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リアクション
第14章 筋違いの攻防 環七北/24時頃
“環七“北方面をタンデム走行でひたすら走るバイクの姿があった。
黒く大きなシルエットは確かにハイパワーであることをうかがわせるが、見る者が見れば、さらなる改造が施されているのが察せられるに違いない。
乗っているのは、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)とヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)。ハンドルを握っているのはヒルデガルドの方である。
後ろでヒルデガルドにしがみついているファタだが、先刻からずっと用いている「超感覚」や「ディテクトエビル」のスキルに、ヤバげな反応が複数来ている。追いかけてくる排気音も同じ数だけ聞き取れる。
(やれやれ。わしは喧嘩を売りに来たわけではないんじゃがのう)
暴れたいのはヒルダの方だ。もっとも、彼女にしても優先順位は「走る」が先に来ているらしく、積極的に自分から暴走族の溜まり場に“殴りこみ(カチコミ)“をかけたがっているわけではなかった。
──少なくとも、表向きは。
昨日、ヒルダが見せてくれたバイクを見て、
(派手じゃなぁ)
とファタは率直な感想を述べた。
ボディは鏡と見まごうばかりに磨き上げられた、黒光りのする大型バイク。甲高い排気音は、バイクに特に興味のないファタをしても、体の奥底を疼かせる。
(これがあたしの“愛馬“っすよ。へへ、カッコいいっしょ?)
ヒルダは無邪気な笑顔を浮かべた。
(カッコいいのは確かだが、まさかこれで“環七“の“ワル“どもに喧嘩をふっかけに行くわけではあるまいな? さすがに最近は警察や自警団がうるさいと言うぞ?)
(やだなぁ、姐さん。あたしゃあ縄張り争いにも猿山のボスの座にも興味はありませんよ? あの辺りのコース、かっ飛ぶには気持ちいいってだけですって)
(だが、この“姿形(ナリ)“では人目を引こう? こちらが喧嘩を売る気がなくとも、向こうはそうは思わんのではないか?)
(その時は仕方ないですね。向こうが喧嘩売ってきたら、謹んで“買占め“させていただくまでっすよ。
眼玉が飛び出るくらいに高く、ね)
次にヒルダが浮かべた笑顔は、嗜虐心に満ちていた──
そして現在、喧嘩を売りたがってる者達が追いかけて来ている。
「ヒルダ。7人」
ファタが繋ぎっぱなしの携帯電話越しに呼びかけると、
「分かってます」
と答えが返ってきた。
「“かっ飛ばし“分はお腹いっぱいになりましたんで、そろそろ“大暴れ“分を補充しようかな、と」
「結局暴れるのじゃな?」
「いやいや。ただの“正当防衛“ですって。ただ、あたしゃあ“か弱い“女の子っすから、手加減できなくなるかも知れませんねぇ?
