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リアクション
*ジェイダス・観世院に贈るクリスマス*
まだ日の高い時間、師王 アスカ(しおう・あすか)は、パートナーのオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)とのお茶会を楽しんでいた。
銀色の瞳に、赤いお茶が映る。部屋は甘い香りで満たされていくのがわかる。鮮やか赤と香りは、芸術品ものであった。
「はぁ、おいしい……」
そして、胸の中で想うのは薔薇の学舎校長、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)のことだ。
(あの方が、幸せでありますように。ありとあらゆる災いから、護られますように)
祈りを捧げながら、師王 アスカはふと手を止めた。
自分の思いを届けることは、ほぼ不可能に近いけれどせめて贈り物は出来ないだろうか。
「そうだ!」
思い立ってすぐに、自分の飲んでいた残りのお茶と、出し終えた茶葉をもってアトリエへと駆け込む。
「どうしたの?」
「プレゼントよ! 今から作って、夕方までに仕上げれば夜のうちに届けられるはず! だってサンタさんは25日の朝にプレゼントをくれるんだものね」
そう言い切ると、勢い欲扉を閉める。その後姿を眺めて、オルベール・ルシフェリアは銀の髪を指先で弄びながら、微笑んだ。
「恩人のため、ね。私も……あの小さな精霊のことを想いましょうか」
あの小さな優しさが、どうか曇ることがないように。
一生懸命で純粋な存在が、これからもずっとそのままでいられますように。
青い髪の小さな精霊のことを思い浮かべながら、茶請けのクッキーへと手を伸ばして、オルベール・ルシフェリアはぱあっと顔を明るくして手を叩いた。
「そうだわ。私もあの子にプレゼントをしましょう!」
そう、いそいそとプレゼントを集め始めた頃、アトリエの中で師王 アスカは残ったお茶を冷まし、出し終わった茶葉はすりつぶし、水とあわせる。
茶葉はまだ色鮮やかな液体を作り出し、冷めたお茶からもまだ甘い香りが感じられる。きっと、アイスティーにしてもおいしいに違いない。
そんなことを考えながらも、さくさくと作業を進めていく。茶葉の粉と水をあわせた染料は、見事なセピア色を作り上げていた。
抱えられる程度の小さなキャンバスに、薄い色合いでまず全体の構図を作る。そして、徐々に色を深めていく。水彩画だからあまり無茶なことはで着ないが、すりつぶした茶葉からもあの優しい香りがする。
筆がまるで生きているかのように描き続けていく。そこには、聖夜らしく祈りを捧げる青年の姿。
麗しい顔立ちは、ジェイダス・観世院が気に入りそうな美青年だった。仕上がりは、想った以上に濃淡ができ、セピアの写真のようにも見えた。
より濃い部分は、すりつぶした茶葉に冷ました紅茶を混ぜて作る濃緋色。
香りも嫌な感じにならず、これは鼻でも楽しむことが出来る作品に仕上がりそうだった。
狭い懺悔室なのだろうか、部屋なのだろうか。そこで一人男が膝を付いて天を仰いでいた。
その表情はわずかに瞳を閉じて、顔の前で両手を握り締める様は、哀しげで美しい。
その背中には、このセピアの色合いの中で絵の具を使っていないにも拘らず真っ白に描きだされている天使の翼。
短時間とはいえ、見事な仕上がりに師王 アスカは満足した。
「テーマは、『貴方の幸せを願う』ね」
「速達の手配、出来てるわよ?」
完成のタイミングを見計らったように、オルベール・ルシフェリアが声をかけてきた。アトリエにある一番上等な額縁にそのキャンバスを収めると、手早く包んだ。リボンもかけ、メッセージカードも添える。
学校に入り直接渡すことはかなわないが、これくらいは許してもらえるだろう。
今日は聖夜なのだ。
「気がついて、くださるかしら?」
小さく呟いた願い。メッセージカードに口付けを落とすと、速達の配達員に手渡す。今晩中には届くだろうと、配達員は言っていた。
オルベール・ルシフェリアも抱えるほどの大きな袋に、たくさんのお菓子を詰め込んでノーン・クリスタリアへのプレゼントにしたようだった。
「ん? これは」
