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第22章 攻略! アジ・ダハーカ(2)
巨大な鋼鉄の竜を前に、東西シャンバラ人たちが集結した。
もともとダハーカに近づきたくなかった正規軍は、ダハーカから距離をとって布陣していた。それが幸運にもダハーカが檻を破る際の衝撃から彼らを守った。
あいにくとその後放たれた空振は近くの天幕を吹き飛ばし、尾の一撃がやすく彼らをなぎ払ったが、それでも最小限度の被害ですんだ。
「これ以上死者を出させるわけにはいかない! 皆、心してかかるように!!」
セテカの号令が飛び、前もって打ち合わせていた通り、まずファティ・クラーヴィス(ふぁてぃ・くらーう゛ぃす)が仕掛けた。
光る箒の上から、十分距離を保ってダハーカの上にアシッドミストの雲を展開する。できる限り全身を覆うように。
強酸の雨を受けて、ダハーカの全身が白い湯気に包まれた。鋼鉄の竜鱗は、溶け切らないまでも腐食して輝きを損ない始める。
「弓矢隊、前へ!」
ジルの命令により、反乱軍の弓兵がいっせいに矢掛ける。
弧を描いて飛ぶ矢は落下の加速により威力を増す。ほとんどが鱗に当たって弾かれたが、わずかに何本かはダハーカに突き刺さった。
あそこが強度の弱まったところだ。
「行くぞ!」
セテカの腕が振り切られ、剣を持った兵士と、そしてセテカの周囲で戦う許可を得たリネンや美羽たちが走り出す。
「多頭龍か…。フッ、相手にとって不足はない!」
彼らから気をそらすべく、ルータリア・エランドクレイブ(るーたりあ・えらんどくれいぶ)をまとったウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)、 火村 加夜(ひむら・かや)、氷室 カイ(ひむろ・かい)といった飛空隊の面々がまず先に、ダハーカの3つ頭目掛けて攻撃を開始した。
30メートルの竜・ダハーカがそれぞれの頭から放つファイアストーム、サンダーブラスト、ブリザードは巨大で、直撃すれば人の体など瞬時に消滅する威力を持っていたが、巨大であるだけに攻撃はかなり粗さが目立った。
たとえるならばミサイルで鹿を狙うようなものだ。すばやさには勝てず、威力があっても当たらなければ意味がない。
くわえて、ダハーカは飢えており、彼らを食べたいということもあった。
「あの目。絶対私たちのこと、オードブルだとかメインディッシュだとかデザートだとか、とにかくおいしそうな食べ物って考えてるよー」
強化型光条兵器ラスターブーメランを放ち、サイコキネシスの遠隔操作で左端の雷を発する頭に攻撃を仕掛けていた玲奈が、ぶるっと身を震わせた。
「デザートならいいじゃねーか。一番最後でオイシイぜ?」
重そうなウォーハンマーを肩に担いだカインが応える。最後の一撃狙いで力は温存中だ。
「だれが食べられる順番で言ってんのよバカッ」
「私は機晶姫ですから、食べても彼の血肉にはなりませんが」
同じく雷頭を六連ミサイルポッドで砲撃していたレオナ・フォークナー(れおな・ふぉーくなー)がつぶやく。
「おいしいって、そういう意味でもないんだけどー……って、あっそーか!
ねぇレオナっ、消化されないんならあの口の中飛び込んで中からやっつけるっていうのどお?」
メラムでのワームみたいにさぁ。
いい案思いついたとばかりに声をうきうきさせる玲奈を無表情に見返して。
「栄養にならないことと消化されないことは違います」
レオナは真面目に答えた。
「また、あれほどの牙で噛まれれば、私など真っ二つです」
「……やっ、やだなー。もちろん分かってるよ、もちろん……ゴニョゴニョ」
絶対分かっていなかっただろう、とだれかに突っ込まれる前にと、玲奈はさっさと離れ、別角度からラスターブーメランを竜のうなじ目掛けて飛ばす。
レオナは無言で弾の尽きた六連ミサイルポッドを下に落とし、機晶キャノンに切り替えた。
狙うは目、ただ一点だ。
玲奈の背後からの攻撃に気をとられた一瞬の隙をついて放たれたレオナのミサイルがクリーンヒットし、ダハーカの雷頭の左目がつぶれた。
目から黒煙を上げ、苦痛の叫びを天空に放つダハーカ。
他の2つの首が、けがの具合を探るように雷頭を見上げる。
左端の氷雪を発する頭の注意がそれたのを見てとるや、カイが漆黒の魔弾を放った。
同じく目を狙って放たれた弾は、しかしダハーカの反応の方が早く、避けられてしまう。そしてカイに食らいつき、引きずり下ろそうと伸び上がった頭めがけ、飛行翼で最接近を果たした加夜の魔道銃が炸裂した。
ダン! ダン! ダン!
