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リアクション
「黒毛猪のボス、なかなか来ないなぁ? どうしたんだろ?」
獣道の真ん中に立ったミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、小首を傾げていた。
「さっき通った真人さんって人の話だと、そろそろ来るころなんだけど……」
周囲に非難を促すために撤退した真人は、偶然ミルディアと会い、黒毛猪のボスがすぐそこまで来ていることを教えていた。
その後ミルディアは、再真人の警告に従い、その場から一度は逃げたのだが――実は、密かに引き返してきていた。
「せっかく真人さんがボス猪の脅威を皆に伝えて回ってるなら、私が少しでも足止めしなくちゃ」
ミルディアは、気合に充ちた瞳で獣道の先を見据えていた。
――と、そこへ。
「あ……来たっ!」
ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
巨大な咆哮と共に、黒毛猪の巨体が見えてきた。
「ん? なんだか、傷ついてるみたいだけど……どうしたんだろ?」
ボス猪の巨体は、少し距離のある位置からわかるほど、傷だらけとなっていた。
実は少し前まで、司や如たちが協力して戦っていたのだが――結局、ボス猪の圧倒的な強さの前に、その場にいた全員は撤退を余儀なくされてしまったのだった。
しかし、確実にボス猪はダメージを受けている。それは、事情を知らないミルディアにも一瞬で理解ができた。
そして――
「!? 来たっ……速い!!」
ミルディアの存在を確認したボス猪は、気が立っているせいか一気に突進を仕掛けてきた。
弾丸さながらの速度で近づいてくる巨獣の中の巨獣。
それでも、ミルディアは一歩も引かずに――
「くっ……さすがにボスってだけあるね!」
ボス猪の突進を真正面から受け止めて見せた。
「うぐぐっ……!!」
一応、ミルディアは重装備に身を固めていたので、突進の衝撃には耐えることができた。
しかし――パワーがあまりにも違いすぎるせいか、その踏ん張りは押し切られそうになり、自然と身体が下がっていく。
だが、それでもミルディアは諦めようとはしない。
「み……みんなを守るって誓ったんだから……い、イノシシくらい絶対に押えてみせるんだから!」
自分の思いを、叫ぶミルディア。
その瞬間――
「よく言いましたわっ!」
凛とした女性の声がミルディアの耳に届いたかと思うと――
ブォオッ!?
次の瞬間には、ボス猪の悲鳴にも似た短い咆哮が辺りに響いた。
「フフッ……黒毛猪の目玉って、意外とプニっとしてますわね」
「え?」
ミルディアがボス猪の頭上を見上げると、そこにはいつの間にか藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)が恍惚とした笑みを浮かべて立っていた。
どうやら彼女は、ミルディアがボス猪を押さえている隙に、強固な獣毛に覆われていない目玉を攻撃したようだった。
そして更に――
ブォオオオオオオッ!?
突然、巨獣の左右の前足から鮮血が飛び散ったかと思うと、そのまま巨体のバランスが一気に崩れた。
「これは……どこからか、狙撃したようですわね?」
優梨子の言ったとおり――戦闘が行われている位置から少し離れた場所では、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)とパートナーのアンジェラ・クリューガー(あんじぇら・くりゅーがー)が、それぞれの巨獣狩り用ライフルに次弾を装填していた。
「さすが黒毛猪のボスですね。毛皮の硬さも段違いのようです」
「おそらく、銃弾は皮膚を傷つけた程度で、肉までは到達していないと思いますわ」
小次郎とアンジェラは、スコープを覗いてボス猪のダメージを冷静に判断する。
彼らが使ったのは巨獣用のライフル弾で、普通の獣であれば一発で仕留められる代物だ。
しかし、黒毛猪のボスはもう立ち上がっている。
どうやら、弾丸は毛皮に阻まれて、肝心の肉まで到達していないようだ。
人間でたとえるなら、トゲなどが皮膚に刺さって血が出た程度に過ぎないダメージ。バランスを崩したのも、見えない位置からの奇襲に驚いたというのが大きい。
「でも、全く効果が無いというわけではなさそうですね」
「そうですわね。見えない位置からの攻撃という精神的効果は大きいはずですわ」
「本来は、頭部を攻撃する予定でしたが……このまま、脚部への攻撃に専念しましょう」
再び、引き金に指をかける小次郎とアンジェラ。
そして――
ブォオオオオオオッ!?
