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はじめてのひと

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はじめてのひと
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リアクション


●例え再びお側に戻れてもずっと忘れない様に…… / FANZの味 / ずっと一緒にいさせてください

 男性と話すのは、苦手だ。
 今日も、携帯電話の販売員が男性で非常に困惑した。しかも、最も苦手とする軽薄そうなタイプ、ペラペラとしゃべっては、始終、値踏みするような視線を向けてくる。逃げて別の店に行ってもいいのだが、逃げて次が良くなるという保証はないだろう。結局真口 悠希(まぐち・ゆき)は無遠慮な視線に耐え、最後まで「はい」と「いいえ」だけで会話をしのいで、なんとか新型携帯電話『cinema』を入手することができたのである。それまではまるで、蛇ににらまれた蛙、生きた心地がしなかった。
(「それでも、買うことができました……」)
 小走りで自室まで帰り、ようやく悠希は『cinema』の箱を開けた。苦労して入手しただけあって、パールホワイトの携帯電話は、宝物のように眩いものに見えたのである。
 気ばかり急くが慎重に説明書を読み、この新機種の持つ機能、とりわけ『タイムカプセルメール』機能について熟知しておく。この機能があるから、辛い思いまでして携帯電話の機種変更をしたのだ。
「静香さま……」
 その女性(ひと)の名を囁き、念じるようにホログラムディスプレイを映し出した。
 帰路、道々に考えていた文面ゆえ、入力はスムーズに終わった。
 
「TO:桜井 静香(さくらい・しずか)さま。

 ……今のボクは、
 静香さまに距離を置こうと言われている立場です

 なので、もし……まだ距離を置く状態の時に届いてしまっていたら御免なさい。
 その時はこれ以上読むのを止めるか消去してしまって下さい。
 すみません……。

 ……正直、距離を置こうと言われた時はショックでした
 それは単に側にいられないからでなく……、
 そうではなく……静香さまにご自分のせいでボクを駄目にしている……と悲しい思いをさせてしまった上、
 静香さまの為に頑張ってきたと思っていたボクの行動が、
 実は全く貴方の役になっていない事を思い知らされたからです……。

 けど静香さまが思い切って距離を取ってくれたお陰で、
 最近少し分かってきた事があります。

 ボクは貴方に依存し二人だけの幸せを考え過ぎていました。
 でも、それでは……皆の校長という立場にある貴方を、
 本当の意味で幸せにする事はできないのでは……と、思うようになりました。
 視野を広くもっと周囲の皆の事も考えるべきじゃないかって……。

 今の気持ちを、
 例え再びお側に戻れてもずっと忘れない様に……。
 このメールを貴方へ

 真口 悠希」


 距離を置きましょう、と静香に告げられたのは、まだほんの先日だ。
 それなのに急にこのメールを出せば、また彼女を困らせてしまうかもしれない。ゆえにこそ、タイムカプセルという手段を選んだのである。
 来週、来月、一年後、あるいはもっと先……悠希様々に思いを巡らせたものの、あまり近いのは意味が無く、あまり遠くては悲しい。
 そこで悠希は一つの区切りとして、12月24日にこのメールが届くように設定した。
 12月24日の夜、それまでに、もっと強くなって静香さまに認められたい。そこまで至らずとも、彼女の愁眉を開いてあげたい。とりあえずそれが、悠希の目標だ。


 *******************

 はじめてのメールだったら、すこーし変わったことをやってみたい! それが五月葉 終夏(さつきば・おりが)の発想だ。ゆえに終夏のメールは一風変わっている。出した相手は山葉 涼司(やまは・りょうじ)なのだが、その内容は暗号なのだ。
「さぁて山葉君、この暗号が解けるかなぁ〜?」
 それではここに、終夏が送った「はじめて」のメールを公開する。願わくば本稿読者にも、この暗号について頭を悩ませて欲しいのだ。

「【宛先】山葉涼司
 【タイトル】G84LとFANZ

 【本文】
 G84L
 に
 FANZ
 を
 T:。
 と
 ・¥Y
 の味になるって言うけれど
 やっぱり
 G84L
 と
 FANZ
 の味だったよ。

 ……って、まてまて。文字化けだと思って削除しないよーに!
 暇つぶしの暗号なんだけど、このくらい君にはサクサクとけるよねー。
 どうせアレをのせるなら私はホットケーキが良いと思います。

 ところでさホットケーキとパンケーキの違いって何だろうね。
 今ちょうど実物が目の前にあるんだけど全く分からんのだけど。
 君、どっちが好きよ?」


 あえてヒントを言うならば、通常の文章になっている後段だろうか。
 さて、涼司は、そしてあなたは、この暗号を解き明かすことができたであろうか?


