First Previous |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
Next Last
リアクション
*リンネちゃんを思うクリスマス*
イルミンスールで、星がよく見えるテラスがあった。
いつもなら恋人達が愛を語らう場として人気なのだが、今日は人気がなかった。寒いから、というのが一番の理由なのだと思う。
だが、星々は煌いて、今にも零れ落ちてきそうな錯覚に見舞われる。
音井 博季(おとい・ひろき)は、赤い瞳に満天の星空を移してもう一度ため息をついた。
「あーあ。やっぱり無理だよなぁ」
水筒の中に入れたのは、部屋で煎れてきた『聖なる夜の紅茶』。絆を深めるお茶として名前が知られている。
音井 博季が思い浮かべるのは、リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)のことだった。
想いを告げたはいいが、その後はまだ友達以上恋人未満の関係だった。
もらえたのは今朝のこと。お誘いの手紙を出したのは夕方。約束は今晩。
「いくらなんでも急すぎたよなぁ」
金色の髪をぐしゃぐしゃになりそうなほどかいて、はっと気がついて束ねなおす。
まだ希望は捨てなくてもいいはずだ。
時計は、22時。
約束したのは、20時だった。あまり遅くに呼び出せるほどの関係ではないと思っているからだ。
だが、2時間も音沙汰無しだと、普通に考えて「すっぽかされた」のではないだろうか。
「でも、この紅茶は『遠く離れていても、その人を思い、その人の息災を願いながら飲むと、そのとおりになる』んだよね」
水筒から、プラスティック製のカップに紅茶を注ぐと、真っ白な湯気が空に昇っていく。
「リンネさんが……リンネさんたちが、来年もこの先も、ずっと仲良く、みんな笑顔でいられますように」
そう口にした後、紅茶を飲み干した。
「いい紅茶なんだから、凄くおいしいはずなんだけど……なんだか、渋く感じるなぁ」
ほぅ、とため息をつくと、目の前に思い人がいた。申し訳なさそうな表情は、天真爛漫な彼女らしくない。
「……リンネさんの幻影まで見え始めた……サンタさんからの贈り物かな」
「あの、博季ちゃん?」
幻だと思っていた箒に乗ったリンネ・アシュリングが口を開いて喋ると、ようやくそれが幻影ではなく本人だということに気がついた。
音井 博季は驚きのあまり腰を抜かしてしまった。
「り、り、り、リンネさん!?」
「ごめんね。あの、急だったから……プレゼント見つからなくって」
申し訳なさそうにテラスに降り立つ魔法使いの少女は、腰のポーチから水筒を取り出すと、中身をカップに注いで差し出した。
そこから立ち上る甘い香りに、嗅ぎ覚えがあって音井 博季は立ち上がった。表情を曇らせたまま、リンネ・アシュリングは続けた。
「あのね、これ……聖なる夜の紅茶っていって」
「……絆を深めるお茶、ですよね」
「うん、そう! え、何で知ってるの?」
不思議そうに視線を上げると、同じように水筒の中から用意してあったリンネ・アシュリング用のカップに紅茶を注ぐ。
全く同じ香りがそのカップからするのに気がつくと、リンネ・アシュリングは目を丸くした。
「え、ええ!? ごめんね! 同じものを用意してると思わなくって……」
「いいんです。そちらのお茶、僕に下さい。リンネさんはこちらを」
そういわれるがままに、リンネ・アシュリングはカップを交換する。
「一緒にのめるだけで、嬉しいです。もしかして、これをずっと探していたんですか?」
「うん……紅茶の噂聞いたのが遅くって、パーティ会場までいってルーノちゃんたちにもらいにいってたの。そしたら水筒に入れてくれたから、その足で着たんだけど……こんな寒い中待たせちゃってゴメンね」
睫をふせてそう呟くと、音井 博季はカップをこつん、とぶつけた。プラスティックだから色気のある音は出なかったけれど、互いに微笑んだ。
「「来年も、あなたにとってよい年でありますように」」
互いに同じ願いを口にして、紅茶を口にした。
*桜井 静香とのクリスマス*
百合園女学院の、菜の花庭園……冬は、雪見庭園と呼ばれるその場所には、今冬だけの特別な建物が建てられていた。
庭園を覆うのは熱を通さない硝子。大きなドーム状になっているその場所で、ルーノ・アレエたちはクリスマスパーティを執り行っていた。
「それじゃ、今宵、このときを共に過ごせるみんなの幸せと繁栄を願って……」
桜井 静香(さくらい・しずか)が、ティーカップで乾杯の音頭を取る。
