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リアクション
百合園女学院の幕間劇
真口 悠希(まぐち・ゆき)が静香に話しかけることができたのは、オペラが閉幕し、百合園女学院に帰ってからのことだった。
「あの、ラズィーヤさまは……」
「うん、帰るったらすぐ、ドナートさんとお茶をしてきますわ、とか言って言っちゃった。多分、仕事なんだろうけどね」
僕に聞かせたくない仕事なんだろうね、と言いながら。静香もまた机上の書類にペンを走らせている。オペラ開演前から上演中、目立たないながら様々な雑事を引き受けていた静香だったが、本来の校長の仕事は仕事であったりする。
「ちょっと待ってね、ここまで書いちゃうから──うん、終わり。……ええっと、僕に何か用かな?」
静香が顔を上げて、立っている悠希に椅子を勧める。
「あの……今回、役にも立てなくて……。アレッシアさまに言ったのに」
おずおずと、悠希は椅子に座って話し出した。
それはアレッシアだけでなく、同じ部屋にいた静香への言葉でもあった。
『御免なさい…ボク、あなたの心の苦しみを察して差し上げられなくて。どうか待っていて下さい。今度こそ本当の意味でお力になれる様……行ってきます』、と。
(もしボクと静香さまの絆が治ったら、人との絆を失い絶望したアレッシア様を励ませるかも──なんて思ってたのに、できなくて……)
実際のところうまくいっていなかった。
ロイヤルガードとして友人や他の面会希望者をアレッシアに会わせようと仲介しようとしたのだが、彼は宣言後、すぐ出かけてしまっていた。「全責任を持つ」とも言っったが、同席しないのではやや信用に乏しい。
もう一つの行動、友人たちと情報を交換しながら自身もアレッシアを助けるためにビアンカの周囲を探ることに関しても、上手くいかなかった。
パートナーカレイジャス アフェクシャナト(かれいじゃす・あふぇくしゃなと)と共にビアンカの屋敷まで行ったまでは良かったのだが……、したいことがいくつもあった。聞き込みと侵入は同時には難しい。聞き込みをするにも誰に何を聞きたいのかも決めていなかったし、侵入方法も、何が手がかりになりそうか、何を探るつもりかも決めていなかった。
それに鎧形態のカレイジャスがあれこれしようと思っても、悠希の分まで動けるわけではない。彼が動かなければ調査もできないのだ。
結局何をするでもなく、近所の人にどんな人がそこに住んでるのか、なんて世間話をするにとどまってしまったのだ。
(悠希は自分がアレッシアの心の支えになれず、自殺を止められなかった事も悔やんでるみたいだった。だから私も協力してあげる、って言ったけど……。ごめん)
悠希もカレイジャスも収穫がないまま、それを友人に報告することになったのだった。
そして……、今。
悠希は最初の宣言通り、静香に報告するために、静香にも向かい合っていた。そして自分のしたこと、やれなかったことを簡単に報告する。
彼の後ろには、厳しい表情のカレイジャス。もう一人のパートナー真口悠希著 桜井静香さまのすべて(まぐちゆきちょ・さくらいしずかさまのすべて)は魔導書の姿で、カレイジャスの手にあり、やりとりを見守っている。
(僕の書に、悠希の気持ちこう書かれてる……)
『ボク…いつしか静香さまに好かれる事ばかり考えて 本当はそんな自分が とても嫌でした
けど…どうしようもなくて 貴方が一度距離を離してくれ やっと気付けた
ボク…リンさまや 周囲の皆の事も 大切に思っていた事… 皆もそうだった事…
気付いた時 貴方に自分だけ愛されたいとか 依存心は無くなって
その事いつか伝えたい… けど…その前に 貴方の心を救いたい
ボクのせいと…一連の事件で ご自分に力が無いと心を痛めている筈だから
勇気を出し あの日の貴方の疑問に答えて…』
勿論この気持ちは、この本は静香に見せるものではない。だから彼には伝わらないのだが……。
『桜井静香さまのすべて』も、浮かない表情のパートナーに心を痛める。
(一度別たれた二人の、またお互い心から労る姿見れたら、アレッシア、ディーノ達の励みなるかも……。──そんな風に思っていたのに)
ひとまず報告を終えると、悠希は少しだけ沈黙して、それから、やはり話すことにした。
距離を置くように言われてからなかなか話す機会がなくて、想いはずっと胸にたまり続けていた。
「静香さま……ずっと伝えたかった」
出口を塞いでいた言葉を一言、口にしてしまうと、何故か言葉が次々湧いてくる。
「ボクがダメだったの、貴方のせいじゃない事……。ボク……貴方のお蔭で知る事ができた。周囲の皆様との絆を大切にする事、人を愛する事……」
