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リアクション
「妙な所で遭うねぇ、兄弟」
リングに上がってきた正統派でパラディンの日比谷 皐月(ひびや・さつき)の驚愕の顔を見て、そうのんびりと微笑むコンジュラーの八神 誠一(やがみ・せいいち)。
皐月が思わず共に歩いてきたパートナーの英霊でテクノクラートのマルクス・アウレリウス(まるくす・あうれりうす)をさっと見る。
「……マルクス?」
「ああ、少し手を回したのだ。皐月も八神とはもう一度戦いたがっていただろう?」
「根回しか……粋な演出だな」
「少し骨が折れた……。キマクの穴という組織は難解でな」
『哲学なき争いは畜生の道』とする程の思想家であり、慈悲と寛容に富むマルクスならではの手法に、皐月が感嘆の声をあげる。
「ありがたいじゃねぇか。オレ達の決着の場に、こんな凄いステージを用意してくれるなんて」
「ただ、条件も出された」
「条件?」
マルクスはキマクの穴にどうにか根回しして、今回のような『正統派対悪党』を企画化を提言した。
その背景には、より多くの観衆を集めてチケット代・賭博の元締めなどで闘技場に関わる者の財政を潤わせ、その儲けの一部をキマクの活性化と生活に困窮する人たちへの援助の為の基金にして貰えるようにする、という彼なりの計算があった。
そこでマルクスに出された条件は一つ、この試合を八神と戦わせてやる以上、勝敗はさておき、盛り上げなければならない、という事であった。
「皐月」
リングへと上がる皐月がマルクスの方を振り向く。
「魅せる試合をしろ、それがキマクの穴側からの条件だ」
「……わかった。マルクス!」
ニッと笑った皐月がリングへと上がり、誠一と対峙する。
皐月を見送ったマルクスは、どうもとある事が頭の中に引っかかっていた。
「(そもそも、キマクの穴等という組織は実在するのか?)」
それはマルクスとキマクの穴のやり取りは全て、関係ない第三者を通しての手紙の伝達によるものであったからである。
かつて哲人皇帝の異名を持つ五賢帝時代最後のローマ皇帝でもあったマルクスは、かつて自身の政策の一つとして、ありもしない架空の暴力的組織をその噂によって作り上げ、国内で反乱等が起きぬように緊張感を張り巡らせた事があった。
さらに、マルクスはボスを名乗るとある男の情報も得ていたが、それがブラフである事をすぐに見抜いていた。
調べても正体はおろかその末端までもが掴めぬキマクの穴という組織。そしてそこに君臨するボスという人物。謎だらけである。
「(いや、考えすぎだ。第一これだけの実力者達を揃える組織だ……。実在しないわけがない。強き者を引き寄せるには、何らかの吸引力が必要なのだから……)」
推測するにもまだ材料が足りないのだ、そう悩む事を止めたマルクスは、皐月と誠一の試合に目を向けるのであった。
「(何かマルクスに良い様に使われてる気がするけど……ま、別に構わねーか!)」とあっさり頭を切り替えてリングに上がった皐月が誠一に声をかける。
「よう、誠一。いつキマクの穴に入ったんだ?」
「ふん、向こうについても大した報酬が出そうになかったからねぇ。俺にはシャンバラの未来の事より明日の食費の方が大事なのだよねぇ。兄弟こそ、またマルクスに良いように使われているだけじゃないのか?」
「あー……でもマルクスなら悪いようにはしねーだろうし、オレは前に負けた雪辱を果たすだけだ。ほら、男の子ってのは誰でも、負けっぱなしは御免なモンだろ?」
「王さんの姿に共鳴したから正統派についたんじゃないのか?」
「……ま、規則を守らないのは悪行、でも、王が子供達の為にやった事も多分間違いじゃねーんだ。けど、難しいことは一先ず置いておいて……ほら、さぁ。始めようじゃねーか、男の子の喧嘩って奴を、さ!」
武器であるスラッシュギターを構える皐月に誠一も構えをとって応える。
「生活費も掛かってるし、何よりリア充相手に簡単に負けるのもなんだから、全力で行くよ! 兄弟!!」
皐月は誠一が何をしてくるか分からない為、対策として【禁猟区】を用いていた。
これで危険を察知出来るようになる為、即座にオートガードとオスクリダで応じれば致命傷は避けられる筈という考えの上である。
「はぁぁッ!!」
先に動いて、一直線に飛び込んできたのは誠一であった。
光条兵器を使って打ち込む誠一を、皐月がスラッシュギターで受け止める。
――ガンッ!!