見えない位置から波状攻撃のように飛んでくる弾丸は、ボス猪の精神を一気に追い詰めた。
今まで、前に進むことしかしなかったボス猪の脚が、少しずつ芽生え始めた恐怖によって一歩後ずさった。
「今ですわ!」
この隙を狙い優梨子は、司や如たちとの戦いによってできた傷を見つけ、そこへ飛び掛った。
「うふふ♪ 血抜き作業です♪」
僅かに露出した皮膚に、優梨子は自分の歯を立て『吸精幻夜』を仕掛ける。
「あら? 獣くさい味を予想していたのに……意外と、美味ですわ」
蛭のようにしつこく血液を吸いだす優梨子。
だが当然、ボス猪もこのまま大人しくしているわけがない。
ブオオッ!!
突如、ボス猪は身を震わせたかと思うと、そのまま一気に駆け出し――
「かはっ……!」
優梨子ごと、自分の身体を近くにあった岩に叩き付けたのだった。
「ぐっ……」
固い岩盤と巨体の全体重に挟まれた優梨子は、かつて味わったことの無い衝撃が身体を襲い、思わず噛み付くのを解いてしまった。
これが普通の黒毛猪であれば、こんなことは絶対にありえなかった。しかし、このボス猪の体重は彼女が耐えられる許容をはるかに超えていた。
そして――この隙を突いて、ボス猪は優梨子を自分の身体から振り落とす。
「くっ……お待ちなさい……」
地面へと何とか着地した優梨子だったが、身体が思うように動かない。
ボス猪は、そんな彼女から逃げるようにして、森の奥へと走り去っていってしまった。
「ボス猪……圧倒的な強さだな」
「通常の黒毛猪とは比べものにならない程、強いですね」
源 鉄心(みなもと・てっしん)と、パートナーのティー・ティー(てぃー・てぃー)は、息を潜めてボス猪を観察していた。
元々、二人は黒毛猪の生態調査と観察を目的として森に入ったのだが――ボス猪が暴れだしている今、観察どころではなくなってきているようだ。
「アノ毛皮は……そうとう硬いみたいだな。さっきの生徒達の攻撃をほとんど寄せ付けていなかった」
ミルディアンたちの戦いからボス猪を観察していた鉄心。観察も撮影も終えて、ここからは狩りの時間だ。
「倒せますでしょうか?」
「……わからない。でも、この先に仕掛けておいたスネアトラップにボス猪が気づいた瞬間が勝負だ」
「はい。わかりました」
「人に危害がでるのを見過ごすようじゃ、観察する意味がないからな」
鉄心がカメラを武器に持ち替えた――その瞬間だった。
ブォオオオオオオオオオオ!!