薔薇の学舎の校長室に速達で届けられた荷物には、一枚の絵が入っていた。あけるだけで、優しい香りが広がる。どうやらそれは、紅茶の茶葉を使って描かれているようだった。
麗しい天使を描いたその絵は、ジェイダス・観世院に感嘆のため息を漏らさせた。そして、メッセージカードを見て差出人を知ると、改めて天使を見つめる。
「素晴らしい……そうか、彼女が……今日はもう礼は出来ないが、今宵は彼女の息災を願って茶を飲むとするか」
ジェイダス・観世院の部屋にもまた、聖なる夜の紅茶が届けられていた。そしてその紅茶を一人の優秀な画家のために飲み干した。
そしてふと、その天使の絵を飾ろう辺りを見回すと、鏡が目に入る。鏡に映る顔と、その天使の顔立ちがどことなく似ていることに気がついた。
「なるほど、粋な計らいだ。可能な限り色あせぬよう、目に届く場所におくことにするか」
そういって、こういったものを保存できそうな技術を持っているものを探すため、一旦校長室から出ることにした。窓の外から差し込む雪の灯りに、天使が微笑んでいるように見えた。
*金 鋭峰に捧げるクリスマス*
教導団の研究室で一人レポートの資料に埋もれているのは、土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)だった。ボブカットの黒髪は跳ね上がり、黒い瞳は血走り、クリスマスだというのにおしゃれな格好もせず、必死にペンを走らせていた。
残念ながら、このパソコンが当たり前の時代に、あえてペンで書くよう要求された課題だったのだ。
はぐれ魔導書 『不滅の雷』(はぐれまどうしょ・ふめつのいかずち)は、そんな修羅場状態のパートナーを元気付けようと、差し入れを用意していた。
主不在の部屋のテーブルにちょこんと置かれていた、レースのつつみ。とても甘く優しい香りがしたので開いてみれば、それは紅茶の葉だった。
無意識のうちに、それによく合う茶菓子を用意していた。
その優しい香りが、きっと彼女の疲れを癒してくれると、無意識に確信していた。
ティーセットとお菓子を持って、研究棟の資料室の一室を訪ねると、頭から湯気が出そうな勢いで机に突っ伏している土御門 雲雀がいた。
「あーあ、ソートグラフィーとかでぱぱっとかけないかなぁ」
「ずるしたらアカンよ、ヒバリ」
ため息交じりに、だが優しい眼差しの赤い瞳が、土御門 雲雀の顔をのぞきこむ。やわらかな関西弁が、今はわずかな心の癒しになる。
彼女が手にしているお茶とホットサンドの香りが、レポートに夢中になりすぎて何も食べていないのだと思い出させた。
「ほら、差し入れ。ええ香りのお茶や。ホットサンドも出来立てやで?」
「ありがと……ン? 今何つった!?
はぐれ魔道書 『不滅の雷』の言葉に、机に向かっていた土御門 雲雀は勢いよく飛び上がってお茶を置いたパートナーの胸倉をつかんだ。驚いた様子で目を丸くするはぐれ魔道書 『不滅の雷』はうーん、と視線をめぐらせる。
「んー? せやからホットサンドもできたてやでって」
「そのまえ!」
「ええと、ええ香りのお茶やって? ヒバリの部屋にあったお茶や」
それを聞いて、土御門 雲雀はがっくりと肩を落とす。
たまたまレポートの資料を探していたところで出逢った、赤い髪の機晶姫。にこやかに微笑む彼女は、このお茶のことを微笑みながら教えてくれた。
とても珍しいお茶で、これを作ってくれた人はとても苦労をされたこと。そしてそれにまつわる御伽噺は、少し切ない物語だった。
『このお茶は、共に飲む人と絆を深めることが出来るのです』
そして、百合園でパーティがあることも教えてくれた。
よければ参加して欲しいと、招待状をもらった。
難しそうだといったら、茶葉を二つくれた。
可能ならいくと告げたら、とても柔らかく微笑んでいた。
出逢ったばかりなのに、まるで友のように笑いかけてくれた彼女の言葉に甘えようと、メッセージカードを書いた。
宛名は、金 鋭峰(じん・るいふぉん)。
だが、結局出しそびれてしまった。出しそびれてしまったことに自己嫌悪していたら、レポートが進んでいないことに気がついて今に至る。
本当は、去年のパーティでの御礼を伝えたかった。