「兄弟! パワーブレスで強化しているのか!」
「おまえ相手だからな」
「嬉しいよっ!!」
至近距離で激しく火花を散らしながら打ち合う二人。
上段、中段、下段とランダムに続く誠一の攻撃を、皐月はスラッシュギターの形状から受けるよりも払う・流す事を主軸に戦う。
「たまには攻撃とかしろよ、兄弟!!」
「慌てるなよ、試合を楽しもうじゃねーか!」
「楽しいのは、勝った時だろう!?」
誠一がそう言うと共に、光条兵器の光量を一気に引き上げる。
「くっ!?」
強烈な光を至近距離で受けた皐月が目を閉じる。
「せいぁっ!」
皐月がひるんだ隙を逃さず、誠一の一撃がヒットする。弾かれて飛ばされる皐月だが、左程応えておらず、目をパチパチと瞬きさせつつ、誠一の第二攻撃を防ぐため構える。
「危ねぇ……」
「オスクリダとオートガードで受け止めたか」
「言ったろ? おまえ相手だからな。あと、同じ手は使うんじゃねーぞ? 面白くないからな!」
「わかっているさ!」
再びリング中央でぶつかる両者。
だが、視力を回復させた皐月は、パワーブレスで自己強化した攻撃力にものを言わせ、誠一を次第に追い込んでいく。
「はあぁッ!!」
皐月のギターが誠一の光条兵器をついに弾き飛ばす。
「くっ!」
一歩後退する誠一を追撃する皐月。
「以前の雪辱、果たさせてもらう!!」
「……べぇ!」
舌を出してアッカンベーをする誠一。
「!?」
光条兵器をはじき飛ばしたように見えた皐月の攻撃、実は全て誠一が彼を油断させるために行ったものであった。
「僕が丸腰と思って油断したな!」
そう言う誠一の手に、【物質化・非物質化】で隠しておいたさざれ石の短刀がまるで手品のように物質化されていく。
「何だとッ……!?」
皐月のギターと誠一の短刀が互いの軌道を描いて、相打ちとなる。
「がっ!!」
「ぐあツ!?」
吹き飛んだ両者が、リング上に倒れる。
先に立ち上がったのは皐月であったが、リング下のマルクスが叫ぶ。
「皐月。完全に石化する前に試合を決めないと、負けだぞ!」
「……畜生、緊急回避しておくべきだったな」
皐月は既に石化が始まった腹部を押さえて苦笑する。
だが、同時に皐月のギターを喰らった誠一もダメージを受けていた。ヨロヨロと立ち上がる。
「これで、時間を逃げ切れば、僕の勝ち……いや連勝だねぇ」
「させねぇっての!! はぁぁッ!!」
【チャージブレイク】を用い、攻撃力をあげる皐月。ショートの黒髪が徐々に逆立っていく。
「ぬぅ!」
恐らく一撃必殺で決めに来るであろう皐月の攻撃に警戒する誠一。
しかし、皐月はここで大きく口を開ける。
「驚きの歌!?」
完全に不意をつかれた誠一が怯んでしまう。
「行ッけぇぇー!!」
いつも鈍器呼ばわりするギターの光条兵器を持った皐月が、目一杯振りかぶる。そして……。
――ドガァァァアアンッ!!!
リングに振り下ろされた光条兵器により、リングがバラバラに砕け散る。当然ながらレフリーもどこかへ飛んでいく。
吹き飛ぶリングの残骸や瓦礫の舞う空中で、皐月は舞い飛ぶ誠一を見つける。
「はぁっ!!」
足元に浮かんでいた大きめの瓦礫を足場にした皐月が跳躍し、一気に勝負に出る。
「ランスバレストォォ!!」
一方、吹き飛ばされた誠一は、腕を組み、じっと目を瞑っていた。
「(僕の手札はこれが最後、兄弟の手元にこれを凌ぐワイルドカードが有ったら、僕の負けかな?)」
そして、カッと目を開き、どこからか取り出した煙幕ファンデーションを皐月に向かって、ありったけ投擲する。
ランスバレストの発動より一瞬早く突如現れた煙幕に、皐月の攻撃が空を切る。
「瓦礫で撹乱か!! どこだ、誠一!?」
観客も、皆席から立ち上がり、舞い起こる粉塵と瓦礫の飛ぶ様を呆然と見ている。
「あ!」
観客の一人が指差すと、煙の中からさらに上空へ飛ぶ誠一の姿がある。そして、その手には本来【破壊工作】で使われるはずの恐るべき量の爆薬が持たれていた。
「さらばだ、兄弟。リア充、爆発しろ!」
バッと皐月がいるであろうポイントへ一斉に爆薬を投下する誠一。
皐月の目にもその爆薬が見える。
「……ヤバいッ!!」
――ズドオオオォォォーーンッ!!!
一瞬の静寂の後、誠一がいる場所以外の闘技場の地面一面を相手ごと吹っ飛ばす強烈な爆発が起こり、観客席まで到達するような激しい爆風が巻き起こる。
そして、爆発を背に埃だらけになった誠一が着地する。
「兄弟……お前のことは忘れないでおこう」
静かに目を閉じて頷く誠一。
――ゴツンッ!
「痛ッ!?」
誠一の頭に瓦礫が当たり、頭を抑える。
「まだ、勝った気になるのは早いんじゃねーの?」
「兄弟、生きていたか!?」
煙の中にシルエットが見え……。
「あ、れ?」
誠一の目の前にはマルクスに抱えられた5歳時くらいの皐月がいた。
「ちぎのたくらみで緊急回避しなきゃ、危ないところだったが、まだ勝負は終わってない!」
自分の背丈とほぼ同等のギターをブンブンと振り回す皐月。
そこに吹き飛んだレフリーの代役として、新たなレフリーがやって来る。
「……」
皐月と誠一を交互に見るレフリー。
「勝者、八神誠一!!」
「はぁ? 何でだよ、まだ勝負は……!!」
レフリーがアルカイックスマイルで皐月を見る。
「裸で戦うつもりかい?」
「あ」
幼少の姿になった皐月のダボダボな衣服がズルリと落ちる。
そして……観客席からカメラのフラッシュとマルクスの溜息と皐月の絶叫が闘技場に響くのであった。
試合後、やや悩ましげな表情を浮かべたマルクスは関係者にこう言ったそうである。
「魅せる試合をしろ、という指示は出したが、よもや見せるものを間違えてしまうとは……」
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