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リアクション
第24章 襲撃! セテカ暗殺
数十とも数百とも思えるアンデッドの影が扇状に広がっていた。
ダハーカの吐き出す炎によって、はるか地平まで埋め尽くしているように見えるのは、目の錯覚か。
エンディムが現れ、アンデッドをぶつけてきたとき、反乱軍兵士はダハーカ攻略に比べ、比較的妥当と思われるアンデッドとの戦いにシフトした。
なにしろ30メートル級の巨大モンスターと違い、こちらは等身大の相手だ。
「これは東カナンの民の戦い。自分たちはそのお手伝いにすぎない」との意見で一致している東西シャンバラ人たちは、あえて反乱軍を第一陣に据えた。
しかし圧倒的に数で不利なため、当然助力は不可欠である。アンデッドに合わせて前列を広げては意味もない。
「えーーーい!!」
美羽はスタンスタッフを振り切り、破邪の刃を放って右から迫るアンデッドをなぎ払った。
美羽と背中合わせになったベアトリーチェが2丁の魔道銃を用いてクロスファイアを放ち、左に炎の弾幕を作る。
炎を越えて現れるアンデッドは、ヘイリーがセフィロトボウで頭部や胸部を撃ち抜く。
「きりがないよ! これ!」
花宴を両手に持ち、二刀の構えで切り伏せていた九條 静佳(くじょう・しずか)が悲鳴のように叫んだ。
もう1時間近くこんなことをしているが、何の変化も感じない。敵が減ったとも思えない。
エンディムの準備は万端で、アンデッドは彼らの視界を埋め尽くしていた。
この先にいるはずのエンディムやメニエスの姿も見えないほど。
このままでは物量で押し切られてしまう。
「大元を叩くしかない!」
それは、ここにいるだれもが一度は考えた。
だがそうするとセテカの守りが薄くなる。
ザムグでの作戦会議のあと、セテカのそばでの戦いを志願した彼らは、セテカ退室後に互いの懸念を話し合っていた。
敵はセテカを狙ってくるに違いない、と。
なぜなら、自分たちならそうするからだ。戦場で敵の司令官を狙うのは定石。
そのとき、反乱軍の一角が崩れた。
「……うわああああぁぁ……っ」
アンデッドに隙をつかれた兵士たちは、あっという間にのしかかられ、悲鳴とともにその下に消えた。
骨の砕ける音、肉の引きちぎられる音がして、血臭が漂う。
「ふぁいあーすとーむー!!」
見ていられずに鬼一法眼著 六韜(きいちほうげんちょ・りくとう)が炎を放って一帯を焼き払う。
「やっぱりこのままではだめー、疲労で集中力をなくした者から、食べられちゃうですー」
きらり、静佳の目が決意に光った。
「僕が行く! みんな、援護を頼む!」
「はいはいはーいっ! わたしも行くよー」
たたっと静佳のそばに走り寄った六韜が、てのひらを上げた。
「ワンドのカードは四大元素の火を意味するのだよ」
リリの投げたカードが、すぐ先のアンデッドたちに突き刺さる。
「灼熱の花弁もて浄化せよ! 紅蓮の薔薇ッ!」
リリの放ったファイアストームが道を開いた。
「さあ行くのだ!」
再びアンデッドで埋め尽くされる前に!
