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黒毛猪の極上カレー

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黒毛猪の極上カレー

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第三章 ボス猪襲来

「えっ? もう、黒毛猪は二頭とも狩り終わった!? おいおい、マジかよ」
「って、ことは……俺たちの出番はなし……か。残念だったな」
 鬱蒼と木々の生い茂る森の中で、比賀 一(ひが・はじめ)とパートナーのハーヴェイン・アウグスト(はーべいん・あうぐすと)は、カレーの材料に必要な黒毛猪が揃ったとの連絡を受け、その場に座り込んだ。
「はぁ……せっかく、ここまで掘り進めたのになぁ」
 一は、手に持っていたシャベルを放り投げると、力なくため息をついた。
 実は、彼らは黒毛猪を狩るための巨大な落とし穴を作っていたのだが……どうやら、他の生徒達に先を越されてしまったようだ。
「ま、いいじゃないか。ちょうど人手も足りなくて、このまま掘ってたら夕方になってただろうし。このまま戻って、ツァンダビールを片手に極上のカレーでも食べようぜ?」
 ハーヴェインは、一ほど落胆した様子を見せない。それどころか、面倒な手間が省けたと思っているようだ。
 だが――
「ん? 何の音だ?」
 ふと、一は聞きなれない音を聞いた気がした。
「どうした一?」
「いや……今、雷みたいな音がしなかったか?」
「雷? こんな晴天の日に何言ってんだ?」
 ハーヴェインは、一の話しを冗談半分にしか聞いていなかった。
 しかし――

 ドカッ……バキッ、メキメキ……ブォオオオオオオオ!!

「なっ!?」
 今度は、ハーヴェインの耳にも聞こえてきた。
 むしろ、ハッキリと――獣の咆哮が聞こえていた。
「おいおい、黒毛猪狩りは終了じゃなかったのか?」
 ハーヴェインが素早く立ち上がった――その瞬間だった。
「来るぞっ!!」
 辺りを警戒していた一の目に飛び込んできたのは、黒毛猪ではなかった。
 黒毛猪ではなかったのだが…………山が――薄暗い森の置くから、六メートルを越す山のような巨影が、木々をなぎ倒しながらこちらに向かって猛突進して来る。
「何だこいつ!?」
「なにかの冗談だろ?」
 迫ってくる存在の正体はわからないが、一応回避行動に移る二人。
 そして、その瞬間――二人は見たのだった。
「なっ!? こいつは……まさか!」
「く、黒毛猪!?」
 突進を回避した二人が見たのは――岩をも砕く堅い蹄と強靭な牙、豚に近いが引き締まった筋肉質な身体とそれを被う黒い鋼の体毛。その全てが、黒毛猪の条件と当てはまっていた。
 ただし……聞いていたサイズとは、だいぶ違う。おそらく、その大きさは通常の黒毛猪よりも大きい。
「まさか、こいつは群れのボスか!?」
「なんだこれ? もう、化け物の域だなコリャ……」
 突進を避けられ、急停止した黒毛猪の――ボス。
 その大きさ、体格、牙の厚さ、迫力……全てが黒毛猪とは思えないほどのサイズだった。
 そして――
「来るぞっ!」
 体勢を立て直したボス猪は、再び一たち目がけて突進を仕掛けてきた。
「くらえっ!」
 一は、突進を避けつつ数発の銃弾を撃ち込んでみたが、ボス猪には全く効かなかった。
「一、逃げるぞ! いくらなんでも、俺たちだけじゃ無理だ!」
 圧倒的な不利を判断したーヴェインは、一を抱きかかえると、そのまま空へと舞い上がった。
「くそっ……ボスがいたなんてな。早く、みんなに知らせないとっ」
 そう言って一は、信号弾を空中から放った。

 ピィイイイイイイイイイ!!
 
「ん? この音は何でしょうか?」
「アレってもしかして……信号弾じゃない?」
 黒毛猪狩りが終了したことを聞き、仕掛けた罠の解除をはじめようとしていた御凪 真人(みなぎ・まこと)とパートナーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は、耳をつんざく信号弾の炸裂音を聞いて、自分達の頭上を見上げた。
「……たしかに、敵襲来を知らせる信号弾が瞬いてますね?」
「何それ? どういうことなの?」
「いや……たぶん、説明している暇は無いみたいです」
「えっ?」
 セルファが、真人の答えに首を傾げたその瞬間――

 ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 巨大な咆哮が辺り一帯に響き、セルファの視線の先にあった木々はバリバリと音を立てて倒れ、ボス猪が姿を現した。
 そして、次の瞬間には――
「なっ……!? 速いっ!!」
 地面を抉り取るように蹴り上げ、黒毛猪のボスは、弾丸のような速度で真人たちに向かって突進を繰り出す。
「真人、どうする!? このままだと、逃げる暇もないみたいだけど?」
「そうですね。ならば……迎え撃って、隙を窺うしかないでしょう」
 二人がやり取りを交わしている間にも、ボス猪は木々を蹴散らしながら駆けて来る。
 だが――

 ブォオオッ!?

