|
|
リアクション
そして負ければ終わりという正統派にとっては絶対絶命の試合は、正統派のグラップラー泉 椿(いずみ・つばき)とワイバーンを操るキマクの穴サイドのドラゴンライダージャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)により開始された。
トラの毛皮をまとってまるで気分はタイガーマスク、「ランドセルは守るぜ!」と意気揚々登場した椿は、空を自由に舞う巨大生物であるワイバーンのバルバロイに乗ったジャジラッドの攻撃に逃げ回っていた。
「ゆけ、バルバロイ!! ヤツを食ってしまえ!!」
全身パワードスーツ装備のジャジラッドがワイバーンの手綱を持ち、更に加速をかける。
赤いロングの髪を揺らして逃げる椿を、バルバロイが大きな口を広げて追う。
「あたしには軽身功も神速もあるんだ。正々堂々と、逃げる!」
リングの無くなった闘技場を縦横無尽に駆ける椿だが、決してただ逃げていた訳ではなく、隙をついての反撃を狙っていた。
「(反則するやつは自分のほうが有利だと思ってるだろ? そこに付け込む隙がきっとできるはずだ!)」
観客席の壁際まで走る椿。
「もう逃げ場はないぜ! おとなしく餌になれぇ!!」
ジャジラッドが叫び、バルバロイが口を開ける。
「なんの!」
バルバロイの口を寸ででかわした椿が観客席の壁を駆け上がり、軽やかに宙を舞う。
「飛んだ!?」
「ライダーをやれば、ワイバーンだって大人しくなるぜ!!」
椿が空で翻り、ジャジラッドに至近距離で鳳凰の拳を放つ。
「ぐぅおおぉぉッ!?」
「チィ、パワードスーツが固い、致命傷じゃない!? けど!」
椿の両手から繰り出される左右の拳にジャジラッドがワイバーンから落ちていく。
「反則でしか戦えねえ弱虫に負けるかよ!」
椿が叫び、直ぐ様落下していくジャジラッドを追う。
「ウィナー・ネヴァー・クイッツ(勝者は決してあきらめない)」
落下していくジャジラッドがそう低く笑い、
「バルバロイッ!!」
ワイバーンがジャジラッドの声に、急接近してくる。
「乗る気? そうはさせるかぁぁーッ!!」
再び鳳凰の拳で攻撃した椿を、巨漢のジャジラッドが包みこむように抱きつく。
「!?」
「俺ごと喰らえ!!」
「グアアアァァーッ!!」
バルバロイの咆哮が反響し、椿とジャジラッドに迫る。
「おまえ!? 自分ごと喰わせるつもりかっ!?」
必死に腕から逃れようともがく椿を見て、ジャジラッドが言う。
「なぁに、丸呑みさせるだけだ。オレはパワードスーツを着ているから消化されないが、おまえは果たしてどうかな?」
「!! ……このぉ!!」
「裏切り者には死の制裁をー!」
グゥワッと大きく口を開いたバルバロイが迫り、椿が思わず目を閉じる。
追い詰められた椿の瞼の裏に、荒野の孤児院の子供たちの顔が思い出される。
「(くそっ! あたしはこんなとこで負けねえ! 負けられない!! みんな……!!)」
「諦めるな!!」
そう男の声が響いたのはまさにその時であった。
「!? 誰ッ?」
――バシュゥゥゥッ!!
