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リアクション
*樹に寄り添う蘭のように*
空を見上げて、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は少し残念がった。空からまだ白い雪が舞い降りてくる様子はなく、どうせ雪がないなら綺麗な星空が見えればいいのに。
そんなことを、家から出て考えたのはこれで5回目だった。
呼吸する空気は冷たく、鼻をつんとさせる。凍えそうな身体を温めたい本能を押さえて、首に巻いたマフラーを口元に引き上げる。
カジュアルなシャツとズボンだけででるつもりだったが、寒さに耐え切れずにマフラーを引っ掛けてきたのだ。
佐々木 弥十郎が、初めて水神 樹(みなかみ・いつき)と過ごすクリスマス。
いや、本当は付き合い始めたときにクリスマスは訪れていたのだが、そのときは二人の都合が重ならず、残念な形に終わってしまったのだ。
だが、今年は違う。
手にしている紙袋の中には、レシピから手順まで、何度も何度も何度も作り直して、ようやく納得いく出来栄えになったブッシュ・ド・ノエル。
そして、特別な紅茶。
それを淹れるためのティーセットも、もちろん忘れずに用意してある。
クリスマスの予定がお互いあいていることを確認したときの、彼女の笑顔が浮かんでは消える。緩む口元をマフラーで隠していても、誰かが横を通り過ぎるたびに必死に引き締めようとする。
だが、その努力が間もなく必要なくなる。
待ち合わせの場所に、彼女を見つけた。
水神 樹はロングスカートに雪の結晶の刺繍が施されただけのシンプルな装いで、あとは寒さに耐えるためのコートと、毛糸のミトンを身につけていた。
真っ黒なポニーテールが、寒さに震えているかのように揺らいでいた。コートはハイネックのデザインだったためか、マフラーを身につけてはいなかった。ポニーテールスタイルの彼女には、首元が少し寒いかもしれない。
佐々木 弥十郎は、その背中から自分のマフラーを彼女の首に巻きつけた。二人で巻いても支障がないほどの長さのマフラーが、水神 樹の首元を包み込んだ。
それに驚いた様子で振り向いた水神 樹は、愛しい男性の顔を見るなり抱きついてしまった。周りからの視線に気がついて、水神 樹はすぐに離れようとした。
「驚かせてしまってごめんなさい」
「え、いえ、あの、私こそ」
「いいんです。嬉しいですから」
にっこりと微笑んだ佐々木 弥十郎は、水神 樹の手をとって歩き出す。先日の初々しいデートとは打って変わって、さりげなくリードする恋人の姿に、彼女は頬を染めた。
(の、脳内トレーニングの甲斐がありました)
心の中で深々とため息をついた佐々木 弥十郎は、彼女の様子で自分のリードがうまくいっているのを喜んだ。初めてのときは、まだ硬くてうまくいかなかったことを思い出して、握る手に力を込めた。
「弥十郎さん?」
「初めてのデートを、思い出していました」
ぽそ、と呟くようにいったその言葉が心地よく、水神 樹も小さく頷いた。だが、そのあとは道中のイルミネーションに心を奪われ、二人で無言のまま目的地に向かって歩いていた。
途中、しまったと思った佐々木弥十郎だったが、隣で「素敵……」と時折呟く水神 樹の横顔に、自分自身も見とれてしまった。
ようやく、目的地に到着するなり、佐々木 弥十郎はマフラーを彼女に巻きつけて身体を離した。
目的地の海の家は、イルミネーションが華美にならない程度に施されており、海を眺められるテラスの横にはツリーが置かれていた。
その上で暖房設備も整っている。景色も文句なく、海の上に浮かんでいる浮きにも、イルミネーションが施されていた。
「まぁ、素敵……!」
「さぁ……こちらに」
椅子を引いて水神 樹に座らせると、佐々木 弥十郎は手早くケーキの準備と、紅茶の支度を開始する。水神 樹も、バスケットを取り出し、クリスマスらしい型に抜かれたクッキーを広げた。