「ごーごー!」
静佳と六韜が飛び出した。打倒エンディムの決意に燃えて。
知らぬ間に、彼らの戦列は伸びていた。
目前に迫った敵を押し戻したいという意識と、そして決死の突入を図った2人の安否を気遣う思い。
道を確保するために、リリのファイアストームと美羽の破邪の刃が交互に放たれる。2人の姿はとうに見えなかった。ときおり、道を切り開いているのだろう、六韜のファイアストームの炎が見えて、2人の無事が分かる。
彼らの中には、その先にはあのメニエスがいるのだ、という焦燥感にかられる者も少なくなかった。
皆、エンディムの傍らに彼女の姿があったことに、今さら驚きはしない。これまでにも、厳しい戦いのさなか、敵側の者として彼女が現れたことはたびたびあった。その記憶は生々しく、だれもが過去として割り切れない、苦々しい思いを抱えている。
おそらくは、そんな思いと状況が、少しずつ積み重なった結果だったのだろう。
「やめろ! ――リネン!!」
そんな叫びが、味方しかいないはずの背後で起きた。
「――っあ…っ…」
リネンの肩がレーザーで音もなく撃ち抜かれた。
「リネン!!!」
振り返ったヘイリーの前、リネンがゆっくりと倒れる。
その背後から現れたのはロイ・グラード。
寡黙なスナイパーが、ついにその本性を現したのだ。
「おまえ、なんで…」
すぐ横で一緒に戦っていたマクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)が絶句する。
痺れた頭で、そんなばかなと思った。
だが彼は見てしまった。アンデッドを撃っていると思った彼のレーザーガトリングがいきなりリネンの背中に向けられたのを。
そしてロイは撃った。ためらいもなく。
驚きの覚めやらぬ中、ロイはレーザーガトリングを連射した。
まずは最前線で戦っている反乱軍を。アンデッドがなだれ込み、強敵の美羽やリリたちをその場に釘付けとする。
その隙に、ロイは銃舞によってマクスウェルを撃ち倒した。
「ウェルさんっ!」
リネンにヒールを施していた御堂 椿(みどう・つばき)が、こけつまろびつあたふた駆けつける。
ロイは非戦闘員の彼女には見向きもせず、クロスファイア、血と鉄と次々にスキルを発動させ、セテカの周りの邪魔な人壁――兵士たちを確実に撃ち殺していく。
「きさまぁっ!」
長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が前をふさぎ、妖刀村雨丸で斬りかかった。
大上段からの一打を受けたレーザーガトリングが、アルティマ・トゥーレでみるみる凍りついていく。
氷結が腕に来る前にロイは投げ捨て、あいた手で淳二の顔面に光術を叩きつけた。
「うわっ…!」
薄闇に慣れていた目に強烈な光を受け、よろめいたところを別のレーザーガトリングで撃つ。
起き上がってこれないよう足も撃ち抜く念の入れようだ。
ロイは気負わずあせらず、かといって無駄なことをするでなく、敵を排除し、着実にセテカとの距離を縮めていく。
彼はこの戦場にきたときから考えていた。
セテカの近くで戦う許可を得ることはできたが、すぐに実行することはできなかった。総数20人を超えていたということもあるが、一番の理由は伏見 明子(ふしみ・めいこ)の存在だ。
護国の聖域、フォーティテュード、エンデュア、リジェネレーション、肉体の完成と、防御を固めた明子の構えるラスターエスクードが問題だった。魔鎧レヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)もまとっていて、イナンナの加護、ファイアプロテクト、アイスプロテクトといった念の入れようだ。この距離から攻撃をしかけたところでその鉄壁の守りを崩せるとは考えにくい。
しかも彼女はセテカのそばを決して離れない。パートナーたちがエンディムを倒すため特攻をかけると言ったときでさえ、支援に向かおうとはしなかった。
いくら待っても無駄だ。あの女は絶対に動かない。
ならば自分のとるべき手段は?
結論に達し、ロイは動くことを決めたのだった。
護衛を称する者たちは散らばっていたが、集めるのは本当に簡単だ。ただセテカに向かって歩きさえすればいい。
「それ以上は一歩も進ませぬのじゃ!」
上空でヴォルケーノを駆っていたイスカ・アレクサンドロス(いすか・あれくさんどろす)が特攻をかけた。
