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リアクション
第4章 死龍VS (1)
小型飛空艇とワイバーンの一団が、朝日を背に東の空から現れた。
「すーっかり夜が明けちゃったね」
ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)が眠そうに目をしぱたかせて言う。
死龍が出たと聞きつけて蒼空学園へ駆けつけて、赤龍とひと悶着したあとその足できたものだから、ろくに寝ていない。クドに助っ人として呼ばれた冒険屋ギルドの連中が到着するまでの間、ほんの2時間程度仮眠をとったが、ヘタな仮眠はますます眠気を強めただけだった。
「気を……引き締めて……ヘイリー。もう、見えてるわ…」
ヘリファルテで横についたリネン・エルフト(りねん・えるふと)が言う。
その目はまっすぐ、いまだ黒煙を上げている村の上空を見つめていた。
「あそこにいる……あれが、水龍ね…」
目をこらして見る。
木々と煙にまぎれてよく見えなかったが、たしかにそれらしい骨の龍がいた。
その身を包むように流れる青い水の輝き。
「へぇーっ、あれが死龍! 初めて見た。ほんと、骨なのに生きてるんだぁ。ふっしぎー」
水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が七刀 切(しちとう・きり)運転のアルバトロスの上から声を上げる。
「生きてねぇよ。ありゃ龍珠って電池で動いてるオモチャと一緒」
とは天城 一輝(あまぎ・いっき)。
もう3回目ともなれば見慣れたもので、驚きもない。
「ふーん。そうなんだ」
「右の鉤爪に握られた龍珠を砕くか本体から切り離せば、それで倒せる」
「なんだ、簡単じゃない」
「……ちっとも簡単じゃないんですねぇ、これが」
つい数時間前、赤龍とバトった経験を持つクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)が、隣で頬杖をついてしみじみ言った。
「あれ、魔法攻撃はするわ、守りは鉄壁だわ、痛覚はないわ……ま、これはアンデッドだから当たり前だよねぇ」
「死龍、懐かしい相手です」
ワイバーンに乗ったルイ・フリード(るい・ふりーど)が、上を越えて前に出た。
「あれっ? ルイさん顔見知り?」
「以前一度お相手しました。そのときもやはりあれと同じ、水を使う龍でしたよ」
「ふーん。で、どうだった?」
「重傷者が数名出て、死にかけました」
真実とも冗談ともつかない笑顔で、目を細める。
「そりゃまた危ないねぇ〜」
ハンドルにかぶさるように手をついていた切が「でも楽しくなりそうだよねぇ〜」と今にも付け足しかねない響きで言った。
「魔法? 危ない? 上等じゃん! デッドドラゴンバスターの称号は俺がもらったぁー!!」
ふははははははははーーーーーっ!!!
アルバトロスに乗ったセシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)が、いきなり高笑った。
ぎょっとした皆の前、そのままアクセル全開で飛び出して行く。
助手席にいた月の泉地方の精 リリト・エフェメリス(つきのいずみちほうのせい・りりとえふぇめりす)が
「おまえたち。忠告しておくが、この修羅からは極力距離をとれ。攻撃の邪魔になるようなら巻き添えにしても構わぬが、命が惜しくば決して近づくでないぞ」
と、大真面目な顔をして言い残した。
「……なんだぁ? あいつ。戦う前からすげーハイテンション」
「寝てないからだろ」
「ああ、納得」
「おまえたちもいつまでもくだ巻いていないで、さっさと行くぞ。もちろん、そうしたいのならここで見ているだけでも俺は一向に構わないが」
レン・オズワルド(れん・おずわるど)がザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)に合図をして、加速する。
「じょーだん!」
「ここまできて、それはないよねぇ〜」
水龍に向かう彼のヘリファルテを見て、冒険屋ギルドたちもまた、互いに競い合うようにいっせいにアクセルを踏み込んだ。
「なんとも騒々しいやつらだな。
では、我々も行くとするか」
次々と水龍に向かって爆走していく飛空艇たちを見ながら、ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)がつぶやく。
一輝は、クイッと別方向を指した。
「あれだけの人数があれば水龍は十分だろ。俺たちはあっち」
見ると、少し離れた岩山付近に、見覚えのある死龍が浮かんでいる。
下半身がなく、左腕も損壊していたが、それは昨日ドゥルジが騎龍としていた風龍に間違いなかった。
「これはまた…」
「格好はアレだけど、アンデッドに外見は関係ないからな」
「それでも……あわれだわ…。
行きましょう、ヘイリー…」
「うん。あたしたちで終わらせてあげよう!」
リネン、ヘイリー、一輝の飛空艇が左に大きくターンして、岩山の風龍へと向かって行く。
「じゃあおれたちもあっちにするか」
最後尾につけていた松原 タケシ(まつばら・たけし)が、そう言いつつ振り返った。
そこではリーレン・リーン(りーれん・りーん)が光る箒に乗ってふよふよ浮かんでいる。まるで今の彼女の気分そのもののように、箒の光もどことなく褪せてしょんぼりして見えた。
「なんだよ、まだ引きずってんのか?」
「……いいから、落ち込ませて」
しくしく、しくしく。
リーレンは、応援として駆けつけた中に小次郎の姿を見つけたとき、小躍りして喜んだ。1カ月前彼にひと目惚れしてからずっと、再会を待ち焦がれていたのだ。