「とてもかわいらしいですね」
「はい、甘さ控えめにしてみました……気に入っていただけたら、嬉しいです」
紅茶が温かく優しい香りを漂わせ始めると、二人はティーカップで乾杯をした。
すぐに口を開いたのは佐々木 弥十郎だった。
「昨年は、ともに過ごせずに申し訳ありませんでした」
「と、とんでもないです! 私こそ……今一緒に過ごせて、とても嬉しいです」
顔が熱くなっている、変に見えないだろうか。そんな不安を抱えながら、佐々木 弥十郎が作ったブッシュ・ド・ノエルを口に運ぶ。
「わぁ……おいしい! 私、甘いものが大好きなんです!」
思わず興奮して声を上げてしまってから、ハッとして口元に手をあてるもそれをむしろ嬉しそうに見つめる佐々木 弥十郎と目が合って、視線を落としてしまった。
「や、弥十郎さんは本当に料理がお上手なんですね……甘いのに、さわやかな後味でしつこくなくて」
「ええ、オレンジピールを使ってあるんです。チョコレートには、よく合いますからね。このクッキーどれもかわいらしいし、甘さが丁度よいです。紅茶に合いますね」
「よ、よかった……あの、無理とか、なされてませんか?」
「え?」
佐々木 弥十郎はドキリとした。このケーキのレシピ作りや作り直し、イルミネーションの準備、プレゼント選びのためのお店周りでここ数日まともに眠れていない。
だが昨日だけはしっかりと寝て、隈などはないはず。それを何度も確認してから家をでたのだ。
「いつも、なんでもない顔をされています。でも、それでもこれだけのことを用意されていたら……まともにお休みされていないのではないかと」
「そんなことはありませんよ。それに、貴女が喜んでくれるなら……それだけで嬉しいのです」
「隠さないで下さい、ね」
あまりにも心配そうに覗き込む水神 樹の赤い瞳が潤んでいるのに気がついて、わずかに苦笑する。
「……はい。実は、ほんの少しだけ無理をしました」
「そんな」
「でもそれは、貴女の笑顔が見られれば全て吹き飛ぶ程度の、ほんの小さな無理です。貴女に喜んでもらえるなら、それだけで幸せです」
佐々木 弥十郎はそう微笑みかけると、もう一つのプレゼントを取り出した。大きな包みの中には、ポンチョ型のかわいらしい真っ白なコートが入っていた。
ボタンは、瞳の色に合わせて赤い色をしていた。
「これ……」
「もしよければ、着てみてください。いまのスカートにも、とてもよく合うと思います」
「あの、これは……私から」
そういって水神 樹から差し出された小さな箱の中には、佐々木 弥十郎の瞳の色と同じ緑の石を使った上品なブレスレットだった。
互いにそれを身につけると、微笑みあう。すると、ため息を漏らすかのように佐々木 弥十郎が呟いた。
「ああ、このまま蘭になってしまいたい」
「え?」
「蘭の傍らにはいつも樹があるからね。あの時と変わらずに、いつでも寄り添っていたいのですよ」
「や、弥十郎さん……」
頬を染める恋人の腰へと腕をまわしてゆっくりと抱き寄せると、顎に手を添えて唇を重ねる。わずかに硬く、ぎこちない動作だったのだが水神 樹は胸の高鳴りが頭の中に響き渡ってそんなことには全く気がつかなかった。
互いに赤い頬のまま、顔を離したときには照れ隠しのようにもう一度微笑みあう。水神 樹は一呼吸置いて、ゆっくりと口を開いた。
「私……初めてデートしたとき、初恋が実るものなんだって、あなたに教えていただいたんです」
伝えたかった言葉を口にすると今度は彼女から、もう一度唇を重ねた。
その二人を祝福するかのように、空からようやく雪が舞い降りてきた。
*恐れを知らぬ穢れ無き瞳*
寮といっても上品なつくりの百合園女学院の一室は、今日は七瀬 歩(ななせ・あゆむ)によってクリスマス一色に染め上げられていた。
きらきらしたモール、クリスマスツリー、花瓶の代わりに今日はポインセチアの鉢植えが並べられ、お茶請けに用意した色とりどりのマカロンが、テーブルを彩っている。
