈴、飲み物冷却係にレイスという磐石の布陣を敷いたのである。
この布陣において翡翠への負担が大きいことは二人共よく知っていたが、絶妙な焼き加減とソース投入のタイミング、さらには紅しょうがの盛りつけ方まで、翡翠にしか出来ない事のオンパレードである。
挙句に、今レイスが見ると、少なくとも屋台前には10名の客が並んでいる。
「さぁ、いらっしゃいませー!」
明るく客に言う翡翠。
「えーっと、細かいオーダーにも答えてくれるんですか?」
「えぇ、頑張りますよ」と客に応対しながらも、手際よく二つのコテで鉄板上の焼きそばをかき混ぜていく翡翠。
レイスも固唾を飲んでその客の注文を聞いている。
「じゃあね……麺固めで、肉と野菜増し増し、味濃いめで、あ、人参抜いてくれます?」
「(ざけんな! 自分で作れ!)」そう叫びたくなるレイスであったが、翡翠は、少しだけ時間を置き、「わかりました」と応えるのであった。
後に語られる事になる伝説の翡翠大車輪焼きそばの始まりでもあった……。
「ほへひぇふ、はいにかいふぇんの……」
「イヒホーひゃん、はへながらひゃへんふぁいで……」
「おかしいな? マイクの調子が悪くなったか?」と疑う大会運営スタッフの生徒。
「いや、実況と解説がそれぞれ昼飯食べながら話そうとしているんだ……やはり本物呼べば良かったなぁ」
「そんな金、校長が出すはずないだろう」
スタッフの生徒達がそうブツブツ呟く中、やっと口の中の食べ物を咀嚼し終えたイチローが声高に叫ぶ。
「さぁ、いよいよ第三回戦の準々決勝へと突入します、図画工作武道会!! ここで改めて第二回戦の様子をダイジェストでお伝え致します!!」
「どれも素晴らしい戦いでした。今回は非常に見ごたえがありますねー」
「……アイムさん、歯に青海苔ついてますよ?」
「それはあなたもですよ?」
フハハハと笑いあう二人に、スタッフ達はまた溜息をつきながら、VTRをモニターに流し始める。
「第二回戦のまずは第一試合、レオVS拷問くん一号はまたしても逆転劇でした」
「ええ、終始レオ選手が優勢に試合を運んでいたのですが、開始5分で勝負を焦ったのが命取りでしたねー」
「レオ選手が三度目のニャンスパレストでトドメを刺しにいったところ……拷問くん一号が見事に捕獲、そのままセコンドのタオル投入でTKOとなりました。これで拷問くん一号の勝利です」
「レオ選手が拷問くん一号の挟めるジャストサイズだった事がアンラッキーでしたねー」
「そして第二試合、ビートルVS萌えっ娘メイドエイミーちゃんですが……」
「これもね、戦車に関節はありませんからね。ルカルカ選手のビートルの完勝でしたねー。私はもうちょっとエイミーちゃんの試合を見たかっただけに残念です」
「第三試合の宦官ダムVSスーパースノーマンも凄かった」
「まさかのスーパースノーマンのビルドアップですよ。氷術で体格差を一気に埋めて勝利をもぎ取りに行ったんですがねー……」
「最後はライトニングランス一閃で、勝敗がつきました。宦官ダム選手が勝利を収めています」
「イブニングムーンVSキャタピラASANOスペシャルも見ごたえたっぷりでしたね?」
「優勝候補のキャタピラASANOスペシャルにイブニングムーンはよく喰らいついたんですがねー。防御面であと一歩及ばなかった。ですが、かまぼこ板の可能性を感じられる試合でした。次の大会では十分期待できそうですよー」
「続いて、サンジェルマンVS騎凛セイカ人形の第五試合です」
「これは如何にサンジェルマン選手のフェイスオープンを破るか、その一点に垂選手が集中しての勝利となりました」
「騎凛セイカ人形は、サンジェルマンの全ての手持ちの調理器具を払い落とした上でフェイスオープンを使わざるを得ない状況にして、必殺技の則天去私を使いました」
「サンジェルマンも扉の半分を破壊されてはいつでも脱出可能ですからね。騎凛セイカ人形の見事なTKO勝利ですねー。ただ、扉の根元のちょうつがいをもう少し良いものにしておけば試合はわからなかったですねー」
「さぁ、そしてつい先程まで闘っていました第六試合のメタルノヴァVSクレイエルです」
「乱れ撃つとはまさにこの事ですねー。クレイエル選手が予備弾倉を持って現れた瞬間には、長期戦を覚悟しているんだなぁと思っていましたが、まさかメタルノヴァ選手の吸引力を落とすための作戦だったとは……いやはや恐れ入りました」
「ええ、2M、100kgのメタルノヴァ選手の吸引口を無数の弾丸で詰まらせる事に成功したクレイエル選手。メタルノヴァ選手は移動力が殆ど無い事が仇となってしまいましたねー」
