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リアクション
第1章 “醍堕郎子“との接触 環七南/日没前後
空京環状七号線、通称“環七“、あるいは“カンナ“と呼ばれる事もある。
それは、工業地区と大消費地域の市街地とを結ぶ、空京の動脈のひとつだ。
高速道路ではない一般道路ではあるが、それ故にこそ、地域住民にとっては生活に密着した重要な道路である、とも言える。
が、週末の夜には暴走族が集まり、「一周したヤツが空京の“ワル“の“一番“」というルールで互いに覇を競い合う、“危険地域(デインジャラスゾーン)“と化す。
そして、今週もまた週末の夜がやって来る──
日没直後、“環七“南部の市街地。
その一画に、竹槍マフラーやツッパリカウル、旭日塗装や菊紋のペイント等、独特の美意識で装飾の施されたバイクが数台停められていた。
ボディにはこれ見よがしにステッカーが貼られている。毛筆体で「醍堕郎子」。
それは、周囲の景物に対してあまりにも異質で、自己主張が激しい。
(うっわー……イタいなぁ)
横断歩道を渡り、暴走族風なバイクが停められている方向に歩を進めながら、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は思った。
とはいえ、自分はこれからその「イタい」バイクに乗っている方々と顔を合わせなければならないのだ。
イタいバイクが固まる一画、その傍にある喫茶店「ハイヌーン」。事前の調査で、“環七“南部最大の暴走グループ“醍堕郎子(ダイダロス)“の溜まり場のひとつがそれだと聞いた。探すのに手間取るかと思ったが、無用の心配だったらしい。
ドアをくぐり、店内を見渡すと、店内奥のボックス席に今度は真っ赤な服(特攻服というらしい)を着た一団が固まっていた。
詩穂はそちらに近づくと、
「一番偉い人いない?」
と声をかけた。
一斉に、ぎろり、といくつもの眼が睨み返してきた。中には「鬼眼」を使っているものもある。
詩穂は臆さず、ポケットから空京名誉市民証を取り出し、開いてみせる。
「空京大学の騎沙良詩穂ってんだけどさ、“醍堕郎子(ダイダロス)“さんとちょっと話がしたいんだけど?」
「総長はお忙しい」
固まっている席の、一番奥にふんぞり返っている青年が答えた。
「代わりに俺が話を聞こう」
「あなたは?」
「“醍堕郎子(ダイダロス)“特攻隊長、マクスン・ソーベルグ。空大の騎沙良詩穂と言えば、俺でも名前は知っている」
「光栄だね。どんな風に?」
「『敵に回すなら、核武装でもまだ足りない』、ってな……おゥ、そこ。席空けろ」
指示を受け、とりまきの少年らが移動してマクスンの正面を空けた。その動きは、統制された規律正しいものである。
「で、そんな詩穂さんがわざわざ何の用だ?」
「皆さんは、この近所じゃずいぶんと有名らしいね」
「どんな風に?」
「“環七“南部最大のグループ。あと、警察への通報に『南』がよく関わっている、って」
──!?
周囲の空気が緊張を帯びた。
「……それが?」
「どういうつもりかなぁ、って。アウトローな方々にとっちゃ、“警察(マッポ)“は敵であっても味方にはならない、ってものだと思ってたけど?」
「つまらん噂に振り回されるなんざ、意外と器量が小さいな?」
「そんなぁ。詩穂はか弱い女の子だよぅ?」
「ギャグのセンスあるな、あんた」
「で、“醍堕郎子(ダイダロス)“の今後の活動方針はどうなんでしょ?」
詩穂はインタビュアーよろしく、マイクを差し出す真似をした。
「空京環七周りのモラル低下対策には、大勢力による暴走族統一と、統一勢力からの教化が得策、という考え方ができます。
勢力を伸ばしつつある“醍堕郎子(ダイダロス)“さんは、南のみならず“環七“全体に対してどのような展望をお持ちか、お聞かせ願えますか?
現状、一番面倒くさそうなのは『北』の武闘派さんですけれど、場合によっちゃ、詩穂も協力できるかも知れませんよ?」
「……失礼」
マクスンは、携帯電話を取り出すと、忙しく指を動かした。
しばらくしてからその手にある電話が着信メロディを鳴らし、
「総長が話をしたいそうだ」
と詩穂に差し出された。
受け取って耳に当てる前に、液晶を一瞥。
(番号非通知……か)
「もしもし?」
「初めまして。総長のオシムラアケミです」
こもり気味の、男とも女とも分からない声だった。エフェクターを通しているらしい。
「空大の騎沙良詩穂っていいます」
「詩穂さんは空京でも色々と有名な方のようですね。そちらの申し出、非常に興味深く思います」
「そう言って頂けて嬉しいですね」
「おっしゃる通り、空京“環七“周りの状況は憂うべきものです。
いずれは我々による“環七“統一と、その教化と解散によるモラル低下への歯止めを企図しております」
「解散、ですか」
「ええ。組織は放っておけば腐る一方ですからね。
──とは言うものの、現状では迂闊に環七の一番を名乗った所で、他の“暴走族(チーム)“全てから総攻撃を受け、結局は同じ事の繰り返しにしかなりません。今は構成員を増やして力を蓄えるのが精一杯。詩穂さんのような方から協力を受けられるというのは、非常に有り難いですね」
「光栄ですね」
「『北』の空京が危険なのは同感ですが、その分彼らは敵を作り過ぎています。武闘派のツケは近いうちに払わされる事となるでしょう。
……もうしばらくは、環七周りを静観させていただきます。行動を起こすには、私達はまだ数が足りなすぎるので。せいぜい、『南』近辺を細々と回る程度にしておきましょう」
「状況を静観するというなら、その間の暴走行為自粛、という選択肢はありませんか?」
「ありません」
電話の向こうの声は断言した。
「暴走は我々にとっては内外へのデモンストレーションです。普段から“醍堕郎子(ダイダロス)“がここにあることをきちんと知らしめておかなければ、いざ環七統一を果たしたとしても周囲はついて来ないでしょう。また“暴走(ハシリ)“をしない“暴走族(チーム)“は求心力を失い、やがて自壊してしまいます。
結局、私達は“暴走族“なんです。終わるまでは、ずっと“暴走(ハシ)“らなければならないんですよ。
……まぁ、安全運転は心がけるようにしましょうか」
「そう答えてもらえると、会いに来た甲斐があったというものです」
「いずれまた、詩穂さんとはお話をしたものですね? 連絡先を教えていただけませんか?」
「電話でナンパを仕掛けるおつもりで?」
「これは失礼、そういうつもりはなかったんですが」
「少し前に携帯を落として壊しちゃいまして。間が悪くて失礼しました」
詩穂は喫茶店を辞した後、帰途につきながら「オシムラ アケミ」との会話を思い出した。
(あいつは本当の事を何一つ口に出していない)
慇懃な口調にはこちらを見下すような調子があった。
声はエフェクターを通していた。
渡された携帯電話の液晶にも「非通知」と表示されていた。
「オシムラ アケミ」を名乗る“醍堕郎子(ダイダロス)“の総長は、極めて用心深いか、あるいは人を信用しないか、それら両方か。
詩穂は「ハイヌーン」から大分離れてから、携帯電話を取り出し、感じた印象の数々をメモ機能に書き付けた。
機能を終了しようとして、最後にもう一言だけ付け加える。
「ヤツの目的は何だ?」
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