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酷薄たる陥穽-シラギ編-(第2回/全2回)

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酷薄たる陥穽-シラギ編-(第2回/全2回)

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第6章 石の秘密

 ヒラニプラにあるシャンバラ教導団の、とある一室にて。
「ちょっとした嫌がらせってとこかな」
 閃崎 静麻(せんざき・しずま)が、携帯で正悟に定時連絡を入れていた。
「……いや、まだ何も。……ああ、分かり次第入れるよ。じゃあ」
 携帯を切り、窓から空を見上げる。
 晴れ渡った、いい天気だった。もう太陽は完全に昇っている。
 夜明け前、学園に戻った山葉 涼司(やまは・りょうじ)に事の次第を報告し、教導団から石の返却を受ける役割をもらってその足で駆けつけた静麻だったが、教導団で一室に通されてからはずっと待たされっぱなしだ。
 山葉から金へ、金から研究室、そして担当チームへと話は降りているはずだが、大方優先度をはずしてわざと後回しにしているのだろう。
 廊下にはわざとらしく常にひと気があって、途切れることがなく、部屋を出て勝手にうろつき回るわけにもいかない。
 それとも、あえて行動に移すべきだろうか? 蒼空学園校長印の入った返還要求の正式な書類は持っている。正悟から念のためにとロイヤルガードのエンブレムも預かっていることだし、人命にかかわることだからと、多少強引に出るべきか?
(ああ、それにしてもあれは面白かった)
 手元の書類に目を移し、ふと、戻ってきたときの山葉の姿を思い出した。
 山葉は学園を前に、完全に燃え尽き状態だった。
 なにしろ出発したときは普通だったのに、半日で校庭は水びたし、校舎は所々焼け焦げ、屋上半壊、正門に面したガラス窓は全壊、内部も第三防壁まで破壊されていたのだから無理もない。
 怒りわめくとか通り越して頭の中真っ白、思考停止状態で茫然自失となっている山葉にアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)
「今みんなで、こうした犯人ぶちのめしに行ってるからさ。うちのやつとか、ちゃんとかたき討って戻ってくるだろうから、あんま、そう落ち込むなよ。な?
 なんだったら学園の修繕、俺も手伝うから。なんなりと指示出してくれよな、校長サマ」
 と、慰めるように肩をぽんぽん叩いていた。
(こう言っては悪いかもしれないが、あれはちょっと昔の山葉みたいだったな)
 つい、思い出し笑いが口をつく。
 ドアが、カチャリと音を立てて引き開けられた。
 教導団軍服姿のルカルカ・ルー(るかるか・るー)朝霧 垂(あさぎり・しづり)だ。
「お待たせしてごめんなさい。すぐに担当者が来るわ。
 でも、データコピーや撮影等は禁止、上が納得できる理由がなければ石の移動も不可能だと思ってね」
「ヒラニプラで発見された方はそうでも、蒼学の分は違う。あれは貸しただけにすぎない。山葉から朝一で返却を求めるメールも届いているはずだ」
 静麻の指摘に、ルカルカは肩をすくめて見せただけだった。書類の紛失はよくあることだと言いたげに。そして何日かして、思わぬ場所から見つかるのだ。
「……そういうことか」
 ルカルカは先に「すぐに」と言った。案外、その言葉も裏でルカルカや垂が動いてくれたからかもしれない。静麻1人だったら、ヘタすれば夕方までここで待ちぼうけをくらわせられたかもしれなかった。
 そう考えれば、彼女たちに文句を言うわけにもいかない。
 ドカッと椅子に腰を下ろした直後、やはり軍服姿のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、同じく軍服姿の女性を伴って入室してきたのだった。


 女性は、第十五研究班のキアラ・ウォーレス少尉と名乗った。
「これはまだ調査を開始したばかりで、たいしたことは分かっていません」
 卓上に3つの石が入った透明の箱を置いて説明を始める。
 結論が出ない状態で話すのが嫌なのか、それとも外部者でしかも1学生である静麻への警戒心からか、いかにもしぶしぶといった様子だ。
 そして彼女は開口一番、驚くべきことを告げた。
「これは石ではありません。生物です」
「生き物だって?」
