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リアクション
クロネコ通りで売られているのは、どこか不思議なものばかり。
品物はもちろんそうだけど、品物意外の売り物だって、
どこか不思議で、なんか不思議で、
どこかヘンで、なんかヘンで。
不思議を売る通り
イルミンスールの森の中、クロネコさんを発見したグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は、待ってましたとばかりに呪文を唱えた。
「ふふ。ローザよ、先に行っておるぞ。それ――『トラップ・トリック・トリップ』だ!」
「は、はわわっ?」
グロリアーナに手を掴まれ、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)が、あたふたしながら茂みへと消える。
本当にクロネコ通りなんかあるのかしらと思いながらも、
「ま、いいか――『トラップ・トリック・トリップ』」
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)も半信半疑ながら呪文を唱え、茂みへと入っていった。
「あら、本当に別の場所に繋がってるのね」
クロネコ通りの噂は本当だったらしいと得心し、さてパートナーと買い物……と歩き出そうとしたところで、ローザマリアは気づいた。一緒だったはずのフィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)の姿だけが無い。
さては、と思い当たったローザマリアは試しにフィーグムンドを召喚してみた。たちまちその姿が隣に現れる。
「ふむ。召喚でもこの通りには入れるのだな」
「全く、変なところで面倒臭い子ね」
そうしてローザマリアが苦笑している間にも、エリシュカを連れたグロリアーナはクロネコ通りにある店を次々に覗いている。
「イルミンスールの森にこのような場所があるとはの。妾の遊び場所には最適ではないか♪」
1軒を覗いて特に興味を惹かれるものがないと、またすぐ次の店へ。
「はわ、もうちょっと、ゆっくり……」
目の前を次から次へとよぎる品物に、エリシュカは目を回しそうになっている。
「ライザ、余程この場所が気に入ったのね」
ローザマリアは買い物を愉しむパートナーたちを優先しつつ、自分も店に並ぶ品物を見て回った。
「妾はこれが気に入った。これを貰うとしよう」
最初に購入物品を決めたのは、やはりグロリアーナだった。
「ずいぶん大きいもののようだけど、何なの?」
「ローザ、これは担ぎ手要らずな空飛ぶ輿『フライング・パランクイン』だ。元イングランド女王であった妾にふさわしかろう? ああ、包まなくとも良い。このまま乗って行く故な」
「まあ、包める大きさでもないことだしね」
「うゅ……、すごいの」
ローザマリアとエリシュカが感心しているところに、今度はフィーグムンドがこれが良いと何かを抱えてくる。
一瞬人か、と思ったが、どうやら等身大のフィギュアらしい。
「面白いものを見つけたよ。等身大で質感もリアル。掘り出し物だと思わないか」
ほら、とフィーグムンドが表を向けたものに、他の3人の視線が集中する。
「それってもしかして……」
「はは、まさかこれが横流しの品だなんてことは……まさか、な」
言葉の終わりの方は自信なさげに、それでもそのフィギュアを手放す気はないらしく、フィーグムンドはしっかりとそれを抱え直した。
「エリーは? 何か欲しいものはないの?」
「うゅ……これがいい、の」
ローザマリアが促すと、エリシュカはクロネコの付け耳と付け尻尾のセットを指した。
「これをつけたいの?」
「うゅ。エリーは、ほかのアリスのみんなとちがって、角が切られちゃったから、もうない、の。だから、角に代わるなにかがほしいって、ずーっと思っていた、の」
「そう。じゃあこれにしましょうね」
ローザマリアは頷いて代金を支払ってきた。
「ゅ……ありがとう、なの」
エリシュカは小さな声で礼を言うと、買ったばかりのクロネコの耳と尻尾をつけた。
「よく似合ってるわよ」
そうローザマリアに褒められると、猫耳と尻尾もエリシュカの嬉しさを反映してぴんと立った。
「ふむ、それぞれ気に入りのものを見つけられて良かったな」
フィーグムンドが言うと、エリシュカが心配そうにローザマリアを見る。
「うゅ……ローザの買い物が、まだ、なの」