重い着弾音をたて、貫かないまでも竜鱗がへこんでいく。
グギャアアアアーーーッ!
鼻っ柱を攻撃され、たまらず頭を振るダハーカ。
向かってきた前足の鋭い爪を、加夜は銃舞で回避し、強く蹴ってその場を離脱した。
「ああ。ようやく始まったようですよ」
うきうきした声で、両ノ面 悪路はあてがわれていた天幕から外に出た。
ダハーカが放つ赤い炎が夜空を焦がし、苦痛に身をよじるダハーカの蛇のようにうねった尾のひと振りで近辺の天幕が宙を舞う。もちろん天幕だけではない。反乱軍正規軍問わず、人も馬も、触れた何もかもが一瞬で中空に放り出され、地に叩きつけられた。
飛んできた天幕が直撃し、つぶされた者もいる。
「あの分では即死でしょうね。運のない人たちだ」
ほんの数メートル先で串刺しになった兵士を見て、くつくつと肩を震わせて笑う悪路の後ろから、くあーっとあくびをしながら羽皇 冴王が現れた。
「……あー、肩凝る。なんとかなんねーのかよ、あの寝具。大体おれたち4人で天幕1つって、ケチってんじゃねーんだよなぁ」
おかげでろくに寝返りも打てやしねぇ。
ぶつぶつ文句を言いながら、こきこき首の骨を鳴らす。
と、その目がダハーカを捕らえた。
「おお! やったじゃねーか、あの竜! あれか? あれとやっていいのか?」
もう体が戦闘を待ちかねてうずいているらしい。眠気など瞬時に吹っ飛んだ目で振り返る。
だがそこに立つ三道 六黒が応と頷くことはなかった。
険しい目で彼が見ているのは闇夜に舞う地獄の天使――牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)ただ1人だった。
愉しく愉しく命を燃やしましょう?
死んで、生きて、また死んで
さぁ、笑いましょう
打ち倒すときも打ち倒されるときも
ただ戦いの歓喜の中に在ればいい――――
「我ら奈落の底より、光の下へ参った魔将、我が主を戦女神と崇める者なり」
アルコリアに憑依した奈落人アコナイト・アノニマス(あこないと・あのにます)は嬌声とも思える声を上げ、高らかに宣言した。
「ああ! ああ! ああ!」
強大な敵・ダハーカを前に、狂喜に打ち震え、静かに心の中で身悶える戦闘狂。
真っ向から炎の頭の面前に仁王立ちするや、全身全霊でもってスキル・叫びを放ち、龍の波動を叩きつけた。
ダハーカから返礼のように打ち出される魔法攻撃はフォースフィールドと風の鎧、そして魔鎧ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)が受け止める。
「強い、強いよあれ。ああ、なんて心地いいんだろ。痛いよ、アルコリア、アコナイト。痛いんだ。すごいね! もしかしたらラズン、壊れちゃうかもだよ? ああ……どこまで痛いのかな? 砕けて、バラバラの破片になって壊れる痛みって、きっととっても気持ちいいんだろうな…。
でももちろん、壊れたりしないよ。壊れたらもうオワリだもの。とってもとっても壊れてみたいけどね…」
うっとりと陶酔の声でささやくラズン。
しかしアコナイトの青い瞳はもやはダハーカを映してはいなかった。
地上にて、並外れて強い闘気を放つ存在。燃え盛る暗黒のような魂の持ち主。
真鋼のように純粋で、あくたの怨嗟にまみれたそのオーラ。
笑みがこぼれた。
毒花が開き、咲き誇るように。
「あなた……私を呼んだ?」
ええ、きっと。
だからあの魂は私のもの。みんな、すべて、ひとつ残らず私のもの。
「アアーーーアアアアアアアーーーーーッ」
歌うように叫びを放ちながら、アコナイトはまっすぐ六黒へと突っ込んでいった。
「ありゃ奈落人だぜ」
アコナイトの発動したナラカの闘技を敏感に嗅ぎ取って、冴王が鼻を鳴らした。
自分の体を他人に明け渡すなんざ、考えただけで気持ち悪ぃ。
六黒を守ろうと九段 沙酉が前に出てフォースフィールドを展開しようとする。しかし六黒は沙酉を脇に押しやり、あえてアコナイトの放つ一撃を受けた。