男性も気兼ねなく入れるこの庭園は、パーティをするにはうってつけだった。
今は地面はタイルで埋め尽くされ、音楽も響いているのでダンスも出来そうなほどだった。
クリスマス仕様の、どちらかというとりりしい服装に身を包んだ真口 悠希(まぐち・ゆき)は、早速桜井 静香の下に挨拶に向かった。
桜井 静香は似合うから、という理由で赤い身にドレスに白いボアをあしらったサンタさん仕様になっていた。その後ろでは警護役のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が控えていた。
真口 悠希は何度も何度も、頭の中で問いかけた。
春のバザーのとき以来、ずっと考えていたことだ。
いまだに答えの出ない問いかけだった。
まだ、逢うべきではないのではないか。
自分はまだ、何も成長していないのではないか。
静香さまがいう、距離を置こうという意味は……もう、恋の対象にならないという意味じゃないだろうか。
そんな不安が駆け巡り、それでも一言でもいい。話がしたいと想って桜井 静香の前に立った。
真口 悠希は一瞬言葉がつまってしまいそうだったが、深く息を吸い込んで、まっすぐに桜井 静香を見つめた。
「静香さま」
「あ……真口さん」
桜井 静香は少し戸惑うような表情で睫を伏せたが、すぐにまっすぐに見つめてくる。真口 悠希は、一呼吸置いてからゆっくりと口を開いた。
「メリークリスマス、静香さま。ボクはまだまだ未熟ですけれど……努力し続けます。今は失敗ばかりだけれど、いつか……」
「……きっと、最初はみんな失敗ばかりだと思うんだ」
言葉につまってしまった真口 悠希に、優しい声色で、桜井 静香は語りかけた。その表情は、あのときのような厳しさはない。またすがりそうに鳴ってしまいそうなのを、必死に堪えた。
「自転車だって、最初からうまくは乗れないよ。でも、何度も転んで、失敗して、たくさん傷ついて、ようやく乗れるようになるよね」
「……はい。そう、ですね……ありがとうございます。静香さま」
「ううん。逃げないって、とてもつらいことだよ。僕なんてまだまだ逃げてばかりだから」
泣きそうな表情で小首をかしげる姿は、本当に愛らしいの一言だった。
だが、今度はしっかりとした表情で見つめ返してくる。それは、初めて自分の秘密を明かしたときのような、りりしい『少年』の顔立ちだった。
「きっと、いい友達になれると想う。僕も護りたいものがある。護られる事は嬉しいけれど、大事にしたい人が僕にもいるから」
「静香さま……」
「友達になれないかな? 改めてそこから始めよう。同じ気持ちなら、同じ想いなら、つなげていくことが出来ると思うんだ」
そういって、桜井 静香は優しげな面持ちで右手を差し出す。真口 悠希は涙を瞳に浮かべてしまった。
こぼれてしまいそうなのを何とか堪えて、口の端を持ち上げる。
「勿論です、静香さま」
そういって、差し出された右手を握り締める。そして改めてティーカップで乾杯をする。
「貴方と、みんなの幸せを願って」
「……ありがとう。僕も君の息災を願うよ」
桜井 静香と二人で紅茶を一口飲む。ロザリンド・セリナとも乾杯をすると、互いに一口飲む。
「悠希さんが目指すものに近づけますように」
「リンさんも」
その笑顔は、今にも泣き出しそうだった。ロザリンド・セリナは不安そうに歩み寄って口を開くが、その前に真口 悠希は無理やりに微笑む。そして、背中を向けて歩き出した。
「それじゃ、ボクはこれで失礼しますね!」
「悠希さん?」
「真口さん……」
桜井 静香が名前を呼ぶと、もう一度だけ振り向いた。そして、腰に下げていた剣を抜き、跪くと天に捧げるように構える。そして、静かに呟いた。
「静香さま……」
「……なぁに?」
「(……好きです。大好きです。これからも……!)」
「……?」
心の中の呟きを、今口にする資格はない。それは、自分自身がよく知っている。
そう改めて頭の中で自分に言い聞かせると、目を見開いて高らかに宣言する。騎士が誓いを立てるかのように。
「護りたい人、助けたい人、支えたい人、たくさんいます。貴方もその一人です。ボクは、逃げません。戦います。それが、今ボクが出来る最大限のことです」
緑色の瞳は、涙で潤んでいたがまっすぐに向けられていた。その表情はその服装によく似合う、りりしいものだった。
おもわず、ロザリンド・セリナだけでなくその場にいた者たちが見惚れてしまうほどだった。それをまっすぐに見つめ返したのは桜井 静香だった。
「うん、僕もがんばるよ。真口さん」