ロイめがけてミサイルを撃ち込み、さっと離脱する。彼女の不注意な発言で接近に気づいたロイはやすやすとミサイルをかわし、旋回して再びミサイル攻撃に移った彼女を撃ち落とすべく、レーザーガトリングの照準をイスカに合わせる。
そのとき、何の前触れもなくロイの肩に激痛が走った。
見ると、無光剣が深々と突き刺さっている。
下から突き上げるように刺さった剣の柄を握るのは、魔鎧告死幻装 ヴィクウェキオール(こくしげんそう・う゛ぃくうぇきおーる)のスキル・隠形の術を用いて忍び寄った平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)だった。
イスカの派手な攻撃は彼の注意をそらすための布石だったのだ。
痛みに痺れた手からレーザーガトリングが落ちる。
(……本当に簡単だ)
ロイは、落ちるレーザーガトリングにレオが目を走らせた瞬間を狙って蹴りを放った。
まともに受けた彼が地面を転がっている間にレーザーガトリングを傷ついていない手で受け止め、瞬時に撃つ。それを、レオは転がって避けた。
「させぬッ!」
レオの危機に、イスカが再度突っ込む。
ロイは煙幕ファンデーションを使って、煙幕を張った。
「逃がすか!」
じゃらっと音を立て、レオはポケットから12枚の金貨型光条兵器ゾディアック・レイを掴み出す。
「行け!」
光り輝く金貨が四方から煙幕の中の影を襲う。
彼は気づいていなかった。ロイが自分の風上に立っていたことに。
「逃げたのではない」
ぞっとするほど無感情な声が、すぐ背後から聞こえる。
直後、頭を狙って繰り出された攻撃を、レオはほとんど勘で避けた。
レーザーガトリングの光が空を飛ぶのと同時に、レオが倒れざまに投げたPキャンセラーがロイにぶつかり中身を放出する。
スキル解除。
ロイがひるんだ一瞬をつき、レオは手の中のレーザーガトリングを蹴り飛ばした。
「終わりだ! ――ゴルディアス・インパクト!」
起き上がる間も惜しみ、しゃがみ込んだ姿勢のまま、レオは再び金貨を放つ。その身を包む白い輝き、ヒロイックアサルトでまぶしいほどに輝きを増したゾディアック・レイが、今度こそ間違いなくロイを四方から切り裂くかに見えた瞬間――――
上空からメニエスのエンドレス・ナイトメアが直撃した。
「レオ!」
「うるさいハエね」
イスカのミサイルを軽く避け、メニエスはその身を蝕む妄執をぶつけた。
墜落するヴォルケーノに、ふんと鼻を鳴らし、メニエスは下に目を戻す。
まともに受けたレオは、直後入ったロイの蹴りで気絶していた。巻き込まれかけたロイが無言で不満をぶつけてきたが
「穴だらけになって死ぬよりマシじゃない?」
と肩をすくめて見せただけで、相手にはしなかった。
ざっと下の様子を伺ったところ、残るはセテカのほかに4人のみだ。あとはアンデッドの群れに囲まれているか、半死半生状態で倒れているか。
「ごくろうさま。休んでいてもいいわよ」
メニエスは地獄の天使を解除し、闇色の強まった地面に降り立った。
「夜に行動を起こすとは愚かな。そちらは奇襲を仕掛けたつもりでしょうけど、漆黒の闇夜はあたしの世界。あなたたちが勝てる可能性は万分の1もない」
「ほざくななのであります!」
パワードアーマーに身を包んだ比島 真紀(ひしま・まき)が、栄光の刀を手に突き進んだ。全身から放たれている輝きはドラゴンアーツのもの。
それと見抜いたメニエスは蒼き水晶の杖を使用した。
スキルが強制解除され、とまどう真紀にエンドレス・ナイトメアを叩きつける。
「くそッ!」
暗黒の瘴気を浴びた苦痛にのたうつパートナーの姿に、サイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)がマシンピストルを連射する。
「そんなちゃちな火であたしを止められると思うの?」
冷笑し、メニエスは上を向けたてのひらにファイアストームを導く。解き放たれた力は炎のヘビと化して一瞬でサイモンを丸飲みした。
「うわああああああっ…!!」
炎を消そうとゴロゴロ地面を転がっているサイモンには見向きもせず、メニエスは残る2人に肉薄する。
「来ないで!」
セテカを背後に庇い立ち、ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)は両手を突き出した。カタクリズムで強風を沸き起こす。小型の竜巻を生み出し、次々とメニエスにぶつけたが、蒼き水晶の杖を持つメニエスの元にたどりつく前に、竜巻はすべて散ってしまった。