直後、カウンターとしてチャージブレイクを叩き込む。
アコナイトは吹き飛ばされて地面を転がり、六黒はよろけて地面に手をつきかけた。
しかし、ぐっと持ちこたえ、アコナイトとの距離をすかさず縮める。黒檀の砂時計に勇士の薬の相乗効果で、それは脅威のスピードとして現れた。アコナイトは身を起こす間もあればこそ、再び百戦錬磨と金剛力を上乗せした殴打の猛襲を受ける。
「……くっ!」
ミラージュを発動させ、地獄の天使で再び中空へと舞い上がるアコナイト。
彼女の受けたダメージはすべて百獣の王と幻獣の主、リジェネレーションの発動により、急速に癒された。
「きたねーぞあんた! ちゃんと降りてきて戦え!」
腹を立てた冴王が魔銃カルネイジを骨の翼の皮膜へと照準を合わす。
だが次の瞬間、強烈なサンダーブラストが冴王を襲った。
「アコナイトとラズンが盾と鎧ならば、わたくしは剣。マイロードをお守りせしためだけに鍛えられたひとふりのつるぎ」
空飛ぶ魔法で空に浮いたアルコリアの忠実なるしもべ、ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)だった。
「……てめェ…」
横っ跳び、紙一重でかわしたものの、砕かれた地面の飛沫を全身に受けて傷ついた冴王が獣のように唸る。
「ひさびさに頭にきやがったぜ、このヤロウ。不意打ちたぁナメたマネしてくれんじゃねーか!」
封印解凍! 高まる攻撃力の中、銃口をナコトに向ける。
「愚かな犬。貴様に教えてさしあげましょう。わたくし如き瞬殺できぬようでは、マイロードの守りを突き崩すなど夢のまた夢。自らがただの卑しい野良犬でしかないとわきまえなさい」
「うるせェ!! 眠ぃコト言ってる暇あンならかかッてこいやッッ!」
猛々しく牙を剥き、冴王はカルネイジを連射した。
アジ・ダハーカ対反乱軍兵士+東西シャンバラ人、アコナイト対六黒、ナコト対冴王+沙酉という、だれも割って入れない死闘が繰り広げられているすぐ後方で、メニエス・レイン(めにえす・れいん)は黙して戦局を伺っていた。
その後ろに付き従うは白く輝く鱗を持つ双頭の蛇エンディム。周囲には黒い影のようなアンデッドが立ち並び、ゆらゆらと柳葉のように心もとなく揺れている。おそらくは旅の間中、さまざまな場所から呼び寄せていたのだろう。背後に広がる荒野からは今も続々とアンデッドがこの地を目指して進んでいた。
「こりゃ、まさにドーン・オブ・ザ・デッドってヤツ?」
いや、今の時刻だとミッドナイト・オブ・ザ・デッドか。
大きな軌道を描いて旋回する小型飛空艇の上、天城 一輝(あまぎ・いっき)は飄々とつぶやいた。
今までいろんな物を見てきたから、今さらアンデッドの群れぐらいでは驚かない。それが数百という数で、地平一帯に広がっていようともだ。
「……で? どうするよ? ほんとにやるのか?」
「うん!」
元気よく、コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)が頷いた。
今回計画を立案したのはユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)だが、一番乗り気になっているのはこのコレットだ。
「あたしねー、あたしねー、きっとこうなると思うんだー。
エンディム(以下「エ」)『おい、今のはテメェか?』
ダハーカ(以下「ダ」)「あン? 何ボケてんだテメェ?』
エ『てめぇが『こうした』のか?(ボワッ!)』
ダ『そうか、次はテメェか』
エ『長生き出来ねぇぞ!』
ダ『テメェよりゃ長生きさ。試すか?』」
もちろんダハーカもエンディムもしゃべれないので、セリフはコレットの妄想……じゃなくて創作である。
(……いや、アジ・ダハーカとエンディムはどちらも頭がいいから、そうはならないんじゃないか?)
