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黒毛猪の極上カレー

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黒毛猪の極上カレー

リアクション

 黒毛猪狩りが開始されて一時間が経った。晴れ渡った秋空がまぶしい。
「幽霊となった今も己の理想を追い続ける少女……来栖か」
 イルミンスールの森から少し外れた場所に位置する小さな草原で、ジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)は、ふと呟く。
 彼はこの場所で、仲間が黒毛猪を誘導してくるのを待っていた。
「どうした、主? 魔王にしては、珍しく感傷的な雰囲気だな!」
 ジークの隣に腰掛けたパートナーの朱点 童子(しゅてん・どうじ)は、草原を吹き抜ける秋風に哀愁を感じつつ、杯の日本酒を煽った。
「いや……もしもこの件が片付いたあかつきには、彼女を魔王軍に勧誘するのも良いかもしれんと思っただけだ」
「なるほど! たしかに、それは面白いかもしれん。この面子にカレー狂いの女か……」
 童子が後ろを振り返る。
 そこには、ジークを敬愛する【魔王軍】の面々が、来るべき黒毛猪との戦いに備えて準備を急いでいた。
「うむ。案外、良い組み合わせかもな!」
 快活な笑みを童子が浮かべた――まさに、その時だった。
「みなさ〜ん! 黒毛猪、誘導してきました〜!!」
 【魔王軍】の仲間であるミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)が、空飛ぶ箒に乗って森から飛び出してきた。
「もう少しで、黒毛猪が来ますから、狩りの準備をしてくださ〜い!」
 大声でミレイユが戦闘準備を促した瞬間――

 ブォオオオオオオオオオ!

 大気を震わす咆哮と共に、黒毛猪が一匹の黒豹を追いかけて森から飛び出してきた。
 猪突猛進の勢いで走る黒毛猪。大和田の話しどおり、その巨大さと迫力は、まさに野生の獣のみが持つ荒々しさを体現していた。
 だが、追いかけられている黒豹のしなやかな素早さには、一歩劣るようだ。
「うすノロ猪ちゃ〜ん! こっち、こっち!!」
 黒毛猪を挑発するかのように走る黒豹。
 実は、黒毛猪が追いかけている黒豹の正体は、ミレイユのパートナー――獣化したルイーゼ・ホッパー(るいーぜ・ほっぱー)だった。
「よっと! ここで一気に急カーブ♪」
 ルイーゼは、猪突猛進の勢いで突き進んでくる黒毛猪を、右へ直角に曲がってかわす。
 そしてすかさず――
「はい。こっちは、行き止まりだよ〜」
 箒に乗ったミレイユが黒毛猪の目の前に雷術を放つ。すると、黒毛猪は怯んで立ち止まった。
 ルイーゼがワザと囮役になり、前に突き進むことしか知らない黒毛猪の進路がずれたら、すかさず箒に乗ったミレイユが雷術でブレーキをかける。
 二人は抜群のコンビネーションと技で、森の奥からこの草原まで黒毛猪を誘導してきたのだ。
「ホラホラ、猪ちゃん。こっちだよ!」
 ルイーゼの挑発によって、黒毛猪は再び地鳴りと共に草原を走り出す。
「え〜い!」
 さらに、黒毛猪を追い立てるようにミレイユも雷術を放つ。
 そして、彼女達が黒毛猪を追い立てる先には――すでに戦闘準備を終えたジークと魔王軍の仲間達が待っている。
「それじゃ、魔王様! みんな!」
 最後に激しい跳躍を魅せたルイーザは、戦闘態勢に入った魔王軍の頭上を飛び越え、見事な前宙を決めつつ獣化を解いて着地した。
「後はよろしく〜♪」
 この瞬間――魔王軍と黒毛猪の戦いが始まった。
「二人とも、よくここまで黒毛猪を追い詰めた! 後は、我らに任せろ! 行くぞ!」
 ジークの鬨の声と共に、魔王軍と黒毛猪の戦いが始まった。