「……この、馬鹿あああああああ!! カグラのばかあああああ!!! これは滅多に取れないキッチョーなお茶で、もらいもので!!!」
土御門 雲雀は黒い瞳に涙を浮かべながら叫び声をあげる。
「このお茶は、このお茶は……24日のパーティで飲まなきゃ意味がないんだよ!」
「24て、もう今日やないの……団長さんといきたかったんちゃう?」
団長、という言葉を聞いてより一層土御門 雲雀は悲壮な顔つきになる。それを励まそうと、はぐれ魔道書 『不滅の雷』はにっこりと笑う。
「な、その課題終わったら、みんなで遊びにいこーや。今いっぱい祭りあるんやろ? オレいってみたいとこいっぱいあんねん。なぁ、つれってってぇや、ヒバリ」
「うん……そうだね。夜食ありがとな。もう少しで終わるから……」
ため息混じりにそういって、もう一度机に向かう背中が哀愁を漂わせていた。
本当は一緒に飲もうと思ってティーカップを二つ乗せてあったのだが……その背中を見たらしばらく一人にするしかないと思い、はぐれ魔道書 『不滅の雷』は席をはずそうと廊下への扉を開けた。
すると、そこには思いがけない人物が立っていた。にこやかに笑いかけると、「どうぞ」といわんばかりに中に入るように促す。
「失礼する」
「なんだよ、今使ってるんだけど……ってはああ!! だ、団長!?」
「すまないな。ここにある資料に用事があったのだが……問題ないか?」
「は、はい!」
立ち上がって敬礼をすると、金 鋭峰は棚を適当に物色し始める。目的の本が見つかると、そのまま出て行こうとするのだが、ふと、足を止める。
「ん? その茶は……」
「あ、あの……これは」
「あの機晶姫がよこしたお茶か? 同じ香りがする」
「は、はい! あの、よ、よければ……ご一緒にどうですか?」
「……まぁ、茶の一杯くらいならばよいか」
「い、今入れますね!」
と、土御門 雲雀は口に出してから気がついた。そこには、ティーポット、そしてカップが二つあったのだ。
(もしかして、カグラ……一緒に飲もうとしてたのかな……)
ふとそんなことをおもっていると、金 鋭峰が適当な椅子に腰掛ける。
「そういえば、メッセージカードをもらったのに返事を出していなかったな」
金 鋭峰は思い出したように柔らかな声で呟いた。その言葉に、土御門 雲雀は「え?」と目を丸くする。
「先ほどいた貴様のパートナーが、数日前にメッセージカードを届けてくれたのだが、明日までに仕上げねばならぬ書類があってパーティにはいけなかったのだ。返事を出しそびれていたが、まさか同じ境遇にあったとはな」
苦笑している金 鋭峰をぼうっと眺めながら、お茶を注いでいく。危うく零しそうになるのを気をつけながら、二つのカップに注ぐ。少し少なめにして、もう一杯分だけ残した。
(あとで、カグラにもこの茶を飲ませてやろう)
そんなことを思いながら、カップを差し出す。金 鋭峰は乾杯をするかのように掲げ、土御門 雲雀もそれに習う。
「来年はどうか、団長が今年みたいに怪我をしませんように」
「……貴様の息災を願って」
わずかに持ち上げられた口元を見て、土御門 雲雀は頬を赤らめる。
視線の端にはぐれ魔道書 『不滅の雷』の姿を見つけた。彼女は親指を立ててにっこりと笑っている。
カグラには、なにかお礼を考えなければ。
そんなことを思いながら、短いティータイムを過ごしていた。
*エリザベートと祝うクリスマス*
エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)は、校長室に飾られたツリーを眺めながら、ため息をついた。
百合園で開催されているクリスマスパーティに行きたかったのだが、書類に追われてそれがかなわなかったのだ。
幾度目になるかわからない不快そうなため息をつき終えると、扉が開かれる。神代 明日香(かみしろ・あすか)が、いつものメイド服に赤いリボン(今日はヤドリギのアクセサリー付き)を身につけて中に入ってくる。
その姿を見つけるなり、少しぶすっとした面持ちだったがその手にしているティーセットを見て目を輝かせる。
「どうしたのですかぁ?」
「今日はクリスマスだから、エリザベートちゃんにプレゼントを持ってきたんですよぉ〜」
にっこりとわらう黒い瞳に、エリザベート・ワルプルギスも釣られてにっこり笑った。
