リアクション
第15章 カノンと仲間たち
闘いは終わった。
シミュレーションにおいて、強化人間Pの機体は撃墜され、Pも消滅した。
仮想空間に意識を閉じこめられていた生徒たちは、みな、現実世界の、自分たちの肉体に戻ることができた。
シミュレーションの中で撃墜された生徒たちの意識も、現実世界に帰還できた。
ウイルスのデータはKAORIによって解析され、既にシミュレーション中にワクチンが生み出され、使用されていた。
学院上層部はKAORIが作成したワクチンをイコンシミュレーターに実装することとなり、シミュレーターが今後、同様の不調に陥ることはないとされた。
KAORIのプログラムは上層部に回収され、再び実験の機会を待つこととなる。
「ふう。一時はどうなることかと思ったぜ」
帰還した生徒たちは、互いに勝利を喜ぶ。
「しかし、不思議だったな。教官たちは、シミュレーションには、標準仕様の戦艦しか登場させてないっていうんだけど、本当かな? 俺たち、確かにみたんだけど」
生徒たちは、仮想空間内で、戦艦サイバードからイコンが次々に出撃していく光景を想い起こした。
だが、現実世界に帰ってその話をしてみれば、教官たちは誰もそんな戦艦は知らないという。
教官たちの言い草はこうだ。
「仮想空間にはまりすぎて、現実と妄想の区別がつかなくなったか? みたことのない特別仕様の戦艦? 若い艦長? 何をいってる。そんな話は、コリマ校長からも聞いたことがない。存在しないものにこだわるのはやめて、明日からまた訓練に励むんだ!」
なぜ、コリマ校長から聞いたことがないから存在しないことになるのか、よくわからなかったが、生徒たちも、勝利の喜びの中で、戦艦のことはすぐに忘れてしまった。
「ご苦労だったな。コリマ校長も、君の闘いぶりを大変評価していたぞ」
教官たちは、現実世界に帰還した天空寺鬼羅の苦労をねぎらうが、鬼羅の表情は晴れない。
「カノンは?」
「ああ。広場でずっと観戦していたようだ。カノンも、お前の闘いぶりをほめていたぞ」
鬼羅の問いに、教官たちが答える。
「そうか。今回、カノンを参加させなかった理由は?」
「ミッション内容が、彼女には刺激が強すぎるものだったからだ。また精神が不安定になっても困るだろう?」
教官たちは、意味ありげな視線を鬼羅に送る。
「そうか。そうだな」
鬼羅はそれだけいって、教官たちの前を、足早に通り過ぎる。
「天空寺鬼羅。Pの正体をみたんですね」
白滝奏音が、鬼羅と並んで歩きながら、いう。
「白滝。てめぇもみたのか?」
「いえ。ですが、だいたい察しがつきます」
鬼羅に睨まれても、白滝は平然としている。
「あなたは勝ったんです。Pを消滅させてしまったのを悔いているんですか? あれはシミュレーションだし、ああするしかなかったんです。あなたのおかげで、多くの生徒が生命を救われました。もっと晴れやかな顔をしてはどうですか?」
「察しがついているくせに、よくそんなことがいえるな」
鬼羅は、ますます白滝を睨む。
「あなたがみたであろうものは、正確にはカノンではありません。おそらく、先日のバトルロイヤルで彼女の精神を支配したという、別人格の『死楽ガノン』でしょう。まあ、カノンも、ガノンも、似たようなものですが。私なら、どちらもためらいなく討ちますね」
「なんだって!?」
鬼羅は信じられないといった顔で白滝をみる。
「あなたにそんな顔をされるとは! 現実世界のカノンは、私が討ちます。彼女は危険な存在であり、討つことは、みんなのためになるんです。私は彼女を倒し、彼女を超えてみせます。それじゃ」
白滝は、鬼羅の背をみせ、歩き去っていく。
「大義名分と個人的な理由が混ざってないか? うん、あれは!」
首をかしげる鬼羅は、足を止めた。
目の前を、数人の生徒と談笑しながら、設楽カノンが通り過ぎるところだった。
「あー、すごかったー! 最後の最後で盛り上がりましたね。天空寺鬼羅さんって、素敵な闘いをしますわ。誰も、ああくるとは思わなかったでしょう?」
設楽カノンは、ハイテンションな笑いを浮かべながら、広場を去り、強化人間の管理棟へと帰っていく。
「まあね。でも、ロケットパンチは誰かやるような気はしていたな。それじゃ、カノン! さようなら! また、お話しようね!」
「うん! さようならー!」
管理棟の入り口で、広場でお話してお友達になった生徒たち全員を見送って、カノンはいつまでも手を振り、ニコニコ笑っている。
「あはははははは! 今日は、すごく気分がよかった!」
生徒たち全員を見送ってなお、カノンは夕日を見上げて愉快そうに笑い続けている。
このように、テンション高すぎの状態がずっと続いているのは、よいことなのだろうか?