「私はこれにしようかと思ってるんだけど」
ローザマリアの指したのは小さな化粧台だった。その前に座って化粧を施すと、頭に思い浮かべた人物にソックリになる、不思議な不思議な小さな化粧台なのだと、説明書きがついている。
試しに、と化粧をしてみると、ローザマリアの姿は徐々に変わってゆき、ついにはエリシュカそっくりになった。
「はわ、エリーが2人、なの」
「わ、面白い。決めた。私はこれにするわ。ええっと、元に戻るには自分の姿を思い浮かべるのね」
説明に書かれているようにすると、姿は元通りになった。
輿、等身大フィギュア、猫耳猫尻尾、化粧台。
それぞれの買い物を大切に持って、4人はもうしばらくの間、クロネコ通りのウインドウショッピングを愉しんだのだった。
「美央ちゃん、その店に入るの?」
「え?」
四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)に聞かれてはじめて、赤羽 美央(あかばね・みお)は自分がじっと1軒の店の前で立ち止まっていたことに気づいた。
何の店だろうと店名を見ると、『オーリムの店』とあるだけだ。
「入ってみましょうか」
どこか心惹かれるものを感じ、美央は店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
老いているようにも若いようにも見える男が恭しく頭を下げた。店内には小さな箱や飾り物が置かれている。
雑貨屋さんだろうか。
そう思って店内を見渡していた美央と唯乃に店員が説明する。
「当店の売り物は過去を見せるオルゴールで御座います。ネジを巻いて鳴らせば、任意の過去の出来事がありありと蘇るという貴重な逸品。よろしければお試しになりますか?」
店員にそう勧められ、美央は唯乃に小声で尋ねた。
「唯乃ちゃん、どうします?」
「面白そうね。試してみたいわ」
「じゃあ……お願いします」
「もしご希望ならば、どちらかの方の過去を共に見ることも出来ますがいかがなさいますか?」
「私はどっちでもいいけど」
唯乃に尋ねる視線を向けられ、美央は少し考えて今回はそれぞれ自分の過去を見ることにした。美央が見ようとしている過去を唯乃に見せて良いものかどうか、決めかねたからだ。
「では、音が混じらないように別々のお部屋をお使い下さいませ」
店員は2人の手にそれぞれ違う形のオルゴールを載せると、店の左右にある扉を示した。
唯乃は部屋に入ると、家の形をしたオルゴールについた金のネジを巻いた。
手を放すと、ゆるやかなメロディと共に家がゆっくりと回り出す。回る窓の中から、笑い声が聞こえたような気がした――。
そう……あれはまだ父母が忙しいながらもまだ健在だった頃……。
急に母が庭でランチを食べようと言い出したことがあった。
珍しく家にいた父親と一緒に、料理を庭に運んだ。唯乃がそれを手伝おうとすると、まだ小さかった妹の理乃も手伝いたいとぐずり出して。
「はい、じゃあこれを運んでね」
唯乃が一番危なくなさそうなスプーンを渡すと、妹は納得してそれを運んでいった。これが自分も大切な仕事だというように、真剣な顔をしてスプーンを持っているのが、なんだか可愛くて、可笑しくて。
笑ってはいけないと必死に堪えて食器を運んだ。
2人を見ながら同じように笑いを堪えている両親の姿、一足早く庭に出てこちらの様子を見守っているエラノールの姿……。
「これは……懐かしいわね……」
退屈ながらも、もっとも平穏だった頃の過去を眺めながら、あの子も連れてきてあげれば良かった、と唯乃は呟いた。
唯乃と分かれて部屋に入った美央は、木で作られた赤い小箱のネジを巻いた。一度深呼吸してから蓋を開ければ……美央は5年前のあの日に戻っていた。
身体が弱かった美央は、学校に行くことも出来ずにずっとベッドで寝たきりの生活を送っていた。
その日もいつもと同じように、美央はベッドに横たわり、うつらうつらとまどろんでいた……けれど。
ふと息苦しさを感じて目が覚めた。
部屋の中は白くもやがかかっている。起きあがった拍子に吸い込んだ空気が異様にいがらっぽくて、美央は咳き込んだ。
「お母……さん……?」
呼んでみても応えはない。ふらふらする足を踏みしめて廊下に続くドアを開ければ……その視界すべてを染め尽くすように、オレンジ色の炎が揺らめいていた。
怖くて足が竦んだけれど、美央は大好きな母を捜そうと炎の中へと踏み出した。
