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リアクション


■ 探索開始から一時間十分


「渡り廊下は、まだ誰も渡っていないみたいだ」
 御剣 紫音(みつるぎ・しおん)が扉を開けると、外に繋がっていた。この場所は見覚えがある。離れに繋がっている渡り廊下だ。
 廊下にはまだ特に変化が無い。という事は、ここに仕掛けられている罠はまだ誰も作動させていないのだろう。
「また罠を解除しなければならんのか、今のところ大した収穫もないし、離れにはいいものがあればいいじゃが」
 アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)の表情には少し疲れが浮かんでいる。
「そうどすなぁ。蛙の置物や熊の置物は重くてたまらん」
 ここまで通ってきた部屋にあった物を覆い浮かべて、綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)も苦笑いを浮かべる。価値うんぬんの前に、重くて運ぶのが辛そうだ。
「もし離れに目ぼしいものがないと、アレを運ぶことになってしまうのう……」
 こめかみを押さえるアストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)
 一応、置物の中には金属できているものや、木にしては妙に重いものがあった。恐らく、価値がそれなりにあるものはあるだろうが、しかし重い。ほとんどの罠は既に作動しているはずだが、だからといって安全が確保できたとは言いがたい中、置物を運ぶなんて苦行はできるだけ避けたい。
「大丈夫だって、この先の離れにはきっといものがあるはずだ」
 紫音はそう言ってみんな励ましていると、
「まだ二人共戦えるのだ! こんなところで諦めてしまうような人ではないのだ! みんな二人が罠を解除していくのを心待ちにしているのだ! だから、こんなところで諦めてはいけないのだ!」
 誰かを叱咤する声は、ハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)のものだった。
 この言葉に呼応するかのように、二つの雄叫びがあがる。

「ふ、ふふふふふふ。切っちゃん、俺のバーストダッシュについてなんてこれないんだから、あとはゆっくり休んでいたらいいんじゃないかねぇ?」
「なにお………チョコのおかげで気力が全快になったわいと違って、クドはもうボロボロじゃないか。いいよ、そっちこそゆっくり休んでて」
 クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)七刀 切(しちとう・きり)は、もう色々と吹っ切れてしまっているようだった。二人は共に既に満身創痍だったが、つい先ほどのハンニバルの声援、もとい【ヒロイックアサルト:不屈の行軍】によって気力だけで立ち上がっていた。
「一番乗りもらったぁ!」
 クドが不意に走り出す。
「あ、待て!」
 切もすぐにそのあとを追って走り出した。
「二人共がんばるのだ〜」
 渡り廊下に突っ込んでいく二人に手を振って、ハンニバルはのんびりと二人を追って歩き始めた。
 外に出ると、紫音一向がきょとんとした様子で立っていた。
「ああ、お気になさらず。一応アレは、鍛錬の一種ですから」
 ルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)が呆然としている紫音達にそう伝える。
「鍛錬なんだ………そうは見えないけど」
 ぼそっと、紫音はつぶやいてしまった。
 罠に対応して避けたり、無効化するのならまだ鍛錬っぽいのだが、二人はただ我武者羅に前へ走っているだけである。むしろ、的になりにいっているようにしか見えない。
「最初は特訓ぽかったんだよ。ほんとだよ」
 と、トランス・ワルツ(とらんす・わるつ)が言う。
「あれだけボロボロにされてまだ罠に突っ込める精神力は、すごいものがあるがのう」
 アストレイアは若干呆れ気味だ。
「罠を解除してもろうて、ありがとさんなぁ」
「助かるのう、例をいうぞ」
「いえいえ、お気になさらず。私達が好きでやってますから」
 風花とアルスにそう言って、もう罠が発動しきって安全になった渡り廊下をルルーゼは進んでいく。先を歩く彼女に、あわててトランスが駆け寄っていく。
「そうだ。ルル姉、こないだねプリン食べたんだよ。なんとかーってお店の、すっごくおいしいプリン」
「そうですか、よかったですね」
「うん!」
 至極平和な会話を行う二人のずっと前に居るクドと切は、ついに扉までたどり着き、そこで力尽きていた。さすがに、離れに向かう一本道だったためか罠の密度もすさまじく、道中には二つに割れた鉄球や、千切れた鎖や、折れた槍などが転がっている。
「まだだよ! まだ二人は戦えるのだ!」
 地面に倒れている二人に、さっき聞いたような言葉をハンニバルが浴びせると、二人ともやけくそな笑みを浮かべながらふらふらと立ち上がり、意地の張り合いを始めたかと思うと離れの中に飛び込んでいった。
 離れの中から、地響きや金属音など様々な大きな音が響く。静かになるのを待ってから、ルルーゼ達は離れの中に入っていった。
「………、俺達も行くか」
 紫音の言葉に、黙ってアルス達三人は頷いた。
 