「……しっ。とにかく説明を聞きましょう」
 静麻の反応に一瞬びくついたものの、キアラは気を立て直し、小さく咳をして、何もなかったように話を続けた。
「パッと見た感じには石に見えるでしょう。ですが、もともと「見える」というのは光の波長に左右されているにすぎません。そして、無意識的な物体の記号化です。
 例えば白クマの毛ですが、あれは光の波長により白く認識しているだけで、本当は黒なのです。加えて、人がこれを石と認識するのは「石」を知っているからです。石に見えるからこれは石だ、という思い込みにすぎないのです」
「分かった。つまり無意識による思い込みによって、これを石と識別しているんだな。だが生物の3定義――自己増殖能力、エネルギー変換能力、恒常性維持能力――を、これが満たしているとも思えないが」
「生物は外部より物質を取り込み、エネルギーに変換して自らを維持し、そして子孫を残していく。それが一般的に「生物」と区分されるものです」
 目の前に座る静麻が、思っていたより知識を持つ人物であることを知って、キアラは好感度を上げたようだった。笑みと呼べるのではないかと思われる程度まで表情がゆるむ。
「その認識をこれが満たすかどうかは、たしかに疑問があると言わざるを得ません。なにしろ、この欠片では全体像を想定するのも難しいのです。レンガの欠片を前に、これを使用していたのは家だったのか宮殿だったのか、探るようなものです。
 この「石」は――いささか想像の域を出ませんが――群生体の一種です」
「群体。サンゴのような?」
「そうです。数百、数千の個体が集まり、1個の物体となります」
「だがドゥルジには自我があった」
 ドゥルジという言葉に、キアラの目がきらりと光った。直後、反応を押し隠そうとしたようだったが、しっかりとルカルカは見ていた。
(失点1)
 胸の内でカウントする。
「命がどう生まれるかはだれもが知っています。脳のシナプスにシグナルが通り、心臓が動けば、人間は「生きて」います。それが命です。しかし心は? 自我がなぜ生まれるのか。それを解明できた者は古来より1人もいません。
 ただ、群れで生きる生体はときとして1個の生物であるかのように集団行動をとるのは有名です。一番有名なものは、アリ、ハチでしょうか。個が群として集まったとき、生物は――」
「ウォーレス少尉。われわれが知りたいのは、対抗手段です。この生物にとって一番効果的なのはどういった方法でしょうか」
 垂が口をはさんだことに、少し不快感を示したものの、キアラは答えた。
「まずはこれをご覧ください」
 と、おもむろに右端の一番小さな石を割る。3分の1程度の欠片を、手袋をした手でつまみ上げた。
「こちらは「死んだ」個体です」
「え? それって蒼学の石――」
「しっ」
「これを、こちらの「石」に乗せます」
 と、真ん中の石の上に乗せた瞬間、石の接合部に白い光が走り、石は完全に同化してしまった。
 静麻の頭の中に、昨夜見たドゥルジの腕の修復光景が浮かぶ。
 考え込んでいるふうの静麻に、ルカルカが内心舌打ちをする。
(失点2。もう。驚きの表情ぐらい芝居しなさいよ)
「これはどういうことですか? これほどすばやく、完全に同体化してしまう生物はいません」
「微生物――細菌とかは必ずしもそうではないけれど、それはこの際省略させていただきます。
 着目していただきたいのは、死んだと認識された個体すら、彼らは取り込み、そして取り込まれた瞬間その部位もまた活性化を始めるということです。しかもその速度は驚異的です」
 わずかな切片までも飛んで返り、瞬時に接合された腕。ドゥルジは数十秒後には指を動かしていた。
「自然界の生物ではあり得ません。完全に死んだ個体、人間に例えるならばそれは壊死した部位ですが、それが生前通りに動くのですから。これが解明できれば、人間は不老不死となれるでしょう」
 彼女の声はどこか科学への陶酔と賛美がかっていて、嫌悪が鼻をつく。
 垂は鼻白む思いを苦労して押し隠した。
「これが驚異的であるのは分かりました。ですが、それにどう対抗すればよいのでしょうか」
「――いや。彼女の言いたいことが分かった気がする…」
 石を見つめたまま――そこにドゥルジの姿を見ながら、静麻はつぶやいた。
 彼の頭の回転の速さに、キアラがにんまりと笑う。
「1つ訊きたい」
「なんでしょう?」
 もう分かっていると言いたげに、その手は止まることなくさらに真ん中の石を削り始める。