「想像していた以上のデカさだな……ま、こんな格好してれば余計デカく見えちまうかっ」
 魔王軍の後衛を担当する日比谷 皐月(ひびや・さつき)は、『ちぎのたくらみ』で幼女化した自分の姿を見て自嘲した。戦場に華を添えるつもりだったのだが……巨獣と幼女では少しアンバランスだったかもしれない。
「お前ら、準備はいいか?」
 用意した二体の武者人形は皐月を守るようにして、無言でラスターエスクードを盾のように構えた。
 そして――
「行くぞ、黒毛猪!!」
 ジークと同時に黒毛猪へと駆け出す魔王軍の仲間達。
 後衛の皐月は『禁じられた言葉』で自分の魔法能力を強化すると、すかさず『パワーブレス』を使用して、仲間達の攻撃力を強化していった。
「怪我とかすんじゃねーぞ、お前ら!」
 仲間達を援護する皐月の声と同時に、魔王軍は一斉に黒毛猪へと飛び掛った。

「おぉ、力がみなぎってきますね。皐月さん、ありがとうございます!!」
 黒毛猪へと立ち向かうルイ・フリード(るい・ふりーど)は、皐月の援護によって体の奥底から力が溢れるのを感じていた。
「それでは……全身全霊、全力を持って戦わせていただきますよ! はぁああああああ!」
 ルイは気合の掛け声と共に、鬼神力と超感覚を解放した。
 彼の身体は、見る間に巨大化し、側頭部からは巨大な雄牛の角が生え出す。
 これから立ち向かう巨獣に対する、全力もって敬意を評する。それこそが、ルイなりの礼儀だ。
「行きますよ!」
 こちらに向かって突進を仕掛けて来る黒毛猪。
 ルイは、その眉間に向かって拳を振り下ろす。
 だが――
「ぬぅ……やりますね」
 黒毛猪は、振り下ろされた鉄拳に対し、綺麗にタイミングを合わせて顔を斜め上へと突き上げた。
 そしてその瞬間、ルイの拳は、黒毛猪の天を穿つ様に生えた強靭な牙によって弾き飛ばされた。
「くっ……野生が作り上げた牙は、さすがに一筋縄じゃいかない頑丈さですね」
 ルイの拳は皮膚が抉り取られたようにめくれ上がり、大出血となっている。
 しかし――
「だ、大丈夫ですか〜!?」
 すかさず、ルイの拳にミレイユの『ヒール』と『ナーシング』がかけられる。
 更に――
「ったく、言ったそばから怪我しやがって!」
 皐月の『リカバリ』や『驚きの歌』などルイの身体を包む。
「ふふっ……皆さん、ありがとうございます!」
 援護を受け回復したルイから、闘気が放たれる。
「仲間がいれば、百人力! やはり、魔王軍に入ってよかった!」
 再び、黒毛猪が突進を始める。
「ですが……どうやら、あの突進を正面から力だけで止めるには、今の私では無理なようです」
 黒毛猪の接近にあわせ、ルイも再び拳を構える。
「申し訳ありませんが、少し小細工を使わせていただきます!!」
 そして――ルイは拳を振り下ろした。
「うぉおおおおおおお!」
 激しいルイの怒号が、辺りに響き渡る。
 だが黒毛猪は怯むことなく、再び牙を振り上げた。
 仲間の誰もが、さっきと同じ展開を予想した――まさにその瞬間だった。
「ふんっ!!」
 ルイは瞬時に拳を開くと、黒毛猪の牙を厚い掌で掴み取った。
 殴ると見せかけたフェイントに、黒毛猪は何が起こったのか一瞬だけ理解できなかった。
 その隙を突いて――
「うぉおおっしゃあああああ!!」
 ルイの全力のアッパーカットが、黒毛猪の顎を直撃した。