そして、先ほどレースにくるまれた二つ分のお茶を、ルーノ・アレエとニーフェ・アレエから受け取って、もういつでもお茶を飲む準備は出来ていた。
ツリーの飾りつけは、まだ途中。
「ツリーを一緒に飾り付けるのも、クリスマスの楽しい過ごし方だよね」
ポツリと呟くと、廊下を駆けてくる足音が聞こえてきた。
「あゆむぎゅー!」
扉が開いたかと思ったら、その勢いのまま抱きついてきた牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、黒髪ををたなびかせてそのままソファに七瀬 歩を押し倒してしまった。
「アルコリアさん! いらっしゃい」
抱きつかれてもにっこりと嬉しそうに微笑む七瀬 歩に、牛皮消 アルコリアの赤い瞳がわずかに燃え上がったが、すぐににっこりと細められた。
「お招きありがとうです! でも、よかったの?」
「え、なにが?」
「ルーノさんやニーフェちゃんのパーティにいきたかったんじゃないかなって」
「うーん。顔は出してきたんだよ。せっかくのクリスマスだから、のんびりとしたお茶会もしたいなっておもったの」
無垢な笑顔に、牛皮消 アルコリアは心が暖かな気持ちが満ちていくのを感じた。テーブルに並べられたマカロンの横に、自分も持ってきたお茶受けようの食べ物を置くと、飾り付け途中のツリーに目をやる。
「あれ? ツリーがまだ途中ですよ?」
「うん。あとで一緒に飾りつけよう! 用意してあったから、このお茶早速飲もうよ」
手馴れた様子でティーカップに紅茶を注いでいく。赤みが強いその色は、牛皮消 アルコリアの瞳に少し似ていた。
「そうですか?」
問いかけるように覗き込んできた牛皮消 アルコリアの顔に、少し驚いて目を丸くする。どうやら、七瀬 歩は口に出してしまっていたようだ。照れ隠しのように頬を赤く染めて笑う。
「とっても綺麗な赤だから、宝石みたいだなーって思うこともあるんだけど、こういう澄んだ感じもするから」
「……血の色みたい、といわれることのほうが多いんですよ」
牛皮消 アルコリアの小さな呟きは耳に届かなかったようで、七瀬 歩は言葉を続けた。
「髪もとっても綺麗でしょう? お姫様みたいだなぁって思ったんだよ」
「あゆむんもとってもかわいいですよー」
そういって、七瀬 歩がティーセットから手を離したのを見計らってから、もう一度むぎゅーと抱きしめる。猫のようにじゃれ付いたあとは、すんなりと自分の席について紅茶を楽しむ。
二杯きりの紅茶だからか、特別ないわれがあるからか、二人は冷めるのも構わずにゆっくりと紅茶を飲んでいった。時折、甘いマカロンをかじって、砂糖の入っていない紅茶を楽しむことに、七瀬 歩は幸福をかみ締めていた。
「はぁ、おいしいね」
「ええ。思ったよりも香りがいい紅茶ですね」
「来年も、もっと仲良くしようね!」
にこやかに微笑む七瀬 歩に、牛皮消 アルコリアは今度は上品な微笑を浮かべた。そして、心の中で願った。
(私を恐れない、穢れ無き大事な友人。今もここにいようと思わせてくれた大事な貴女が、どうか健やかに過ごせますように)
「アルコリアさんはなんてお願いしたの?」
「むふふ、あゆむんと来年もむぎゅーって出来ますように、ですよ♪」
赤い瞳はにっこりと細められて、それに釣られた七瀬 歩も微笑んだ。そして、窓辺に飾ってあるツリーの仕上げを二人でしはじめた。高いところの飾りや、モールを綺麗に巻きなおしたり、ところどころに雪を模した綿を載せたりと。
仕上げにてっぺんに星を飾り、ツリーは完成した。
「えへへ、できたね♪」
「二人の共同作業ですねー♪」
「あ、あと短冊短冊!」
いそいそと、テーブルに造り置いてあった短冊と、ペンを片手に七瀬 歩が牛皮消 アルコリアに改めて駆け寄り、手にしていたものを渡す。
「お願い事を書いて飾るんだよ」
「それじゃ、いっぱい書かなきゃダメですね」
「あとそうだ、プレゼントも……はい!」
