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伝説キノコストーリー

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第2章 ワーム騒動勃発 4

 それは壁であった。
「でっかいな……」
 壁を見上げて、平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)が呟いた。中性的で女性らしい外観でありながらも、どこか強い芯を持って剣を構えている。無論――男性だ。黒髪のポニーテールがなびき、緋色の瞳は刹那の瞬間さえも逃さぬように敵を見据えていた。
 それは壁。つまりは、うごめくミミズのような巨大生物――サンドワームであった。
 サンドワームを目の前にして、レオは正眼に剣を掲げた。
 このサンドワームを足止めすることが、いまの自分に課せられた使命であると彼は自覚していた。先に行ったマルコたち、ひいては大切な可憐とアリスを守るために、この先にサンドワームを行かせるわけにはいかない。
 繊細そうな顔立ちの唇が、不敵につりあがった。
「足止めするのはいいけど……別に倒しちゃっていいんだよね?」
 誰ともなく、そう宣言した。
 直後。
 サンドワームが先に動いた。獣のように咆哮したサンドワームの口が、レオを一飲みにしようとしてくる。が、それはすでに予測の範囲内だった。
 ダークビジョンで暗がりの中でも視界は鮮明である。カウンター気味に、地を蹴ってサンドワームの頭部をまずは斬りつけた。
 肉を絶つ不気味な感触とともに、サンドワームから泥のような血が流れ出てくる。悲鳴とともに怒りに震えるサンドワームは、暴れる勢いそのままにレオへと反撃を企てた――が、目の前にレオの姿はなかった。
「こっちだ」
 突如、横合いからの声。
 サンドワームは、決して知能が高い生物ではない。怒りに身を任せることが多く、感情と本能で生きることの多い生物だ。レオは、それを事前に熟知していた。だからこそ、高い機動力を用いて、敵の死角を突く。
 避けては死角から斬りつけ、避けては斬りつけ、その繰り返しが幾度もサンドワームを襲った。
 どれだけ巨大で、どれだけ体力が高くとも、小さなダメージが蓄積されれば、いずれは致命傷となる。まして、レオの剣――イコンの装甲さえも斬り裂くレーザーブレードなら、一撃は決して軽くない。
 やがて――
「いくよ……ゴルディアス・インパクト!」
 レオは気高く吼えると、剣を槍のようにサンドワームの頭部へと突きたてた。瞬間、まるで閃光が一点に集中するかのよう、力の本流が一本の線となり、玉となる。それは、ごく小規模に構成された力の塊だった。
「はあああぁぁぁ!」
 気合の声とともに、線は剣線と化してサンドワームを斬り裂いた。
 鮮烈な力を前に、サンドワームはなす術がない。そうして、朽ち果てた死骸となったサンドワームが地に伏すのと同時に、レオは剣を収めた。
「……少しは、これで時間が稼げたかな」
 額に浮かび上がる冷たい汗は、決して戦いが楽ではなかったことを物語っていた。なにせ、あれだけの機動力で動き続けたのだ。それでも笑みを浮かべてたっているだけ、彼の体力が伺い知れるというものだった。
 と、そのとき。
「音……?」
 マルコたちの向かっていった先から、静かに地鳴りのような音が聞こえてきた気がした。気のせいかもしれないが、恐らくは……。
 レオは、早々に翻ると、仲間たちのもとへと急いだ。