選んでいた言葉はやがて、せき止められた水のようにやがて溢れ出して、止められなくなる。
「もう……無理に貴方に好きになって欲しいなんて望まないです……ボクの事なんか忘れ去られてもいい! けど…貴方にも人の心を動かす力がある事、忘れないで欲しい」
「真口さん……?」
「出来る事から努力してる貴方だから、湖の航海の時も、困難を共に乗り越えていきたい……足りない所を共に努力していけると思いました。けど……ボクそんな初心を忘れ、依存し過ぎた……。御免なさい…悪いのはボクです。だから…貴方にはどうか、自信を持ち、進んで欲しいですっ……」
言い切って。悠希は、肩で息をして。もうどうなってもいいと、言いたいことが言えたからと、それでもやっぱり少し怖くて、逡巡してから静香を見上げて。
少しの沈黙を挟んで、静香は口を開く。
「……そうだね、僕もちゃんと言わなきゃね」
静香は自分に言い聞かせるように呟いた後、
「僕は真口さんの気持ちには応えられない。恋愛対象としては見れない。──ごめんなさい」
*
あくる日の昼休み、静香はちょっと遠出して、ヴァイシャリー湖のほとりまで来ていた。
この前まで涼しいくらいに思っていた風はいつの間にか昼間でも冷たくなって、新調したコートを着てきて良かったなんて思っていた。
腕には可愛らしいお弁当の包みと紅茶の入った魔法瓶が詰まった鞄。
ベンチに座って待っていると、背後から声がかかった。
振り向くと、彼女は少し目を丸くする。静香の姿に驚いたようだった。いつものピンクのふりふりドレスではなく、ジーンズにニットに男物のコート、という、ごく普通の男子高校生のような姿だったからだ。
「桜井校長……?」
「今回の事件、お疲れ様」
「お疲れ様です。大変でしたね。でも、仲直りできてよかったです」
「そうだね」
静香は鞄を持つ、右手の薬指に嵌った銀色の指輪に視線を落とす。
突然、一緒にお弁当食べよう、と言い出したのは静香だった。けれど目的は、それではなくて。
「校長……あの、指輪……」
「うん。覚悟とか、いろいろ、ちゃんと受け取ったよ。それから気持ちも」
彼女の青いロングウェーブの髪が、風に揺れる。一瞬表情を隠したけれど、静香はそれも確かめようとしなかった。その必要がなかったから。伝えられれば良かったから。
「僕を見ていてくれたから。僕の意思をいつでも確かめて、尊重してくれたから。僕が間違ったときは、きっと叱ってくれるから」
静香が人質になった時、彼女は何よりも静香の命を助けたいと思っていたはずだ。けれどそれよりも、静香が彼をさらった人物と話したいという気持ちを大事にしてくれた。
「だから、安心できた。それで、気が付いたら、いつも話したいことが色々たまってたんだ。温室に花が咲いたし、金木犀でポプリ作ったし、新しいレースの編み方覚えたり、学校近くに棲んでた子猫が大きくなったし……」
「はい」
「恋愛とか、まだそういう気持ちは自分でもよく分かってなくて、だけど──」
静香は言葉を切って。それから息を吸って。
「
ロザリンドさんに、側にいて欲しい」
風がやむ。
彼女はそして細い指で髪をかきあげて、それから。
いつものように彼に優しく微笑むのだ。
「──はい」
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担当マスターより
▼担当マスター
有沢楓花
▼マスターコメント
こんにちは、有沢です。
シナリオへのご参加ありがとうございました。またバルトリ家への事件解決に力を尽くしていただき、ありがとうございました。
難易度的には若干高めだったかと思うのですが、事件も解決しバルトリ家も立ち直り、帝国と、帝国に取り入ろうとしていたドナートの陰謀も阻止することができました。
アレッシアへもそうですが、駄目な貴族のアウグストに優しい言葉をいただけたのは意外でした……。アウグストは多分、褒めると伸びるタイプです。
また騎士ヴェロニカ本人はまだヴァイシャリーに滞在中です。
……細かい感想と微妙な解説は、後程更新しますマスターページに譲りまして、連絡事項です。
・牛皮消アルコリアさんとLCラズンさんが停学処分となりました。
こちらは称号のみで、マスターシナリオの参加等に影響を及ぼしません。ですが、今後の他マスターのシナリオ等で称号が参照され、行動によって別の処分が下る可能性はあります。
・桜井静香とロザリンド・セリナさんが恋人関係になりました。
これは今までのシナリオでの様々な積み重ねを総合的に判断した結果です。このシナリオをもちまして、静香の恋愛関係は一区切りついたのではないかな、と思います……。
本年はシナリオへのご参加、ありがとうございました。皆様、良いお年をお迎えください。