突如として轟雷閃がバルバロイを吹き飛ばす。
放ったのは、いつの間にか闘技場に現れたドルイド夢野 久(ゆめの・ひさし)であった。
レフリーが慌てて久の元へ駆け寄り、ジャジラッドと椿が地表へと派手に落下する。
「君!! これはシングル戦だぞ!?」
だが久は元々目つきの悪い目を一層鋭くしてレフリーを睨む。
「先の試合で、屍龍を選手としてカウントしていたんだ。ワイバーンも同意義だろうが!」
「……で、でも貴方は、どちらの戦士?」
「俺はただ強ぇ奴と戦いたいだけさ! 別に王の為とかじゃねえぜ? 貧乏大家族の出としちゃ動機にゃ好感持てるが上納金納めねえのは普通に筋が通らねえ! だが、悪役側に強敵が揃ってるからな、正統派についてやる!!」
龍騎士の面と喪悲漢つけて二本の角飾りをつけたその出で立ちから、どう見ても変人かキマクの穴サイドの人間に見えたが、意外にも正統派と名乗る久。
本当のところは、出場を決めた際に、彼のパートナーから「君、肩書きだけは無駄に大仰なんだから出るなら変装したまえ。面倒な事になると面倒臭い」と厳命されていたからなのだが、今は言わない。
控え室でも、「あんなヤツいたっけ?」と選手たちが顔を見合わせている。まぁ、ともかく一度見れば記憶から消し去るのが困難なインパクトはある。
「あのさ……助かったからいいけど、もうちょっと後のケアの事考えて助けてくれ……真っ逆さまに落ちたんだぞ?」
椿が頭をさすりながら、久の傍に行く。
「感謝は試合に勝ってからにしてもらおうか……まだ来るぞ!?」
「……わかった」
色々言いたいことや突っ込みたいポイントがあったが、椿は敢えて勝負を優先する。
バサッバサッと翼を羽ばたかせたバルバロイが、再びジャジラッドを乗せて上昇する。
「変なのが一人増えたな……喜べ、バルバロイ!! あまり美味そうでないが、餌が二匹になったぞ!!」
「誰が変なのだ!!」
「「おまえだよ」」
やっとこさ久に突っ込む椿。
「バルバロイ! その巨体でぶちかませ!!」
ジャジラッドが手綱を引き、バルバロイを椿達に向ける。
「来るぜ!?」
「俺は小細工なんざいらねえ。ただ全力で行かせて貰うぜ!!」
「はぁ?」
久を不満そうに見た椿が、ハッと目を開く。
「お、おまえ……」
「うおおおぉぉぉー!!」
風の鎧を纏った久は龍骨の剣を掲げ、気合充分に、荒ぶる力を湧き上がらせ強風を巻き起こしている。
まるで台風のように吹き荒れる久に、驚嘆の表情を見せる椿。
「実は凄い……のか?」
「おまえは援護しろ、勝負は俺が決めてやるぜ!!」
轟雷を放つ龍骨の剣を振り上げ、突進する久。
「バルバロイと力比べをするつもりか!? 面白いッ!!」
ジャジラッドの操るバルバロイに向けて、土煙をあげながら一直線に飛び出していく久。
――ドオォォーーンッ!!!
足元が少し後退する程度でバルバロイの巨体を真正面から受け止める久。
「何ィィー!?」
「終わりだああぁぁ!!」
剣を振りあげ、跳躍した久が轟雷閃の構えをとり……。
――バクンッ!!
「……あ、喰われた」
バルバロイが久を丸呑みした様を見つめる椿。
シンと静まり返った観衆も久がバルバロイの膨れた喉を見つめる。
しかし、突如バルバロイが苦しみだす。
「ど、どうした!? 何? 何かが喉に刺さった? 吐け、吐いてしまえバルバロイ!!」
ペッとバルバロイが久を吐き出す。
べちょり、と唾液まみれになった久が地面に投げ出される。
「そ、そうかあの角が刺さったのか!? バルバロイ、オレがいつもちゃんと良く噛んで食べろと言っているだろうが!!」
「グワァァ〜……」
椿が唾液まみれになった久をつついている。
「おーい、生きてるー? ……何、コレ?」
椿が久の身体についた、赤と黒の破片を見つめ、大きく目を見開く。
「これ……ランドセルの欠片!? おまえ、子供達を喰わせたのか!!?」
「王を痛めつけても面白くないのでな、王がランドセルをプレゼントした孤児院の子供達をバルバロイの餌として胃袋に直行させてやったのだ!!」
控え室でこの様子を見ていた王が椅子を蹴って立ち上がる。
「殺す!!」
「ストップ!! 王、止まれ!!」
「そうです、待ってください!! 本当だとは限らないでしょう!!」
翡翠とレイスが王を止める。
「だけど、あの欠片は間違いなくランドセルのものだ!!」
「王さん、ランドセルって今はカラフルなんですよ!? 赤と黒だけで判断しちゃ駄目!!」
加夜も王を抑えるが、それを引きずってでも王は試合会場へ向かおうとする。
「……今、ここで王が出ていけばこちらの反則負けだな。それもキマクの穴の計算済みだったとしたら?」
試合を追え、マトモに戻った唯斗が王に声をかけ、一同が動きを止める。
「……全ては椿さんに任せましょう。今の私たちには応援しかできないのです」
美央が冷静にモニターを見つめる。
椿がランドセルの欠片を強く握り締め、キッとジャジラッドを睨む。
「子供は無事なのか?」
「子供? 今、バルバロイの胃袋の中だが何か用なのかい?」
「おまえ……ここから生きて帰さないぜ……」
「それはオレの台詞だ。そこのヤツと違っておまえは消化しやすそうだからな。知っているか? 肉は男より女の方が筋が少ないから美味いという事をッ!!」
バルバロイが倒れていた久をさらに、闘技場の選手出入口まで尻尾で弾き飛ばす。
久が「馬鹿なぁぁぁッ!?」という小さな悲鳴の残響を残して出入口の闇へと消えていく。
椿はやっとそこで、「あ、生きてたんだ」と呟いたのである。