「そよ風を吹かせるぐらいしか能がないの? お嬢ちゃん。せめてこれぐらいはしてくれないとね!」
メニエスの繰り出したアボミネーションを、ミシェルはギリギリで避けた。
しかしわずかにかすっただけで、膝がガクガク震えるほどの恐怖に襲われる。
「ほ、焔のフラワシ!」
「炎に巻かれて死ぬのはあなたの方!」
ぎゅっと目をつぶり、懸命に焔のフラワシを呼び出すミシェルにすかさずファイアストームを放つメニエス。
「ミシェル!」
「あっ、駄目ですセテカさん!」
ミシェルに直撃する直前、セテカがラスターエスクードの影から飛び出し、腕の中にミシェルをかばった。
明子が2人と炎の間に割って入る。
おそらくは、コンマ数秒の幸運だった。
明子のファイアプロテクトが3人を包むとほぼ同時に、彼女のラスターエスクードが火炎の直撃を受け、真っ赤に燃え上がった。
「あつっ…」
手放した直後、ひび割れ、砕ける。
爆風を受け、吹き飛ぶ兜。その下から現れたのは――
「佑一さん! 大丈夫!?」
セテカの影武者となっていた矢野 佑一だった。
同刻、ザムグの町――
笹野 朔夜(ささの・さくや)と笹野 冬月(ささの・ふゆつき)は、すっかり夜の更けたザムグの町を出歩く不審者はいないか、町を見回っていた。
「メラムでのことがありますからね。用心しないと…」
まだ記憶に新しいあの惨劇を思い出して、朔夜は声を詰まらせた。
あのあと、一体いくつ墓を作っただろう。黒衣の女性が嗚咽しながら献花した小さな墓。木の板に墨書きされた生没年が、10年に満たない者もいた。だがそれはまだましな方だ。折り重なって倒れているのを発見された死体には、全く判別のつかないものも多かった。結果的に、彼らは無名の者として埋葬され、葬式も合同で行われることになった…。
「あんなことは、もう絶対に繰り返したくありません」
固い決意の下、朔夜はザムグの町にあえてやってきた。
「でもさ。不審者って、俺たちで見てそれと分かるものか?」
今夜決行されることは伏せてあったが、町に集結した反乱軍と少し先で布陣している正規軍をつなぎ合わせれば、だれだってここ数日内に衝突するという予想は導き出せる。そんな不穏なときに、まさか夜出歩くようなあほおは――
「ああ、あそこ。盛況ですねぇ」
いた。
しかもたくさん。
朔夜がにっこり笑って指差した店からは、あかりと、触れ合うグラスの音と、にぎやかな話し声が外にだだ漏れだった。
「……銀の蹄鉄亭か…」
看板の下に、本物の銀かどうかは別として、かなり年季の入った真っ黒い蹄鉄がぶら下がっている。風が吹いて看板が揺れるたびに、それがクルクル回っていた。
「ここ入るのか?」
酒場だ。酒場にいるのは酔っ払いだ。しかも大合唱の歌声までしている。かなり陽気な酔っ払いたちなのだろう。
冬月は眉をしかめないよう無表情を貫いていたが、入りたがっていないのは声の調子でバレバレだった。
「冬月さんは18歳ですから、ここで待っていてください」
「いや、しかし…」
「注意喚起してくるだけですから1人で十分です」
すぐ戻りますから。
そう言って、朔夜はさっさとスイングドアをくぐって中に入ってしまった。
「……ち」
壁にもたれ、腕を組む。
入らずにすんでほっとしている部分はたしかにあった。しかしそれを朔夜に見抜かれかばわれたことも、なんだか甘やかされたような気がして気に食わない。
やっぱり中に入るべきだろうか。
思案していたとき、腰から吊るしていた携帯用無線機がザザザと鳴った。
「領主殿は領民を巻き込むことは絶対に避けたいと考えるやつかもしれないが、ほかのやつまでそうとは限らないからな。頭を潰せばあとは烏合の衆、なんて考えであっち側にもこっちと同じように奇襲をかけようと考えているやつがいるかもしれないし。それとなく注意しておいてくれ」
2人の案に賛成して、見回りに参加してくれた仲間からの定時連絡だ。
定時にかかるということは、変わりないということなんだろう。
応答しようと持ち上げたとき。
視界の隅で、闇がちらちら動いた。
「なんだ…?」
無線機に向かって応えながらそちらを向く。
瞬間、冬月の視界を、襲い来る白光が覆い尽くした。
「おかしいなァ。俺ぁ今まで酒場ってーのはよく燃えるモンだと思ってたんだけどなァ」