吹き付けてくる熱気。呼吸もままならなくて目がかすんでくる。
そんな時……火炎の奥から黒い影が現れた。
「お化……け……」
逃げないと。
そう思うけれど、もう身体が動かない。
「や……来ない、で……あっち……行って……っ」
けれどそのお化けはゆらゆらと近づいてくると……美央の肩をぐいっと捕らえた。
オルゴールが見せてくれたのはそこまでだった。
――あの日、何があったのかを美央は記憶していない。
炎の中にいたのが、ジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)だったことも。
「誰か、いマスカ?」
燃え上がる家を、そしてその2階の窓際で小さな子供らしき人影が動くのを見たジョセフは、我が身も省みずに炎の中に飛び込んだのだった。
「ジョセフ・テイラー、一肌脱ぎマショウ!」
下手をしたら自分まで炎に巻かれてしまうかも知れない。けれど、そんなことを言っている場合ではない。
必死に燃えさかる階段を上って行くと、そこにはやせっぽちの女の子がいた。捕まえた途端にぐったりとくずおれた女の子をしっかり抱きかかえ。
無我夢中でジョセフは窓から飛び出すと、女の子を炎の届かぬ芝生へと運んだのだった。
美央が次に気が付いた時には、家の傍の芝生に倒れていた。
両手で身を起こせば……燃え落ちて行こうとしている家が……見えた。
あの日何が起きたのか、美央は知らない。けれど今は思っている。
あの影……あのお化けが自分たちの家に火を付けたに違いない、と。
洒落たベストを着たクロネコさんが森を走ってゆく。
「クロネコさんを追いかけて、クロネコ通りに行きましょう♪」
何をするかは行ってみてから考えれば良いから、と紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)は皆を誘った。
「遥遠が行きたいんならついていくぜ。暇つぶしになりそうだしな」
「普段は行けない場所だそうですから、見て回るのも良いかも知れませんね」
同意する緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)と緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)に、遥遠は確認する。
「呪文は皆で唱えないといけませんから、注意して下さいね。いいですか? 1、2の」
――トラップ・トリック・トリップ!
3人は声を揃えて茂みに飛び込んだ。
呪文とタイミングを間違えなければ、茂みに顔を引っ掻かれることもない。まるでずっとそこにいたかのように、自然にクロネコ通りに立っている。
「ここが魔法街ですか」
折角来たのだからショッピングを楽しもうかと思ったのだけれど、遙遠には買い込みたいようなものは特に無い。霞憐も特別欲しいと思う物はなかったけれど、どうせなら、と提案する。
「僕は皆でここに来たっていういい思い出になるような、形に残るものが欲しいかな」
「思い出の品ですか。いいですね♪」
「だったら何か部屋に飾るものとかどうですかね? 適当な店舗を見てみましょう」
ただ歩くよりも、何か目的を持って見て回った方が楽しい。3人はあちこちの店を覗いては、何か3人でここに来た記念になるような品物はないかと探していった。
やがて遙遠は曰くありげな品を並べた店の前で足を止めた。
「オモイノヤカタ、ですか……」
「対人感情にまつわる魔法道具、って説明がここに書いてあります。入ってみましょう♪」
そうして足を踏み入れた店内は、片手で包み込んでしまえる大きさの品物から、到底この店から運び出せないのではないかという大きさの品物まで、様々なものが置かれていた。けれどそのすべてが、心、感情、絆等に関連しているものばかりだ。
質問すれば、言葉数の少ない店主が短い説明をしてくれる。けれど、店主の黒々とした瞳がこちらに向けられると、全てが見透かされているような、そんな落ち着かない気分にさせられた。
「部屋に飾られるのでしたら、こちらはいかがでしょうか」
記念の置物を探しているのだと言うと、店主は1つの品物を出してきた。
品物の見た目は、手の平大の台座に3つの柱が立っている、というだけのものだ。
「これは『キズナノカタチ』です。といっても名前はあくまで仮の物。変化した結果でその名前は変わります」