そういって差し出されたのは、ゆるスターのマスコット。だが、見慣れないデザインをしていた。
「これは、新作ですか?」
「今ね、この子の着替えを自作して、見せ合うのが流行ってるんだよ。それで、アルコリアさんにもって!」
「……それじゃ、あゆむんの手作り?」
「うん! あ、あのね。私のもってるマスコットと、おそろいを着せてあるんだ」
にっこり笑った七瀬 歩が取り出したマスコットは、牛皮消 アルコリアの手の中にあるマスコットと、色違いの洋服を着せてもらっていた。
暖かなプレゼントに、牛皮消 アルコリアは胸の中が熱くなるのを感じた。今度は無言でぎゅうっと抱きしめると、自分のプレゼントも差し出す。
小さな袋からは、とても甘い香りがする。
「キームンの、皇室茶です」
「え?」
「英国の皇室用に作られたお茶なんです。今度はこれを飲みましょう」
そういって、きれいにしたティーポットを使って今度は牛皮消 アルコリアがゆうがな手つきでお茶を入れていく。
漂ってくるのは、キャラメルのような、黒砂糖のような、濃厚だが上品な甘い香り。かといって人工的ではない。その香りに心が通ったような感じさえ受ける。
お茶を口にすれば、その甘い香りがお茶の味を邪魔することなく、とても素晴らしいバランスで調和している。
七瀬 歩は甘い香りなのに、その中に大人びた雰囲気をもったそのお茶に、ため息を漏らすことしか出来なかった。
「わぁ。凄くいい香り」
「私が知る、地球で一番おいしいと思った、貴重なお茶なんですよ」
「こんな素敵なお茶、初めて! 二つも貴重なお茶が飲めて、とっても素敵なお茶会になったね!」
ニコニコと、お茶請けを時折かじりながら少しずつ貴重なお茶を口にする七瀬 歩に、牛皮消 アルコリアは問いかけた。
「歩ちゃん。なんで私を誘ったんですか? もっと他にもお茶会に来てくれる人いたでしょうに」
「うーん……アルコリアさんは、とっても優しいお姉さんで、みんなでゴロゴロしたり、甘えてくるときは甘え上手でかわいいなって思うんですけど、現実的なところもあって、厳しいことも言える。かっこいいなあって、いつも思ってるんです」
「お姉さん?」
「うん。だから、これからもずーっと、仲良くして欲しいとっても大事な人だとおもってます」
にっこり笑う七瀬 歩に、牛皮消 アルコリアは顔を伏せてしまった。ほんの一瞬だけだったが、顔を上げた彼女はいつもどおりのとても素敵な笑顔だった。
わずかに、赤い瞳が潤んでいるように見えた。
時折、「あゆむぎゅー♪」といいながらじゃれ付いていると、窓の外に雪が降っているのを見つけて、しばらく窓の外を眺め続けていた。
二人の小さなお茶会は、夜更けまで続いていった。
*積極的な彼女とヘタレな彼氏のクリスマス*
「今晩、うちでパーティをするんだ。よかったら、こないか?」
その電話を受けたのが、1時間ほど前のこと。
初の御呼ばれに、心を躍らせているのはリース・アルフィン(りーす・あるふぃん)だった。薄茶のセミロングに、冬らしいふわふわした髪留めをつけて、洋服もそれとなく赤とか緑を取り入れたファッションは、クリスマスらしさを醸し出していた。
「はぁ。初めての自宅デート……! 気合入れていくわよ!!」
そして、レースに包まれた茶葉を取り出してにんまりと笑った。
一方、恋人を自宅に呼んだ篠宮 悠(しのみや・ゆう)はレースに包まれたお茶を見つめていた。
「あの姉妹も、粋なことするよな……想いが通じるお茶、か」
緩む口元を正すことが出来ないまま、居間をクリスマスらしく飾り付けていく。といっても、積極的に働いているのは真理奈・スターチス(まりな・すたーちす)だった。
赤と緑の縁取りがされたテーブルクロスに、鈴、ツリーにも大きなリボンを使って可愛らしくアレンジしたオーナメントを取り付けていく。
きらびやかさよりも、上品さが滲み出るデザインにため息を漏らしたのはミィル・フランベルド(みぃる・ふらんべるど)だった。ロングウェーブの緑髪を作業の邪魔にならないようにゆるく三つ編みにして様子を見にきた彼女は、その手に色とりどりのキャンドルを抱えていた。
