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第2章 ワーム騒動勃発 5

 さて、ルーツたつの探す当の本人の師王 アスカ(しおう・あすか)はというと。
「ただ感傷にひたっていただけなのに……なんなのよ〜!」
 ただいま、巣の中で迷子の挙句に叫んでいた。
 頭上を見上げれば、自分の落ちてきた穴の向こうに青空が見える。確実に、ここから登ろうと思っても登れない距離だ。それ以前に、内部は空洞になっているため、登る、という手段は使えないわけだが。
「それもこれも全部、鴉のせいなんだから!」
 ここにはいないつり目のマホロバ人のことを思って、アスカは理不尽な怒りをぶつけた。
「ちびだの鬼女だの貧乳だの……確かにベルみたいに大きくないわよっ。どうせ中途半端な貧乳ですよ〜だ! ふん!」
 げしげしと地を踏み鳴らして、鴉が以前に言っていた悪口を連ねたてる。
 どうやら、それらの悪口をずっと根に持っているらしく、それが結果的に今回のサンドワームの巣へと迷い込んでしまうという事態を引き起こしたらしい。
 しかも、こうして穴に落ち込んでしまっても、思い出すたびに怒りと嘆きがアスカを襲った。というより、悲しみを隠すための愚痴であるのだが……どうしてこうも鴉の悪口が胸に突き刺さるのか、彼女自身はよく分からない。
 愚痴の矛先を地面にしか向けられなかったそのとき、ふとアスカは視線に気づいた。
「あれ……」
 視線の主に目をやると、そこにいたのはサンドワームであった。
 と、言うものの――大きさはアスカが抱きかかえられそうなほどの小さなサンドワームだ。恐らくは、生まれて間もない子供なのだろう。これからこのサンドワームが巨大化していくと思うと恐ろしいが、どれだけ恐ろしい生物でも、やはり子供となると愛らしいものであった。
 きゅーきゅーと鳴いているサンドワームが、心配そうにアスカに近づいてきた。きっと――彼女の目に浮かぶ小さな涙が気にかかったのだろう。
「……もう聞いてよ〜! 鴉ったら酷いのよぉ!」
 そんなサンドワームに親近感を抱いて、アスカは子ワームに抱きついた。
「人の事好きだと言っておいて悪口はないじゃない。まだ返事を言ってない私も悪いけど〜……鴉の馬鹿、巨乳好き〜!」
「キュ、キュー」
 ぐりぐりと子ワームの身体に顔をうずめて、泣きわめくアスカ。どうやら体表のぬめりは大人ワームの特徴のようで、子ワームはむしろ少しだけ肌に優しかった。
 愚痴をこぼしながらも、アスカは自分の現状を思い返して呟いた。
「出口もわかんないし、このまま私……ここでナラカ行きかしら〜。多分、ルーツ達の事だから探してくれると思うけど。皆、心配してるかな〜」
 そこで彼女の頭にまず浮かんだのは、鴉の顔であった。あのつり目の優しくなさそうな顔を思い返すと、再びわけの分からない怒りが湧き上がってきてふてくされてしまう。
「グス……いいもん…別に。鴉なんかっ……てか、何でこんなに悲しいのよ私……今はパックンが味方よ〜」
 いつの間にかパックンと名づけられた子ワームは、悲しむアスカをなぐさめるように鳴いた。
 とりあえずは、パックン自身も彼女を仲間か何かかと思っているようだ。もしくは、家族だろうか。
 そんなパックンとの安らかなひと時に加わったのは、いつも通りの声だった。
「やっと見つけたぜ」
 はっとなって振り返ったアスカに頭を、怒った表情で鴉ががしっと掴んだ。その後ろには、アスカを探していたマルコたちも一緒に連れ立っている。
「か、鴉……!?」
「さんざん探してやっと見つけたら、なーにサンドワームの子供に愚痴こぼしてんだおまえは。いったいなんだってこんなところまで来てんだよ」
「……だ、だって……!」
 鴉と出会ったことで、それまで繋がっていた涙の糸がぷっつりと切れたのか。アスカは泣きながら彼の胸をぼかぼかと殴った。
「だって、鴉が私の悪口ばっかり言うからでしょ! ちびとか、鬼女とか、貧乳とか……どうせ私は背がちっちゃいわよ! 鬼よ! 貧乳よ〜! なにが悪いってのよ馬鹿ー! そんなに巨乳が好きならベルと付き合えばいいじゃない!」
