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リアクション
皐月と誠一の戦いにより設けられたリングが粉々に破壊されてしまったため、闘技場の運営委員会は、以降の戦いを「場外無し」という措置を下す事になるのだが、そこに至るまではやはりそうそう融通の効かない者達が難色を示したためか、随分な時間を要していた。
その間、戦士達の休憩が取られていた。
だが、正統派の控え室では……。
「何だとッ!!?」
王の怒鳴り声に、試合を終えたフィアナの治療をしていたメイガスの高峰 結和(たかみね・ゆうわ)が飛び上がりそうなくらい驚く。
「えええぇぇ、わ、私、何かし……しましたー?」
「あなたではないと思いますが……」
フィアナの指摘通り、王が叫んだのは、結和と同じく治療行為を行っていたネクロマンサーの神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が診ているラルクと、守護天使でメイガスのレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)によって運ばれてきたミューレリアに、であった。
「キマクの穴に誘拐されただと? あのトカゲが!?」
「悪い、王。俺がいながら、奇襲をかけられるなんて。この傷が治ればすぐにヤツらの所へ行って力づくでも取り戻してくるから!」
「ラルクさん、無理をしてはいけません。サンダーブラストを直撃されたんでしょう?」
ラルクにヒールをかける翡翠が冷静に諭す。
「翡翠、ここで俺が助けに行かなきゃ武道家の名折れになる。俺はいくぜ!」
翡翠が困ったような顔をレイスに向ける。
「全く。大変だったんだぜ? 入り口でブッ倒れてる人間を二人も運ぶなんて。俺は力仕事に向いて無いんだよな?。しかも気絶した奴って特に重いしさ!!」
レイスが肩を貸していたミューレリアが顔をあげる。
「五月蝿い、金髪天使! 私はそんなに重くないぜ!!」
「……ミューレリアじゃねえよ」
そう言いながら、控え室の簡易ベッドの上にミューレリアを寝かせる。
「結和さん、フィアナさんの治療が終わりましたら、こちらをお願い出来ますか?」
翡翠の声にまたしても結和がオーバーに驚き、素っ頓狂な声をあげる。
「えええぇぇ!? あ、はいー!!」
「何故に驚いたんだ……?」
どうやらいきなり呼びかけても駄目な程気が弱いらしいな、とレイスは結和を見て思う。
「でも助かりました。私は所詮応急処置程度しか出来ませんが、結和さんはそれ以上の怪我を治せますから」
額の汗をふぅと拭った翡翠が結和に微笑む。
結和はスカウトで学んだり、戦場の野戦病院で獲た経験『博識』を元に、特に重傷者はスキルの【禁じられた言葉】での魔力増強と【SPリチャージ】を活用して治療に対処していた。
元々はステージの袖部分の医療室に、組織の医療班の一人として来ていたが、翡翠だけでは手に負えないという事で急遽正統派の控え室にかけつけたのだ。
それ以上痛まないように、且つ動きやすい様に、相手を気遣い丁寧な治療を心がける結和によって、先ほどまで病院送り一歩寸前だったフィアナやなぶらも今は普通に動ける状態に近づきつつある。
「いえ、私など……私がそうしたいから。怪我をしている人がいる、痛い想いをしているひとがいる、それが嫌だから、こうして治療しか出来ない私がいれるのです」
やや自嘲気味に笑う結和。
「翡翠さんのように、勝った人には「お疲れ様でした。でも無理なさらずに」等という言葉すらかけられません。……エゴですよね。でも、エゴだからこそ……かな。全力で治療にあたれます」
ハハハッ……と乾いた笑みを浮かべる翡翠をレイスが冷ややかに見つめる。
結和は知らぬが、翡翠は負けた選手には「残念でしたね? 他の試合観戦なさいますか? 役に立つ事あると思いますが……八つ当たりは、止めて下さいね、治療してあげませんよ?」と微笑んで釘を差して置く事もしていた。最も、これによって幾分かの無駄な戦いが起きなかった事も事実である。
怒りで眉をつり上げた王が控え室の扉のノブに手をかける。
「ムシャムシャ……どこへ行くのだ? 王?」
パワードスーツを着た要、いやシュバルツパンツァーが、弁当を食べながら王を止める。
「決まっているぜ。キマクの穴の奴らからトカゲを取り戻すんだ!」