「かーのーんー」
やっと足の縛めから解放された国頭武尊が、カノンを追って、管理棟のすぐ近くまでやってきた。
「そこまでだ」
「な!?」
ずらりとならんだ教官たちが、国頭を取り押さえる。
「もうすぐ、兵たちが到着する。念のため、戦車と戦闘機も手配しておいた。コリマ校長も、学院から君を撤退させるようにとの意向だ。あのサンプルがどれだけ重視されているか、これでわかるだろう」
「な、何だよ、そこまで警戒されてるのか、俺は!? わかったよ。今回はもう撤退するとしよう」
両手をあげて苦笑しながら、国頭は学院の外へと移動してゆく。
ふとみると、カノンは、国頭に気づかないで、管理棟の中に入ろうと、身体をひねっていた。
その瞬間、奇跡の風が吹き、カノンの超ミニのスカートを大きくまくりあげていた!
「う、うおお!」
ベタな展開だったが、国頭は目を大きく見開き、カノンのパンツをしっかり瞳に焼きつけた。
「あ、あれがカノンのパンツ!? な、なにー! あのシミは!!」
国頭は、みたのだ。
カノンのパンツに、国頭もみたことのない、独特のシミがついていたのを。
「あのシミは、強化人間独特のものか!? す、すげー、かなりのシロモノだ! くそっ、とびきりのエサを目の前にぶら下げられて、撤退しなければならないとは! カノン、いつか、お前のパンツを手に入れる! 必ずだ!」
国頭は歯ぎしりしながら、リベンジを誓って、学院の外に退出していった。
「カノン。楽しそうだな。お前がそんな風に無邪気でずっといるなら、オレが守ってやろう。他人ごととは思えなくなってきたからな!」
一連の光景を見守っていた鬼羅が、呟く。
「それにしても、あのパンツは確かに絶品だったな。でも、そんな話、うっかりサキにしたら何いわれるかわからんなあ」
いつもの調子が戻ってきた鬼羅は、頭をかきながら、身体を休めにいく。
鬼羅だけではない。
多くの生徒が、カノンの仲間だった。
そして、仲間たちの存在こそ、「超能力」と同じく、運命を変える大きな不確定要素のひとつとなりうるのだ。
このシナリオは、ロボットものをやりたいと思って天御柱学院のマスターを希望したのに、まだイコンによる戦闘を描くシナリオをやってないな、と気づいたことから考案されました。
イコンシミュレーターシリーズがこれで完結するかどうかは不明ですが、今回はタイトルに入れる言葉を考える際に、「最後の聖戦」だとか、「そして伝説へ」だとか、「怒りのアフガン」(笑)だとか、いろいろ候補が浮かんで迷ってしまいました。結局、候補のひとつ「電子の妖精」(ネタがあるものばかりですね)を転じて「電子のプレッシャー」としました。
って、そんなことより、シミュレーションとはいえ、イコンの戦闘がちゃんと描写できたかどうかが不安ですね!
また、今回は、私の新婚生活をかなり犠牲にして書きましたが、寛大な妻の理解と協力のもと、無事書き上げることができました。
ちなみに、妻に、私が書いた『泥魔みれのケダモノたち』というシナリオのリアクションをみせたら、すごく白い目でみられて困ってしまったのを覚えています。
今回のカノンは概ね躁状態でしたが、次回もそうだとは限らないので、ご注意下さい。
それでは、参加頂いたみなさん、ありがとうございました。
※10月20日 一部修正を加え、リアクションを再提出しました。