「あたしの運命のダーリン! あたしの危機に、ちゃんと駆けつけてくれたのねーっ」
そう、駆け寄ろうとしたのだが。
同時に、彼の隣に自然と寄り添う女性の姿を見て、リーレンは足を止めた。
カップルにのみ許される距離で、自然と言葉をかわしている。
(すごくきれいな人……あれってあれって、やっぱりそうだよね…)
理想通りの人で、やっと運命のダーリンと出会えたと思ったのに。
「いや、おまえの恋愛の場合、妄想が8割だから」
勝手に相手に夢を見ては勝手に破れて勝手に落ち込んでいる、いつも通りのリーレンに、タケシは容赦がない。
大体、今だって、そう嘆きつついそいそツインテールのかつらを戦闘用にとツインシニョンのものにつけ替えているあたり、なんだかなー? と思ったりするのだが、それは言わないことにする。言えば、今よりもっと面倒になるのは間違いない。
「タケシには分かんないのよ。12月1月はカップルイベントがめじろおしなんだから。周り中がそんな中に独りでいるのってすっごくこたえるんだから。
タケシなんて、どうせいつもつるんでる連中とこたつでゲームするぐらいでしょ」
今年はとうとうアスールだって、カップルイベント派になっちゃったし。
「わー、分かった分かった。これが終わったら俺が友達紹介してやるよっ」
「……タケシの友達ってゲームおたくばっかりだから、いい」
「なんだとー?」
「へへっ。
ありがと、タケシ。うん、ちょっと元気出た」
「よし。
ほら行くぞ! いいかげん、みんなから遅れてるんだから」
「うん!」
2人もまた、左に旋回してリネンたちのあとを追って行った。
風龍は、近づく彼らに気づき、既に戦闘態勢に入っていた。
通常であれば海から内陸へと吹き寄せているはずの風が、岩山付近ではとどまり、風龍を中心に乱気流がそこかしこで尋常ならざる渦を巻いている。
ヘリファルテは小型飛空艇の中でも軽量で、それだけに風に影響を受けやすい。一輝の乗る飛空艇も、機銃の重量があるとはいえ、ユリウスを降ろした今ではヘリファルテとそう変わらない状態だ。触れただけでバランスを失い、ヘタをすれば地表に叩きつけられるだろう。
「やっぱり……このままでは無謀ね…」
一輝に視線で合図を送ると、リネンは急きょ、ヘリファルテを降下させた。
木々に紛れ込み、下から急襲をかけるらしい。
「とすると、俺の役割はやっぱりおとりか」
ちら、と下の森を見る。
緑に埋もれてここからは見えないが、そろそろユリウスやヘイリーも位置についているはずだ。
「うまくやってくれよ」
祈り半分、だれともなしにつぶやくと、一輝は意を決めて風龍に向かって突っ込んだ。
死にに行くようなものだ。逆回転同士にはさまれれば飛空艇などその瞬間バラバラに砕ける。
「くそッ…」
見えない風の流れに翻弄され、ガタガタ揺れる飛空艇。暴れ馬のごとく跳ね回るハンドル。全力で押さえ込み、風龍の鼻先で挑発するようにアクロバットターンを繰り返す。
だがそれは、全く勝算のない、運任せの突撃というわけでもなかった。
風龍の作り出した気流の防御壁は、村の黒煙をも巻き込んでいたのだ。
紛れ込んだススが、目に見えないはずの風の流れを有視化し、一輝の卓越した操縦技術が渦の中心を避けて飛空艇を巧みに操る。
だが風龍も、いつまでも防御に徹するはずもなかった。
「うおっ!」
渦の1つが立ち上がった。
身をくねらせ、小型の竜巻となって一輝に猛接近する。
「危ない!」
リーレンが側面から巨大なサンダーブラストをぶち当てた。
「風には風を、ってね!」
影から隙を突くように放たれていた風刃を、タケシのブリザードが包み込み、相殺する。
次々と生まれてくる竜巻と風刃の攻撃は、しかし上空の3人に向けてだけではなかった。
「ちッ、やっぱ、クロスボウじゃ駄目か」
地に降り立ち、向かってくる竜巻を避けて、ヘイリーは弓を放ちながら木を移った。しかし竜巻に巻き込まれていくばかりの矢を見て、作戦を変更した。
スキル・野性の蹂躙で呼び出した魔獣の群れをぶつける。ほとんどの魔獣は風の壁にぶつかって消え、突っ切った魔獣は風龍をぐらつかせるにとどまった。
だがそれでいいのだ。ようは、左からの攻撃に風龍の気を集中させ、右を手薄にすればいいのだから。
ヘイリーの役目は、常に自分から意識をはずさせないことにある。
「いくよー!」
ヘイリーは動き続けることで竜巻と風刃をかわし、その間隙を突くように野性の蹂躙を放った。
風龍は今、地上のヘイリーと上空の3人に集中力を分散されていた。
『やるぞ』
一輝の銃型HCが、ユリウスの決意を伝える。
風刃を避けて宙返りをする一輝の視界で、右手方向の森から飛び出すユリウスが見えた。
ヒロイックアサルトとエンデュアの複合した輝きに包まれた彼の手から、深緑の槍が投擲される。
狙いは当然、右鉤爪の龍珠!
立ち上がった何重もの風壁を貫いて、一直線に飛ぶ槍。
しかし風龍は彼の動きを読んでいた。
放たれた3つの風刃が、あと一歩のところで槍の柄を寸断する。
「そこまでは……あなたも読めると、分かっていたわ…」
右前方に集中し、薄くなった風壁に後方から突っ込み、懐深く入ったリネンがつぶやく。
すれ違いざま、その手に握られた強化光条兵器・ユーベルキャリバーが、右腕の関節部をすばやく叩き切った。
「やったあ!!」
切り離された腕に、快哉を叫ぶヘイリー。
同時に、風龍の体はバラバラとほどけて落ちていく。
一輝のとどめの一撃が落下する龍珠を撃ち、破砕させた。
「一輝くん…」
「念のためだ。もう二度と、利用されないようにな」
きらきらと光の破片となって森にふりそそぐのを見ながら、一輝はつぶやいた。
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