 *******************

秋の午後はいい。暑くなく、寒くもなく、風は涼やかで自然は美しい。
 落ち葉舞う中の散策は、一年でこの時期だけの贅沢だと和原 樹(なぎはら・いつき)は思う。
 聞こえるのは風音、そして、かさりと枯葉を踏む自らの足音のみ……ではなかった。
 ぶるるっ、という振動音は、ポケットに入れた携帯電話の、メール着信の合図である。
(「俺、実を言うとメールとかってちょっと苦手なんだよな。筆不精だし……普段会えない人にはたまに出すけど、日常的にはあんまり使わないし」)
 宣伝に類するメールは一切シャットアウトしているから、送ってくるのは樹の事情を知らない疎遠な知り合いか、知っていて緊急の用のある知り合いか、あるいは……。
(「知っていてそれを忘れている知り合い……だね、これは」)
 発信元は『セーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)』と記されている。
 メールを読んで和原樹は思わず天を仰いだ。木々の合間より蒼い空が見えるも、もう目に入らない。
「だからさ」
 つい口に出して嘆いてしまう。
「いきなりこんなメール送られてきても困るんだけどっ」

 少し時間の針を戻すとしよう。
「フォルクス、手伝ってもらっていいですか?」
 ドアをノックするセーフェルを、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)は自室に招き入れている。読みかけの書物にしおりを挟み、向き直る。
「どうした、セーフェル? よく考えてみれば魔道書は人の姿と本体が同時に存在できるわけだから、たとえショコラッテに本体が物干し竿代わりにされたからって、人間の体が傷つくわけじゃない。気にするな」
「いつの話ですか……? そういう相談に来たんではありません。これです」
 と、セーフェルが出したのは新品の携帯電話である。
「本日これを購入したんですが、使い方がよくわからないんですよ。メールをしたいのですけれど、これって、ぱそこんのキーボードよりボタンが少ないですね」
「おお、前から買うと言っていたな。樹との連絡がとりやすくなるから、と。しかし、確か通話のみの機種にすると言っていなかったか?」
「ええ、通話のみにするつもりだったんですけど……メールなら相手が電話を取らなくてもメッセージを送れると聞いたので、伝言などに使えればと」
「殊勝な考えだな。しかしメールか……我もあまり使わないからな……」
 説明書を貸してみろ、とフォルクスはセーフェルからマニュアルを受け取り、該当ページを開いてその使い方をゆっくりと説明する。
「そう、そこで句読点だ。記号か? 記号はこのキーを何回か押して……」
 慣れない者同士ゆえ手間取り、文面を書き終えたときには四半時ほど経過していた。
「ふむ、なんとかなったな……だが樹はあまりこまめにメールを見ないぞ。受信はしているようだが」
「ああ、それはいいんです。急ぎの用には使いませんし、メモ代わりにするだけなので。紙に書いて置いておいても、気付かれないことが多いですから……それに、マスターもフォルクスもよくメモを失くすでしょう?」
「よく失くすわけじゃない。まあ……『たまには』失くすがな、実際、忘れては困る内容なら、紙のメモよりメールの方が確実かもしれん」
 と言いながら携帯電話の操作キーをフォルクスは示した。
「さて、送信はその緑に光っているボタンだ。送ってみるか?」
「送ってみましょう」
「ひとつ教えておこう。メールを送るときは念を込めないといけない。むむむむむむ……と声に出してやるのが望ましい」
「え? 説明書にそんなこと書いてませんよ」
「……ここはひっかかっておくのが優しさというやつだ」
「ああ、それは失敬。むむむむ……」

 といった感じでセーフェルが送った文面が、これだ。

「件名:携帯電話を買いました。

 練習をかねてメッセージを送ります。
 マスターは、私の魔道書としての力にはそれほど興味がないですよね。
 でも一人で置いておかれるのが嫌だと言った私の手をとってくれました。
 好きです、マスター。ずっと一緒にいさせてください」


 受け取った和原樹は頭を抱えている。
「……どうしよう。何この恥ずかしい文面」
 フォルクスならいつものセクハラまがいなのでとりあえず一発殴っておくだけの話なのだが……。
「セーフェルはたぶんこれ、恥ずかしいこと言ってる自覚ないだろうしなぁ……」
 悩んでいる間に、彼は部屋の戸口まで戻ってしまった。
 そーっ、と室内に入るも、
「メール届きました?」
 さっそく、好奇心旺盛な子犬のように目を輝かせ、セーフェルが声をかけてきたのだ。
「あー、届いたよ。届いたとも」
 仕方ない、という気持ちを胸に隠して、樹はセーフェルの頭を撫でるのである。
「届いた?」
 セーフェルと同じ表情でフォルクスが寄ってきたものの、これは積極的に無視する樹だった。
 しかしフォルクスはめげない。さっと手を伸ばしている。
「差別待遇だ。したがって、撫でてもらうかわりにお前を撫でることにしよう」
「わっ、よせっ、便乗行為もいいところだっ」
 逃げるように自室に戻る樹だったが、部屋からきちんと、

「俺も好きだよ。これからもよろしく」

 と、セーフェルに返答するのを忘れなかった。