 突然、真人たちの目前まで迫っていたボス猪の突進が止まった。いや、止まったというよりも、真人たちが仕掛けていた氷術の罠によって、一瞬だけ足元が滑りバランスが崩れた。
「あ、さっき仕掛けた罠! すっかり忘れてたわ」
「チャンスは、今しかありませんね!」
 すかさず、真人がボス猪の脚に向かって全力のブリザードを放つ。
 元々、今回の黒毛猪狩りでは氷術などによる低温攻撃で脚の筋肉を硬直させるのが狙いだったが、ボス猪があまりにも規格外であるため、全力をもって挑むしかなかった。
 そしてそこへ――
「これで……お返しよっ!」
 連携プレーともいえる手際のよさで、セルファはバーストダッシュにって加速した一撃を、ボス猪の眉間に叩き込んだ。
「くっ……さすがに、二人じゃ厳しい相手ね」
「セルファ! ここは一旦引いて、周囲の生徒達に非難を促しに行きましょう!」
「そうねっ! そうした方が、良さそう!」
 セルファは、駄目押しにボス猪の眉間を蹴り上げると、そのままの勢いを利用して真人と撤退に転じる。
 真人のブリザードが効果を成し、しばらくボス猪はその場から思うように動けなかった。

「相当なデカさだな。まさか、黒毛猪のボスか?」
 真人たちが去ったあと、思うように動けずにいたボス猪の目の前に白砂 司(しらすな・つかさ)が現れた。
「本来であれば、黒毛猪の肉は確保されててもういらないんだが……生憎、俺は肉よりも、今後の研究のための血液採取が目的なんだ」
 眼鏡の奥の鋭い眼光が、黒毛猪の巨体を見据える。
「来いっ!」
 司は『幻槍モノケロス』の石突を、わざと背にした巨岩に立てた。逃げ場は無い。逃げ場こそないが、これで強力な支えができた。
 そして次の瞬間――

 ブォオオオオオオ!!

 低い唸り声と共に、黒毛猪のボス猪が突進を開始した。
「力任せで勝てない相手ならば、技で勝つ!」
 ボス猪が駆け出すのと同時に、司は『ディフェンスシフト』『ファランクス』『オートガード』などの、あらゆるスキルを発動して、衝突に備えた。
「凶暴な動物は、確かに人間にとって脅威としか言いようもないが、人間には最強の武器がある。高度な予測機能と思考力だ! お前の野生の力、利用させてもらうぞ!」
 突進の瞬間に振りぬかれた黒毛猪の牙と、巨岩で支えた司の槍が、激しくぶつかり合う。
「……っぐ。さすがに、ボスまで昇りつめただけのことはあるな……」
 司の槍は、強力な突進にも折れることはなかった。
 だがあまりにもボス猪の力が強すぎるため、スキルなどの強化を受けていない巨岩は、信じられないことにヒビが入り始めていた。
 このままではまずい――背後の異変に気づき始めた司は、とっさに叫ぶ。
「サクラコ! 今だっ!!」
 司が叫んだその瞬間――
「もう、合図が遅すぎです!」
 今まで姿を隠していた、パートナーのサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が、ボス猪の横合いから首筋に飛び掛った。
「表面は硬くとも、突破すれば……ってのは、お約束ですよねっ!」
 完全に隙を突いたサクラコは、ボス猪の首筋に思いっきり爪牙を突き立てる。
「バラバラにして煮込むなんてもったいない! カレーソースのステーキにしてあげます。さぁ、さっさと私のステーキちゃんになるといいのですっ!」
 激しい連続攻撃によって、ボス猪の首筋から鮮血が飛び散る。
 だが――

 ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
 
 怒りが頂点に達したボス猪は、身体を大きく振ることによって、サクラコを無理やり引き剥がした。
「くっ……肉の繊維が怒りによって堅くなってますね……爪が、なかなか深く喰い込みません」
 上手く地面に着地したサクラコだったが、予想以上に相手は手ごわい。
 この黒毛猪は、何もかもが規格外すぎたのだった。
 ――と、そこへ。
「おいおい、楓。本当にこんな化け物を狩るつもりか?」
「いいじゃん。なんだか、面白そうじゃない?」
 いつの間にか紅秋 如(くあき・しく)と、パートナーの木月 楓(こずき・ふう)が駆けつけていた。
「はぁ……面倒くさいな。おい、そこの二人! 面倒くさいけど……俺たちも戦うことになった」
 如は、心底面倒そうな様子で戦闘態勢に入る。
「みんなで協力して、こいつをぶっ倒すわよっ」
 逆に、パートナーの楓は楽しそうに構えた。
 そして――
「はぁ……行くぞ、化け物」
「しゃああ!」
 如と楓は、やる気に温度差のあるものの、同時にボス猪へ向かって駆け出した。
「くらえっ!」
 如は、主にボス猪の脚を狙って攻撃を仕掛ける。
「オラオラぁ!」
 楓は、実に楽しそうな様子でボス猪へと向かっていったのだった。