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9.大通り百合園女学院推理研究会前

 
 
「これをちゃんと貼っておくように」
 レン・オズワルドが厳しい面持ちで、霧島春美に張り紙を渡していた。
『食中毒が出たために飲食禁止』
 どうやら、七尾蒼也の食あたりの原因が特定されて、営業停止を食らったらしい。
「これじゃ、食べられないぜ」
「しかたない。他のブースをあたろう」
 真白雪白とアルハザードギュスターブが、百合園女学院推理研での食事を諦めて他のブースへとむかった。
 
 
10.ディスティン商会

 
 
「は〜い、いらっしゃいませー。ディスティン商会へどんとこーい!」(V)
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が、表に立って自分のコミュニティのブースにお客を招き入れていた。
「御主人、腹減ったー」
「だから、ここに食べに来たんです。ここの代表さんのお料理は美味しいって噂ですから」
 少しぐったりした雪国ベアに押されるようにして、ソア・ウェンボリスはディスティン商会のブースに入っていった。結局、おっぱいプリンはたいして食べなかったらしい。
「御商談だったらこっち、お食事だったらあっちなんだよ」
 ミルディア・ディスティンが、てきぱきとお客を左右に分ける。
「へーえ、取引とか、買い物みたいなこともできるんですか?」
 ソア・ウェンボリスが訊ねた。
「もちろんだよ。例えば、今日お料理で使っているお皿とか、ティーカップとかも扱ってるんだもん。もし、喫茶店を開きたいっていうのなら、お店の中の物はすべて揃えられるんだよ」
 ちょっと自慢げに、ミルディア・ディスティンが答えた。
「オレは、皿よりも、飯が食いたい」
「はいはい。ベアはしょうがないですねえ」
 雪国ベアに急かされて、ソア・ウェンボリスは喫茶の方へ入っていった。
「サンドに紅茶、お待たせしたんだもん!」
 イシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)が、テーブルで料理を待ちかねていた真白雪白とアルハザード・ギュスターブに料理を運んでいく。
「やれやれ、やっと飯にありつけたか」
 アルハザード・ギュスターブが、運ばれてきたサンドイッチにさっそく手をのばした。
「ほんっと、お腹すいたよね。だって、ずいぶん頑張ったものねー。じゃ、いただきまーす」
 今ごろ雪像がどうなっているかなど思いもしないで、二人は美味しいタマゴサンドと野菜サンドにぱくついていった。
 隣のテーブルには、ミルディア・ディスティンに案内されたソア・ウェンボリスたちが座る。
「俺は、ソーセージクレープがいいな」
 メニューを見た雪国ベアが、注文をとりにきたイシュタン・ルンクァークォンに告げた。
「じゃ、私は卵とチーズのクレープを。それと、ハーブティーを二つ」
 ソア・ウェンボリスも、オーダーを決める。
「はーい、繰り返すんだもん」
 注文を確認して、イシュタン・ルンクァークォンが、厨房に引っ込んだミルディア・ディスティンの所へとむかった。
 調理は、ほとんどミルディア・ディスティンの担当だ。料理の苦手な和泉 真奈(いずみ・まな)は、商談コーナーの方を担当している。
「本拠地探しですか? さすがにそれは……」
 ゴットリープ・フリンガーたちに訊ねられて、ちょっと和泉真奈が困った顔をした。さすがに、お皿などとくらべたら、スケールが大きすぎる。
「無理ですか?」
「そりゃそうじゃろう。さすがに、まだ斡旋はできんじゃろうて」
 やっぱりだめかと落胆するゴットリープ・フリンガーに、天津幻舟が言った。
「いいえ、今は無理でも、ディスティン商会に扱えない物などありませんですわ。お取引が可能になったらお知らせさせていただきます。今後とも当商会をよろしくお願いいたしますね」
 商人然として、和泉真奈は将来の商談を約束した。
 
 
11.名もなき道場

 
 
「今日は、おつきあいいただいてありがとうございます」
 メインストリートを歩くセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)が、前を歩くイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)に素っ気ない口調で礼を述べた。
「お前からの誘いとは、珍しいこともあったものだからな。断るいわれはあるまい。だが、それにしても、こういった催し物は騒がしいものだな」
 チラリとのぞいた雪だるま王国ブースで渡された雪だるまをかかえながら、イーオン・アルカヌムが言った。ビニール製の手提げ袋に入れられていたから濡れはしないものの、はっきり言って冷たい。
 冒険屋ギルドのブースからは派手な戦闘の声が聞こえてくるし、メイド喫茶は怪しい呼び込みばかりだ。こういう雑多な喧噪を楽しむのであればいいが、ちょっとイーオン・アルカヌムにとっては騒がしすぎて落ち着かない。
「それにしても……」
 イーオン・アルカヌムは立ち止まると、セルウィー・フォルトゥムの方を振り返って切り出した。
「セル、案内は先に立つか、少なくともならんで歩くものだ」
 誘っておいて、いつも通り三歩下がってついてくるセルウィー・フォルトゥムをぐいと引き寄せて、イーオン・アルカヌムが無理矢理横に立たせた。こういう場合は、奥ゆかしいとは言わない。
「申し訳ありません。では、あのブースなどどうでしょうか」
 反省したように言うと、セルウィー・フォルトゥムがイーオン・アルカヌムの手を引っぱった。
「うむ、少し落ち着いて休めそうな場所だな」
 同意すると、イーオン・アルカヌムは、名もなき道場のブースにむかった。
「今のところは、これ以上コミュニティに参加しきれないので、資料だけはもらっておくよ」
 畳を敷いて茶室のようになっているこぢんまりとしたブースで、緋桜ケイがパンフレットを受け取りながら言った。
「そうでありますか。それに地図も載っておりますので、気がむきましたらのぞきにきてほしいであります」
 お茶を出しつつ、大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)がやんわりと再訪をうながした。
「剛太郎、新しいお客様じゃ。すまんが、少し詰めてくださるかのう」
 大洞 藤右衛門(おおほら・とうえもん)が、イーオン・アルカヌムたちを案内してくる。なにしろ、四畳ほどのスペースしかないので、人が多くなると詰めて座らなければならなくなる。すでに座っていた大洞剛太郎と緋桜ケイが奧の方に移動して席を詰めた。
「譲り合いも、大切じゃからのう」
 鉄瓶から急須にお湯を注ぎながら、大洞藤右衛門がニコニコと語る。少し待って湯飲みにお茶を淹れると、イーオン・アルカヌムたちに差し出した。
「ふむ、落ち着くな。武道を志すのであれば、こうでなくては」
 満足したように、胡座をかいて座ったイーオン・アルカヌムが緑茶をすすった。隣では、ぺたんこ座りをしたセルウィー・フォルトゥムが静かにお茶をいただく。
「まあ、久しぶりに和風もいいかな」
 悠久ノカナタが使っているイルミンスール魔法学校寮の個室の畳を思って、緋桜ケイは崩していた足を揃えて正座をしなおした。