外壁に穴を穿っただけで消えたサンダーブラストに、ドゥムカ・ウェムカは首をかしげた。
酒あるし。
「サンダーブラストって火だろ? こう、バチバチッていうもんなァ。それで引火すんの」
「火気厳禁の店は、防耐火構造をしているものです」
それを見越して攻撃した東園寺 雄軒は、この結果を当然と受け止めた。そもそも燃やす気は最初からない。あればファイアストームをぶつけている。
しかしドゥムカはまだ納得がいかないようだ。
「俺のミサイルでもぶっこんでみるか?」
「やめなさい。メラムの二の舞はごめんです」
強すぎる恐怖を与えては、その後のアボミネーションの効果が薄くなってしまう。
「そろそろ出てきます。準備をしなさい。あなたにはバルトの分も働いてもらわないといけません」
「へいへい」
機晶姫使いのあらいことで。
ぶつぶつ言いながらドゥムカは機晶キャノンを構える。
転経杖を指で回転させつつ雄軒は地獄の天使を発動させた。ぐぐぐと背中の一部が盛り上がり、黒い骨の翼が展開する。彼が上空へ舞い上がると同時に、スイングドアを跳ね飛ばす勢いで中から人々が飛び出してきた。
もちろん、その中の1人は朔夜である。
「冬月さん! 冬月さん、どこです!?」
冬月が立っていた場所で、きょろきょろと辺りを見回す。
わらわらと逃げ惑う人々のあふれた大通りに、雄軒のファイアストームが落ちた。
「これは…!」
「朔夜、こっちだ」
ひそめられた声で朔夜を呼ぶ声がする。ファイアストームの炎に照らされた植樹の影に身を潜める冬月の姿があった。
「冬月さん! 無事だったんですね」
喜んだのもつかの間、彼が右肩を押さえていることに気づいて真っ青になる。
「けがしたんですか!?」
「かすめただけだ、たいしたことはない。しかしまさか、やつらと出くわすとはな…」
反乱軍たちが出て行ってからかなり経つ。もうアナトではかなり作戦が進んでいるはずだ。今夜奇襲はないとばかり思っていたのだが…。
「彼らは東カナン正規軍とはまた別の、切り離された存在ということでしょうか」
「その可能性が高い。おそらくはネルガル、アバドンいずれかの直下だ」
まったくややこしい戦いだ。3匹の犬がお互いに噛みつき合っている。
こうなるのは分かりきっていたはずだ。セテカは愚かな指揮官ではない。普通なら軍を2つに割っての内乱などしている場合ではないのに……?
「冬月さん?」
「――あ、いや。なんでもない」
冬月はひらめきかけた考えを無理やり散らした。あとで考えよう。今はそのときではない。
「ほかのやつらにはもう連絡済みだ。――ああほら、きた」
冬月の指差す先。夜空から放たれた白いブリザードがファイアストームを横殴りにする。
地獄の天使で天空を駆る氷雪使い――緋桜 遙遠が到着した。
「やはりきましたか。これは存外早い到着だ」
自分の放出した炎を散らした相手を見ながら、雄軒は内心の驚きを押し隠した。
コントラクターたちは全員アナト大荒野に出払ったのではなかったか?
遙遠は答えず、ブリザードを雄軒に放った。
さっと地獄の天使を解除し、真下に落下することでそれを避ける雄軒。
そのまま地上へ落下していく雄軒を追って、遙遠もまた下へ向かう。
通りにあふれ、逃げている人混みの中、しかし自分に向けて機晶キャノンを撃とうとしているドゥムカの姿を見つけて、遙遠はブレーキをかけた。
「――ちッ」
一瞬の差で砲撃が直撃せず、わずかにかすめただけにとどまったことにドゥムカが舌打ちをもらす。
だが時間は稼げた。
地上に戻った雄軒はすぐさまアボミネーションを放ち、周囲にいる人々の動きを止めた。
畏怖が人々の心をたやすく絡め取り、その場にうずくまらせる。それでも逃げようとする者には容赦なくドゥムカが撃った。シャープシューターを用いられた砲撃は夜でも正確に彼らの行く手に落ち、穿った穴が彼らにその先に進めば死あるのみと明示する。
これだけ周囲に人がいては、遙遠も安易にブリザードを放つことができない。
その隙に、雄軒とドゥムカは手早く十数人、女性のみを選んで囲った。
人質とするにはできれば子どもが望ましかったのだが、さすがにこの状況下で真夜中に通りをうろつく子どもはいない。
「反乱軍の大将を、呼びなさい」
中空の遙遠に向け、雄軒が宣言したとき。
その隙をついて物陰より何者かが一気に間合いへと走り込んだ。
ひるがえるマントの影から突き出されたバスタードソードの剣先が、あやうく雄軒の頬をかすめる。