なにしろアジ(ドラゴン)といえばドラゴニュートの最終形態だ。
そう考えると作戦の成功率はかなり低いように一輝は思ったのだが、目を閉じて両手を握り締め、うっとりしているコレットを見ると、無碍にもできなかった。
(ま、やって悪いものでもないし。いっちょやってみるか)
近づく敵の気配を敏感に察知し、エンディムがそちらへ鎌首を持ち上げた。
頭上を飛び越えていく小型飛空艇が2つ。
そちらを向いたメニエスと一輝の視線が一瞬交差する。互いを互いと見止めあうにはそれで十分。
一輝はそのまま飛び続け、セテカがユリウスの説得通り待ってくれていたらと思った。
ザムグでの作戦会議で、セテカはユリウスの提案を却下した。ダハーカを解放し、そのまま放置するのは危険すぎると判断したためだ。魔封じの檻、魔封じの首枷にダハーカを完全に抑え込む力はない。だがいくらかは封じることに役立っているはずのものを自ら壊すなど、認められるはずがなかった。そのとき一番の被害を受けるのは東カナンの者だ。
戦いに犠牲はつきもの。しかしそれを最小限度に抑止こそすれ、広げかねない行為は慎むべきだ。
「だが」と、セテカは妥協案を提じた。「きみたちが檻と首枷を破壊しないのであれば、それを行ったとき、われわれはきみたちの邪魔をしない」
「よし、作戦開始だ!」
一輝の合図で、ローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)とコレットの乗った小型飛空艇が180度旋回した。
「えーい!」
パパパパパンッ
ありったけ煙幕ファンデーションを投げつけ、エンディムとメレニスの視界をふさぐ。そしてダハーカとエンディムを結ぶ線上から、これと見当をつけた場所に火術、雷術、氷術と、連続で叩き込んだ。
煙幕の向こう、ゆらりと立ち上がる双頭の蛇の影。
エンディムは魔法攻撃は全て中和し、一切受け付けないモンスターだが、かといって受けて不快にならないというわけではない。
鎌首をもたげ、攻撃態勢に入ったエンディムは、周囲のアンデッドたちとともにコレットやローザに向かってきた。
「かかったよー!」
コレットの合図に、今度は自分の番と、一輝がハンドガンを構えた。
ダハーカに攻撃を仕掛けていると見せかけ弾幕を張る。弾はダハーカの胸部に当たり、鋼鉄の鱗にそのほとんどを跳ね返されたが一輝は委細構わずトリガーを引き続けた。
弾を撃ち尽くせばもう1丁へと切り替え、ひたすらダハーカの怒りを掻き立てる。
ダハーカは一輝が来る前から、酸に冒され、目を失い、人を喰えないことに激しく苛立っていた。一輝しか攻撃していないこともあって、たやすくそちらに身を向ける。
すばやく視界から離脱する一輝。
ダハーカの視線の先にあるのはアンデッドを連れたエンディム…。
「やっちゃってー、同士討ちっ」
「アジ君、おなか空いてますよね」
わくわく、わくわく。
コレットは妄想をさらに膨らませ、ぱくりとひと飲みされるエンディムの姿をひと足お先に思い描いていたのだが。
ダハーカはふいと視線をそらし、再びセテカたち反乱軍の方を向いた。
「あ、やっぱり」
「えーっ? そんなぁ」
「ばかね。いくら腹を立てても、同じ命令を受けている者同士が互いを襲うはずがないでしょう」
メニエスの嘲笑が飛んだ。
そんな愚かな獣をアバドンが送り込むはずがない。少し考えれば分かりそうなことだ。
「メニエス、きさま――うわっ!」
振り返る、その隙を狙って、メニエスの手から最大火力のファイアストームが一輝たちに撃ち込まれた。
連続して放たれた炎は一輝、コレット、ローザを直撃しないまでも、小型飛空艇を破壊し黒煙を吹かせる。
彼らが操縦に気を取られている隙に――そして完全に消え去っていない煙幕ファンデーションの助けも借りて――彼女は地獄の天使を展開し、上空の闇へと紛れた。
きっとロイが騒ぎを起こしているはず。その場所に標的であるセテカがいる、と。
「逐一命令する気はないわ。そのときがきたら存分に暴れなさい。多少なら味方を巻き込んでも構わないわ」
メニエスから受けていた命令に従い、エンディムはアンデッドたちを反乱軍兵士や地上から攻撃を行っていた東西シャンバラ人たちに向けて放つ。
彼は自分の為すべきことを、十分理解していた。
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