いそいそとティーセットを用意する神代 明日香を横目に校長用の椅子から、応接用のソファに居場所を移す。紅茶が開く間にエリザベート・ワルプルギスの隣に腰掛けると、ぎゅっと抱きつく。
「なんですかぁ?」
「えへへ。この紅茶のこと、教えてあげますねぇ〜」
「知っていますよぉ〜聖なる夜の紅茶。昔、紅茶好きの姫がいたというお話ですよねぇ」
「なんだぁ……」
がっかりしたようにうつむくと、赤いリボンも垂れてしまう。だが、エリザベート・ワルプルギスはにっこりと笑って自慢げにいう。
「この紅茶はとても貴重なものでぇ〜なかなかてにはいらないですよねぇ。それを持ってきてくれて、凄く嬉しいですぅ」
その言葉を聞くなり、押し倒しそうな勢いで抱きつく。そして、はっと思い出したようにプレゼントの紙袋を差し出す。中から取り出されたのは、エリザベート・ワルプルギスの髪の毛の色と同じマフラー。縄模様が小さく作られた凝ったデザインだった。
なのにも関わらず、ものすごく長い。袋から取り出して、ひとりで巻こうと思ってべろーんとなってしまったマフラーに若干いらだったのか、むすっとした顔になったエリザベート・ワルプルギスはちら、と神代 明日香を睨む。
「なんですかぁ、これはぁ。ながすぎるじゃありませんかぁ」
「そあのねぇ、二人で巻けるようにしたんだ」
にっこりと屈託なく笑う神代 明日香の言葉に、少し嬉しかったのだがそれでも意地悪したくなったのか、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
「なら、大ババさまと巻くことにしますぅ」
「ええ、そんなぁ……」
もう一度、シュンと落ち込んでリボンをたらす。少しばかり黒い瞳にも涙が浮かんでくると、首周りに暖かさを感じた。この感触は、とおもって顔を上げると少し頬を赤らめたエリザベート・ワルプルギスの顔が合った。
「冗談ですぅ。明日香が寒そうだから、一緒に巻いてやるですぅ」
つん、とした様子でそう言い放つ。だが、口元はわずかに嬉しそうだった。神代 明日香は目じりを拭いながら微笑むと、もうお湯の中で開いたであろう紅茶をティーカップに注ぐ。
優しい香りが部屋の中に満たされていく。そして、色鮮やかな砂糖菓子を取り出す。星の形や、雪だるまの形をしているクリスマスらしい細工だった。
どうやらそれは、紅茶の中にも入れられるようになっているのか、3つほどエリザベート・ワルプルギスのティーカップに入れていく。
「くるくる混ぜたらすぐ溶けるからね」
「なんだかもったいないですねぇ」
そんな他愛ない会話をしながら、指先を暖めるようにカップを包み込んで、それぞれふーっと、紅茶の熱を冷ましていく。肩をぴっとりとつけて、紅茶とマフラーで暖を取る。
のめる程度の温度になるまでは、その香りを楽しんでいた。一口口をつけると、笑みがこぼれた。
「暖かくて、甘くて、おいしいですぅ」
エリザベート・ワルプルギスの言葉に、神代 明日香も微笑んだ。
そして、心の中で願うのは、そんな可愛らしい魔法学校の校長の、息災と幸せ。
その傍に、自分がいつもいますように。
「来年も、よい年になるといいですねぇ」
「うん。エリザベートちゃんにとっても、いい年になりますように」
*アーデルハイトと紡ぐ聖夜*
機晶姫の姉妹が配っていたお茶を手に、しばらく考え込んでいた青髪の青年は、ようやくその赤い瞳に決意の炎を灯してある部屋をノックした。
ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)はノックしてから何度も深呼吸をして、その返事が帰ってくるのを待った。
だが、返事がない。
もう一度ノックをしようとしたところで、後ろから声をかけられた。
「ザカコではないか、どうしたのじゃ?」
きょとん、とした様子でアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)は、自分の部屋の前で今にも頭から煙を出しそうな青年に声をかけた。
ザカコ・グーメルは驚きのあまり飛びのくと、足を滑らせてその場に座り込んでしまった。
「す、すみませ……! あの、よ、よいお茶が入ったんで……えと」
「まぁ落ち着け。今丁度茶にしようと思っていたところだ。一緒にどうだ?」