「さぁ、これで準々決勝の3試合が決定致しました!! 第一試合:拷問くん一号VSビートル、第二試合:宦官ダムVSキャタピラASANOスペシャル、第三試合:騎凛セイカ人形VSクレイエル……以上の三試合です。尚、準決勝では第一試合と第二試合の勝者が、そして第三試合の勝者がカゲロー選手のプロトタイガーとそれぞれ激突します!! 皆様、今暫しお待ちください!!」
そう言い切ったイチローは再び手元の焼きそばに手を伸ばす。
「……イチローさんの焼きそば、なんか肉多くないですか?」
「ああ、特注なんです」
「へぇ、なんて注文したんです?」
「麺固めで、肉と野菜増し増し、味濃いめで、人参も抜いて貰いましたよ」
どこか冷たいアイムの視線の中、箸を動かすイチローであった。
一方、第二回戦の勝者たちは控え室の中で、次の準決勝に向けて各々の工作の修理やパーツの変更に慌しく動いていた。
そんな控え室の傍では佐野 亮司(さの・りょうじ)が仮設の屋台を出店し、工作用の補修パーツを販売していた。
「毎度ー!」
佐野が気前のいい声をあげて、客を見送る。
「これは……予想以上に盛り上がってるなぁ、まぁ自分で作った工作か?動いて戦うなんてそうそう体験できることじゃないし、景品も豪華だからこんな風にもなるか」
そう呟いた佐野の前に、人形を抱えて現れたのは桐生 円(きりゅう・まどか)であった。
「あのぉ?」
「パーツ? 電池や修理に使える工作に使いそうな厚紙や木材、ペットボトルとかの素材や工具類は置いてあるよ?」
佐野の言葉に円はがっくりと肩を落とす。
「何だ、お店なんだね……」
「え?」
「ボクはさ、このパッフェル人形を膝にのっけてもふもふしたいんだ」
「……それ、動かないのか?」
「そうなの! みんなお薬で動かせるようになったんでしょう! ボク、乗り遅れちゃってさ。ねぇ、キミはその不思議なお薬の行方を知らない?」
「うーん……俺は工作持ってないしなぁ……」
「そっかぁ、残念」
ギュっと人形を抱きしめる円。
「でもさ、みんな自作した工作をトーナメントに参加させてるけど、傷つくのが怖くないのなー? 面白半分で作ったのならいいかもしれないけど、愛着の湧いているものが傷つくのはボクにはきついな……最初に盗んだ子も面白半分で壊し合うために盗んだのかなぁ」
「……」
授業はギリギリ単位が足りるだけ出席し、残りの時間は基本的に大好きな商売をしている佐野には円の気持ちがわからないでもない、しかし、工作が多少は壊れてくれないと商売にならない事も事実であった。
「そんなにその人形を動かしたいのですか?」
声に振り返る佐野と円。
そこにはニヒルな笑みを浮かべたカゲローが立っている。
「うん。これは好きな子をモチーフにした人形なんだけど、本人に好きだっていう言う気がなくて……だからせめて、この人形を動かして可愛がりたいんだ」
円の持つ人形をじっと見るカゲロー。
「攻撃力に乏しい工作ですね。トーナメントに出場しなかったのは幸運かもしれない」
「いや、わからないぞ?」
「何?」
口を挟んだ佐野を見るカゲロー。
「可能性は誰だって持っているからな。それを信じなきゃ、やっていけない時だってあるだろう?」
「……」
押し黙るカゲローに円が訴えかける。
「だから少しでいいから薬が欲しいの、誰かもっている人知らないかな? もちろん口外はしないよ」
「決め台詞は決まっているのですか?」
「うん! いいフレーズを貰ったの」
元気よく頷いた円が人形をかざして言う。
「……ふふふ、たっぷりともがき苦しませてから殺してあげる」
「どこが良いんだよ」
佐野が頭を抱える横で、カゲローがパチパチと拍手をする。
「素晴らしい! 先の発言は取り消そう」
「え?」
カゲローの反応に戸惑う円に向かって、小さな紫の小瓶が放り投げられる。
それを慌ててキャッチする円。
「これは……?」
「君の願いを叶える薬だよ。もっとも、制作者は俺ではないがね」
紫の小瓶をじっと見つめる佐野と円から踵を返して去って行くカゲロー。
「あ、ありがとう!!」
「ちょっと待て!!」
佐野が一喝し、カゲローが足を止める。
「もしかしてコレ、イルミンスールから盗まれたっていう小瓶じゃないのか? 浦野が盗んだのか?」
「……さぁ?」
円が佐野の腕を掴む。
「やめてよ! ボクね、最初に盗んだ子は面白半分で壊し合うために盗んだのかなぁって思ってた、だけど今はその子も自分の大切なものを動かしてみたくて盗んだ気がする、そう信じたいしそれを確かめにいきたいんだ!」
「……健闘を祈りますよ」
そう言い残し、丸眼鏡を光らせつつカゲローは二人の前から去って行くのであった。
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