店主の説明によれば、3人でそれぞれ柱に触れつつ思いを込めると、触れた人の相互感情、人間関係に応じて柱の形が天使や悪魔等に変わるのだと言う。これならば、記念にふさわしいだろうという店主の薦めで遙遠たちはそれを購入した。
柱の1本に触れつつ、遙遠はこれがどう変わるものかと考えた。
遙遠にとっての遥遠は、己の半身。遙遠が自分自身を思うのと同等に思える唯一の存在だ。
そして遙遠にとっての霞憐は……昔、自分しか見えていなかった頃、契約を持ちかけられて断った相手だ。再び出会うことができ、契約することも出来たのだけれど……こんな自分を霞憐は許してくれるのだろうか……。
遥遠もまた、考える。2人が自分にとってどういう存在なのかを。
遥遠にとっての遙遠は、自分のことを一番理解してくれて、ずっと一緒に居たいと思える唯一の相手だ。
そして霞憐に対しては、自分が少し先に契約してしまったことを申し訳なく思う。運命が少しでも変わっていたら、最初に遙遠と契約していたのは霞憐だったかも知れないから……。
そしてまた、霞憐も2人に対する気持ちを見つめ直す。
遙遠のことは、未だにすごく好き。けれど、遥遠との仲を見ているとお似合いに思える。色々と複雑な思いはあるけれど、一言にするならば、『一緒にいたい』という言葉につきる。
遥遠に対しては、先に契約された所為で悔しかったけれど、今はそうでもない。昔は尖ったナイフみたいだった遙遠が柔らかくなったのは遥遠の影響なんだろうし、何より遙遠に似ているからとても好感が持てる。遥遠とも『一緒にいたい』と思う。
3人がそれぞれの思いをこめて触れると、柱は短剣を持つ天使の形へと変化した。
店員はじっとその変化に目を注いでいたが、柱の変化が止まるとゆっくりと微笑した。
「お買いあげありがとうございました」
空を飛ぶ道具は箒に限らない……のだけれど。
クロネコ通りでサーフボードのようなものに乗って浮遊移動しているのが、飛行眼鏡をかけたファンキーなひげもじゃおじさんだと気づいた途端、匿名 某(とくな・なにがし)は反射的に目を逸らした。どう考えても、デートの途中で関わり合いになりたいタイプの人ではなさそうだ。
けれどいくら目を逸らしても、相手の目がしっかと某を捉えるのを妨げることは出来ず。
「ヘイヘイ、そこのスイーツオーラ振りまくりリア充カッポォ! ちょいと見てきなYO!」
通りに響き渡る声で呼びかけられてしまった。
「おっさん、そういう言葉をどこで仕入れ……わわっ」
ぐいぐいとボードに押されて、某は店に押し込まれてゆく。
「ヘイ、彼女もいらっしゃい。カッポォ1組ご案内だYO! 」
「私も、ですか?」
「吊り橋効果を知ってるカイ? 吊ってもナイ、橋でもナイ、オーイエイ! サイコーだぜ!」
何の店だか分からないうちに、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)も某と共に『フリースカイ』という看板の出ている店に入れられてしまった。
「何だここは……」
やたらと天井が高い。
店の中央はステージになっており、それを囲むように設置された天井まで届きそうな透明なショーケースの中には、薬瓶がずらりと置いてある。
「ハイ、飲んだ飲んだ」
いきなり店主が薬瓶を押しつけてくるけれど、さすがに素直に飲む気にはなれない。
「この薬を飲んだらどうなるんだ? まさかひげもじゃにファンキーおっさんに変身したりしないだろうな?」
「そんなステキな薬は残念ながらナイぜ。この薬を飲むと、ほんのちいっとだけ浮遊体験できるんだYO!」
何だか怪しそうだけれど、おっさんになるんじゃないならいいか、と某は薬を受け取って体験してみることにした。
「浮遊体験ですか……」
綾耶が急に顔を曇らせる。守護天使でありながら飛行することのできない自分……その異質さを突きつけられたような気がして。
落ち込む綾耶に思うところがありながらも、某にはかける言葉が見つからない。綾耶の方を気にしながらも、着々と浮遊準備を整えられてゆく。
「…………」
気分は沈んでいるけれどせっかくの機会だから体験しようと、綾耶は気を取り直して薬を飲み、ステージの方に行こうとした。それを店主が呼び止める。
「ヘイお嬢ちゃん、そのまま飛んだらナチュラルサービスカットォ! オーケィ?」
「え……よ、良くありませんっ」
店主に言われてようやく気づき、綾耶はスカートを押さえた。スパッツを貸してくれるというので、しっかりそれを履いてからステージへと上がる。