突然、黒毛猪の動きが止まった。どうやら、先ほどの戦いで広がった傷口を狙撃されたようだ。
「フンッ……まだまだ、ここからが本番なのだよ!」
突然、ボス猪の背後の茂みから飛び出したのは、巨獣狩り用のライフルを構えた林田 樹(はやしだ・いつき)だった。
「傷を負っているようだな? 悪いが、容赦なく狙わせてもらうのだよ!」
再び樹が引き金を引くと、弾丸は正確無比にボス猪の傷口へと命中する。
だが――それで引き下がるほど、ボス猪は柔ではなかった。
「クッ……まだ、そんなに動けるのか?」
後ろ足で樹を踏み潰そうと、激しい攻撃が繰り出される。
その瞬間――
「ねーたんをいじめたら、だめだお!」
樹の影に隠れていた、パートナーの林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が、ボスイ猪に向かって火炎放射を放つ。
すると獣の本能が勝ったのか、火に恐怖したボス猪は一瞬怯んだ。
その隙に――
「ティー! 行くぞっ!」
「はいっ……!」
ボス猪の死角からバーストダッシュで急接近したティーは、一気にソニックブレードで心臓側面あたりを攻撃した。
「くっ……」
だが、硬い毛皮に邪魔されて攻撃が通らない。
しかし、次の瞬間――ティーが攻撃した箇所が、精密な狙撃で打ち抜かれる。
「同じ教導団の身だ。援護させてもらうのだよ」
樹はそう言うと、何度も何度も同じ箇所を打ち抜いた。
そして――
「鉄心、準備ができました!」
樹によって心臓側面の毛皮が排除され、ティーはそこに深々と剣を突き刺したまま、離脱した。
すると――
「くらえっ!」
剣を目標にした鉄心の雷撃が、ボス猪に炸裂した。
森の中を駆けるボス猪は、かつて無い恐怖を抱いていた。
黒毛猪の王として君臨する彼を恐れず、ここまで立ち向かって来た種族は今までこの森にはいなかったからだ。
自分を恐れず、何度も立ち向かってくるその奇妙な侵入者達――とくに、今倒した侵入者なんかは、本当に手強かった。
そして、あまりの手強さにボス猪は……生まれて初めて戦いから引いたのだった。
だが――森を駆けるボス猪の横に、いきなり一隻の小型飛空艇が並走してきた。
「…………」
「これは、話しに聞いていたよりも随分と大きな黒毛猪ですね?」
小型飛空艇に乗るのは、虚ろな目をした笹咲来 紗昏(さささくら・さくら)と、パートナーのヨハン・サンアンジュ(よはん・さんあんじゅ)だった。
「サクラ。本当に、猪狩りなんてやる気ですか?」
「…………」
飛空艇を運転するヨハンの問いかけに、紗昏は無言ながらもコクコクと首を立てに振る。
「まったく……何がしたいのかわかりませんが、狩るんだったら私の合図で黒毛猪の背中に飛び移ってください」
「…………」
またもや無言で頷く紗昏。
ヨハンは、呆れつつも一気に小型飛空艇をボス猪の背中に寄せ――紗昏に合図を送った。
「今です!」
「…………」
合図を送られた紗昏はというと、やはり無言のまま小型飛空艇から跳躍し――無言のままボス猪の背中へと飛び乗った。
「…………」
紗昏はすかさずナイフを取り出すと、彼女は『サイコキネシス』を発動させる。
ザワザワと周囲の木々が揺れ始め、小石はガタガタト震えだす。そして――サイコキネシスの力にによってナイフを宙に浮かせた……その瞬間――
「ンフフフフフッ!」
突如、紗昏に憑いている霊が彼女の意識を乗っ取ってしまった。
「サテト……ソコノ傷口、痛ソウダネ?」
サイコキネシスによって浮いたナイフは、さっきまで優梨子が攻撃していた傷口に向かって飛んでいった。
そして――
「ウフフフフフッ! 痛イ? ネェ、痛イ?」
紗昏であって紗昏では無いその少女は、何度も何度も執拗にナイフを傷口に突き刺した。
数人の生徒達に攻撃されてきた傷口は、すでにボス猪の弱点となりつつあった。
溜まらずボス猪は――
ブォオオオオオオオオオオオオオオオオ……!!
苦痛の咆哮を上げ、苦悶する。
それと同時に、ボス猪は身体を大きく揺らして、紗昏を背中から揺さぶり落とした。
「――ッ!」
振り落とされた紗昏は、上手く着地し損ねてしまい、衝撃によるダメージを負った。
だが、霊と紗昏は痛覚を共有していないため、今はダメージを感じていなかった。
しかし――
「さぁ、ここまでです。その身体……というか、サクラは一応私のものですから、あまり粗末に扱わないでいただけますか?」
逃げるボス猪を無理やり追撃しようとした憑依霊に対し、ヨハンが止めに入った。
「ウルサイ、コチラガ先ニ見ツケタ身体ダ。コノ身体はコチラノモノダ」
「……ちなみに。私はあなたと契約したわけではありませんから、依代を失ったあなたなど瞬時に消え去ってしまうのですが……それでもよろしいのでしょうか?」
「…………」
これには、憑依霊も黙るしかなかった。
そして、ヨハンのおかげでボス猪はこの場から逃げることができたのだった。
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