なびくブラウンがかった金髪、殺意に冴えた青灰色の瞳。
この者こそまさしくセテカ・タイフォンだ。
「きさまだけは許さん」
セテカは低くつぶやき、猛攻をかけた。
「……くッ…」
遙遠の姿を見たとき、この可能性に気づくべきだったのだ。
「ダンナ!」
ミサイルは撃てない。
ドゥムカが2人を引き離すべく駆け寄ろうとする。
「おっと。そうあわてんなって。忘れてたりはしてないからサ」
影から現れたヒルデガルド・ゲメツェルが、狂血の黒影爪でドゥムカを殴り飛ばす。
石畳を転がるドゥムカ。
「はっきり言って、てめえなんかじゃ全然物足りないけどね。あたしが相手してやるよ。ほらさっさと立てよ、ウスノロ」
頬に走った鉤爪のあとに手をあてるドゥムカに向け、ヒルデガルドは中指を立てた。
「ほら、ほら、ほら! てめえのソレは何のためにあるのサ! ただのお飾りか? 違うだろ? ヤるためだろ? さあ立てよ。おっぱじめようぜ? あたしをイかせることができたら、てめえも昇天させてやるからさァ!」
自らの言葉に身をよじって笑う戦闘狂ヒルデガルドに向かい、ドゥムカは機晶キャノンを構える。
そうとも、ヤれよ、腰抜け――ヒルデガルドはぺろりと唇をなめた。
「まさか町に残っていたとは、思いもしませんでしたよ」
飛びずさり、とにもかくにも距離をとる雄軒。
このことを知ったメニエスの歯噛みする顔が浮かぶ。
「ではアナトにいるのはあなたの影武者というわけですね?」
「――メラムでの一件を考えれば、この程度のことは予想がつく」
とはいえ、セテカも自分が残ろうとまでは思っていなかった。
孝明の懸念をもっともと思い、手勢を残して町の警備にあたってもらうつもりではいたが。
全ては矢野 佑一の考えだった。
そしてメラムで友人や仲間を焼き殺された自身の恨み。
「メラムの人々の受けた無念を、ここで返させてもらう!」
「……なるほど。ではあなたも彼らと同じようにあちらへ送ってあげましょう」
セテカの後ろで遙遠が人々の解放を行っているのが見えた。
人質作戦はうまくいかなかったが、もとよりこれはセテカを呼び出し殺害することが目的での策。
その意味ではこの状況はある意味目的は果たしているといえる。
(メニエスには悪いが、セテカ・タイフォンは私が討たせていただきましょう)
雄軒の紅の魔眼が光を放つ。今導ける最大級のファイアストームを放とうと伸ばされた手が、しかし次の瞬間、抗いがたい力で右に引っぱられた。
流した視線の先で小さな人影がニヤリと半月の笑みを浮かべる。
「!」
生まれた隙をセテカが見逃すはずはない。
走り込み、バスタードソードが振り切られる。
確実にとらえたかに見えた一撃は、だが雄軒がとっさに出した腕についていたエリクシルの腕輪念珠で軌道を変えられてしまい、わずかに肩口を裂いただけにとどまった。
砕けた念珠がバラバラと足下に散る。血が吹き出した肩を押さえ、雄軒は再び間合いをとった。
そうして自らに奈落の鉄鎖を仕掛けた者――ファタ・オルガナに目を向ける。
だがそこにはもうファタの姿はなかった。
「どこを見ておる?」
真後ろから、少女の声で人を食った物言いがする。
振り返りざま叩きつけようとしたアボミネーションは、ファタの持つ蒼き水晶の杖で発動する前に散らされてしまった。
リジェネレーション、紅の魔眼、殺気看破と、次々とスキルが強制解除されていく。
「お返しじゃ!」
紅の魔眼で威力を高められたその身を蝕む妄執を至近距離からぶつけられ、雄軒は顔面を覆うと声もなくその場に両膝をついた。
「どうじゃ? その悪夢は。おぬしがこれまで我欲の犠牲としてきた者たちの顔は見えるか? それとも忘れてしもうて顔なしか?」
ファタの伸ばした手に、蒼き水晶の杖を核とした大鎌が氷術で生成される。アルティマ・トゥーレの青白い輝きの刃を、うなじに向けて振り下ろそうとしたとき。
「ファタ、危ない!!」
ヒルデガルドの鋭い声が場を貫いた。
ドゥムカが加速ブースターで捨て身の特攻をかけている。
大鎌で身構えるファタ。
しかしドゥムカの目的は彼女にあらず、雄軒の救助にあった。
ファタを襲うと見せかけ、雄軒をさらう。距離をとり、ミサイルを撃ち込んでけん制をかけた。
「動くなよぉ? 特にそこの色狂い戦闘狂! それ以上動いたら――」ドゥムカの六連ミサイルポッドを持つ手が横の建物に向く。「ミサイルが飛ぶかもな」
引き金は軽いぜェ?