「生物の3定義。外部より取り込みエネルギーとする。ということは、これ自身ではエネルギーを生み出せないということか?」
「まさしく。もっとも、動力源となる燃料を付随させていれば別ですが……それでも、相当莫大なエネルギー発生装置が必要でしょう。
 ご覧ください」
 パラパラと、大小とりまぜた石の欠片が、トレイの隅に置かれた。
 大き目の石はすぐさま元の中央の石に返り、小さ目の欠片はズズズと箱の底を這う。だが数センチ這う前に、動かなくなってしまった。
「これでこの生物は死にました」
「体内のエネルギーを放出したから」
「そうです。そしてこの元の「石」を近づけると――同化します」
 石を上に乗せて、持ち上げる。石の欠片はきれいになくなっていた。
「だが、エネルギーは失われたままだ。むしろ、死んだ部位に回さざるを得ない分、消耗は激しい」
「増殖することができない以上、欠けた部位は接合するしかないでしょう。わたしから見れば、致命的な欠点です。
 戻らなければいいのですが、この「石」の性質上、それは不可能です。「石」はエネルギーを放出しながら、より大きな個体へと返ります。個体はそれと同体化し、さらに多くのエネルギーを消耗する」
「分かった」
 ギイィ、ときしませながら、静麻は椅子の上で背を伸ばした。
「エネルギーが尽きるとどうなる?」
「私の想像でかまいませんか?」
「かまわない。俺と同じか知りたい」
「結合が保てず自己崩壊するでしょう」
「――そうか」
 ドゥルジを倒すには、それしかないのか。
 キアラは石を箱にしまい始めた。
「もしかしたら、ほかに方法があるかもしれません。解明できていないものの1つに、この生物の人間に対する思念波の干渉も含まれます。素肌で触れると瞬時に侵食され、媒体を埋め込まれるのは分かっています。これもやはりサンゴと同じですね。目に見えないほどの欠片が体内に侵入するのです。それを介して相手の脳に影響を及ぼしているのだと思われますが、なぜそれができるのか、システムは不明のままです。その思念波の及ぼす影響も。
 ですので、現段階ではそれが最も有効な手段であると言わざるを得ないのです。
 残念ながらこの人工生物に関連した古文書等文献は見つかっておりません。しかし今後も見つからないとは限らないでしょう。私の方で独自に調査を進めてみたいと思っています」
 横についていたダリルが片づけを手伝ってトレイから箱を持ち上げる一瞬、キアラが思わせぶりな視線を彼に投げた。
 すぐにその視線は伏せられ、箱のうち2つはダリルの持っていた防護クッションの敷き詰められたアタッシュケースに入れられる。
「調査するにはこの検体では到底足りません。その「ドゥルジ」とやらも、なるべく完全な形で捕獲していただけると助かります」
「解析できれば、兵器として戦争に利用できるから?」
 アタッシュケースを受け取る静麻。
 彼の皮肉に、キアラは真正面から視線を合わせ、紅を刷いた唇で優雅に笑んだ。
「今の段階ではとても…。ですが、稼働時間とエネルギー問題を克服すれば、あるいは」
 ぱたん。
 ドアを抜ける最後の瞬間まで、キアラは静麻に視線を送りながら部屋を出て行った。
「気に入られたみたいだな」
「ヘビみたいな女だ。俺は丸呑みにされるのはごめんだね」
 よっこらしょ、と立ち上がり、伸びをする。
 さっそく正悟に連絡するべく携帯を取り出した静麻の前で、ルカルカがいらいらと腰に手をあてた。
「それより閃崎くん、口に出したり顔に出したりするのは気をつけてちょうだい。よけいな情報を与えちゃったじゃない」
「そんなことを言われても、ドゥルジのことを知らないなんて、俺に分かるはずがないだろう? てっきり昨日のことは報告がいっていると思っていたが」
「さっきダリルを見ていただろ。あれは絶対、価格を吊り上げたって顔だぞ。ちくしょう」
 垂の言葉に、3人が3人とも、深々と息をついた。
 静麻だけが分からない。
「何のことだ?」
「研究班はドゥルジをご所望だということだ」
 難しい顔をして、ダリルが考え込んでいる。
「あいにくだが、ドゥルジは破壊する。これは譲れない」
「当然だ。俺たちもそう考えてるさ。あんな物騒なやつを教導団内部に連れ込んでたまるものか」
 憤激しながら、垂は胸の前で腕を組んだ。
「ただ、石をもっと持ち帰ると約束したんだよ。24時間、ごまかしてくれるかわりに」
「はぁ? ごまかす? 何を」
「これを」
 ダリルがポケットから取り出す。
 それは、さっきアタッシュケースに入れたはずの、教導団の石だった。