その言葉に、やうやくしく一礼をすると真口 悠希はパーティの輪の中に入っていった。その背中は、たくましく見えた。それを見送って、ロザリンド・セリナはこそ、と耳打ちをした。
「よかったのですか?」
「え、なにが?」
「もっと、お話したかったのではないかと……」
「真口さんは……もっと強くなるよ」
少し羨ましそうに、そう呟いた。そして、にっこりとロザリンド・セリナに微笑みかける。
「僕もがんばる。護られるのは嬉しいけれど……僕も大事な人を護りたいんだ」
「校長……」
「そうだ。ルーノさんたちにも挨拶をしたいんだ。いいかな?」
「え、ですが」
「だって、パーティの企画は彼女たちだもの。ご挨拶にいっても問題ないと思うよ」
にっこりと笑いかける桜井 静香に、自らも微笑みかける。
そして、用意していたプレゼントが無駄にならないことを幸運に思った。こっそり持ち込んでいた箱の中には、ルーノ・アレエ、ニーフェ・アレエだけではなく、エレアノール、イシュベルタ・アルザスたちに贈るものだったのだ。
それは、硝子でできた雪の結晶のペンダント。6つを重ねると雪の結晶に見える品物だった。
6つなのは、一つはランドネア・アルディーンへ。そして、アルディーン・アルザスへのプレゼントだった。
2つは別のルートで贈るとして、今パーティに来ているであろう彼ら家族に渡すことが出来た。
そしてもう一つは、既に校長室においてきた。だが、差出人の名前は書かなかった。メッセージカードには、短く、メリークリスマスとだけ書いた。
桜井 静香は、 真口 悠希に対して何かしらの絆を深めたようだった。
自分は?
自分は、そんな風に絆を作ることが出来るだろうか。
警護するもの、されるもの。それだけの関係が、ほんの少しでも変わることがあるのだろうか。
そんなことを考えながら、ロザリンド・セリナは小さくため息をついた。
「ロザリンドさん?」
桜井 静香は、その小さなため息を聞き逃さなかった。
「退屈なら、ルーノさんたちのところ行ってきていいんだよ?」
「いえ、今日は一日警護を、と……」
「でも、君が退屈そうにしているのを見たくないよ」
わずかに瞳を潤ませてそう呟くと、ロザリンド・セリナは苦笑した。そして、金色の瞳を細めて微笑んだ。
「校長のそばでこうして過ごせるだけで、十分ですよ」
と、思わず心の中の声をそのまま口に出してしまった。一瞬だけしまった、と思ったが、今日この日くらいはそんなことを言ってもいいだろう。そう思い、誤魔化すように微笑みかけた。
すると、桜井 静香も同じように微笑み、人気のないバルコニーへとでた。警護のためにと付き添っていくと、桜井 静香はカーテンをコソ、と閉めた。誰も来ないのを確認すると、桜井 静香は息をついた。
「校長?」
「二人のときくらい、名前で呼んで欲しいな」
いつもの明るさではなく、わずかに照れた様子で呟いた桜井 静香の言葉に、戸惑いながらもロザリンド・セリナも頬を赤らめてうつむいた。
「静香、さん」
「ありがとう」
名前を呼ばれただけで嬉しかったのか、桜井 静香は華のように微笑んだ。愛らしい笑みは、孫所そこらの女性よりもよっぽど美しいが今は一息ついて、まっすぐにロザリンド・セリナを見つめた。
「今夜、僕も貴女と一緒にいられて嬉しいよ」
「え?」
「僕はたいしたものをプレゼントできないけど、ちょっとだけいいよね」
独り言のように呟くと、顔を赤くしてロザリンド・セリナに歩み寄る。その手をとり、抱き寄せる。線の細い身体だが、やはり男性らしく引く腕の力はわずかに強かった。
ぎゅっと抱きしめ、つま先立ちしてその額に唇を押し付けた。
「え、え、え?」
「今は、これだけで」
そっとそのまま身体を離すと、にっこりと微笑んだ。
「今日は、特別な夜だから、きっと許してくれるよね?」
それは、目の前のロザリンド・セリナに対する言葉なのか、それとも自分を思ってくれているたくさんの人たちに対する言葉なのか、本人にしかわからなかった。あるいは、そのどちらもなのかもしれない。
様子を伺うように、じいっと見つめる。
「あ、の……私……」
「今の僕の気持ちだよ。だから、困らないでね。僕弱いから、きっとまた頼っちゃう。でも、頼ってばかりじゃいけないって、強くなろうって、真口さんを見てて思ったんだ。だから、きっと僕も強くなるよ」
「……静香さん」
「僕……がんばるよ……真口さんに、逃げない勇気を見せてもらったんだ」
だから、そういいながら手を差し伸べる。
「来年も、僕と一緒にいて欲しいな。僕は前に立てるほど強くないけど、隣に立てるくらいになりたいから、僕もがんばる」