「おぉ、これはまたなんというか……新鮮だな」
先に空中に浮かんだ某に手招きされて、綾耶も足下を軽く蹴ってみた。
空中を浮遊するのは、足下が頼りない不安な感じとふわふわした楽しさが混じる、今まで味わったことのない感覚だ。
「うわぁ〜、すごく不思議な感じですね〜。……あわわ」
スパッツを履いているから大丈夫だとはいえ、めくれるスカートが恥ずかしくて綾耶は慌てて押さえた。
浮かび上がった高さが天井までの距離の半分を超えると、某が空中を泳いで綾耶に近づいてきた。
「え、あの……」
急にどうしたのだろうと驚く綾耶を某は抱き寄せた。
「あ、あのさ。完璧に気にするなってのは無理だろうけど、俺といる時はそういうの忘れて笑ってくれよ、な?」
あれからずっと気にしていてくれたのだろうか。かけられた言葉に、某の不器用な優しさを感じて、綾耶は苦笑しつつ頷いた。
「リア充爆発ァ!」
下から店主の声が聞こえてくるけれど、気にするのはやめよう。
この浮遊の時間は2人だけのもの、なのだから。
慣れた様子で歩いていくミーレス・カッツェン(みーれす・かっつぇん)の後について歩きながら、ランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)はクロネコ通りに並ぶ店々を眺めた。店先にある魔法に関わる物品を手にとってみたい気もする。けれど、まっしぐらに目的地に向かっているミーレスを、ちょっと他の店に寄ってみたい、と遮るのも悪いような気がする。
ミーレスが用事を済ませたらゆっくり買い物をする時間もあるだろうからと、ランツェレットは通りすがりに面白そうな店を探すだけに留めることにした。
どこに向かうのだろうと思っていたミーレスが入っていったのは、店の外まで植物がはみ出している店だった。
中に入ってみると、植物がひしめく店内には床がなく土がむき出しになっている。壁は地面に直接立っていて、その上に屋根が載っている、という形の家だ。
「こんにちはー!」
「おやミーちゃん、しばらくぶりだね。今日は何を持ってきてくれたのかな?」
「ドンネルケーファーのつがいだよ」
ミーレスはつがいを店主に渡すと、代わりにパラミタハナカマキリの卵を貰った。生き物の好きなミーレスは趣味と実益を兼ねて、森の生態系を守る役割の一翼を担っている。希少種や絶滅危惧種等を集めて育てて、ある程度増えたら森に放しつつ保護する、という手伝いをしているのだ。
ミーレスと店主が楽しそうに生き物の話をしている間、ランツェレットは仕切り無く繋がっている隣の店を覗いてみた。こちらの店は植物だらけだが、隣の店は本だらけ。店内にいるのは、椅子に座ってゆったり本を読む老人と、身なりのきっちりしたバトラーらしき青年の2人だけのようだ。
覗いているランツェレットに気づいた青年が、穏やかに問いかけてくる。
「何かお探しですか?」
「そうね、魔道書の原書はありますか?」
「はい、御座いますとも。どのような本がお好みですか?」
青年は何故か目元に笑みを滲ませた。
本を探そうとしていたランツェレットは、その笑みに引っかかりを感じる。何だろう、この感覚は。
心が騒ぐのを感じながら、ランツェレットは老人の読んでいる本に目をやった。その題名を見た時……ランツェレットは分かったような気がした。
そして青年に向き直る。
「あなたの名前は、数学書『アカデメイア』?」
「良くお解りになりましたね」
青年が頷くのと同時に、老人は読んでいた分厚い本を閉じ、にっこりと笑いながらランツェレットに本を差し出した。反射的にランツェレットが受け取ると、老人は満足したように椅子の背もたれに身を寄せかける。
売り物ではないから代金はいらないということなのだろうけれど、このまま貰ってしまうのも気が引ける。そう考えて髪飾りをはずしてテーブルに置いた。
「……これを代わりに」
老人は無言で頷くと、辺りを見回して1冊の本を手に取った。開くと女性が現れ、髪飾りを自分の髪に付けて鏡をのぞき込んでいる。これで良かったのだろうかと考えているランツェレットの手を、青年が恭しく取った。
「では参りましょうか」
魔法街の片隅では、こんな不思議な巡り合わせも起きる。
魔道書の本体を片手に、もう片手を青年に取られて、ランツェレットはミーレスのいる隣の店へと戻って行った。
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