「――くそったれがぁ…!」
ギリ、と歯噛みするヒルデガルド。
そのとき、路地から飛び出した一陣の風がドゥムカを襲った。
六連ミサイルポッドが真っ二つにされ、石畳に落ちる。
鍵剣型光条兵器・暁月を手にした赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)がすぐそばに立っている。
「霜月、待って、おいてかな――ムグッ」
「危ないでしょ! 行っちゃ駄目!!」
路地の影で戦闘舞踊服 朔望(せんとうぶようふく・さくぼう)がジン・アライマル(じん・あらいまる)に押さえ込まれる。
「あのばか、あんな危険なやつらにケンカ売るなんて…」
暁月を構えて対峙する霜月を見ながら、ジンは舌打ちをする。
「もういいわ! 女王の加護で自分の身と朔望だけはきっちり守らせてもらうから!」
だがそれを朔望はよしとしなかったようだ。
ジンの腕の中から掻き消え、次の瞬間魔鎧となって霜月に装着されていた。
「あなたは…」
体前に剣を構え、2人を見据えた霜月に、ようやく立ち直った雄軒が気づいた。
「ああ、あなたですか」
「…………」
メラムの惨劇のあとを体験した霜月に、もはやこの男とかわす言葉などなかった。
どれほどの人々が愛する者を失った悲しみにくれたか――だがそれをいくら伝えたところで、この男は意に介さない。
「いきます」
ただひと言言い置いて。
霜月は雄軒1人を敵とし、走り込んだ。
「あなたにはもう一度会いたいと思っていました。どうです? こちらにきませんか? あなたのような強い方がほしいと思っていたところです。メラムの町が燃える光景は美しかったでしょう? 吹き上がる赤と金の炎。あれを見て、あなたの心は本当に何も感じなかったのですか?」
まだ先に受けた攻撃から本調子に戻れない。
霜月の剣げきをかわしつつ、雄軒は精神攻撃に出た。
彼が強いのは本当だ。殺意も、集中力も、硬く鋭い。しかし心の面ではまだまだやわらかい。自分の敵ではない。
それと気づかれないよう、アボミネーションを放つ。
斬りつけていた霜月の脳裏に、かつて見たメラムの惨劇がよみがえった。窓から見えた、溶け崩れていく人影がフラッシュバックする。
為すすべなく見ているしかなかった、炎に包まれた避難所。黒こげになった死体、死体、死体…。
辺りに充満していた、人の焼け焦げたにおい。
「……うあああああっ…!!」
動揺で心を揺らした間隙をついて、雄軒の手が腹部にめり込んだ。
「まだまだですね。あなたはもう少し鍛えられるべきです」
足元で気絶している霜月を見つめる雄軒。
「やべぇぜダンナ。多勢に無勢だ」
弾幕援護でファタたちを近づけないようにしていたドゥムカが脇に走り寄った。
セテカを倒せたなら、目的は完遂できるのだが。
しかしドゥムカの言葉が正しい。どう見てもバルトなしでは分が悪い。
「……戦力を削ることが、はたして彼らのためにもなるんですかね」
胸の中のアバドンに向かって噛み付いた直後、それもまた、彼女たちの狙いであるかもしれないと思った。
つまるところ、彼らは最初から組み込まれていた戦力ではないのだから。
どうなろうが……たとえその結果彼らが身を滅ぼしたとしても、アバドンはいかほどの痛痒も感じないに違いない。
「聞いてんのか? ダンナってばよォ!!」
ドゥムカの声にはっとして、雄軒は紅の魔眼を発動させた。
威力が高められたサンダーブラスト、ファイアストームを連続して放ち、彼らがひるんでいる隙に地獄の天使を広げて舞い上がる。
ドゥムカは自力で逃げるしかないが、心配してはいなかった。そういうことにだけはずるがしこく長けた者だ。
上空から下のセテカを見た。
ファタや遙遠が横についているが、ここからファイアストームを放てば、あるいは…。
執着は身を滅ぼす元と思い切り、雄軒はその場を離脱した。
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