「素敵……灯りは、これでいいのよね?」
「はい。テーブルの上のスタンドと、あとはこのグラスに並べようと思っています」
そういって真理奈・スターチスが指差したのは、透明なグラスの数々。篠宮 悠は不安そうにそのグラスを眺めた。いたって普通のグラス、これで大丈夫なのだろうか? そういいたげな表情だった。
すかさず、ミィル・フランベルドはキャンドルの一つを置いて、火をつける。彼女が選んだキャンドルは、緑色の炎を上げていた。
「えええ!? す、すごいな……」
「この炎の色が変わるのと、普通のを組み合わせておくの。蝋の色も種類があるから、それだけでも十分雰囲気は出ると思うわよ?」
そういいながら、てきぱきとキャンドルを配置し、テーブルの上に置かれた花の最終チェックを行う。その合間に、と、玄関の花を見に行ったのか、真理奈・スターチスが席をはずした。
そこへ、エプロン姿の小鳥遊 椛(たかなし・もみじ)が顔をのぞかせた。
「お料理、オードブルの用意はばっちりしたわ。メインディッシュも順調……。で、スープの味見を頼めるかしら?」
手にしている小皿を受け取ったミィル・フランベルドは恐る恐る口をつけると、舌の上で転がして、満面の笑みを浮かべる。
「ばっちりよ。テーブルクロスもOK! キャンドルも準備万端! いつでもむかえられ……って、悠!? あんたしっかりしなさいよ!!」
そわそわとしながらも、なかなか作業が進まない様子の篠宮 悠を叱責するミィル・フランベルドの肩を、小鳥遊 椛は軽く叩く。
「初々しいじゃないの。準備はほとんど終わったんだし、迎えにいってあげたら?」
「え? だけど準備」
「いないほうがはかどるわよ。それに、もうほとんど終わってるし……」
「あ、ああ。悪い!」
パートナーたちにそういわれ、篠宮 悠は上着を引っ掛けるついでに、硝子に映る自分の頭をわずかに撫で付ける。
おかしく見えないだろうか、大丈夫だろうか。
そんな不安を抱えながらも、一刻も早く逢いたい気持ちに背中を押されて、玄関で飾り付けを続けていた真理奈・スターチスに言葉をかけることもなく飛び出していった。
家をでてものの数分で、リース・アルフィンとぶつかりそうになる。
お互い目を丸くして、ぶつかりそうになったことを詫びるがすぐに笑いあう。
「今日はお招きありがとうございます」
「あ、ああ。とにかく……寒いから早くうちにいこうぜ」
そういって、手を差し出そうとした。だが、それよりも早く彼女がその反対側の手をつかんだ。
「えへへ、凄く嬉しかったの。誘ってもらえて……」
「う、うちに呼んだだけなんだし……た、たいしたこと、ねぇ……よ」
そう二、三言話しているとすぐに家の前まで着く。扉を開けてリース・アルフィンを先に入れて扉を閉めると、物の数分だったというのに、我が家が知らない上等なレストランのように綺麗に飾り付けられていた。
モールだけじゃなく、電飾まで凝られておりそれにリース・アルフィンは目を輝かせている。
「これ、もしかして私のために?」
「あ、ああ。せっかく……の、クリスマス、だから……」
うまく話せないでいる篠宮 悠を尻目に、真理奈・スターチスが挨拶がてらリース・アルフィンを居間へと案内する。居間も、キャンドルライトで暗すぎず、明るすぎず、緑色の炎と普通の赤い炎で彩られて幻想的な仕上がりだった。
「わぁ……さっき電話したばっかりで、これ全部? 素敵……」
「さぁ、お料理も用意してあるのよ。まずはオードブルと、スープね」
いつの間にか上品な普段着に着替えていた小鳥遊 椛が既に料理が並んだ席にリース・アルフィンを座らせると、同じく髪を纏めて着替えを済ませていたミィル・フランベルドが篠宮 悠に耳打ちする。
「こういうのは、男がやるのよ?」
「あ、ああ。わかってるけど……」