ロザリンド・セリナは、自分と同じことを考えてくれていたことが嬉しかったのか、泣きそうになってしまった。だが、今はまっすぐに見据えた。
そのまっすぐな思いに答えられるだけの自分があるのだろうかと、不安に思っていたこともある。
たくさんの人に頼り切って、辛かった時期がある。でもそれは、当たり前のことなんだ。
辛いときには誰かを頼ればいい。できないことは、誰かにお願いをすればいい。頭を下げて、謝ればいい。
自分の精一杯をして、それでも無理だったらそれは仕方のないことなんだ。
そう、それは逃げないこと。自分も、彼も、同じものを見据えている。
「私でよければ」
その場ではそう短く答えるのが精一杯だった。そして桜井 静香の手を、まるで姫君の手をとるように握ると、跪いて口付けを落とした。
短い時間を過ごすことが出来た後、本当は告げるつもりはなかったことをロザリンド・セリナは耳打ちした。
「校長室に、プレゼントを置いておきました」
わずかに、桜井 静香の頬が赤く染まった。
*奉行とのクリスマス*
葦原明倫館総奉行、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)のいる校長室も、クリスマスムードが漂っていた。
ただ、しめ縄にヤドリギが飾ってあったり、門松にイルミネーションが施されていたりと、何か間違った方向のクリスマスだった…
そんな飾り付けを終えた校長室を、ノックするものがいた。入るように促すと、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が顔をのぞかせた。
「失礼、ハイナ。メリークリスマス」
「ローザ! メリークリスマスでありんす」
にっこりと微笑んで、ローザマリア・クライツァールを抱きしめる。
「来てくれるとは思わなかったでありんす」
「せっかくのクリスマスだもの。たまには母国を思い出して過ごしましょう」
「勿論! 準備は万端でおます!」
と、自慢げに示したのはしめ縄や門松たち。さすがにローザマリア・クライツァールも、それが微妙に間違った飾り付けであることは認識していた。
「ええと、ハイナ……あなたが日本を大好きなのはわかる。でも私たちはホワイトスターの下に生を受けた。神に祝福されし御子でもある。一年に何度かは、それを思い出すのもいいでしょう?」
その言葉の意味を、一瞬わかりかねていたようだったがああ、と手を叩いた。
「そうでありんすね。たまには、そういう日も悪くないでござんしょう」
「うんうん。ということで、ケーキを用意してきたんだ。あと、これは紅茶……ええと、もしかして、珈琲党だったかしら?」
「ん? 友人と飲み交わすなら、どんな飲み物でもかまいやしません」
その言葉に、にっこりと笑うとローザマリア・クライツァールはいそいそと、校長室の応接用テーブルにティーセットを並べ始める。
作ってきたケーキも、あまり上品なものではなくごく普通のパウンドケーキと、クッキー。
それと、アコースティックギターを取り出した。
「ギターで、ありんすか」
「ええ。なにかリクエストがあったら言ってちょうだい」
「それなら……」
「ええと、アメリカの古きよきカントリーソングから選んでね?」
念を押すためにそういうと、ハイナ・ウィルソンはぷ、と小さく噴出した。
「あはははは、さすがに演歌はお願いしやしませんよ。ただ時代劇の曲とかをお願いしようとしたでありんすが、今日早めておきましょう」
「(やっぱり日本の歌をお願いしようとしてたのね)」
すこしがっかりしながら、適当に自分から選曲していくつか弾いていく。そのいくつかが心打たれたのか、じいっとギターを見つめてくる。
ふと、手を止めて紅茶に手を伸ばす。
「この紅茶は、聖なる夜の紅茶。遠く離れた人には思いを届け、共に飲む人の絆を深めてくれるの」
「ほう、パラミタらしい紅茶でありんすな」
「あなたのこれからが、明るい未来でありますように」
「ローザのこれからが、希望に満ちてますように」
2人は互いのことを願って、紅茶を口にする。そして、ローザマリア・クライツァールはもう一度ギターを構える。
「形のあるプレゼントは用意できなかったけど、ハイナのために作った曲を弾くわね」
そういって、ギターの弦を優しくはじいた。柔らかな歌声が、葦原明倫館の校長室に響き渡っていた。
First Previous |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
Next Last