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エリザベート的(仮想)宇宙の旅

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第13章


 一輝が廊下を走り、ドアに「1号機」と張り紙がされたシミュレーションルームに飛び込むと、既に他の搭乗者が準備を完了していた。
 1号機の搭乗者は、第1フライトのそれだ。
「できたぞ。これを見てくれ」
 ダリルからもらったファイルを銃型HCで実行し、表示された画面を神野永太に見せる。永太はしばらく画面を見つめると、
「――了解。軌道計算完了しました」
と答えた。
「大気圏突破後は各目標に接近しますので、そうしたら『情報攪乱』を逐一使用して下さい。よろしくお願いします」
 一輝は永太に頷くと、自分の動力席についた。
 シートベルトを着けて「準備完了」と言うと、すぐに「OvAz」1号機は離陸した。
 体にのしかかるGは、最初のフライトとは比べものにならない。
 「OvAz」1号機はパラミタ大陸を西から抜けて地球上に出た後、機体高度を下げた。高度十数メートル程度の低空で海上を飛んでいく。音速は既に突破しており、おそらくは物凄い衝撃波と轟音を周囲にばらまいているに違いなかった。
 窓から見える空は、青空がやがて紫色になり、闇を濃くしていつしか「夜」へと変わっていた。時間が過ぎたわけではない。地球を3分の1ほど周り、「昼」から「夜」の側へと入ったのだ。
「……!」
「う……!」
 操縦室のあちこちから、小さな悲鳴やうめき声が聞こえてくる。綾小路風花は、身を縮こまらせ、顔をしかめるほどだった。
 夜空――それは宇宙の色であり、すなわちあの「超帝」の記憶を呼び起こすものだ。
「これより本機は上昇フェイズに入ります」
 操縦席のルーツは、搭乗者全員に呼びかけた。
「私達は宇宙に行き、ミッションを達成して地球に帰還します。必ず、です。
 その暁には、私達は全てを克服できるはずです!」
「私達の挑む宇宙は、超帝エリザベート校長の宇宙よ」
 師王アスカが言葉を継いだ。
「行く手を阻む全ての障害は、彼女の意思の発露でしょう。
 けど、これから私達はそれら全てを打ち破る! ここにいる1号機のメンバーだけじゃなく、他のみんなの力も借りて、蒼空の彼方へ至り、そして必ず地上へ戻る!
 宇宙に向かう私達の意志こそが、本当の『OvAz』です!」
 断言するアスカ。
 これらの台詞は、一種の暗示だ。
 超帝校長が二度と出現する事は無いだろうから、それを直接打ち破る事はできそうにない。
 が、超帝のイメージと宇宙とを結びつける事、そして「ミッション達成=克服」のイメージを強調する事で、最初のフライトで受けた精神的ダメージの回復を搭乗者の裡に焼き付けたのだ。
「機首、天頂方向へ。10秒後に直上方向に向けて超加速でぶっ飛ぶぞ、全員歯を食いしばれ」
 蒼灯鴉が操縦桿を倒すと、操縦室に働く重力が、足元から背中の方向へと変化した。正面窓に映っていた水平線が下へと消えて、夜空を映し出す。
「……また俺たちは、あそこへ行くのか」
 九条イチルは呟いた。隣の席のルツ・ヴィオレッタが「ふん」と鼻を鳴らした。
「イチルはエリザベート校長のおわす宇宙が怖いか?」
「ルツはどうなんだい?」
「とても怖いな
「良かった。俺だけじゃなかったんだ」
「だが、怖れを抱えたまま過ごさねばならん未来の方が、遙かに怖い」
「同感だね。立ち向かうチャンスを与えて貰えて、俺たちは本当に運がいい!」
「そこ! 歯ァ食いしばってろって言ったろうが!
 カウントダウン開始、10,9,8,7,6,5,4,3,2,1,ゼロ!
 『OvAz』1号機、宇宙に向けて発進!」

 1号機〈素子〉コーティング面から上向きの力が働き、推力となって機体を押し上げた。
 ――フェライトは、電磁波を吸収する特性から、ステルス素材として一部の戦闘機にも用いられている。これを全身に塗装する事で電波による観測=電波索敵は封じた。
 また、夜の闇は隠密行動には欠かせない。カモフラージュの基本中の基本である。その中に紛れる事で光学観測=光学索敵は封じた。
 そして、自分から通信を発しない限り、電波を傍受されて位置を観測される事もない。
 二重三重のステルスを施した『OvAz』は、仮想地球の夜を貫き、天に向かって飛び立った。