「随分と妙な部屋ですね。本館の部屋に比べればずっとマシなわけですが」
 【レビテート】で浮かびながら地面の罠を避けつつ、周囲を探索していた凪百鬼 白影(なぎなきり・あきかず)は天井を見上げていた。
 少し遅れてのんびりやってきた離れは、入ると少し広い部屋がありそこからさらに別の部屋に繋がるドアが五つあった。部屋既に誰かがたどり着いたのかいくつもの罠が作動したあとがあったが、念には念を入れて罠に注意しつつ適当なドアをくぐる。
 その先にあった部屋は、先ほどの部屋に比べて天井が高くなっていた。そして、ドアがある壁以外は全て棚になっており、それが手の届くはずのない天井まで続いている。見渡しても梯子などは見当たらない。
「これじゃ上の棚には手が届かないな、どうするんだ?」
 司狼・ラザワール(しろう・らざわーる)も見上げてそう言う。
「サイコキネシスを使えば………しかし、この部屋はかび臭い」
「歴史的なものがあるかもしれないな。もしかしたら、とんでもないお宝が見つかるかもしれないぞ」
 冴弥 永夜(さえわたり・とおや)がさっそく手近にあった箱に手を伸ばす。
「………っと、針が飛び出してきた。危ない危ない」
「刺さっていませんよね? 毒が塗ってあるかもしれませんから注意してくださいよ」
「わかっているさ。どれ、この箱の中身はっと」
 本当にわかっているんだろうか、なんて白影はちょっぴり思った。
 まぁ、なんだかんだここまで罠はうまいとこ回避しているので、少し油断が出ているだけかもしれない。
「こいつは、ルービックキューブだ」
 中に入っていたのは、半透明のルービックキューブだった。綺麗ではあるが、どの面とどの面を揃えればいいのかまったくわからない。
「随分綺麗なルービックキューブだな………って、おい、どうした?」
 いきなりその場に膝をつく永夜。
 慌てて司狼が駆け寄っていく。
「ああ、いや、なんかいきなりめまいがしたんだ。………どうやら、犯人はこいつのようだ」
 永夜が司狼の目の前に、たった今手に入れたルービックキューブを差し出してみせる。
 取り出した時までは、透明だったルービックキューブの各面に淡い光で色が発生していた。日の光のしたではわからなくなりそうな、僅かな光は好き勝手に入れ替わっていく。光が落ち着くと、回したあとのルービックキューブの姿となっていた。
「どうやら、コレは人の魔力を勝手に吸い取ってくれるらしい。不意打ちだったから驚いたが、なに大丈夫だ」
「そうか。ならいいけどよ」
「心配をかけてしまったな、すまない。しかし、さっそく面白いものを見つけたぞ。他にも面白いものがあるかもしれない」
 この部屋は倉庫として使われていたらしく、次から次へとわけのわからないものを見つける事ができた。中には、日焼けが酷く文字も滲んで読めない本のような、もうどうしようもないものも結構あったが、上の棚まで調べなくとももてないぐらいの収穫を得た。
「これぐらいにしておきましょう。なんなら、一度ネリィのところで買い取ってもらってからまたここに来ればいいわけですし」
「そうだな、一旦戻るか」
 白影の提案を受け、永夜が部屋から出ようとするが扉がいつの間にか閉じてしまっている。何かあった時のために開けておいたはずなのだが。
「調べましょう」
 白影が直接ではなく、【サイコキネシス】で扉のノブを回そうとするが、びくともしない。
「危ないっ」
 司狼が叫ぶ。
 振り向くと、白影に向かってフォークが飛んできていた。気づいた司狼がそれを叩き落す。
「キャハハ」
 機械的な声をあげて笑い声をあげた主は、部屋の中央天井近くに居た。
 赤い頭巾を被った、ボロボロの人形がふわふわと浮いている。
「どうやら、番人が居たようだな」
 永夜が【アーミーショットガン】を取り出す。
「ふん、人形一個じゃねぇか。あんなのすぐにぶっ壊してやるぜ」
 司狼がそんな事を言うもんだから、上の方の棚から次々と同じような人形が現れた。
 彼に向かって、白影が冷めた視線を送る。
「ちょ、俺のせいじゃないだろ。もともと仕掛けてあったんだろ。いいから、とにかくアレなんとかするぞ」
 人形が持っている武器は、ナイフやフォークだ。人形のサイズとしては、そのぐらいの大きさが武器として丁度いいのだろう。中には、両腕がかけていて何ももてない奴も居るようだ。
「しかし、随分と高い所にいますね………よっと」
 人形達は近づいてこようとはせず、各々が持っている食器を投げつけてくる。様子を伺いつつ、飛んでくる食器を避けたり叩き落したりして対応をしていくと………やがて、投げるべき食器が無くなったのか、空中で人形達はうろうろするだけになってしまった。
「………なんだか、かわいそうになってきたな」
 永夜が見上げながら言う。人形達は、他に武器は無いかと探し回っているようだが、やがてそれすらも諦めてただぶらぶらとしているだけになった。
「クスン」
 そのうち、一体の人形がそんな声を漏らすと、閉じていた扉が勝手に開いていく。
「………行きましょうか」
「そうだな」
 一通り手にいれたアイテムをネリィに引き取ってもらってから、彼らがこの部屋に戻ってくるともう人形の姿は無かった。探索して部屋から出ようとしても、人形は出てこない。結局その後、人形達の姿はどこにも現れることはなかった。