消え入るような声で呟くと、リース・アルフィンの前に座る。満面の笑みで食事を開始する。パーティという名目だからというのもあってかしばらく他愛ない会話で食事が盛り上がる。キャンドルライトが、彼女たちの顔を照らし、時折篠宮 悠を見つめる熱っぽい眼差しにその輝きが手伝って煌いているのに気がつく。
はっとして、視線をはずしながら別の話題を引っ張り出していると、オーブンがキッチンで呼ぶ音が聞こえた。小鳥遊 椛は席を立つと、お湯の入ったポットとティーカップをさりげなく用意した。
「それじゃ、お茶でも飲んで待ってて。メインディッシュの支度してくるから」
目配せをすると、ミィナ・フランベルドと真奈美・スターチスも席を立った。それが合図だとわかってはいるのだが、篠宮 悠はレースにくるまれたお茶を広げずに押し黙ってしまった。
意を決して、お茶に手を伸ばそうとするとリース・アルフィンがそのお茶に気がついた。
「ああ! 悠さんももらったんですか!?」
「え?」
「それじゃ、早速このお茶入れちゃいましょう!」
そういって、二つの茶葉をティーポットにいれ、ゆっくりと蒸らし始める。その相田も、気恥ずかしさからか背中を向けたままになっている篠宮 悠に、リース・アルフィンが後ろから抱きついた。
「リ、リース!?」
「えへへ。びっくりした? なんだか、元気なさそうだったから……」
少しさびしそうに呟いた彼女の表情とか、いつもはしていない薄化粧とか、わずかに香る甘い香りとか、そんないろんなものが篠宮 悠の頭の中で混ざり合って化学反応を起こし、今にも爆発してしまいそうだった。
(お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、落ち着け俺!!! リースの顔を見てるだけでテンパってんじゃねえよ! いつもと変わらない顔じゃないか!? いや、いつもかわいいんだけどいつもよりもかわいいんだけどなんか違うっていうかああもう!!!)
なんてテンパっている篠宮 悠のことは気がつかず、お茶が丁度よい香りを漂わせ始めたので身を離し、ティーカップに注ぐ。
わずかに甘い香りが、リース・アルフィンの背中を軽く押した。
「ねぇ、悠さん……私ね、急なことだったからプレゼントとか用意できなかったんだけど……取って置きの飲み方、教えてあげるね」
「と、取って置きの飲み方?」
離れてもらったおかげか、ようやく落ち着きを取り戻した篠宮 悠が見たのは、少し冷ましたお茶をぐい、と飲むリース・アルフィンの姿だった。そして、そのままおもむろに篠宮 悠の頬を両手で包み、覆いかぶさるような形で唇を重ねる。わずかに開いていた篠宮 悠の口の中へ、ゆっくりゆっくりと自分の口の中に残る紅茶を飲ませていく。
「えへへ……おいしいでしょ? これは絆を深めるお茶だから、私の中に、悠さんへの想いがいっぱいつまってるから、おいしいんだよ」
にっこりと笑ったリース・アルフィンの笑顔に、篠宮 悠は飲み込んだお茶が体の中に熱を灯すのを感じた。そして、ゆっくりと息を吐くと、ぼさぼさの頭をかいた。
「ったく、大胆だな……変に力んでた俺が滑稽だな」
そう呟くと、今度はリース・アルフィンの手を引き寄せて、その背中へと手を回す。
「大好きだ……リース……」
「うん……えへへ……幸せだなぁ……」
そんな風にはじめてのキスを思わぬ形で遂げた二人を祝福するように、物陰で音にならない拍手を送っていた三人は今度こそ料理の支度をしようとキッチンへと消えていった。
だが、真理奈・スターチスだけが寝室へと向かい、不思議に思ったミィル・フランベルドが後を追うと、一枚の布団が敷かれているのを見つけた。
「キスが済んだら、次はこれよね」
にやりと笑う真理奈・スターチスは、その一枚の布団に色違いの枕を並べる。その意味を悟ったミィル・フランベルドの鋭い突っ込みの音が、聖なる夜のホームパーティで響き渡った。
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