それとも姐さんは、“大暴れ“分はお嫌いですか?」
「いや、好物じゃ」
“環七“北方面を巡回していたケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)、アンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)、天津 麻衣(あまつ・まい)、神矢 美悠(かみや・みゆう)らは、少し妙な状況を発見した。
“環七“から下りて、北方向に伸びる大通りで、大幅な速度超過で吹っ飛んでいくバイクの一団を見つけたのだ。先頭は黒の大型タンデム乗り、その後ろに7台の暴走グループ然とした一団が続いている。
大通りは、町外れの工業団地に続いている。人気のない領域。
「まずいな。この辺りの地理に不慣れなやつが、追い込まれたのかも知れん!」
ケーニッヒは表情を険しくした。
「先頭の黒の大型は、女性が乗っているようだな。やばいぜ、こいつは!」
赤外線カメラで撮った映像を見ながら、アンゲロは言った。
「奴等を追うぞ!」
ケーニッヒの指示で、それぞれ軍用バイクを駆っている麻衣と美悠らは方向転換。アンゲロとケーニッヒは、彼女らのサイドカーに着いていた。
遠心力に振り回されながら、ケーニッヒは通信機のマイクを掴んで、口元にあてがった。
「ケーニッヒ・ファウストより各員へ! “環七“北部で状況発生! 女性タンデムが暴走グループに追われている! 至急応援求む! 場所は──!」
マイクに状況を話している間に、彼らの軍用バイクは爆走する一団の最後尾数メートルにまで肉迫していた。
と、最後尾のバイクが速度を緩め、それでも猛スピードのままケーニッヒらの前で蛇行を始めた。
「美悠! バイクの方を頼む!」
美悠が頷くのを横目で確認すると、ケーニッヒはサイドカーから跳んだ。
スキル「軽身功」で宙に身を躍らせたケーニッヒは、蛇行するバイクの後に座って無理やりタンデム状態になり、後ろから乗ってる者の体を抱えると再び「軽身功」にてジャンプ。路肩に立つと、バイクから引き剥がした暴走少年の体を地面に投げ出して三度「軽身功」にて跳躍し、麻衣の駆る軍用バイクのサイドカーに戻る。
乗り手を失ったバイクは、美悠が「サイコキネシス」で減速をかけ、できるだけ静かに路肩の柵やガードレール等に立てかけた。鍵については、ケーニッヒが乗り手を“攫う“時に引き抜いている。
CGとワイヤーアクションを駆使した映画みたいな連携行動。それが成功したことに、ケーニッヒは気を良くし、
「よし、一丁あがりだ。この調子で、目の前の珍走団共を一掃するぞ!」
と、正義の炎を胸に燃やす。
が、仲間との間に温度差が存在する事を彼は知らない。
ケーニッヒがサイドカーに乗るバイクを駆る麻衣は、
(……やだなぁ、夜通し運転なんてお肌に絶対良くないよぅ)
と思っていたし、見事な連携を見せた美悠は、正直な所、
(何だかつまんないなー。エンジントラブル発生したフリして、バイク爆発炎上させちゃおうかなー)
と物騒なことを考えていたし、アンゲロに至っては、
(この映像、編集してどこかのプロダクションに持ち込んだら、結構な値段で売れるかなぁ……)
などと不届きなことを考えていた。
「追ってくる気配が増えたのぅ」
ファタはヒルダに呼びかけた。
「やっぱりそうっすか」
「厄介な事に、新しい気配は“警察“や“自警団“のようじゃ。こいつらが動く度に、今までわしらを追いかけていた気配がひとつずつ消えていくわ」
「……まさか、警察が“殺“っちゃってるんですか?!」
「それはあるまい。暴走族で『契約者』とはいえ、未成年を警察が殺したりしたら、新聞沙汰ではすまない。穏便なやり方で“無力化“しているんじゃろう」
「“無力化“ですか……殺す方が手っ取り早いと思うんですがねぇ?」
「後の始末を考えると、相当な手間なんじゃろうさ。
で? 警察とはやりあうのか?」
「……勘弁してください。警察関係者相手にケンカやらかすのは、いくらなんでもまずいっしょ?」
ケーニッヒらが追っ手を全て沈黙させてから、ヒルデガルドはバイクを停めた。
追いかけてきたケーニッヒらに対して、ファタは瞳を潤ませながら
「この辺り走っていたらコワそうなバイク乗りのひとたちが追っかけてきて、怖くなって逃げ切ろうとしたんですぅ」
などと、泣きじゃくって見せた。「猫被り」と「嘘八百」を合わせた、ファタの性格を反映した合わせ技だ。
ケーニッヒはこの技にものの見事に引っかかり、
「週末の環七周りは危ないから、今日はもう帰りなさい」
と軽い説教の後にふたりを解放してしまった。
──その後しばらく、この時の泣き真似をネタにして、ヒルダはファタをいぢり倒す事になる。
そしてケーニッヒらは、この夜繰り広げられるはずだった惨劇を自分達が阻止したと気付く事はなく――また、ファタを追いかけていた暴走族達も、この夜に自分達が危うい所で命を拾ったと知る事も無かった。