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第15章


 仮想宇宙では、「OvAz」2機の快進撃が続いていた。昨日までのフライトとは大違いだ。
 が、相変わらず衛星の数は圧倒的だ。わずかずつではあるが、時間とともに攻撃の密度も徐々に高くなってきている。
 仮想地球の観測基地と管制室とを結ぶ通信回線にバラまかれた、星の数ほどの「OvAz」が飛び交う宇宙。
 あるいは、1号機による迎撃衛星内の命令系統の寸断。
 迎撃衛星の中に、これらの偽装工作に対する修正が働き始めたようだ。
「衛星破壊がスキル使用のみというのは、効率が悪すぎるな」
 アンノーンは十数個目のSPタブレットを口の中でかみ砕いた。
「白兵戦闘ができれば……ひっつかまえての投擲ができるだけで、少しはマシになるとは思うが」
「ちっちっち、天学のヒト。ミーの必殺『重力投げ』は絶賛稼働中デース」
 ジョセフ・テイラーが人差し指を立てた。
「いくつの衛星を放り投げたか、最早ミーは覚えていまセーン」
「ああ、そいつは失礼した」
 昨夜のゼレンとの対話を思い出す。搭乗者を換装ユニットと考えれば、使える武装や機能のバリエーションは無限大だ。確かに「OvAz」には武装なんて要らないかも知れない。
 ――が、舞台が「宇宙」ということもあって、使えるスキルは限られる。しかも一個一個の各個撃破しかできないのでは……
 その時、スピーカーから声がした。
「2号機の天学生。お前は宇宙で白兵戦をしたいのか?」
 総合管理室のエヴァルトだった。
「今一度訊ねよう。2号機の天学生、お前は白兵戦がしたいか? 飛行機としてじゃなく、人の姿で戦いたいか?」
「……まぁ、戦い方のバリエーションが広がればいい、とは思う」
「……何だか少しノリが悪いな。
 まあいい。そんな事もあろうかと、2号機には特殊な仕掛けを仕込んでおいた。2号機は人型に変形して、搭乗者の意思を反映して自由に動けるようになっている。
 四肢の駆動は〈サイコキネシス〉を使う形になる。念動推力の消費は激しくなるし、体術系スキルも使えないが、殴る蹴る掴む投げるぐらいはできるぞ。操縦席操作盤真ん中の、赤いレバーを手前に引っ張れ」
 スピーカーからのアナウンスに、詩穂の口の両端が吊り上がった。
「人が悪いねぇ、エヴァルト?! そーんなステキ機能あるんなら、さっさと言いなさいっての!」
 手を伸ばし、思いっきりレバーを引く。
 直後、操縦室全体が、ガクンガクンと揺れる。
「……本当に変形した……」
 セルフィーナが操作盤の液晶のひとつを見て、呆然とした。
 画面の中、全身をピンク色に輝かせていたズン胴デルタ型飛行機のシルエットは、ひどく歪ではあるが、胴体に頭と手足を生やした「人」の形に変わっていた。
「……これ、機体強度とかもの凄い脆弱になってるんじゃないですか?」
「細かい事はいいってば!」
 隣で詩穂が嬉々とした声を上げた。
 操作盤の手元にある水晶球に手を置き、空いている手でSPタブを口に運びながら、彼女は双眸を輝かせた。
「来た来た来たぁ! 何て言ったらいいの!? 自分の感覚が広がってるって感じ!? なんか気分がハイになって、我が前に敵はナシ、みたいな!? うっはー、最高!」
「……のぅ、エヴァルトさんとやら。このステキ機能は、なーんか副作用とかはないんかのぅ?」
「一応ないはずだが……」
「……まぁええか。いつもとそんなに変わらんようにも見えるし」

 総合管理室で、液晶を見ながらエヴァルトは満足そうに頷いた。
「ふっふっふっ。宇宙で飛行機でバトルっていったら、やっぱり『変形』がないと締まらないよなぁ」
「そういうものなの?」
 湯島茜の問いに、「当然だ!」とエヴァルトは断言した。
「これで『OvAz』がカッコいい戦闘機の姿をしていれば完璧だったんだが、贅沢は言えないな。搭乗員にも喜んで貰ってるようで、結構結構!」
(喜んでるの、詩穂さんだけに見えるけどなぁ)
 むしろ、一番喜んでるのはエヴァルト本人ではないだろうか――
 ツッコもうとして、茜は止めた。
「まぁ、喜んで貰えたなら、手伝った甲斐があったよ」
 茜の台詞を、エヴァルトは最早聞いていない。
 ――手伝った、というより、「OvAz」変形の仕組みの組み込み作業は、ほとんどが茜がやったようなものだった。昨夜に夜遅くまで管理室の中で作業しているのを、見かねて「ちょっとどいて」と肩代わりしたのだ。
 下心があったとは言え「超帝校長」の一件で窮地を救われたのは確かだし、受けた恩はきちんと返すのが筋だろう。あの後に割り込んできた「迎撃衛星防衛網見直し作業」に気を取られて、エヴァルトの事をすっかり忘れていたという負い目も少しばかりあった。代わった作業そのものも、茜にとってはそれほど苦となるものではなかった。
(しっかし、こっちの組み上げた防衛網の仕組み、「OvAz」の管制さん全部見抜いてくるんだもんなぁ。みんな凄いよ)
 液晶で人型となって暴れる2号機を見ながら、エヴァルトは顔を輝かせていた。
(昨日「超帝校長」を推したり、「OvAz」宇宙に出さないように防衛網組み上げてるあたしも、こんな顔をしていたんだろうなぁ)

 管制室の片隅で、風羽斐はひっそりと頭を抱えていた。
「……オッサン。大丈夫か?」
 さすがに見かねて翠門静玖が声をかけると、斐はゆっくりと頭を振った。
「これ、もう俺の知ってるスペースシャトルでも宇宙飛行でもない……もっと別の、全然違う何かだ……」
「強く生きろよ、オッサン」
 どがん! と操作盤がぶん殴られる音がした。
 全員の視線を浴びたルカルカは「……何もやってないわよ」と、抗議の声を上げた。
 操作盤を殴ったのは、リカインだった。
「……失敗した!」
 絞り出すような声で彼女は言った。
「白兵戦ができるなら、変に気を使わないで『OvAz』に乗ってれば良かった……!」