治療を終えて横になったままの美央も要の意見に同調する。
「止めておいた方がよいでしょう。今動くと、更に危険な事態になりそうな予感がします」
「パートナーをこのまま放っておけってのか!? 冗談じゃないぜ!」
「ちょっと!? 王!?」
非難の声をあげるルカルカが立ち上がろうとするも、それより翡翠が一歩先に出て王の肩を掴む。
「美央さんや要さんの言う通りです。王さん? もし、ここであなたに何か起こってしまったら、これまであなたに同調して戦ってきた戦士達はどうなります? 思い出してください、彼らが何のために戦ったのか……その思いをご自分の手で潰すつもりですか?」
ハッとした顔で王が控え室を見渡すと、これまで激戦を戦ってきた戦士達が皆、真剣な眼差しで王を見つめている。
「……クソッ」
王は近くにあった椅子の上にドカッと腰を下ろし、それから腕組みをして頭を垂れる。
「王さん……」
加夜がそっと王へ声をかけようとするが、加夜の肩を掴んだ垂が「そっとしておいた方がよい」とばかりに首を横に振る。
誰しも時間を刻む時計の針の音が、胸に響くような音量に聞こえていた。
「ムッシャムッシャ……うん、この炊き込みご飯のおにぎり、良い味付けだ」
「……シュバルツパンツァー? さっきから気になっていたんだけど、それ、誰のお弁当?」
柚子姫が空気を読まず、弁当を食べ続ける要に声をかける。
「さあ? そこに置いてあった三段のやつを頂いたんだが……」
「私のですわ、何だか凄くお腹を減らせていらしたようなので、分けてさし上げたんです」
柚子姫が振り返ると、翡翠のパートナーで精霊でミンストレルの柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)が温かいお茶をお盆に載せてやって来る。
「あら? 結構、食べていらっしゃいますね」
「ああ、凄く美味いよ」
美鈴がふと傍に立つレイスに赤い瞳を向ける。
「ね? お弁当を三段重にしてよかったでしょう?」
少し前にレイスは手付かずの美鈴の三段重仕様の弁当を見て、「おいおい、張り切りすぎだろう?三段重ねかよ・・ぜってえ、残るって!! あ〜、あいつ(花梨)なら、全部食えるな」等と呟いていた。
「ま、運動したら腹も減るか」
「マスターもよろしければ、いかがです?」
美鈴に呼びかけられた翡翠が苦笑する。
「実は私も先ほど一つつまみました。頑張りましたね、美鈴? 料理の腕が随分上がってますねえ……一人で作ったんですか?」
美鈴が顔を真っ赤にして可愛く頷く。
「ええ……もし食べきれなくても、持ち帰ったら食べる子いますから。「残ったら、お腹空かしているあたしが食べる〜」と言われてますし」
「成程……いえ、それにしても三段ともバランスがいいです」
料理が得意な翡翠が褒めるように美鈴が作った三段重の弁当は、1の段が炊き込みご飯のおにぎり。2の段がから揚げ、卵焼き、えびとブロッコリーの炒め物。サラダ。3の段が前煮、ゼリーと、いよかん。と言った具合に見事に彩りと栄養が計算されていた。
当然、3人で食べきれる量ではなく、周囲の人間へも「どうぞ」と薦めていたし、要等は薦められる前に既に手を伸ばしていた。
「皆さんも、召し上がってくださいませ?」
美鈴の言葉に、試合を終えた戦士達が弁当の方へと歩み寄る。
「ほら、食べなよ?」
王の前に小さく取り分けられた小皿を裁が差し出す。
「いらねぇよ……」
「駄目! 食べないと、イザという時動けなくなるよ?」
「イザという時だって……?」
裁に「それはいつだよ?」という苛立ちのこもった視線を向ける王。
「シー・イー、奪い返すんでしょ?」
ニッコリと笑う裁にきょとんとした後、フッと笑みをこぼした王が小皿を受け取り、美鈴の作ったおにぎりに豪快にかぶりつく。
「……美味いな」
翡翠と美鈴が顔を見合わせて、クスリと笑う。
「お、みんな見てみなよ! やっと始まったねぇ……」
クドの声に一斉に戦士達がモニターを見る。
そこにはリング無き闘技場での、正統派でフェルブレイドの紫月 唯斗(しづき・ゆいと)と、キマクの穴に与するソルジャーの屋良 黎明華(やら・れめか)の今まさに始まった戦いが映しだされていた。
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