にっこりと笑うアーデルハイト・ワルプルギスに、ザカコ・グーメルは顔を赤らめながら頷いた。
部屋の中は、クリスマスだというのに質素なものだった。飾られたツリーには、エリザベートとサインの書かれたメッセージカードがおかれているところを見ると、校長からの贈り物だと理解できた。
「今日は、研究を?」
「うむ。よい魔法を思いついてな。可能なら今日中に仕上げたいと思っておったのじゃよ」
「あ、あの!」
茶の湯の支度をしようと、応接用テーブルの荷物をどけているアーデルハイト・ワルプルギスに、ザカコ・グーメルは意を決して声をかけた。
「大ババ様……よい紅茶をいただきましたので、これでお茶を飲みませんか?」
「うむ。よいぞ」
すんなりOKをもらうと、すぐさま部屋にある暖炉に火術で火を灯すと、お湯の支度を始める。テーブルがようやく片付くと、お湯がわくまでの間に用意してきたティーセットを並べる。クリスマスらしい絵柄のポットに、ティーカップ。そして砂糖壺だった。
ガラス製の砂糖つぼの中身は、雪の結晶を模した砂糖だった。
「ほう、めずらしいのぅ」
「ええ。この時期ですから」
にこやかにザカコ・グーメルが微笑むと、やかんがお湯ができたことを知らせる。そそくさとティーポットに茶葉を入れ、お湯の温度を確認してポットに注ぐ。それだけで柔らかな香りが鼻腔をくすぐった。
茶の葉が開くまでの時間を、砂時計で測り始めた。
「ふむ。よい香りじゃな」
ソファに腰掛けたアーデルハイト・ワルプルギスはその香りを楽しみながら、指を鳴らした。すると、部屋の片隅に置かれていた蓄音機が音を奏で始める。クリスマスらしい賛美歌が流れ始める。
「用意されていたのですか?」
「うむ。こんなこともあろうかと、な」
大魔女は口癖を言い、少し悪戯っぽく微笑んだ。流れる曲をBGMにしながら、ザカコ・グーメルは紅茶に伝わる物語を語った。
おそらく、長くいきている彼女なら知っているかもしれない物語だったが、それでもアーデルハイト・ワルプルギスはザカコ・グーメルの語る物語を最後まで聞き入っていた。
そうしているうちに、砂時計が落ちきる。ティーカップに注がれる赤い液体は、ザカコ・グーメルの瞳によく似ていた。半分だけ入ったカップを、アーデルハイト・ワルプルギスの前におく。
「すみません、戴いたのは一杯分ですから……二人分とはいきませんでした。今日は寒いですから、冷めないうちにどうぞ」
「うむ……」
せっかくだから、と雪の結晶の砂糖もひとさじいれてから口に運ぶ。甘い香りがそのまま紅茶に溶けているかのような味わいだった。
そして、ふう、と一息をつくとアーデルハイト・ワルプルギスは微笑んだ。
「なつかしいな」
「え?」
「いや……この物語の姫君は、本当に美しい姫だった。外見が、ではなく心が。あの騎士も、姫の死後も一途に思い続けていた……愚かにさえ、哀れにさえ見えるほどにな」
すこしさびしげに笑うアーデルハイト・ワルプルギスの前に、カップで乾杯をするかのようにザカコ・グーメルは差し出した。
「この紅茶を、貴女と飲み交わせてよかったです」
「む?」
「自分は……大ババ様……いえ、アーデルハイトさんともっともっと絆を深めていきたいと思います。あの物語の二人のように」
「ザカコ」
「死してまでとはいえませんが……ご迷惑でなければ、来年のクリスマスもこうして共に過ごしていただけませんか?」
「……うむ。茶の湯くらいならば、いくらでも付き合おうぞ」
にっこりと笑う大魔女の笑顔に、ザカコ・グーメルが頬を赤らめてしまった。それを誤魔化すかのように、鞄から一つの紙袋を取り出す。
中身は、アーデルハイト・ワルプルギスの瞳の色と同じマフラー。少し幅が広めの織物だった。マフラーだけではなく、ショールとしても使えそうだった。
「ほう。なかなかよい出来栄えだな」
「気に入っていただけて何よりです。まだ寒い時期が続きますからね……風邪には気をつけてくださいね」
「お前にとっても、よき一年になるよう祈っておる」
そういって、アーデルハイト・ワルプルギスはカップの中身を飲み干した。
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