「あの、キノコ食べると、こう、1アップしたり! とかってないよなぁ」
「……夜果さん?」
「いや、すまん、忘れてくれ」
 『太陽のキノコ』を追い求めて巣の中を探索している最中、突然思いついたことを口走った雨宿 夜果(あまやど・やはて)に、五月葉 終夏(さつきば・おりが)のきょとんとした目が向けられた。分かる人には分かるのだが、どうやら終夏には通用しないネタだったようで。終夏は夜果の言葉に宝石のような大きな瞳で疑問を語っていた。
 そもそもが、ただ思いついたから口にした一言だったのだが……まあ、彼女の気をひけたのは好都合か。夜果は終夏に気づかれぬよう、彼女の苦手なうじゃうじゃと足のついた虫を蹴り払った。
「ま、あれだ。オッサンの独り言ってやつだ。気にするな」
「そ、そうですか? だったらいいんですけど……」
 夜果の言葉にいぶかしさは残るものの、それ以上は追求せず、彼女は別のことに関心を向けた。
 つまりは、自分たちの加わっている一行。マルコたちのキノコ探索である。
「ところで、太陽のキノコってどこにあるんだろうね? もうずいぶんと歩いてきたような気がするけど……」
 ときどきサンドワームに追いかけられつつ、気づけばずいぶんと先まで太陽のキノコを探してきた。とはいうものの、なかなか簡単には見つからないわけで。
「エースのほうと二手で分かれて探してる最中じゃけど……そううまくはいかんなぁ」
「なーに、あきらめなければ見つかりますよ! どんどん先へ行きましょうっ」
 マルコの残念そうな声に、葉月 可憐(はづき・かれん)が答えた。
 一見かわいらしくも見えるこの少女。害がなさそうに見えて、サンドワームを見つけると笑顔で退治したがるから厄介なものであった。もちろん、腕は立つわけだが、箒を持ったメイドがガトリングガンでサンドワームを蜂の巣にしようとするのはいかがなものか。
 そんな彼女のブレーキ役として、パートナーのアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)がいるのは幸運なことであった。
「か、可憐、あんまりどんどん先に進み過ぎないようにね。みんなもいるんだから……」
「分かってる分かってる!」
 聞き分けのない子供のように突き進む可憐だが、きっと彼女であれば襲われたところで死ぬようなことはないだろう。そんな彼女とアリスを守るためと言って、先ほどサンドワームの足止めを買って出たレオの存在意義はなんだろう? と、マルコは思わざるえなかったが、そこは突っ込んでおかないことにした。
 世の中には、そっとしておくことが良いときもある。
 それに、レオの足止めおかげでマルコたちが無事に進んでいることは事実でもあった。それにしても、彼は無事でいるのだろうか。
「なーなー、マルコのあんちゃん」
「ん? なんじゃ、健勇」
 レオのことを心配していたマルコに、黄 健勇(ほぁん・じぇんよん)の声がかかった。
 猿の耳と尻尾を生やしたこの銃人は、その天真爛漫な性格もあいまって、すぐにマルコになついてきた。いつの間にかあんちゃんと呼ばれるようになって、どこかマルコも弟と接するような気分である。
「ここのトラップってこんなんでいいかなー?」
「いいんじゃないか? サンドワームのことだから、これぐらいでも引っかかるじゃろ。それにしても、うまいもんじゃなぁ」
「へへっ。ま、俺に任せてくれりゃ、サンドワームぐらいちょちょいのちょいだって。大船に乗ったつもりでいてくれよ」
 おだてられて得意げになった健勇は鼻高々になるが、それを彼の母親のように蓮見 朱里(はすみ・しゅり)がたしなめた。
「もう、調子に乗ってると、すぐに失敗しちゃうよ」
「だーいじょうぶだいじょうぶ! ヒーローは負けないってのが鉄則なんだぜ、母ちゃん」
「まーたそんなこと言って!」
 もちろん、本当の母親というわけではないが、朱里にとっては子供でありながら弟でもある大切な存在だった。彼が「父ちゃん」と呼ぶ人と恋人であることから、よくからかわれるものではあるのだが、それもまた、幸せの形のひとつである。
 きゃっきゃとはしゃぎまわる健勇を見守る朱里は、本当に母親のようであった。
 ところで、そんな健勇たちとともにキノコ探しをするマルコであるが、実は目的はもうひとつあった。それは――彼の隣できょろきょろとあたりを見回すルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が示している。
「ルーツさん、見つからんか?」
「ああ……キノコどころか、アスカの影もないとなるとな……まったく、どこに行ったのか」
「ったく、勝手にいなくなるなんて何考えてやがんだ。子供じゃねぇんだぞ」
 心配そうに、自分のマスターを探すルーツの隣で、同じくあたりを見回す蒼灯 鴉(そうひ・からす)。とはいえ、こちらはどこか不器用なのか、心配が苛立ちへと変化しているようであったが。
「ここ最近、牛乳や乳製品の減りが早かったのだが……それもなにか関係しているのか? 鴉、何か知らないか?」
「知るか。だいたい、あいつは最近、俺を避けてる気がする。そんなんであいつの事情なんて分かるはずねぇだろ」
 苛立ちのままルーツの質問を一蹴して、それでも鴉はめげずに目を凝らした。ルーツたちとともにアスカを探すオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)は、さすがに嫌な予感がぬぐいきれない。
「危ない目にあってなかったらいいけど……何か……変態の仮面野郎とか、セーラー服の変態とかが脳内にちらつくのよね。なにかしら、この湧き上がる予感は」
「変態の仮面野郎?」
「あら、マルコ、なにか知ってるの?
「…………いや、なんでもない」
 絶対に入り口においてきたあの美男子のことであろうが、オルベールの嫌そうな顔を見る限り、話題にはしないほうがよさそうだ。こちらに被害が起きても困る。
 現に、オルベールは右手に剣を、左手にハリセンを持って戦闘態勢だった。
「ノーンちゃんという純粋な子もいるのに加え、変な所でウブなアスカがいるんですもの! もし悪い予感が的中した時は、このベルが二人を変態とサンドワームから守ってみせるわ!」
「ん? オルベールちゃん、呼んだ?」
「ううん、ノーンちゃんはマルコおにーちゃんのお手伝いしてて偉いなーって」
「えへへ」
 ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)を目の前にすると、どうやらオルベールは悪戯な悪魔少女から優しいお姉さんに変貌するらしい。
 分からないことではない。精霊であるノーンはまるで氷のような透き通った瞳と肌を持ち、ころころと表情を変えて愛らしい。しかも、悪というものをまるで知らないかのように無邪気で純粋無垢なのだ。オルベールでなくとも、彼女を前にしてしまえば、誰だって優しい気持ちになれるに違いなかった。
「今日はおにーちゃんが来られないから、わたし、キノコ探しもアスカちゃん探しも、がんばるよ!」
 そう気合を入れるノーンの言うおにーちゃんとは、話に聞くところによると影野 陽太(かげの・ようた)というらしい。なんでも、ノーン曰くとっても優しいおにーちゃんだそうだ。マルコがキノコを手に入れたら料理を作ると聞いて、ノーンはおにーちゃんにも食べさせてあげたかったとつぶやいていた。
 いつかは……と、マルコ自身、思うところであった。