「ば、おまえそんなの気にしてたのかよ! あれは勝負で用意した台詞の一つで、本気で思ってるわけねえだろ! しかも間接的だけど、言ったのはルーツだろうが!」
「でも鴉の台詞じゃない! 告白とかしといてそんなの、信じらんないー!」
「あー、分かった、分かった、悪かったよ」
 鴉はそう言って折れると、アスカの頭をそっと撫でた。それまで、自分でも知らずのうちに流れていたアスカの涙が、ぴたりと止まった。
「泣くな。俺が悪かった。だから、機嫌治せよ。お前に避けられるのは……ちょっと、きつい」
「……ふ、ふん。そんなこと言っても、し、知らないわよ! ど、どうせ巨乳が好きなんでしょ!」
 鴉の一言で、だいぶアスカは機嫌も戻っていた。というより、なぜだかむしろ、うれしいとさえ思えてしまっている。だが彼女は、それを隠すように、照れながら文句を言い続けていた。
 そんなアスカに、ルーツがなぜかバストアップ術を指南してきた。
「アスカ……そこまで気にしてたのか。なら、少し太れアスカは華奢すぎるから育たないんだ。まずはな……」
「ルーツちゃん……なんでそんなに詳しいの?」
 ルーツの意外な特技が分かったところで、ひとまずはアスカ迷子騒動は終わったらしい。当人たちは必死だろうが、なんのなんの痴話喧嘩じゃないか、という言葉を頭の中に浮かべた人がいたことは仕方ないことだった。
 情に熱いマルコは、なぜか感動している。
「うう……青春、青春じゃあ。結婚式には呼んでくれよ、鴉」
「ば、結婚て……」
「なに言ってるのよ!」
 鴉が否定するよりも早く、真っ赤になったアスカが怒ったようにそれを遮った。
 そんな二人は、少なくとも……マルコの目からはお似合いなカップルに見えた。二人をほほえましく思ったそのときである。
 マルコたちの間に割って入ったのは、甲高い駆動音だった。
「な、なになになになにっ!?」
 近づいてくる駆動音は徐々に大きくなり、マルコたちの頭上まで接近してきた。
 突如。
「きゃあああああぁぁ!」
 轟音とともに、小型の飛空艇が唸りをあげて、アスカが落ちてしまった穴から巣の中へと進入してきた。いや、厳密には、落下してきた。
 悲鳴をあげて逃げたマルコたち、そしてアスカがパックンとともに飛びのいた直後、飛空艇は地面に直撃するかと思いきや、なんとか急ブレーキをかけてすれすれをガン、ゴン、と打ち鳴らして掠める。そして、ようやく駆動が収まって着地した。
 操縦席には、二人の娘の姿があった。
「うわー、びっくりしたぁ」
「おい、緋雨……わしらは確か葦原島に帰ろうとしてたはずじゃよな。で、ここは何処なんじゃ? もちろん知っておるはずじゃよな」
 操縦桿を握っていない小柄な少女のほうが、隣の娘に声をかけた。どうやらそれまで眠っていたらしく、少しばかり眠気眼と寝癖が立っている。今にも抱きしめたくなるようなかわいらしい赤髪の少女であるが、喋り方はどこか老人じみていた。
 そんな少女に話しかけられて、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)もようやく状況が把握できたらしい。呆然とした後で、ごまかすように笑い始めた。
「あは、あははは……ここは何処かしら………あははは」
「わらっとる場合か! 場所もわからぬところにやってきたのか!」
 緋雨よりもはるかに小さい少女が、彼女をしかりつけた。
 すると、緋雨は緋雨で結論を出したらしく、納得のいった顔をしていた。
「えっと……これは……そう、麻羅が悪いのよ」
「はぁ?」
「いつもは麻羅が運転してくれるのに今日は疲れたからとか何とか言って……しかも可愛らしい寝顔で寝てるから、それで見惚れて道に迷ったのよ!」
「なんじゃその言い訳は。……はぁ、もういいわい。今は状況をなんとかするのが先決じゃ」
「……冷たいなぁ」
 緋雨の結論を一蹴して、天津 麻羅(あまつ・まら)は落ち着き払って小型飛空艇を降りた。すると、左目の青い瞳が何かを見つけた。
「おや、あれは?」
 それは、ぽかんとして彼女たちを見つめるマルコたちだった。